表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/48

35. タルヴァ公爵から見たフリード*

 第二王子は、とにかく影の薄い子どもだった。


 三王子の中で、唯一、銀髪碧眼を継がない地味な姿。誕生が王の溺愛する第三王子と近いこともあって、まるで話題にならない。父からも母からも放置され、城の奥で乳母と乳兄弟と静かに暮らす子ども。



 そんな報告を聞いたのが、第二王子が三歳か四歳の時。将来的に第一王子の補佐かスペアにできないかと接触して、驚愕した。

 震えるほど、父王そっくりだったのだ。



『帰ったら、戦棋を打ちましょうね』

 そう、約束していた姉が、物言わぬ死体になって帰ってきたあの日が、脳裏に蘇る。狂おしいほどの憤怒と憎悪が湧き上がるのを感じた。


 すっかり忘れていた。アレは、あの王の子なのだ。


 下手な育て方をすれば、また「ああ」なる。


(二度と……二度と、繰り返してたまるか!!)


 自分と家族のような存在を、もう二度と出してはならない。義務感に駆られ、対策を考える。



 愚王は周囲に散々甘やかされて、ああいう男になった。



 ならば、愛されなければ良いのだ。



 迎合する味方を奪い。

 横暴を繰り返す自我を封じ。

 馬鹿な行動を起こす自信を潰して。


 第一王子とやがて王妃となる娘の踏み台になるよう、育てれば良い。


 今はまだ本性を隠しているようだが、騙されない。

 今度こそ、あの男を止めるのだ。



 手始めに、王妃をそそのかした。

 これはとても簡単だった。元々父王似の第二王子を疎んでいた王妃は、少し嫌悪感をつつくだけで、簡単に我が子を虐げるようになった。

 さすがは、欲望に忠実なソラシオだと嘲笑う。


 反発する乳母と乳兄弟も引き離す。いっそ殺そうかとも思ったが、テルセン辺境伯は王妃の信者、上手く言い聞かせるだろう。シュゼイン公爵の守る王城で、そこまでのリスクを負う必要はない。


 やがて第二王子の外国語の教師に選ばれると、自信を喪失させるために徹底的に否定した。

 「まだ終わらないのか」「何故分からない」「出来損ない」「第一王子ならこんなことはないのに!」。

 嫌いな相手の悪口など、挙げても挙げてもキリがない。滑稽なほど悄気返る第二王子。




 なのに、今日もアレは笑っている。

 乳母と乳兄弟と幼馴染に囲まれて、それはそれは、幸せそうに。


 あの男と同じ顔で、笑っている。




(何故、お前が笑っている?)


 姉上はもう、笑えないのに。





 計画は、妨害された。他ならぬ、姉の友人に。


 姉の友人ーーーガラク侯爵たるユーフラティスは、告げた。

「いい加減になさい、タルヴァ公爵。横暴にも程がある、不敬ですよ」

 その言葉に、思わず眉を顰める。

 そもそもユーフラティスは、王妃が第二王子を虐げていた時、見て見ぬ振りをしていたではないか。シュゼイン公爵に目をつけられたから表向き諦めただけで、第二王子を潰すことを容認していたのではなかったのか。


 そう返すと、静かにかぶりを振る。


「……気がつかなかったんだよ、間抜けなことにね。……もしかしたら心のどこかで目を逸らしていたのかもしれないが……それでもあのような非道、許した覚えはないよ」

「ハッ!非道、非道、ね。あの男がやったことと比べれば、可愛いものでしょうに」


 自分は、新たな悲劇を防いでいるのだ。感謝されこそすれ、責められる謂れなどない。


 そう答えるとユーフラティスは、悲しげに自分を見た。

「……あの子は……フリード殿下は、ディライズではないよ、『マーカス』」

「?当たり前です」

 何を当然のことを、と呆れ返った。

 だから、ああならないよう、手を尽くしているのに。


 ユーフラティスはその答えに肩を落とした。

「……そうか。君は……それでも自分が正しいと、そう言うんだね………」


 ゆっくりと顔を上げたユーフラティスは、「ガラク侯爵」の顔をしていた。


「マーカス。私はフリード殿下を王にする。……この悪意と憎しみの連鎖を終わらせるには、それしかない」

「はあ?何を馬鹿なことを。お飾りにでもする気ですか?」

「お飾りになどしない。あの方には自分で考え、行動し、決断できる王になっていただく。きっとまだ間に合う……」

「何ですって!?」

 ショックだった。

 姉の友人であった彼自ら、あの悲劇を繰り返そうだなんて。

「冗談でしょう!?何を言っているんですか、ユーフ兄様!」

「冗談でこんなことは言いませんよ、『タルヴァ公爵』」

 そう言うと、ユーフラティスはこちらに背を向けた。

「最後の忠告です。……悲劇を繰り返そうとしているのは、第二王子殿下ではない。タルヴァ公爵、貴方です」


 姉の友人とは、それっきりだった。




 やがて王子たちは成長したが、やはり第二王子は凡庸だった。

 知性のない獣や蛮族相手なら多少は交渉ができるようだが、その程度。我慢強く、穏やかなだけが取り柄の外交担当など、何の役にも立たない。

(ガラクの教育を受けて、あの程度なのだ。やはりあの男同様、頭が悪いのであろう。ガラクの助言なしに、予想外のことに対応できないはず)


 娘が即位記念パーティーで何やら企んでいるのは知っていた。


 成功すればそれで良し。

 失敗しても、情に訴えて有耶無耶にしてしまえばいい。


(何やらぐだぐだ言っていたが、ぬるい男だ)

 強引にでも言質を取ってしまえば、万事解決だ。



 タイミングを見計らって忌々しいガラクの倅を引き離し、他のガラク一族も、まだ言うことを聞く分家に足止めさせた。


 完璧なはずだった。

 

 そう、思っていたのに。



 「第二王子」は素早く状況を把握し、驚くほどあっさりと、厳正に、娘たちを裁いてみせた。

 言質を取ろうとしても、何か言う前に切り捨てられ、その眼差しは取り付く島もない。


 頬を、冷や汗が滑り落ちる。無意識に、その場に跪いていた。



(誰だ、これは)



 そこに、見慣れた「我慢強く穏やかなだけが取り柄の王子」はいなかった。







 冷たくこちらを見下す、知らない怪物が、そこにいた。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 姉を奪われた恨みは、奪った男にしろよ。 そういうのを八つ当たりっていうんだよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ