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34.フリード、キレる

 騒ぎの中心にアンバレナの名が聞こえ、フリードは早足でその場に駆けつけた。


 そこにいたのは、三人の令嬢に囲まれるアンバレナと……タルヴァ公爵。


「陛……」

「アン!怪我はないか!?」


 こちらに気がついたタルヴァ公爵が口を開きかけたが、無視して横を通り過ぎる。アンバレナはフリードの登場に驚いた様子だったが、すぐにカーテシーを見せて微笑んだ。

「大丈夫ですわ、陛下」

「それは良かった」

 にっこり笑い合うと、タルヴァ公爵が怒鳴り声を上げた。


「陛下!アンバレナ様が、突然娘を突き飛ばしたのです!然るべき処罰を!」

「そうですわ!」

「なんて酷い!」

 タルヴァ公爵令嬢の連れの令嬢が次々アンバレナを非難する。


 見ると、冷めた顔のアンバレナに、父親の後ろに隠れて薄笑いを浮かべるタルヴァ公爵令嬢。

 タルヴァ公爵は、あのお茶会の時と同じ、憤怒と憎悪に染まり切った顔をしていて。


 おおよその事情を察した。


(またアンを狙ったのか。さては一度目で味をしめたな?)


 ゆっくり息を吐きながら居住まいを正し、冷静に問いかける。

「そうなのか?」

「はい、陛下……」

 タルヴァ公爵令嬢はしずしずと前に出てくると、口元に手を当てて目を伏せた。

「私、慣れない異邦の地で、アンバレナ様はお困りではないかと思い……。同性で年齢も近いので、『お力になれることはありませんか』とお伺いしたのです。そうしたら……」

 うっと声を詰まらせ、震えながら続きを紡ぐ。

「きっと、私が無礼をしてしまったのでしょう、アンバレナ様はたいそうお怒りになられて、私を突き飛ばし……。私……驚いてしまってつい、大声を……。申し訳、ありませんでした」

 はらはらと涙を流す娘の肩を抱く。

「そこに私が駆けつけました。やはりけだも」

「そうか。アンバレナ王女殿下、彼女たちはこう言っていますが、いかがでしょうか」

 涙目のタルヴァ公爵令嬢とアンバレナへの罵倒を吐こうとしたタルヴァ公爵を切り捨て、今度はアンバレナに尋ねる。顔を引き攣らせるタルヴァ公爵父娘が見えたが、気にしない。

 アンバレナはゆるゆると首を左右に振った。

「いいえ陛下。私はそのようなことはしておりません」

「口ではなんとでも言える!」

「黙れ」

「ッ!」

 タルヴァ公爵をひと睨みして黙らせる。


「今、私は、アンバレナ王女殿下に話を聞いている。まずは当事者たちだ、当然だな?」

「……は」


 タルヴァ公爵が首を垂れた。改めてアンバレナに向き直ると、彼女はフリードの目を真っ直ぐに見つめ返して、こう断言した。


「陛下。私はこちらのご令嬢がたに暴力など振るっていないと、『この爪と牙に誓います』」


 そう言い終えた瞬間、一部の貴族ーーー具体的には共和国との外交に関わる者たちの顔色が変わった。タルヴァ公爵もはっと顔を上げる。

「爪と牙?」

「そんなものに何の価値があるんだ?」

 人垣の一部から失笑が漏れる。フリードが口を開いた。



「何が面白い?」



 その途端、会場が静まり返った。



 静かな、しかしよく通る声で続ける。

「『爪と牙に誓う』とは、我が国における『家名に誓う』と同義の文言だ。……それの、何がそんなに面白い?己の無知か?」

 人垣から息を飲む気配がした。冷たい目で周囲を睥睨する。

「今笑った者たちについては後ほど詳しく話を聞くとして……タルヴァ公爵令嬢」

「………あ……」

「貴方は、先ほどの自分の言葉が事実であると、家名に誓えるのか」


 家名に誓うということは、一族の全てを懸けるということ。


 家名に誓った内容に背いたり、嘘だった場合、他家に婿や嫁に行った者まで徹底的に滅ぼされ。

 公の記録上からも家名が消され、「裏」の書庫に「家名を裏切った愚か者の一族」としてだけ名が残る。


 それくらい、「重い」言葉なのだ。


「陛ッ」

「誓えるのか」

 タルヴァ公爵を遮って回答を迫る。ようやく状況を察した者たちが、みるみるうちに青ざめていく。


 だが、もう遅い。


 アンバレナは己とその一族の全てを懸けて応えた。ならば、相手もそうしなければおかしいではないか。


 うつむいたまま無言で震えるタルヴァ公爵令嬢を見下ろす。


「……誓えないのか。ならばもういい」

「!?陛下っ……」

「私は王。個人の情ではなく、事実をもって裁かなければならない。命を懸けて訴えられた内容ならば、なおさらに。影」


 悲鳴のように呼びかけるタルヴァ公爵令嬢を無視して、片手を上げた。すると暗部に所属する男ーーー名前は確かエリオットだーーーが音もなく歩み寄る。


「アンバレナ・アカガネ王女殿下とタルヴァ公爵令嬢たちとの間で起きた事案について、嘘偽り及び過不足なく、報告せよ。これは王命である」

「は」

 エリオットは恭しく応じると、報告を開始した。

「アンバレナ王女殿下がお一人でいらっしゃったところに、タルヴァ公爵令嬢とそちらの二人の令嬢が近づきました。

 タルヴァ公爵令嬢と二人のご令嬢は王女殿下の肩を掴み、名乗りもせずに陛下の婚約者を辞退するよう迫りました。殿下が政略を理由にお断りしてもなお、令嬢がたは殿下を罵り見下しながら、婚約解消を迫りました。それでも殿下が了承しないと見るや、突然タルヴァ公爵令嬢が悲鳴を上げて座り込み、『アンバレナ様おやめください!』と叫びました。そこにタルヴァ公爵が駆けつけましたが、娘とお付きの令嬢二人の言い分のみを聞き、殿下を一方的に責め立てました。

 その時、陛下がいらっしゃいました」


 淡々とした言葉に悲鳴を上げて抵抗する令嬢たちを、女性の影が押さえる。


「アンバレナ王女殿下は、彼女らに何かしたか」

「いいえ。殿下は終始冷静に対応しておられました。名乗らなかったことを諫めたのみで、暴言は一言もなく、暴力に関しましては指一本触れてすらおりません」


 フリードは徹底的に公平で、無慈悲だった。


「お前以外にそれを見ていた者は」

「影が数名ほど。給仕や侍女もおりました」

「互いの発言の詳細な内容は?」

「ご命令とあれば、今この場で詳らかに」

「やめて!!」


 金切り声で制止をかけたタルヴァ公爵令嬢は、すぐにはっとして口を閉じた。


 影の報告を聞いても堂々としているアンバレナとは対照的な姿に、そんな、ではやはり、と会場が騒めく。タルヴァ公爵が真っ青な顔で何か言おうとして、しかし続く言葉に口を閉ざした。


「……そうか。確証も無しにどちらか一方を責める無能と思われていたか。そうか……」



 低い声で、残り二人の令嬢たちの親を呼ぶ。


「シーバ侯爵とベイン伯爵。いるな、出てこい」


明日の夜、完結します。

残り三話、どうかお付き合いくださいませ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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