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33.アンバレナの油断*

短めです。

 無事に各国の方々とのご挨拶を終え、化粧直しに一時退席すると、戻ってすぐに声をかけられました。


「ちょっと貴方」


 この声は……私以上に身分の高い方ではありませんわね。ただの無礼者ですわ。


 無視です。


「ちょっと!」


 無視ですわ無視。


「話を聞きなさい!!」


 突然肩を掴まれ、強引に振り向かされました。痛みに眉を顰めると、三人の鉱国貴族のご令嬢が憤怒の形相で立っていました。

「エルザ様の呼びかけを無視するつもり!?」

「さすがはけだものですわね」

 ……無礼者ばかりですわ。

 不快の証に扇子を開いて薄目で令嬢がたを見ます。すると一番奥にいたご令嬢が、上品な足取りでこちらにいらっしゃいました。


「ねえ、貴方。陛下との婚約を解消してくださいませんこと?貴方のような汚い獣に、王妃の座はもったいないと思いません?」

 くすくすと笑うご令嬢がた。確か先頭の失礼な方がタルヴァ公爵令嬢ですわね。陛下から忠告されていた一人の。


 他国の王族が「不快」を示しているのに無反応、ですか。直感的に不味いとすら思わないのかしら、本当に高位貴族ですの?


 それでも無視するのが優しさですが、舐められてはいけませんもの。しっかり対応して差し上げます。



「ごめんなさい、どちらさまかしら?私、貴方のこと存じ上げませんわ。どちらの王族の方?」



 困った笑顔で首を傾げると、わずかに口元が引き攣りました。


 鉱国貴族のマナーにおいて、「先に声をかけるのは偉い方」「名乗っていない相手は知らない人」です。タルヴァ公爵令嬢はご家族と挨拶にいらした時、後ろで頭を下げていたのみだったので、私にとっては「知らない人」です。


 渾身の嫌味ですけど、ご理解いただけたようですね。いかにも渋々といった様子で頭を下げます。

「……大変、失礼致しました。タルヴァ公爵が長女、エルザ・ジル・タルヴァでございます」

「初めまして、タルヴァ公爵令嬢。共和国はアカガネ王が娘、アンバレナ・アカガネです」

 そう言って、ゆったりとカーテシーを披露しました。


 カーテシーは好きです。だって、低い姿勢が狩りの構えに似ているもの。



 ねえ、ご存知?

 私、手紙でしか知らない陛下のこと、本当に大好きだったの。いちいち慣れない辞書を引いて、何度も何度も手紙を読み返すくらいに。


 ねえ、ご存知?

 私、陛下とお会いして一緒に過ごすようになって、ますますあの方のこと好きになったの。だってあの方は、溺れるほど温かい。


 だからね?


 侍女を使って、あの方と私を、鉱国と共和国の仲を引き裂こうとしたこと。


 ……許す気は、ないの。 



「先程の話ですが、この婚約は政略です」

 にっこり微笑み、キッパリ拒否の意を示します。

「仮に私が婚約者の座を辞退したとして、どなたが共和国と鉱国の橋渡しを担ってくださるの?そもそもこの婚約自体、陛下がお決めになられたことですのよ?」


 冷遇されていた頃ならいざ知らず、今の私は陛下に毎日とろける勢いで甘やかされ、愛を囁かれています。陛下がこの婚約を、私という婚約者を重視していることは明白。

 こんな言葉で揺らぐほど、弱々しくありません。


 タルヴァ公爵令嬢が嫌そうに言います。

「貴方が気にすることではないわ。私はけむくじゃらの化け物風情が王妃になる資格はないと言っているの。これが最後の忠告よ、さっさと辞退しなさい」

「お断りしますわ」

 もちろん拒否です。


 タルヴァ公爵令嬢は一瞬怪物のように醜く顔を歪め……次の瞬間、甲高い声で叫んで床に転がりました。


「アンバレナ様おやめください!」


 すると会場中の目がこちらに向きました。


 待っていましたと言わんばかりに、タルヴァ公爵が恐ろしい形相で向かってきます。



 ……なるほど、これが狙いでしたか。


お読みいただき、ありがとうございました。

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