32.即位記念パーティー開始
日が落ち、即位記念パーティーの時間になった。
城に戻ったフリードは、社交のために動きやすい衣装に着替え、簡易の王冠を被る。簡易のものはいわゆるサークレットなので、目立たないが軽い。実用性万歳だ。
アンバレナは、健康的な小麦色の肌とあかがね色の髪によく似合う、濃いゴールドのドレス。フリードの髪の色だ。身体の凹凸にフィットした上半身に、ウエストから下はスカートがふんわり広がる、いわゆるプリンセスライン。
尻尾は「出す」と「出さない」で揉めたが、最終的にはアンバレナの希望で、尻尾を出すデザインが採用された。フリードが贈った、尾飾りが揺れる。
もちろんフリードはこれでもかと誉めそやし、最終的に抱きしめようとしてシュゼイン公爵に拳骨を落とされた。
「…メイク、髪のセット、ドレスの着付け。侍女たちの苦労を水の泡にしてはなりません」
「うぁい……」
「あの……すごい音しましたけど………ご無事ですか、陛下………?」
「痛ェんだよな〜、将軍の拳骨」
「怒っていいんだぞ、フリュー」
パーティーが始まると、真っ先に共和国国王とその次子がフリードたちのもとへ挨拶に来た。
「アロイジア鉱国の至高なる黄金、フリード・イクス・アロイジア陛下の御即位とご婚約を、心よりお喜び申し上げます」
「ありがとう、アカガネ王」
「お元気そうで何よりです。お父様、ニノ兄様」
アンバレナが心持ち柔らかい笑顔を見せると、アカガネ王と兄王子の頬が緩んだ。
「アン。私たちの宝もの、元気にしていたかい?」
「はい、お父さま」
「アン、淋しくなかったかい?王妃教育は辛くない?」
「大丈夫ですわ。ありがとう、ニノ兄さま」
「陛下とは仲良くやれているかい?」
すると、アンバレナの笑顔が弾けた。
「もちろん!見てください、このドレス!陛下が私のために職人から選んでくださったの」
そう言って、ドレスを広げて見せるアンバレナ。尻尾が主人の感情を示して、左右に振れる。
「……ん?見覚えのない尾飾りをつけているね?」
「こちらも陛下からですわ。鉱国には尾飾りの職人はいないからと、作り方を調べてオーダーメイドしてくださったのよ」
大輪のダリヤのような笑みを振り撒きながら、尻尾をふりふりさせる。その度に美しく揺れる尾飾り。フリードの金髪とアンバレナの琥珀色の瞳をイメージしたデザインだ。
頬を染めて喜ぶアンバレナは……父と兄が見たことのない、恋する乙女の顔。
「陛下とのご縁を結んでくださり、ありがとうございます、お父様。国の役に立てる上、愛する方と結婚できるなんて、私は果報者です。両国のため、全力を尽くします」
「私も、アンバレナ王女殿下のような素晴らしい伴侶をお迎えすることができて僥倖です。……愛してるよ、アン」
「陛下ったら……!それは私の台詞です」
微笑み合う二人はとても幸せそうだった。
アカガネ王と兄王子は目配せし……安心したように微笑んだ。
「陛下。どうか今後も、アンバレナを大切にしてやってください。……そしてアンバレナを想うのと同じくらいに、鉱国を愛する民を……人間を、獣の民を、角族を、全ての者を大切に、国をお治めください。……娘を、よろしくお願いします」
「もちろん」
固く握手を交わし、改めて両国の絆を確かめ合った。
「お待たせしました、ルキアーノ皇王」
「なんの。親子の会話を邪魔するなど、そのような無粋な真似はできますまい」
そう言って微笑んで前へ出てきたのは、教国のルキアーノ皇王だ。エスコートしているのは、妻のミラ皇妃。
「鉱国の至高なる黄金、フリード・イクス・アロイジア陛下。聡明なる隣人の御即位を、心より祝福申し上げます」
「共和国がアンバレナ・アカガネ王女殿下との御婚約も、重ねてお喜び申し上げます」
「ありがとう。今日はシュゼイン公爵親子も出席者として参加しているはずです。後ほどご挨拶に伺うかと」
「それはそれは!」
ルキアーノ皇王はとろけるような笑みを浮かべた。
シュゼイン公爵の亡き妻は、ルキアーノ皇王の実妹だ。彼もまた妹の忘れ形見である姪を溺愛しており、義兄弟の仲も良好。シュゼイン公爵が賓客として参加することは稀なので、ぜひ旧知を温めていっていただきたい。
と、ミラ皇妃がちらりとフリードの傍らに佇むユランを見た。
「陛下には、我が甥がお世話になっているようで」
親戚同士は、ここにも一組。
ミラ皇妃とユランだ。ミラ皇妃は、ユランから見て伯母に当たる人物だ。
「きちんと陛下のお役に立てている?」
「恐れ多くも皇妃陛下。そうでなければ、ここには立っておりませんとも」
「うふふ、そうね。さすが我が甥だわ」
強気に微笑み合う伯母と甥。宰相とユラン同様、確かに血を感じさせる。
皇王夫婦の次にふらりと挨拶に現れたのは、黒い公爵父娘だった。
「…陛下、御即位と御婚約、おめでとうございます」
「…このめでたき日を共に迎えられたことを、夜の神に感謝いたします」
「ありがとう。シュゼイン公爵。シュゼイン公爵令嬢も久しぶりだな」
「…は。ご無沙汰しております」
父親と同じ黒のストレートヘアーをさらりと肩から滑らせ、シュゼイン公爵令嬢が顔を上げた。母方の伯父である皇王と同じ暗褐色の肌に、父公爵によく似た、涼しげな顔立ちの美女。
件の、シュゼイン公爵の溺愛する、一人娘だ。
美しい次期公爵に、会場中の男の目が集まる。しかしシュゼイン公爵のひと睨みで、そのほぼ全員が目を逸らした。
そういえば、シュゼイン公爵家は寿命がフリードたちの倍以上ある。彼の実年齢から逆算すると、結婚は七十歳を超えてから。娘の結婚も、それくらいのつもりでいるのかもしれない。
(……あと、五十年かあ……)
気の長い話である。
ソラシオ公爵家は新当主が挨拶に来た。彼は先日の王太后の一件があったにも関わらず、平然と取り入ろうとしてきた。一家揃って厚かましいことである。厳罰化を仄めかして、手っ取り早く追い払う。これ以上問題を起こすようならさすがに潰さざるを得ないのだが、分かっているのだろうか?
ウォレス公爵は、ネルソン侯爵令嬢とその新しい婚約者を連れていた。二人の婚約を報告しつつ、婚約者や側妃の件を丁重に謝罪してきたので、表向き受け入れる。彼女らは良くも悪くも長い物に巻かれる性質なのだ。許されたと分かると、フリードとアンバレナをこれでもかと誉めそやしてきたので、適当なところで切り上げさせた。
警戒していたタルヴァ公爵父娘も、さすがに挨拶の時には妙なことをしなかった。本当に最低限の会話だけだったが、お互い取り繕うのをやめたというだけだ。
その後も、順調に招待客との挨拶を済ませていく。
「セルドラン、平謝りだったな」
「先に謝りに来るべき方がいらっしゃるんですがねぇ」
「大丈夫っす。父上の代理の謝罪行脚は慣れてるって言ってたっす」
「理由が可哀想過ぎる」
貴族たちの挨拶を終え、ひそひそと話していると、アンバレナが席を立った。
「これから、社交の時間ですよね?私、少しお化粧を直して参りますわ」
「ああ、いってらっしゃい」
そう言って、軽やかにアンバレナを送り出した。
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