31.『フリードとアンバレナ〜手紙で育んだ愛〜』
馬車が市街地に出ると、歓声と花吹雪がフリードたちを迎えた。
「新王万歳!」
「王様ー!!」
「おめでとうございます!!」
街道から手を振る人たちに、笑顔で手を振り返す。
フリードはあまり民の前に顔を出したことがない。
単純に、民の前に出る公務を割り当てられなかっただけなのだが、そんな事情は民には関係ない。全く知らない王子が突然王になったのだから困惑しているだろう。少しでも不安を払拭できるよう、笑顔を絶やさず手を振る。
「金髪の王子様なんていたっけ?」
「第二王子様だって。フロイド?フリード?だか」
「……あー!あの補助金出してくれた人か!」
「こうえん、つくってくれて、ありがとー!!」
「優しそうな御方だなあ」
「初代の王様そっくりなんだって」
「じゃあきっと良い王様になるな!」
ひとまずは好感触だ。ほっとしていると、歓声の合間にアンバレナへの声も聞こえてきた。
「おうひさま?おひめさま?かわいいねー」
「なんだ、ケモノ?の民?っていうから、もっと野蛮な感じなのかと思ったぜ」
「むしろかなり可愛…イッテェ!?」
「鼻の下伸ばしてんじゃないよ!!しっかり手ェ振りな!!」
「ケモ耳、もふりたい」
(うん、アンのことも好感しょ……誰だ、アンの耳もふりたいとか言った奴。私ですらまだもふってないんだぞ、譲れ)
アンバレナが笑顔のまま首を傾げる。
「……けもみみってなんですの?」
「えっ」
返事に悩んでいると、何故かシュゼイン公爵がその疑問に答えた。
「…獣の耳の略称ですな。どちらかというと、人間の頭の上についているそれを、そう呼ぶことが多いようです。一般的な会話というよりも、主に大衆小説などで……」
「まあ、そんな言葉が」
「将軍、多分それ解説しなくていいやつっす、将軍」
「というか、詳しいね……」
そんな会話を交わしながら、お披露目は続く。
『アン、愛している。共にこの国を支えていこう』
『ええ、フリード。愛しているわ』
舞台の上で、フリードとは似ても似つかない美形の男優と女優が抱き合う。女優の方は、言われてみればアンバレナに似ているかもしれない。
(アンの方がずっと可愛いし、品と教養が滲み出る立ち居振る舞いだが)
万雷の拍手の中、幕が降りる。
ユランは、隣の席のフリードに問いかけた。
「陛下、ご感想は?」
「脚色しすぎだろ」
俳優たちが揃って観客へ挨拶をするのを拍手で迎えながら、呆れ声で答えた。
半日に及ぶパレードの後、フリードと賓客たちは王立劇場に移動し、王家がプロデュースした劇を観賞していた。
例の、シュゼイン公爵が提案した劇だ。ユランはわざとらしく驚いてみせる。
「おや、面白くありませんでしたか」
「劇は面白かったんだよ、劇は……」
ボックス席から客席を見下ろすと、観客が一人残らず高潮した頬で、これでもかと手を叩いているのが見えた。
劇は、フリードとアンバレナを題材にしたラブストーリーだった。
要するにフリードの人気取りとアンバレナとの婚姻の正当性を訴えるためのプロパガンダだが、「手紙で育んだ愛」というのが脚本家の琴線に触れたらしい。ユランも驚く速度であっという間に台本を書き上げてしまったそうだ。
物語に引き込まれる台本、思わず共感する台詞回し、感情移入してしまう役者たちの演技。
とても一ヶ月と少しでできたとは思えないクオリティに仕上がった。
「よくこんな土壇場で、あれほどの逸材を集められたな?……本当に予算は大丈夫だったか?」
最後だけ小声で問うと、ユランは緩やかに首を振った。
「主演以外、ほぼ全員全くの無名です。むしろ相当色をつけたくらいですよ」
「よく見つけてきたな」
「シュゼイン公爵が紹介してくださったようです」
どうやら、シュゼイン公爵は芸術全般に造詣が深いらしい。意外な趣味だ。
芸術にさして関心がないフリードでも楽しめたし、出来については文句のつけようもない。
しかし。
「毒で倒れた時まで手紙は書いてないぞ」
「確かに厳しい教師はおりましたけど、泣くほど辛い目には遭っておりませんわ…?」
フリードだけではなく、アンバレナまで首を傾げる。
「作中の様な遺書代わりの手紙も書いてないし、ベッタベタなラブレターも書いていない」
「手紙でケンカをしたこともありませんわ。陛下はいつも、話題の振り方や自分の意見の伝え方、細かな言い回しにも大変気を遣っていらっしゃいましたもの。多少、見解の相違で議論になったことはありますが、ケンカになんてなりようがありませんわ」
「アン……!」
「うふふ、陛下のお手紙は何度も読み返しましたもの。私の宝物です」
見つめ合う二人。甘い空気が広がる。
「すまない、エールを一杯。とびきり苦くて冷たいのを」
「気持ちは分かるけど、仕事中だぜ、宰相閣下」
小芝居をしたユランは、面倒臭そうに応じた。
「魚の養殖実験場を視察していて、うっかりボートから落ちて風邪を引いた時は、書いていたじゃありませんか」
「変えすぎじゃないか!?」
「アンバレナ王女殿下のエピソードについては、殿下ご自身と殿下のご家族から聞いたお話をほぼそのまま採用しましたので、悪しからず」
「お父様たちったら!」
来賓席で満足げにしている彼らがそうなのであろう。抗議の声を上げるフリードとため息を吐くアンバレナ。
「せめて台本は確認すべきだった……」
「ですね……」
王立劇場を出て、馬車の中でアンバレナとプチ反省会をする。
「お父様たちったら、失礼だわ。教師の方々の名誉は大丈夫かしら。明日から一般公開ですよね?」
「ユランのことだ、大丈夫だと思うが、一応確認しておく。……劇ってあんなに盛るものなのかな、観劇くらい、一度は経験しておけば良かった」
後日聞くと、アンバレナの教師陣はノリノリだったらしい。それもどうなんだと思う。
頭を切り替えて、アンバレナに声をかけた。
「アン、これから王城で即位記念パーティーだ。体調はどう?」
「……少し、疲れましたね」
「無理もないさ」
アンバレナの手を取り、手の甲にキスをする。
「だが……もう少しだけよろしく頼む。最悪、四公爵への挨拶が終われば、あとはどうにかしておくから」
「あら、今日を乗り切るだけのスタミナは、残しておりましてよ?」
「それなら良いのだけど」
手に、力がこもる。
「アンには、本当に感謝しているんだ」
アンバレナには、二年後の結婚のため現在急ピッチで王妃教育が詰め込まれている。
結婚したらしたで、王妃の仕事を、お世継ぎをと、求められることは増えるばかり。
せめて、出来る限り負担を軽くしてあげたい。
「全力で支えるけど、疲れたらいつでも言ってほしい。私が近くにいなければ、先日紹介した私の側近へ。ないと思うが、もし相手が嫌がったら私が許していると言えば大丈夫だから。話の途中だったら、こう、ハンドサインで……」
「ふふっ、ありがとうございます、陛下」
心配でおろおろと言葉を重ねるフリードとは対照的に、アンバレナは琥珀色の瞳を愉しそうに歪めた。
「……ただ、ね?陛下が思っておられるより、私、負けず嫌いですわ」
ひゅ、と喉の奥の方で妙な音がした。
「それは……余計に心配です……」
「うふふ」
鈴の音のような愛らしい声の響きに、好戦的なものを感じて。
フリードは思わず口元が引き攣った。
…クレイドル・ヴァン・シュゼインだ。
…我らが至高なる黄金、フリード陛下から手紙を預かっている。…ご本人は少々本編の方が忙しいので、私が参じた。読み上げる。……あーあー……ンンッ、よし。
「(フリードの声で)先日は私の誕生日を祝ってくれて、どうもありがとう!
貴殿らからのプレゼントの星の……オブジェ?は確かに受け取った。嬉しくて、子どもの頃シュゼイン公爵にもらった、剣の隣に飾ったよ。
ちなみに、明かりを消したらぼんやり光ったよ。結局一晩中光っていたみたいだけど、どういう構造なの、あれ?新種の鉱物?間接照明?
とにかく大切にするね、ありがとう」
(低音イケボに戻って)…以上だ。…今後も、あの方を気にかけてくれるとありがたい。
…そろそろあちらに戻る。…ご機嫌よう。
お読みいただき、ありがとうございました。




