30.戴冠
結局、シュゼイン公爵はちゃんと馬車の時間に間に合った。
いつも通りの黒の軍服だが、普段は省略しているマントや装飾も、きっちり着けている。おびただしい数の勲章がびっしりと胸に飾られていて、すこぶるつきで邪魔そうだった。
長身を折り曲げて礼をする。
「…参りましょう」
「ああ」
ガラク親子とここで一旦別れ、フリードは馬車で時間をかけて、会場である王都の宮殿に向かう。
宮殿に着き、まっすぐ戴冠の間に向かうと、大扉が厳かに開かれた。
中央にまっすぐ伸びる、真っ赤な絨毯。
その左右で見守る、鉱国中の貴族たち。
中央奥の壇上には、ガラク侯爵とユラン、抜け道から先回りしたミルドランとシュゼイン公爵が、フリードを待っている。
絨毯を踏み締めて向かう。
壇の前まで進むと深く息を吸い、宣言する。
「この私、フリード・イクス・アロイジアは、鉱国をより良き未来へ導くことを、国父陛下と我が国を守る神々、そして民に誓う」
誓いを聞いた四人は、台から宝具をそれぞれ手に取った。それを見計らい、フリードも壇上に上がる。
「王の叡智をここに」
建国御三家の一つ、ガラク侯爵家の当主がフリードの前に歩み出て跪き、大粒のアメシストの指輪を捧げる。
彼はそれを、フリードの右手の親指に嵌めた。誰がつけてもジャストフィットする「叡智の指輪」は、呪術を使って作られた逸品らしい。
ガラク侯爵が下がり、同じく建国御三家の一つ、シュゼイン公爵家の当主が前に出て跪いた。その手には、黒い柄にブラック・ダイヤモンドがあしらわれた剣。ゆっくりと鞘から抜く。
ここで抜き身の剣を二回回転させ、王へ捧げるのだ。
シュゼイン公爵が剣を回す。一回………二回………。
……三回。
「!?」
ざわり、と会場が揺れた。
最後にもう一回回し、合計四回で、ようやく剣を鞘に戻した。
「…王の武勇をここに」
隠れて確認すると、ミルドランは唖然としているし、ガラク親子も隠してはいるが、動揺しているのが分かった。
(……確かに正式な作法は四回だが!!ここ何代も二回だったし、三日前の打ち合わせでも二回だったじゃないか!?)
内心混乱しながら、改めてシュゼイン公爵を見ると。
剣の向こう側の彼は、悪戯っ子の目をしていた。
(あ、これ絶対わざとだ)
悟ったフリードは、スン……と何事もなかったかのように剣を受け取り、腰に差した。
シュゼイン公爵も何事もなかったかのように下がる。
気を取り直して顔を上げると、次の者がハッとして歩み出た。
「王の誉れをここに!」
唯一背中を向けて身につけるマントは、誰より信頼する専属護衛が。金のマントを肩にかけられ前を向き直すと、心持ち誇らしげな顔のミルドランが留め具を留めた。
「王の権威をここに」
王笏を捧げ持つユランは、珍しく少し緊張した面持ち。王笏は、国父陛下が開拓の際使っていたツルハシに手を加えて作った、大変有り難い代物だ。
(……直近の出来事のせいで、不吉にしか見えないがな!)
飛び散る血飛沫と鉄の匂いが脳裏をよぎる。
だが、受け取らない訳にもいかないので、手に取った。細身だが、それなりに重い。さすがに実戦用の剣が収まっているだけのことはある。
この重さも、王になるということだろう。
最後に、ここまで宝具を捧げた四人が左右に並び、中央の台座への道を作った。
「王の栄光をここに」
その先に座すは、最後の宝具……王冠。
台座の斜め後ろで、アメシスト大公が深く首を垂れている。
王冠に触れることができるのは、王か王位を継がんとする王太子、そして彼らに許された管理者のみ。時には国王代理の権限を持つ大公にすら、触れられない。
台座に歩み寄り、一度王笏をユランに預ける。
王冠の正面中央に堂々と鎮座するは、全体的に淡い黄でところどころ緑や青も混ざる、不思議で、しかし美しい宝石。
オパールに似ているが、それにしては妙な気配があるので、恐らく魔核だ。拳大とかなり大きいが、先代シュゼイン公爵が狩った魔物のものだろうか。
(……あ。よく見たら、私の瞳にそっくりだ)
地金の金も、フリードの髪と同じ色。まるで自分の分身のように思えて、笑みが溢れる。
黄金に輝く王冠を、頭に乗せた。
振り返ると、シュゼイン公爵が霊剣を掲げ、普段の寡黙さなど微塵も感じさせない、宮殿中を震わせるような大声で告げた。
「…国父陛下の正当なる後継者、フリード三世国王陛下、万歳!!」
「ばんざーい!!」
(ここの台詞も違ーう!!)
「第十四代アロイジア鉱国国王、フリード三世国王陛下、万歳」だったはずだ、三日前までは。宰相親子はもう諦めたのか、笑顔の無表情。
(いや、それより進行!三回目の「万歳」が終わったら……)
カッ、カッ、と王笏で二回床を叩く。称える声が止んだ。
アメシスト大公がスッと前に出てきて、跪いた。
「わたくしアメシスト大公は、鉱国の至高なる黄金、フリード三世国王陛下に忠誠を誓いますわ」
そう言うと、フリードの手の甲に軽く口付ける。
「ありがとう、アメシスト大公」
拍手が巻き起こる。
四公爵も次々と忠誠を誓う。
「…私シュゼイン公爵は、鉱国の至高なる黄金、フリード三世国王陛下に忠誠を捧げます」
「私、ウォレス公爵は、鉱国の至高なる黄金、フリード三世国王陛下に忠誠を捧げます」
「私、ソラシオ公爵は、鉱国の至高なる黄金、フリード三世国王陛下に忠誠を捧げます」
「私、タルヴァ公爵は、鉱国の至高なる黄金、フリード三世国王陛下に忠誠を捧げます」
宣言し、やはりフリードの手の甲に口付ける。
「皆、ありがとう」
(……シュゼイン公爵だけか。まあ、仕方がない)
シュゼイン公爵はきちんと口付けていったが、ウォレス公爵とソラシオ公爵は唇が触れないギリギリの距離、タルヴァ公爵に至っては、フリだけだった。
ともあれ、大公と四公爵の忠誠の誓いで戴冠式は完了だ。歓声に隠すように、こっそり安堵のため息を吐いた。
拍手の雨の中を、臣下を引き連れて退場する。途中で、式を見守っていたアンバレナをエスコートし、お披露目用の馬車に乗り込んだ。
しれっとした顔で愛馬に跨り、馬車の護衛をするシュゼイン公爵。
馬車が動き出した後、小声でその名を呼ぶ。
「……シュゼイン公爵?」
「さては直前の打ち合わせ、わざとすっぽかしたっすね?将軍?」
「…陛下は、我らが真の王であらせられますから。…他の陛下たちと同じでは、面白みがないでしょう?」
低い、笑い混じりの声が聞こえた。だとしても、わざわざ秘密にしておくことはないだろうに。
お茶目すぎる将軍である。
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