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29.いざ、即位式

 いよいよ迎えた、即位式当日。


 フリードは控え室で緊張しまくっていた。


 なんと言っても、今日のフリードは主役、国家行事の主役である。

 特急で行われた王太子任命式や、先日身内だけで行った誕生日パーティーとは規模が違う。


 いつも以上に豪奢な衣装、きっちり整えられた髪。

 否応なしに緊張は高まる。


 いつもなら、ユランかミルドランと駄弁って緊張を解せたのだが、生憎、今はどちらもいない。しばらく、アンバレナからもらったサシェを指先でもてあそんでいたが。


「………」


 すくっと立ち上がる。控えていた親衛隊がすぐさま反応した。

「陛下、どちらに?」

「他の者たちを手伝ってくる」

「へぁ!?」

「お、お待ちください!!陛下!!」

 ミルドランではない護衛たちは止めきれず、慌ててフリードの後を追う。


「すみません、また案内役の要請です!!」

「宝物庫の鍵、今誰が持ってる!?」

「案内役ってまだ誰も帰ってきてません!?」

「すみません、馬車の車輪の予備ってどこですか!?」

「案内待ちって何組?五組?六組?」

「御者が緊張しすぎで腹下した!代わりはいるか!?」


 想像以上のカオスだった。あと、招待客が大量に迷っている。

 事前確認ではさほど分かりづらい場所ではなかったはずだが。案内役を増やしたのち、案内を要請した招待客たちに意見を聞く必要があるだろうと考えつつ、手近な文官に声をかける。

「なにかできることはあるか?」

「陛下!?」

 ギョッとした顔で振り返る。他の者もフリードに気がついたようだ。

 怒涛の勢いで叱られる。

「主役が何やってんですか!?」

「うろちょろされてはお召し物が汚れます!!」

「邪魔です、さっさとお戻りください!!」

「す、すまない」

 忙しすぎてオブラートが穴だらけの文官たちに鬼の形相で追いやられ、再び時間を持て余す。



「少し早いですが、式の打ち合わせに参りましょうか」

「ああ」

 護衛の助言に従い移動すると、宰相……否、ガラク侯爵がソファに腰掛けて式次第を確認していた。


「おや、陛下。お早いですな」

「時間があったから文官たちを手伝おうとしたら、追い返されてしまった」

「それは良うございました」

「意味を聞いても?」

「そのままですな」


 いつものようにゆったりと礼をしたガラク侯爵は、ガラク侯爵家当主の正装である、ディープロイヤルパープルのジュストコール。クラバットは彼の「唯一」であるガラク侯爵夫人の色。それを留めるピンには、ガラク侯爵家の家紋、三角茨に本の紋。胸には宰相経験者に贈られる勲章もあった。

 向かいのソファに腰掛ける。

「先日はどうも。愚息はお役に立っておりますかな?」

「ああ。さすがは貴殿の自慢の令息だ」

「それは何より」

 フリードがそう答えると、朗らかに口を綻ばせた。

 わずかな空き時間、話に花を咲かせていると、ユランとミルドランも現れた。

「失礼します。……お早いですね、陛下、ガラク侯爵」

「「ミルドラン様、お疲れ様です!!」」

「おう。護衛、代わるぞ」

「「はっ!!」」

 ミルドランが親衛隊と入れ替わって、定位置に戻った。


 今日は、フリードの側近である二人の大舞台でもある。

 ミルドランは、瞳と同じびろうど色の軍服に、王族の専属護衛を示す濃い金のサッシュ。軍服の裾には、金糸で鉱国の象徴であるドラゴンが刺繍されている。短いダークブラウンの髪も、綺麗に整えられていた。

 ユランはいつもと同じ宰相としての正装だが、淡いサンドベージュの髪はいつも以上に輝きを放ち、うっすらだが化粧もしているようだ。


(二人とも、気合入っているなあ)


 フリードがそう思う一方で、互いの存在を認識した瞬間、爽やかな腹黒笑顔に早変わりするガラク親子。


「一体どんな悪巧みをされていたので?」

「なに、お若い卿に宰相はいささか荷が重かったのではないかと話していたのですよ」

「ご心配には及びません。閣下こそ、暇になったからと腑抜けてなどおりませんでしょうな?」

「フフッ、面白い冗談をおっしゃる」

 袖で口元を隠し、ころころと黒く笑い合う。ミルドランが呆れ顔でぼやいた。

「……素直じゃねえなあ」

「ね」

 素直にお互いを心配したり褒めたりしたら、負けだとでも思っているのだろうか。こっそり苦笑する。


 息子と挨拶代わりの嫌味と皮肉の応酬を済ませたガラク侯爵は、テーブルの上で書類の角をそろえた。


「少し早いですが、全員そろったのなら、始めてしまいましょうか」

「将軍は?」

「先ほど一度だけ顔を出しまして、自分抜きで始めてくれて構わないと。まあ、年齢から考えると、彼は何度も出席しているので」

「頼もしい」

 感嘆の声を上げたフリードだが、ミルドランは首を横に振った。


「……暗殺者やら侵入者やら多すぎて、とうとう将軍まで駆り出されただけだぜ……」

 ミルドランが見かけた時は、「式までに血の匂いが落ちぬではないか!死ね!!」と怒りながら、暗殺者を斬り捨てていたらしい。余裕がないというか、あるというか。思わず顔が引き攣った。


「心配なさらずとも、馬車の時間には合流しますよ」

「そ……」

 「そうだな」と頷きかけたその時、ミルドランの袖が引っかかり、窓が少しだけ開いた。


「将軍!そっちお願いします!」

「将軍閣下!こちらも!!」

「将軍!将軍!!あっちです!!」

「貴様ら、私が何人いると思っている!?」

「閣下が一番足が速いんです!!」

「早く!急いで!!」


 パタン。


「「「「……」」」」


「……本当に合流できるんだろうな!?」

「まあ最悪、屋根の上を走れば追いつけるでしょう」

「ですね」

 その返事を聞いたフリードは、シュゼイン公爵が一ヶ月以内に休暇を取れるよう予定を調整すると、固く誓う。



 半刻後。


「……戴冠式と即位式って、どう違うんだよ……?ややこしいんだよクソ………」

「鉱国において戴冠式は戴冠式で、即位式は戴冠式やパーティーも含めた一連の流れ全てだ。アホミド」

「あ?」

「は?」

「今日くらい止めなね……」


 なんとか式次第の最終確認が済むと、ガラク侯爵がそういえば、と意地悪く口元を歪めた。


「先ほど、ソラシオ公爵とすれ違いましたが……ずいぶん豪奢なお召し物をされていましたな。なんでも、今日に合わせて新調したとか」

 思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……まだ金があるのか、あの家は……。横領した金、全額一括で支払わせれば良かった。ユラン、出元を探ってくれ」

「は」

 ユランが一礼すると、メモのびっしり入った式次第を睨んで唸っていたミルドランが、顔を上げた。

「ああ、そうそう。フリュー、将軍から報告を預かっているぞ。俺がなんか誤解してたら不味いから、そのまま伝えるな?」

 そう言うと喉を整え、いつもより若干低めの声を出す。


「『…タルヴァ公爵令嬢が、親しい令嬢二人と組んで、何か企んでいるようです。即位記念パーティーで騒ぎを起こす気のようですが…「欠席」させますか?』……っす」


「うあ〜……」


 フリードは思わず頭を抱えてうめいた。


 今日を引っ掻き回されるのは、不味い。

 不味いが、シュゼイン公爵がこういう言い方をした以上、王城の者や出入りの業者が買収されている可能性は低い。想定される規模も、あまり大きくはない様子。


 悩んだ末、首を横に振った。


「……いや、そのままでいい」

「よろしいのですか?」

 ユランが顔を上げる。タルヴァ公爵家は外交に関わりの深い一族だ。現在進行形でガラク侯爵家が着々と力を削っているとはいえ、今後国外からの支持を得て、反乱でも起こされたら堪らない。

「彼らの前で『そんな価値のある家ではない』と示し、スマートにことを収めるのがベストだ」

「……それは、そうですが……」


 歯切れの悪いガラク侯爵に、苦笑を返す。


「まあ、どうにか上手く立ち回ってみせるよ」

 フリードの地盤は、まだまだ盤石とは言い難い。リスクは高いが、上手くいけば王としての器を示すこともできよう。

「万が一の時のために、会場には影を多めに潜り込ませてくれ」

「間違いなく閣下にお伝えします」

「ありがとう、ヤン」

 天井から降ってきた声に、礼を言う。


「あとは……そう、ウォレスは?」

「ネルソン侯爵令嬢の婚約を進めております。お相手は、愛人筆頭候補だった伯爵令息です」

「え!?」

 まさかの情報だった。

「男の元々の婚約者は?」

「未定だったようです。あちらは跡取りなので、スムーズに決まったそうですよ」

「婚約者がいないのに、愛人候補だということは決まっていたのか……!?」

「そのようです……」

 相も変わらず闇が深い。

 しかし、それで落ち着いてくれるなら願ったり叶ったりだ。この際、かの一族の危うさには目を瞑る。

 エスコートもその彼らしいので、やはり警戒すべきは、タルヴァ公爵親子だろう。頭が痛いことだ。




「あ、テルセン辺境伯家ですけど、戴冠式は父上、その後は兄貴が出まーす。エスコートが必要な場に、離婚協議中の馬鹿野郎出す訳にはいかないんでー」

「そっちはまだ揉めてるのか……」

お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最大戦力が味方なんだから堂々と宣戦布告してきたタルヴァ公爵なんか最初から潰しとけよ。
[一言] 兵を指揮するべき将こそが最大戦力て苦労が多そうだ… 士気は上がるんだろうけど。 アンデッドに近いらしい本作はともかく、シャアとかいう某赤い彗星は何を考えているのやら。
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