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番外編3.ユランの王様

長めです。

 昼下がり。

 静かな廊下を歩く。


 昼食を終えた、程よい満足感。


 この季節にしては珍しい晴れ間。


 窓から降り注ぐ、暖かな日差し。


 遠くに聞こえる鍛錬場の剣戟の音。


 今日はミルドランが訓練に参加しているので、彼の威勢のいい声と彼を慕う騎士たちの楽しそうな声が響いている。

 侍女がどこかの窓を開けたのか、心地よい風が吹き抜けていった。

「ーーーガラク宰相」

 廊下の中程まで来たところで、わずかに固い声がユランを呼び止めた。


 ゆったりと振り返ると、はしばみ色の髪と瞳の壮年の紳士が強張った顔で立っていた。薄く笑んで、優雅に礼をする。

「おや、これはこれは……ご機嫌麗しゅう、テグロス法務大臣。いえ、テグロス侯爵と呼ぶべきですかね」


 鉱国貴族は、おおよそではあるが、髪と瞳の色で、その家がどこの親戚筋か分かる。

 銀髪と青い瞳がウォレス一族。

 黒髪に黒い瞳はシュゼイン一族。

 砂色の髪に紫の瞳のガラク一族というように。

 目の前の彼のような、髪も目もブラウンなのは、タルヴァ公爵一族だ。


「いかがされましたか?」

「……少々お時間をいただいても、よろしいでしょうか」

「申し訳ないのですが、この後も予定が詰まっておりまして。手短にお願いします」

 微笑んだまま、腰まである長い髪を後ろに払う。テグロス侯爵は逡巡しながら口を開く。

「……本家様のことは、お聞き及びでしょうか?」

「ええ、ええ。何やら愉快な状況のようで?」

 父親そっくりと言われて久しい笑顔で応じた。


 ユランは、タルヴァ公爵が昔から嫌いだった。


 ユランの祖父が担当になる前、フリードやユランたちの外国語教師は、タルヴァ公爵だった。

 彼はいつも幼いフリードに、無茶な量と異常な難易度の課題を押し付けては「出来損ない」と貶め、悪評を広げた。そんな相手を、好きになれるはずがない。

 父親と同じように攻撃してきた、タルヴァ公爵家の兄妹も然り。報復の一環で手紙が届くかも怪しい遠方に左遷したタルヴァ公爵令息などは、お互い蛇蝎の如く嫌い合っている。


(外面の良さだけは評価できたが、とうとう馬脚を露わしたか。なんとまあ……痛快な)


 そんな思いで笑みを深めるユランとは対照的に、テグロス侯爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「笑い事ではないのですが……」

「おや失礼。それで?」


 なおもくすくすと笑っていると諦めたのか、苦い顔のまま口を開いた。


「……フリード陛下は……元第二王子派閥は、徹底して理性的です。我々元第一王子派や元第三王子派を無理に排斥したりせず、あくまで国を正しく回すことに力を注いでおられる。共和国への侵攻関係は潰されてしまいましたが、代わりの事業や政策もご提案いただいております」

 フリードが「戦争を起こす財力・兵力があるなら、もっと建設的に使えよ?(訳:ユラン)」と提案しているものだ。

 ユランは担当ではないので詳しくはないが、タルヴァ公爵派貴族の約半数が乗り気。残り半数も、交渉次第でどうにかなりそうだとか。


 ある一家を除き。


「そちらの本家様『だけ』、全面拒否、でしたか。元政敵には勿体無いくらい譲歩しておりますのに?」

「っ」

 顔色を変えるテグロス侯爵。舌打ちしたくなる気持ちを笑顔で覆い隠す。


 テグロス侯爵は、品行方正で慎重で……それ故に、決断が遅い。人や機を見る目はあるのに、その長所を綺麗に無に帰す欠点だ。フン、と鼻を鳴らす。

(その上運用する本家がアレでは、ね)

 大人しく中立派に逃げていれば良かったものを、義理だなんだと本家に操を立てて、逃げ遅れた。

「本家様を……説得していただけないでしょうか。分家の我々としては、本家様が頷かないことには、なんとも」

(馬鹿馬鹿しい)

 状況を正確に把握しているからこそ、焦ってこんなことを言い出したのだろうが、呆れる。


 日に透けて金に光るサンドベージュの髪を指先で弄ぶ。

「陛下はなんと?」

「『道は分たれた』と……」

「では無理ですね」

 失礼します、と会釈してさっさと歩き出す。


「ガラク宰相!どうかご検討していただけませんか!」

「真剣に検討した結果です」


 本当に、何の偽りなくそうなのだ。

 そんなこともつゆ知らず、テグロス侯爵が叫ぶ。


「ガラクの最高傑作の一人と名高い、貴方なら!」


 ぴたりと。

 足を止め、振り返る。


「……貴方といい、タルヴァ公爵といい、何か勘違いされているようですが」


 振り返ったユランは、感情の抜け落ちた無表情だった。


「フリード陛下は、私などよりもはるかに優れたお方ですよ」


 テグロス侯爵が目を見開いた。


 ガラク家は、優秀な一族だ。各々得意分野は異なるが、どのような分野でも容易に一番を取ることができる。強いて言えば武術が得意な者はいないが、それでも平均以上ではある。

 その中でも、ユランは特に優秀だ。プライドも相応に高い。


 しかしユランは、自分が王の器だと思ったことはない。

(ミド曰く私は、「冷淡で傲慢」らしいしな)

 ……まあ、まだフリードと会う前、「こんなのしかいないなら、自分の方がマシだ」と思ったことなら、ある。


 自分に解けない問題を解いたり、自分より先に問題を解いた相手に、いきなり熱い茶を投げつける王子はダメだ。独裁・圧政一直線ではないか。

 開始一分で「分からない」と周囲に泣きつき、できなかった分を他人にやらせる王子は論外。国を潰したいというならわかるが。


 ユランもユランで、ぶつかり合ってぶつかり合って、最後にある程度妥協できれば構わないと思っている。遺恨が残ろうがなんだろうが、大義が成せればそれでよし、と。



 だが、フリードは違う。



 共和国との同盟の時。

 あの時、王城の上層部はほぼ全員開戦を覚悟していた。

 侵略派の貴族は嬉々として戦の準備を進め、シュゼイン公爵は渋々防衛戦の準備を始めていた。

 そんな中、徹底して開戦に抗っていたフリードは、自ら共和国との交渉の場に赴き、講和のみならず同盟まで勝ち取ってみせたのだ。

 同じく戦争反対だったシュゼイン公爵に感謝され、宰相である父は大喜び。フリードは評価を上げた。

 開戦を期待していた者たちはいつものようにフリードを疎んだが、目端の利く者は気がついたはず。


 ーーー自分たちが、今まで何を野放しにしていたのか。



「人と人を繋ぐことに関して、陛下の右に出る者は我が国におりません。父であるガラク侯爵でさえも、遠く及ばない」



『少し、話そうか?』

 そう言ってフリードが間に入ると、大抵のことは丸く収まってしまう。

 長年いがみ合っていた二人が、フリードが仲裁してから竹馬の友のように語らう様など、何度見たか。気難しい有力者たちにも、「フリード様になら協力しても良い」という者は、多い。

(これが、人望というものなんだろうな)

 何かあるたび、ヒステリックに部下を怒鳴りつける先王や王太后には、無いものだ。


「……ですがね?そもそも、そちらの本家様は話し合う気どころか、聞く耳すら持たないでしょう?そんな相手を、どう説得しろと?」

 袖で口元を隠してころころと笑ってみせると、テグロス侯爵は面白いくらい簡単に押し黙った。

 タルヴァ公爵にとってのフリードは、その全てが取るに足らない雑音、踏み躙って然るべきもの。どれだけ行動で示しても、どれだけ言葉を尽くそうと、何一つとして聞き入れられることはない。

「生憎、底の抜けた水瓶にワインを注ぐ趣味はないのですよ」


 もちろん、タルヴァ公爵の場合のように、フリードが間に入っても分かり合えないことは、ままある。

 攻撃的な態度や取り付く島もない対応で消耗していく姿に、「もういいじゃないか」と言いたくなることもしょっちゅうだ。


 それでもなお甘い理想を掲げて、茨の道を歩むフリードを、ユランは敬愛している。



 だからこそ余計に、彼の優しさをぶち壊す相手が許せない。

「陛下にすら見放されるような相手を私にどうにかしろとは、無茶な話です」

 心の底から、そう思う。


 大体相手は、話し合い、理解し合うことを好む人間から、それを諦めさせる者たちなのだ。手を差し伸べようとすればするほど、増長するに違いない。

 そっと肩を叩き、耳元で囁く。

「……テグロス侯爵。貴方は職務に誠実で、聞く耳もある。ですから、忠告しておきましょう。……泥舟からは、さっさと降りるのが賢明ですよ。共に沈む覚悟がないのならば」

 フリードの見立てでは、テグロス侯爵にそこまでの忠義も覚悟もない。ちらりとそちらを見やると、フリードと滅びと栄えを同じくする覚悟のユランの言葉に、臆した様子だった。


 ユランは冷淡で傲慢だ。


 他者の言動で傷つきにくく、だからこそ他人を平気で傷つけ、切り捨てることに躊躇いがない。


(だが、私はそれでいい)


 茨には茨を。傷ついても傷ついてもなお進むフリードを、少しでも棘から守るのが自分の役目。


 そう、思っている。


 はく、と口を開閉させ……ぐ、と閉じた。

「……ご忠告、痛み入ります。……我が家も立ち位置を考え直すべき時のようですな……」

「それがよろしいかと」

 確かに感じた手応えに、笑みが溢れる。



 王とは。


 驕らず、努力し続け、国を守り導く覚悟とその姿勢をもって、周囲に「支える価値あり」と思ってもらえる者だ。


 ユランには無いが、フリードにはある全てが、彼こそ王だと主張している。



 来た道を引き返すテグロス侯爵を見送った後、再び歩き出す。自然と、その口から歌が紡がれる。

「……おお、我らが王よ、比類なき黄金。黒き金剛、紫の水晶、従いて、共に戦う。ああ美しくも強く、強くも慈悲深き、我らが王よ……」


 その頃、手合わせを終えて汗を拭っていたミルドランは、窓から聞こえたその歌声に手を止めて、つぶやいた。


「ユラン、機嫌いいじゃん。なんかいいことあったんかな?」


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] こちらが100歩どころか一万歩譲っているにもかかわらず、逆に増長してくる輩はリアルにもいますよね。 大抵、被害者意識に凝り固まってるだけのクズですがね。
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