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26.王家の血筋

 しょぼくれるフリードを見て、ミルドランは話題を変えにかかった。


「あー……ところで、あれ大丈夫だったんすか、アレ」

「ん?」

「三公爵連名の嘆願」

「ああ、あれね」

 先日届いた手紙を思い出し、苦笑いする。



 二十年かけて、拗れに拗れた王位争い。

 それはある日突然、ハサミで糸を断つように問答無用で、そしてあっけなく終わった。


 しかし、それで全てが解決したかと言えば、否。むしろ、さらなる混乱を招いていた。

 飛び交う婚約の申し入れや解消の手紙もその一つで、逃げ損なった未婚の者は酷いことになっている。

 モテないと嘆いていたミルドランは、自室に届いた大量の釣り書きに驚いて、何故かフリードの執務室に逃げてきた。すぐさまユランに叱責され、それでも無理だと泣きついてきたので、その日は三人がかりで片付けた。今はユランに頼み込んで派遣してもらったガラク侯爵家の文官たちが、三人体制で手紙を処理している。

 元々モテるユランはこの比ではなく、婚約関係の手紙の保管用に、部屋をまた一つ空けたらしい。

『内容と送り主だけ確認して、急ぎ以外はゆっくり返していますよ。返事の一つも待てないほど切羽詰まっているのなら、高望みしなければ良い』

 とのこと。プライドの高いユランらしい。 


 ……閑話休題。


 問題の手紙を要約すると、「タルヴァ公爵令嬢とネルソン侯爵令嬢を側妃として娶れ」だ。

 両肘をつき、手を組む。


「内容自体は、ごもっともなんだ。王位継承権のある王族は、もはや私一人だし」

 厳密に言えばもう一人いるが、彼は高齢の上、子どももいない。「直系の血を繋ぐ」という意味では、フリードのみだ。

 しかし、問題が一つ。

「……獣の民には、側妃の文化がない」


 一人の夫に一人の妻、一人の妻に一人の夫。王の伴侶も子どもの恋人ごっこも、例外はない。一度正式に婚儀を済ませてしまえば、子どもが生まれる前に伴侶が土に還ったとしても、再婚はしない。不貞をすれば、その者は不貞相手ごと八つ裂き。


 そのくらい、絶対なのだ。


「そんな国の王女を娶っておいて、側妃など娶ってみろ。両国の関係が悪化する」

「その前に、私が八つ裂きだよ!!」

「増えるどころか断絶するな、王家」

 あらゆる方向で却下だ。


「だから、三公爵家には条件を出した」

「条件?」

 ペンを指先で弄ぶと、ミルドランが首を傾げた。

「当初政略結婚の案は、アンと王子の誰かとの他に、もう一つ出されていたんだ。それを呑むなら……婚約解消も側妃も検討すると」

「そうだったっけ?」


 その反応に、渋い顔をするユラン。


「何故会談に同行していたのに知らないんだ」

「おっと、反論させろ?戦闘民族の長二人とその精鋭たちが、自分の主にバリバリ殺意向けて、武器の届く距離にいるんだぞ?会話の内容なんか吹っ飛ぶわ」

「それは、本当にそう……」

 当時、共和国と鉱国は開戦寸前だった。会談中、相手が武器を持って立ち上がりかけ、ミルドランを見て座り直すというシーンを、何度見たことか。


 そうフリードがフォローすると、ユランは忌々しげに教えた。


「……『四公爵家の次代と共和国王族の婚姻』、そして『その間に生まれた子どもの公爵位継承』だ」

「無茶振りじゃねえか!!」

「そうでもしないと信用できないと判断されたのだろうな」


 全くもって同感である。


「それで、その条件を伝えた結果は?」

「だんまりだ」

 それが返事とも言える。


 あちらの事情も、分かる。婚約者が穏やかでない死に方をしたとなれば、良い相手が見つかる可能性は下がる。

 まあ、だから「良さげな婚約を見繕うか、王家のお墨付きを与えるかする」と再三伝えているわけだが、そちらには無反応だ。


 ユランが額に青筋を立て、ばっさりと切り捨てた。

「もう全員殺そう」

「ちょっ」

「全員、後継ではない令嬢だ。家としての重要度は低い」

 身も蓋もないことを吐かすユラン。その横顔は「何故こんなことのために思考を割かなければならないんだ、面倒臭い」とでも言いたげだ。

「というか、ことがことだ。既にシュゼイン公爵が動いているんじゃないか」

「恐らくは……。大切な奥方の、大切な忘れ形見の婚約に関わることだからな……」

「今頃キレ散らかして、タルヴァ公爵家に乗り込んでるだろーなー……」


 唐突に、低い声がした。


「…そんなことはしていない…」

「え?……うわっ!?」

「おうっ!?」

「シュッ、シュゼイン公爵!!」


 長い黒髪を揺らして、天井裏から逆さまに顔をのぞかせるシュゼイン公爵。思わず後ろに飛び退く。


「相変わらず心臓に悪いな貴殿は!!」

「…慣れてください」

「嘘だろ、開き直りやがった、この御仁!!」


 王の書庫の件以降、敬意はより強く感じるが、遠慮もより無くなった気がする。


 三人の心臓がまだバクバクしている中、無音で床に降り立つ。

「…話を戻すと、手紙は送った」

「手紙?」

 三人の中では一番シュゼイン公爵に慣れているミルドランが、はたと我に返った。無表情で頷く。

「…『命日の希望はあるか』、と」

「やっぱキレ散らかしてるじゃないっすか……」

 額に青筋を浮かべ、ごきりと手を鳴らす。


「…あとタルヴァに怒鳴り込んだのは、ウォレスの方だ」


 ウォレス一族の領地は宝石の産地が多く、領民の大半がそれにまつわる仕事で生計を立てている。食料の輸入は他のどの公爵家より喫緊の問題だ。一族の超血筋至上主義もある。

 言い方は悪いが、フリード一人の犠牲で解決するなら、彼女らはそれが最善なのだ。


「…ちなみにソラシオは陛下のご提案を聞いても乗り気の様子でしたが、ウォレスの激怒を見て、手を引きました」

「そう……」

 この程度で分裂するなら、最初から手など組まないでほしいと思うフリードである。


「…タルヴァは、『反故にしてしまえばいい』と言い張っておりますが、分家が逃げ出し始めています。……分裂は、避けられないでしょう」

「そうか……」

 深く……深くため息を吐く。どうやら、お茶会の忠告は、なんのブレーキにもならなかったらしい。

「やはり、暗殺しましょう」

「それが早ぇよ」

「…では、担当のテレント副将を」

「呼ばんでいい」

「自分を呼びましたか!?」

「呼んでない!!」


 ぼーっとしている隙に、公爵暗殺計画が始動するところだった。油断ならない部下たちだ。


「宰相、ガラク侯爵に分家たちの取り込みを急ぐよう伝えてくれ。優秀な文官は王家で確保する、私も出張ろう」

「御意のままに」

「シュゼイン将軍、報告ご苦労だった。引き続き監視を頼む」

「…承りました」

「テレント副将は帰って」

「えー」

「『えー』じゃない」


 指示を出し終えふと気がつくと、ミルドランが紅茶を淹れ始めていた。道理で途中から良い香りがしていたはずだ。


「俺と将軍と副将がいる場で襲ってくるのなんざ、馬鹿か自殺志願者くらいだよ」

「そうだけど」

「それより、現実問題どうなんだよ?今王族は、事実上フリューだけだろ?」

 紅茶を蒸らしながらの問いに、苦笑で応じる。

「いるよ」

「何が」

「継承順位の高い、非公式の王家の血筋」

「は?」

「しかも二人」

「はあああ!?」


 ユランが冷めた目で驚くミルドランを見た。


「そうでもなければ、ここまで呑気でいられるか。……おい、紅茶そろそろじゃないのか」

「あ、やべ」


 フリードの前に、カップが差し出された。侍女が淹れるよりやや濃い茶色の紅茶を、礼を言って受け取る。


「ちなみに、本来の王位継承順位なら、私より上だ。二人ともな」

「私に何かあれば、ユランが。ユランにも何かあれば、その二人のどちらかが王になる。教育レベルは公爵家並み、しかもシュゼインとガラクの後ろ盾付きだ。そんなに酷いことにはならないはず」

 

 ミルクポットを手に取り、飛沫が飛ばないよう静かにミルクを注ぎ入れる。

 口に運ぼうとすると、険しい顔のミルドランがカップを取り上げた。

「口にする直前に毒味させろと言っただろうが。淹れたのが俺でも、カップやミルクに仕込まれてたらどーすんだ、ボケ」

「そもそもこの話題も、君一人ならどうにでもなるなどと考える輩を危惧してのものだぞ。察しろ馬鹿」

「私、王だよね?この国で一番偉い人なんだよね?」


「「だからだよ、ドアホ!!」」


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
>命日の希望はあるか 「チャレンジングなバカ」と共に一度は言ってみたいセリフにノミネートされました。 言葉のセンスやお話のテンポの良さがとてもよく、何度も読み返しました。またどこかの機会に、この国の…
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