25.三者三様恋愛事情
運命のお茶会から一週間後。
アンバレナが今日も王妃教育に勤しんでいると、コリンナが来訪者を告げた。
「姫様……ドレスが完成したそうです。今その……届けにいらっしゃってます……」
「?そうなの?お通しして」
奥歯にものが詰まったような言い方に首を傾げながらも、会う意向を示し、着替えて応接室に向かうと。
「やあ、アン!ドレスを届けに来たよ!」
「陛下!?」
なんとここ数日ですっかり愛称呼びが定着したフリードが、喜び勇んで後宮へ乗り込んできたのである。その斜め後ろで苦笑しているのはミルドランとユラン、そして先日採寸を行った仕立て屋だ。
「びっくりさせたくてね、そちらの侍女……コリンナにも内緒にするよう頼んだんだ。叱らないでやってくれ」
「は、はい」
シュゼイン公爵に「小難しいことはせず、想いをきちんと伝えることが肝要です」とアドバイスされたフリード。アンバレナが拒絶しないのを良いことに、向かいではなく隣に腰を下ろした。真っ赤になりながらも、尻尾をブンブン振るアンバレナ。
「サイズを合わせただけの普段使いだけど、ぜひ着てみてほしいな。お国の伝統衣装も素敵だけど、アンに似合うと思ったものを選んだんだ。あ、もちろん、好みに合わなかったら教えて欲しい」
「か、かしこまりました、陛下」
「それとほら!」
物珍しそうに鉱国のドレスを眺めるアンバレナに、とっておきを見せる。アンバレナは大きな目をさらに大きくした。
「尾飾り……!?どうして鉱国に!?」
「フフッ、驚いた?実はアンを驚かせたくて、ずいぶん前から製法を調べていたんだ」
自慢げに微笑んだ後、眉尻を下げる。
「ただ作れる職人がなかなか……最大限再現したつもりだが、どうだろう?」
「素敵です、とても!」
鉱国で作られたせいか、アンバレナにとっては異国情緒の漂う、尾飾り。輝く目で飾りを見つめるアンバレナの横顔を、愛おしげに見つめるフリード。
その後、きっかり二刻居座ったフリードは、名残惜しそうにしつつもユランとミルドランに引きずられて後宮を辞した。
「明日、また明日参りますので。明日は夕食もご一緒できるかとぉぉぉ」
「はい、お待ちしています」
「往生際悪過ぎですよ、陛下」
「婚約者との交流は大事ですが、少しは後のスケジュールも気にしてください」
散々ゴネたフリードだが、シュゼイン公爵の忠臣しかいない後宮を抜けると、渋々だが普通に歩き出した。
親友たちだけになった執務室で、ユランがぽつりとつぶやく。
「……ずいぶん王女殿下に入れ込んでおられるようですね?」
するとフリードは、書類に目を向けたまま答えた。
「贈り物は婚約者への予算の範囲内だし、仕事はちゃんとしている」
何かをぼかしたその返事に、ユランは苛立って語気を強めた。
「そういう意味ではないことくらい、分かるだろう」
すると、フリードは仕事の手をぴたり止めた。俯いたまま数秒、やがて両手で顔を覆い天井を仰ぐ。
「分かってるよ。分かってるんだ。私は初めての恋に浮かれている」
なにせアンバレナは、フリードの好みドンピシャだった。
身勝手な主張を押し付ける王妃とは正反対の、穏やかな性格。政略で決められた婚約者にも精一杯寄り添おうとしてくれる優しさ。打てば響く聡明さ、美しい所作、そして、可愛らしい笑顔。
その上、先王の側妃と異なり、フリードの隣に立つに相応しい身分で、政略的に旨みもある。
溺愛して何が悪いと言わんばかりに、フリードはせっせとアンバレナへ愛を捧げていた。
のめり込んでいる自覚はあるのだ。愛されたい相手に愛される喜びに、美しく心温かい婚約者に、フリードは完全に虜になっていた。
ミルドランがため息を吐く。
「……まあ、自覚があるならいいさ。お前があの人と同じようになるところだけは、見たくないんだ。それだけだよ」
「ああ……気を付ける……」
どうあっても、フリードには先王の血が流れている。不貞に走り、婚約者を殺し、正妻を蔑ろにした血が。
周囲が不安に思うのも無理はない。
落ち込むフリードを、ユランがペシペシと書類で叩いた。
「君が私たちの忠告を聞くうちは、何かやらかしそうになっても止めてやるよ。……それに友人としては、むしろ応援しているんだ。君と王女殿下は合うと思う。万事、上手くいくといい」
「ありがとう、ユラン」
アンバレナが懸念していた執務だが、愛する婚約者との時間を取るためならばと、むしろ効率が上がっている。前王は恋でダメになるタイプだったが、フリードは逆だったらしい。ユランも、フリードのあまりの浮かれように釘を刺したかっただけで、この状況自体は歓迎すべきものだと思っている。
もう一人の親友は困り顔で告げる。
「俺としては……政治は分かんねーし、お前の恋愛事情は頑張れとしか言えねーし……。あ、でも俺、殿下ンとこの侍女に惚れた。あのチエリっていう侍女」
「は!?」
「初耳だぞおい!!」
チエリというのはアンバレナと一緒に来た侍女の一人だ。まだ侍女になりたてなのか、コリンナや他の侍女の後ろをとことこ追いかけていた印象がある。
「だから、お前らが上手くいかないと、会う機会が減って困る」
「なら、さっさと距離を詰めろ!!もし上手くいけば、関係強化に繋がる!」
「え、なんかそれは……恥ずかしい……」
照れた様子で目を伏せたその瞬間、ユランが悪鬼のような形相でミルドランのネクタイを掴み、引っ張った。
「ぐぇ」
「君といい、フリューといい、ここまでバカだとは!!何が恥ずかしいだ!伝わらなければ意味がない、書き損じの紙の方がまだ価値がある!友人として言う、バカならせめて、当たって砕けてこい!!」
「砕けちゃダメでしょ……」
自分が許したとはいえ、酷い言いよう。苦難と失敗を自信に変えてきた宰相は、つくづく辛辣極まる。
「そういえば、ユランも婚約者がいないだろう。誰か良い人いないのか?」
「友人二人に手がかかりすぎて、そんなことは考える暇もない」
ぺしっとネクタイから手を離すユラン。
「三十五までに相手が見つからない場合は、弟夫婦か妹夫婦の子から後継を取ることで合意している」
「ごめん」
「すまん」
とんだ藪蛇だった。
ちなみに、彼の妹夫婦に子どもはまだいないし、妊娠すらしていない。宰相一族の嫡子に婚約者すらいない事実に、責任を感じるフリードである。
「今度、良さげな令嬢紹介するよ……」
「は?うちのことは知っているだろう、要らん」
「そうだった」
ガラクの愛執の呪いは、彼ら一族に「唯一」以外の相手と結ばれることを許さない。「条件がいいから」と見合いをしたところで、その相手が「唯一」でなければ無意味。双方に「国王直々の縁談を潰した」というレッテルを貼るだけなのだ。婚活目的の夜会に片っ端から出席する方が、まだ有意義だ。
「大体、その紹介のための情報収集は私の仕事だ。余計な仕事を増やすな」
「重ね重ねごめん」
「君は他人の婚約より、自分の心配をしたらどうなんだ?王女殿下にフラレなかったのは、奇跡に近いぞ。私ならとっくに共和国に帰るか、完全に愛想を尽かしているところだ」
「反省してます……」
「そもそも普段は筆マメなのに、何故あんな時に限って忘れるんだ。手紙だけは大丈夫だと思っていたんだぞ、こっちは」
ごもっともすぎる正論攻撃にうなだれるフリード。
お読みいただき、ありがとうございました。




