24.アンバレナの恋*
長め&糖度高めです。
これは、どういう状況でしょうか。
「貴方を煩わせたすべてについて、謝罪申し上げます。本当に、本当に申し訳ありませんでした。どうか婚約解消だけはご勘弁を!!」
数分前まで、もう何杯目になるか分からないお茶を見つめながら、憂鬱な気持ちで陛下を待っていたはず。
なのにどうして、謝罪を聞きながら陛下のつむじを眺めているのでしょうか。
「鉱国の侍女たちの態度が我慢ならない」と怒っていた侍女のコリンナが、フリーズしています。その様子を見ておろおろしていた護衛のアナナスが、より狼狽えています。私も正直、困惑しています。
それでもなお、顔を上げない陛下。
「あの、陛下……?とりあえず、座りましょ……?」
「はい………」
澄んだ美しい声。席をすすめると、よろよろと腰掛けられました。優しいヘーゼルの瞳に、落ち着いた色合いの金髪。優しいお顔立ちの陛下。
フリード陛下は、私が共和国にいた頃、折に触れて手紙と小さな贈り物を送ってくださいました。
日々のちょっとした出来事やそれに感じたこと、陛下の趣味。
贈り物の感想、私が好みそうな話題、共和国の話。
会えないながらも、信頼関係を築こうとしてくださる様子が嬉しくて、愛おしくて。
つい心を許してしまって……。
……ですが、鉱国に来た途端、この仕打ち。
きっと、実際に会ってみて、私のことを気味悪く思ってしまったのでしょう。
悲しいですが、これは政略結婚。問題が大きくなる前に、穏便に話し合い、同盟の内容をより良いものへ変えなければ。
……と思っていた矢先のコレです。一体陛下に何が……。
アンバレナは、シュゼイン公爵のアドバイスの内容が「とにかく謝れ、誠意を見せろ」であったことを知らない。
お茶を淹れた侍女にお礼をおっしゃいます。やはり丁寧な方です。
しかしお顔色は悪いまま。もうここまでくると、体調自体がよろしくないのかもしれません。そう思うほどです。
長い沈黙があり……顔を上げられます。
「侍女の件なのですが……」
すると、コリンナが会話に割り込みました。
「ええ。本当に、どういうことでしょうか」
「コ、コリンナ……!」
「殿下、はっきりさせておいた方がいいです。あの者たちは一体どういうつもりですか」
「……詳しくお聞かせ願えますか」
コリンナが私の代わりに侍女たちの言葉を伝えてくれます。……何度聞いても、辛い。獣の民が歓迎されないのは織り込み済みでしたが、陛下に嫌われているという言葉はずきりときます。
陛下は顔をさっと強張らせました。
「やはり……!申し訳ありません、説明します」
◆ ◆ ◆ ◆
「……というわけで、まだあちこち落ち着いておらず……そちらへの対処に手こずっている隙を狙われたようです。本当に、申し訳ない……」
「………」
目をぱちくりさせます。どうやら、一連の侍女の態度は、陛下の御意志ではなかったようです。
でなければ、あそこまで全力で謝罪はしませんものね。納得です。
とりあえず陛下のお話を聞いて思い出したのは、いずれお父様の跡を継がれるイチ兄様の言葉でした。
『いいかい、アン。人間の貴族は俺たち獣の民と違って、陰湿で回りくどくて面倒臭いんだ。どこで揚げ足を取られるか分からないから、言動にはくれぐれも気をつけるんだぞ』
本当に、陰湿で、回りくどくて、面倒臭い……。
陛下、ご苦労されてますね………。
でも、そのおかげで確信しました。
「やはり、私が陛下の妃になることに、反発を覚える一派がいるのですね」
「そうなのです」
申し訳なさそうに眉尻が下がる陛下。なんだかちょっとお可愛らしいです。
とはいえ、確認したいことが、ひとつ。
「……あの……正直なところ、陛下は私との婚約を、どうお思いなのでしょうか……?」
そこです。
政略結婚の本質は、互いを尊重し合うことで、お互いの集団に利益をもたらすこと。私たちが憎み合って、両国の関係ごと悪化してはいけません。
それに私だって、幸せになりたいですもの。政略で渋々娶られる、なんて嫌です。
すると陛下は、目を瞠り……こう口を開きました。
「お会いする前、ずっと文通をさせていただきましたよね」
「ええ」
飾らない穏やかな笑みが文章の向こうに透けて見える、素敵な手紙でした。政略結婚でも、この方となら幸せになれると予感しながら、会える日を今か今かと待ち侘びておりました。
思いの丈をそのまま伝えると、私もです、と微笑まれます。その笑顔は、文面から想像する表情そのもの。
「心温かい方だと思いました。この方となら、燃えるような愛は無くとも、政略だけではない、幸せな家庭を築くことができそうだと」
陛下も同じように感じてくださっていた…?
温かい気持ちに包まれていると、陛下が急にキレの悪い話し方になりました。
「しかし王女殿下と実際にお会いして……その……ひ、一目惚れを、してしまいまして」
「ひとめぼれ」
一瞬、獣の民の言葉に変換するのに手間取りました。一目惚れ?
「この麗しい方にあの人格が宿っていると思いますともう……。お声も鈴を転がしたようで、つい聞き惚れてしまい……ぎこちなかったと思います、本当に申し訳ありません……」
「……」
陛下が、ですか?
獣の民の私に?
……一目惚れを?
「陛下はその……獣の民がお嫌いでは……?」
「それは誤解です。誰かが王女殿下にそう言ったのなら、真っ赤な嘘です」
キッパリと言い切られ、思わず問い詰めます。
「耳が三角で毛だらけですよ?」
「ふわふわで可愛らしいではありませんか」
「尻尾だって」
「感情に応じて動くのが愛おしいですね」
「狼に変身しますが」
「万が一のことがあった時、すぐに逃げていただけます」
そっと、こちらを気遣うように控えめに、陛下の手が私の手に触れました。
ふっと、陛下の目元が緩みます。
「貴女が私の婚約者で、本当に嬉しい」
「……っ!」
まるで体中の血が沸騰するよう。耳の先まで熱くなり、恥ずかしさで思わずうつむいてしまいます。
と、とりあえず陛下は私を嫌っておられないようです。
……………良かった……。
「三日前から入りました新しい使用人たちは、信用できる者たちです。今度こそ、今度こそ殿下のお力になると思いますので」
「……!陛下のお心遣いに、感謝いたします」
数日前から侍女の顔ぶれが変わったのは、そのためでしたか。彼女たちは皆優しく、忠実で、とてもありがたく思っています。お食事は美味しくなったし、お部屋も綺麗に保ってくれています。庭の花壇も整えられていて……もしかして、裏方の方も変わったのでしょうか。後で確認しましょう。
「あ、でしたら、陛下がこちらにいらっしゃらなかったり、手紙のお返事をくださらなかったのは……?」
「……それは単純に、執務に追われておりました」
……そちらは陛下の御意志なのですね。
「本当に我が国の、いえ、私の不徳の致すところでございます」
「いえ!……お忙しかったのなら仕方がありませんわ」
だいぶ、いえ、とても寂しくて、悲しかったけれど。私のご機嫌取りよりも、執務の方が大事だわ、民の生活に関わりますもの。仕方がありませんわ。
微妙な雰囲気を察してか、いつのまにか陛下の側にいた、黒髪の紳士様が口を開きます。
「…陛下、王女殿下、発言をお許しいただいても?」
「ああ」
「?ええ」
「…ここしばらくの陛下の平均睡眠時間は、日に三刻です」
「三ッ……!?」
「…ご参考までに」
ふわふわした気分が一気に吹っ飛びました。ちっとも休めていないではないですか!
慌てて陛下の手を握り返します。
「ご無理を申し上げて、申し訳ありません!陛下のお心を誤解しておりました!お気持ちはもう十分伝わりましたので、どうかお休みください」
「問題ありません、数日くらいなら徹夜もできますから。睡眠が取れるだけ余裕のある方です」
問題しかありません!鉱国の方って、そこまでお忙しいのですか!?よく見たら、目の下が紫色ではありませんか!!
そんな状況で私との時間まで取れとは、悪神の所業では!?
はらはらしながら陛下のお話を伺っていますと、陛下は視線を斜め下に落としました。
「……本当は、もう少し落ち着いてからお越しいただく予定だったのです。しかし周囲から『いくらなんでも放置しすぎだ』『王妃教育が間に合わない』と強い反発に遭いまして……いえ、これも言い訳ですね」
そして立ち上がり、私の足元で跪いて獣の民の礼をなさいました。
「我が国の者の不敬により不便を強いたこと、また誤解を招く言動で王女殿下のお心を傷つけたこと、全て私の責任です。非公式の場で申し訳ありませんが、心から謝罪いたします。誠に、申し訳ありませんでした」
……国王陛下に、一番丁寧な謝罪の礼を取らせてしまいました!ど、どうしましょう!?
コリンナどころか、少し離れたところにいる護衛のアナナスまで狼狽えています。……黒髪の紳士様、止めなくてよろしいのですか!?主君では!?
「お顔をお上げください、陛下!私は……陛下が私を嫌っておられないと聞けただけで、十分です!」
「そういう訳にはまいりません。何かお詫びをさせてください」
そんなことをおっしゃられても……ええと…ええと……そうだわ!
「では、定期的に陛下と過ごす時間をいただくというのはいかがでしょうか?」
そうだわ、休みがないなら無理にでも作ってしまえば良いのよ。そうしたらメリハリが付きますし、私も陛下のお顔が見られれば寂しさが減ります。……お仕事だけが心配ですけど……そこは、陛下の采配にお任せしてしまいます。
すると、陛下はぱっと顔を上げられました。
「……それは……婚約を続行させていただける、と思っても、よろしいでしょうか……?」
「もちろんです。……私、陛下が思っておられるより、陛下のこと、好きですよ」
陛下のご尊顔が、見る見るうちに笑顔になりました。
……なんて単純なのでしょう、私。陛下のこのお顔が見られただけで、全部許せてしまいます。
もうとっくに手遅れなほど、私、この方が大好きなようです。
「ありがとうございます、アンバレナ王女殿下!ぐぇっ」
陛下がこちらに身を乗り出した瞬間、陛下の口からカエルが潰れたような声がしました。よくよく見ると、黒髪の紳士様の手が陛下の首後ろ辺りに……。いつのまに襟を捕まえたのでしょうか……?陛下がまるで、親狼に捕まった子狼です。
きょときょとしていると、咳き込む陛下をよそに静かな声で言います。
「…失礼。王女殿下、この後お時間はおありでしょうか?具体的には一刻と半ほど」
「え?ええ」
「…では、交流は本日からということで、よろしいでしょうか」
「!ええ、もちろん!」
サシェの感想も聞きたいし、陛下の臣下の方々のお話も知りたいし……何より、陛下のことをもっと知りたい。
婚約者なのだから、いいですよね?
「しかし……宰相に仕事を任せてきてしまったし……」
「…このくらいでしたら許容範囲です。こういう時くらい、多少無理をしてでも婚約者を最優先になさい。先達からの助言です」
はあーとため息を隠さない紳士様。
「…ついでに、ここ一月の恨み言など言ってくださって結構ですよ、王女殿下。なんなら二、三発引っ叩いても、私が適当に揉み消しておきます」
「……そうですね。他にも何か……」
「あの、私は定期的にお時間をいただけるだけで、十分ですよ?」
「……やっぱり可愛い!!ぐぇ」
あああ、また陛下が仔狼状態に……。
……そういえば、この親狼様、どなたですか?陛下?
チョロバレナさん……。
お読みいただき、ありがとうございました。




