20.真の忠誠
長めです。
肩にかけていた上着が、滑り落ちる。心臓がバクバクと音を立てて、息が苦しい。
(……落ち着け……落ち着け……)
何度も自分に言い聞かせながら、息を整え、震えないよう気をつけて声を出す。
「……貴殿らは……人ならざる一族なのか?」
暗闇の奥で小首をかしげる気配がした。
「…落ち着いておられますね」
「見かけだけはな」
むしろ中身はパニックだ。
「…では努力の賜物ですな。素晴らしい」
シュゼイン公爵はのんきな様子で拍手をした。ぱちぱちと、場違いな軽い音が響く。
「…お答えしますと、一応人間です。……陛下がたより少しばかり寿命が長く、少しばかり身体能力が高く、少しばかり闇に強く、老いを知らないという違いはありますが」
どこが「少し」なのか、と頭の冷静な部分でツッコみつつ、その特徴に合致する怪物の名を、呟く。
「……吸血鬼?」
「………『族』の方が好みですね。シュゼイン家並びにその分家、そしてそこに住まう民のほとんどが、吸血族です」
「そうか……」
返事をしつつも、事実上の肯定に頭が、ぐらぐらする。
(怖い………何が?シュゼイン公爵が?)
しかしどこまで考えても、シュゼイン公爵に恐怖を感じる要素は見当たらない。
第一王子ほど優秀でないフリードにも、いつも丁寧に指導してくれた。
厳しくも温かく見守られ、いつも助けてくれた。
何の血の繋がりもないフリードを、我が子のように可愛がってくれた。
厳しくも優しい、父のようなひと。
(ああ、そうか)
怖いのは、彼を失うことだ。
有能な部下で心温かな父が、自分の元から去ること。
そっと安堵のため息を吐く。
どうやら、人種で部下を差別するほど、狭量な王では無かったらしい。
そのことを再確認して、胸に手を当てて宣言する。
「フリード・イクス・アロイジア三世の名において誓う。人種でシュゼイン公爵家並びにその一族の忠誠を疑ったりはしない。貴殿らは領地で善政を敷いているし、国への貢献は言わずもがなだ。違う人種だからと排除したり迫害したりもしない。いかなる血、いかなる過去を持つ者たちでも、国父陛下が認めた、私の守るべき民」
そうはっきり告げ、微笑む。なんの躊躇いなく、心の底から笑うことができた。
「これからも、変わらず仕えてくれると嬉しい」
内心ヒヤヒヤながら反応を待っていると、赤い光がゆっくりと細くなった。
「………陛下のお言葉………真に……真に、嬉しく思います。そして……お待ちしておりました、我らが真の王よ」
そう言うと、跪いてフリードの手を取り、自らの額に押し当てた。
「…今夜をもちまして、このクレイドル・ヴァン・シュゼイン、一族を代表して、フリード陛下に真の忠誠を捧げます。…アロイジア鉱国の夜と影は、常に陛下と共に……」
「クレイドル・ヴァン・シュゼイン、並びにその一族の忠誠を受け入れる。……ありがとう、公爵」
その言葉に微笑むと、床に落ちたフリードの上着を拾い上げ、軽く叩いて羽織らせた。
「…お疲れでしょう。今夜はお部屋にお戻りになりますか?」
「いや、もう少しいる。ここは内緒話にうってつけだ」
「…では、こちらに控えておりますので、何かあれば何なりと。…もし私で分からないことがあれば、後日ガラクの長男か、ガラクの歴代当主の誰かにお申し付けください。書庫の番人は我らシュゼインですが、管理者はガラクです」
「ゆ、ユランに先越されてる……!いや、いいんだけど」
誇らしげなユランの顔が、頭の隅にチラついた。
ともあれ、人種が違うとなれば、色々と確認・配慮すべきこともあろう。思いついたことをとりあえず質問してみる。
「童話の吸血鬼は日光が苦手だが、貴殿らもそうか?」
「…そうですね、個人差はありますが。…少し前、チャレンジングなバカタレがおりまして」
「チャレンジングなバカタレ」
「…『日光を直接浴びたらどうなるか、試してみたい!』と半袖で外に。…奴は耐性のある方ですが、日焼けの酷いのと、火傷の軽いのの中間くらいになりました」
「その人、無事だった?」
思わず安否を確かめると、肯定の返事があった。
「…無事です。先日も、『かの方に名を呼んでいただけた』と喜んでおりましたよ。栗毛の影です」
「スコット……」
チャレンジングなバカタレだったらしい。
ちなみに、シュゼイン公爵家の三人は純粋な吸血族ではなく、混血だそうだ。そのため、吸血族の長所を持ちつつ日光にも強く、日中、晴れた屋外でも普通に活動できるとのこと。道理で、真っ昼間から元気にあちこち駆けずり回っているはずだ。
感心したところで、聞きづらかったことも聞いてみる。
「それと、国王として確認したいんだが……人の血は、吸うのか?」
「……ふむ」
五秒ほど黙ったシュゼイン公爵。戦々恐々としつつ、返事を待つ。
「…長くなるので細かい説明を省きますと……人の血は、我々全員が共通して摂取できる栄養源、というだけです。個人差はありますが、別の食品で十分代替可能です」
「そうか」
血の供給源について検討しかけていたので、ほっとした。
それと同時に、シュゼイン公爵の信頼と覚悟に打ち震える。
今までの会話は全て、彼らの『弱点』だ。真っ向から挑めば絶対に勝てない相手を負かすための知識。
(これを明かすのは……怖かっただろう)
日が昇ってすぐ拘束され、殺されるかもしれない。明るいうちに領地に火を放たれるかもしれない。不老長寿の怪物として恐れられ迫害され、あるいは実験台にされるかもしれない。
一体どれだけの覚悟をもって、打ち明けてくれたのか。
それらに想いを馳せ、目の前のシュゼイン公爵に声をかける。
「何か、望みはあるか?貴殿の覚悟と忠誠に応えたい」
「………では……一つ、お許しいただきたいことが……」
「なんだ?」
言いづらそうに口を開く。
「…我が父は、公爵として表に出ない期間は、公爵家の影として、王城に侍っておりました。当然警備の者は父の部下」
「ありがたいことだが?」
フルフルと首を横に振る。
「…それをいいことに、父は王族に子が生まれると、ちょくちょくお部屋へ無断で侵入し、寝顔を眺め、ぐずれば抱っこし、あやしておりました」
「そんなことをしていたのか!?」
「…陛下のことも抱っこしておりました」
「初耳!!」
想像すると、地味に怖い。
「え、ええ〜……。何故そのようなことを?」
「…父は国父陛下に強い恩義と友情を感じており…。王族の子が生まれると、どの子も己が孫のように思えて、愛おしくて仕方がないと……」
「あ、ああなんだ、純粋に可愛がってくれただけなのか……」
困惑しつつも、以前のお忍び視察で聞いた話を思い出す。
(……そういえば、平民だと乳母以外の、親戚や知人に赤子を抱かせることは、至って普通のことだとか)
先代公爵ーーー建国の偉人の一人、黒髪の武人も、元は平民だったと聞くし、その感覚だったのかもしれない。
「……まあ、いいさ。危害を加えたわけでなし、貴殿と私と……先代だけの秘密としよう」
「…ありがたく存じます」
ホッとした面持ちのシュゼイン公爵。先代といい今代といい、愛情深い死神たちだ。
「国父陛下を知る先代公爵、か。話してみたかったな。私のことは何か言っていたか?」
すると、幸せそうに赤い目を細める。
「…歴代の王族の中でも、特に国父陛下に似てらっしゃると、とても喜んでおりました。お色も、お姿も、まるで生き写しだと、かの方の生まれ変わりのようであると」
「……え?」
思わず聞き返す。
「どういう意味だ?」
「…国父陛下は、一般的に王家の色とされている、紫がかった銀髪に青い瞳ではなかったそうです」
「え!?」
鉱国が誇る国父陛下の肖像画は、残っていない。
彼の時代の鉱国は、まだまだ小さく力も弱く、王家といえど、絵などという高価なものはおいそれと作れなかった。有り余る鉱物で作られた彫刻は残っているので、顔立ちはかろうじて分かるが、色までは分からない。吟遊詩人の歌も、その功績にばかり焦点が当てられている。
「王家の色だというから、てっきり……」
「…確かその色合いは…併呑した小国から嫁いできた、四代国王陛下の側室の色だったはずです」
「全然関係ない人だった……!」
実際にはそこまで関係なくはないのだが、「銀髪碧眼=国父陛下の色」と思い込んでいたフリードにとっては、衝撃の事実だった。
「…実際の国父陛下は、陛下そっくりの古い金貨のような金髪に、やはり陛下と同じ黄色味の強いヘーゼルの瞳だったそうです。ソラシオ一族も一応はかの方の血を引くので、王太后は先祖返りだったのでしょう」
思わず口をあんぐり開けた。
あれほど、あれほど軽んじられたこの色が、鉱国の始祖ともいえる偉人と全く同じとは。
「…陛下が何色の髪で何色の瞳でも、私は陛下にお仕えしておりましたよ」
「あ、ありがとう」
「…この情報は、今徐々に広めております。かの国父陛下と同じ色となれば、陛下の即位の正当性も強まりましょう」
「いつのまに」
シュゼイン公爵の勤勉さには、本当に頭の下がる思いだ。
噛み締めるように続けた。
「…父は、かの方の子孫が殺し合うことを嘆き、王位争いには中立を保つよう厳命しました。しかし、陛下のことだけは『必ずお守りし、可能な限りお力になって差し上げるように』と常々…。我らの長い命でも老齢であった父がお仕えできたのは、わずかな時間でしたが……陛下のことは殊更可愛がっておりました」
「……そう、なのか……」
(あ、不味い)
ここのところ張り詰めていた気が、ふっと緩んだ。ふいに目頭が熱くなる。
シュゼイン公爵は、いつものように黙ってそばにいてくれた。
お読みいただき、ありがとうございました。




