表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/48

19.王の書庫

少し短めです。

 その日の深夜。

 フリードが今日から移った王の私室で眠っていると、不意に、声をかけられた。


「…お休みのところ、失礼致します」


「シュゼイン公爵!?」


 反射的に飛び起きて、剣に手をかける。果たして、彼は静かにそこに佇んでいた。


 いくら将軍でも、緊急時以外に深夜の王の自室に無断侵入するのは重罪だ。その表情は、サングラスと逆光で見えない。

 警戒しつつ声をかける。

「……大声を上げるべきか?」

「…御無礼をお許しください。最初にお声をかけさせていただくのは夜遅くと、決められておりますので」

 「何を?」と聞く前に、シュゼイン公爵は続けた。

「…王の書庫のありかへ、ご案内します」



 月光すら入らない、城の内部。

 己の指先すら見えない真の暗闇の中で、フリードはシュゼイン公爵に抱えられながら呟いた。


「王が継承すべき秘密とその保管場所の話は、宰相から聞いていたが……王の私室に入り口があったのだな」

「…入ってすぐのところを真っ直ぐに行けば、城の外部に出られます。そちらはきちんと灯りがつきますので、万が一の時はご活用ください」

「逃げる時までシュゼイン公爵に抱っこでは、格好がつかないからね……」


 今は感覚からして、螺旋階段を降りているようだ。


「……本当に暗いな」

 思わず不安になってそう呟くと、顔の横から返事があった。

「…この空間は、光を奪う呪いがかかっております故」

「シュゼイン公爵はよく歩けるな。私は無理だ」

 返事はないが、シュゼイン公爵が微かに笑った気配がした。


 しばらく階段を降りて行くと、不意にシュゼイン公爵が止まった。

「…扉の仕掛けを解きます。こちらに座ってお待ちください」

「ああ」

 フリードは椅子の上に座らされたようだ。何故こんなところに椅子?と首を傾げていると、少し離れたところからシュゼイン公爵の声がした。

「…仕掛けは、シュゼイン公爵家の当主かその嫡子しか解けません。こちらにお越しになるときは、必ず私をお連れください」

「そうしよう」

 そこで「私か娘を」と言わないのが、娘を溺愛する彼らしい。

(しかし私とご令嬢で殴り合ったら、ご令嬢の方が強……いや、何も言うまい……)

 気持ちの問題なのだろう。


 五分ほど待っていると、シュゼイン公爵が戻ってきた気配がした。


「…仕上げです。少々お手を拝借」

「ああ」

 再び抱き上げられ、右手を壁に押し当てられる。

 何か紋様が刻まれている、と思った瞬間、かちん、とどこかで何かが噛み合う音がした。

 小さく、地鳴りのような音が響く。


 やがて音が止まると、フリードを抱えたシュゼイン公爵が歩き出した。


「…参りましょう」


 扉を開けた音がして、再び階段を降り始める。今度の階段はかなり短く、フリードはそっと地面に下ろされた。

「…お待ちを」

 かちゃかちゃと金属の音がした後、斜め上で光が爆ぜた。

「わっ、ここからは灯りがあるのか」

「……ええ。こちらが、王の書庫ーーー王族の秘密の保管部屋です」


 光に目が慣れると、小さな机と椅子、それといくつかの本棚があるだけの部屋だとわかった。


 中央の机の上、古めかしい本が鎮座している。


 そっと手に取る。触り心地は思いの外古くない。シュゼイン公爵が手入れしているのだろうか。題名はなく、一ページ目にはこう書いてあった。



『いずれここを訪れる、愛しい子どもたちへ』



 すぐに国父陛下の文字だと気が付き、手が震える。深呼吸を繰り返し、息を整えてからページをめくった。

(王家の暗号で書かれている、か。宰相から習ったな)

 解読に没頭していると、背後でじっと待機していたシュゼイン公爵が、口を開いた。


「……陛下」

「うん?」


「…我がシュゼイン公爵家は、建国の頃から百九十八年間、王家に仕えて参りました。…私で何代目か、ご存知ですか?」

「十一代目だろう?」

 紙面に目を落としたまま返事をすると、首を振った気配がした。

「…表向きは。実際は違います」

「そうなのか?」

 家の事情で、実は中継ぎがいたり、名前が知られる前に亡くなった当主がいるケースは割とある。だからこそフリードは、軽い気持ちで問いかけた。


「本当は何代目なんだ?」


 やや長い間があり……フリードはようやく答えを得た。



「…二代目です、陛下」



「…………え?」



 継承本が手から滑り落ちた。ばさりと、古い紙の本が埃を撒き散らしながら机に落ちる。

(拾わないと。いや、先に公爵に)

 そんな考えが渦巻くも、まるでその場に縫い止められてしまったように動けない。


 シュゼイン公爵の厳かな声と、蝋燭が燃える音が小部屋に木霊する。


「…我が父は国父陛下に命を救われたのち、長きに渡りかの方の国に仕え続けてきました。私が成人するまでは、領地の部下を身代わりに立て、私が成人してからは私と交代で、代替わりを偽装してきました。…父は十年前に亡くなりましたが、子が生まれにくい我が一族で、なんとか孫の顔を見せてやれたのは僥倖でした」


 覚悟を決めて振り返ると、シュゼイン公爵はサングラスを外していた。



 血のように赤々と、輝く瞳。



 考えてみれば、ずっとおかしかった。


 いくら闇に慣れた暗部の影といえど、月光すら差し込まない真の暗闇の中で。


 どうやって階段を降り。

 どうやって仕掛けを解き。

 どうやって扉を開けた?



 蝋燭の火すら無しに。



「しゅ、シュゼイン公爵……貴殿は、一体何歳なんだ……!?」

 震える声で問いかけると、二十代と言っても誰も疑わない、若々しい顔立ちで口を開く。



「…今年で九十八でございます、陛下」


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ