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2.一方その頃*

 その頃。


「お呼びですか父上、いやテルセン辺境伯」

 王城から帰還したミルドラン・ゾーイ・テルセンは、父親であるテルセン辺境伯に呼び出され、渋々本邸の彼の執務室に顔を出した。

 何故渋々なのか。それは用件が分かりきっているからである。

「お前、いつまで第二王子殿下についている気だ。いい加減帰ってきなさい」

「またその話かよ」


 ほら、案の定。


 ため息を吐く。帰るたびにこの有様なので、ミルドランは基本的に用事がある時以外家に帰らない。

 今日も兄のサインが必要な書類があったので、仕方なく戻ってきたのだ。


 面倒臭くなったミルドランは、ほぼ同じ内容を言い返した。


「あんたこそ、いつまで王妃陛下の信者でいる気だよ?いい加減、都合のいい夢から醒めろよな」

「またその話か」

 テルセン辺境伯はちっと舌打ちをし、書類を書く手を止める。


「何度も同じことを言わせるな。第一王子殿下以外支持すべき方などいない」

「バカを言うな!!」

「バカはお前だ!!」

 ミルドランが拳を机に叩きつけると、テルセン辺境伯が拳をその隣に叩きつけた。衝撃で、書類が数枚パラパラと床に落ちた。


 ダークブラウンの直毛、びろうど色の瞳。

 睨み合う似た者親子を、テルセン辺境伯第一令息・セルドランは、ため息混じりに見ていた。


 長年鉱国を支えてきた鉱物資源は、今まさに尽きんとしている。今は国の未来を左右する時期と言っても過言ではなく。

 当然次期国王選出にもそれは影響してくる。


「共和国へ侵攻だと?軍部は動かない、割を食うのはうちなんだぞ!?」

 第一王子はテルセン辺境伯家を拠点に、同盟国である共和国へ攻め入る計画を推し進めている。

 しかし、共和国の民は、猛者ばかり。戦えば当然ただでは済まない。勝てたとしても、鉱国が求める肥沃な大地が残っているかどうか……。

 テルセン辺境伯は再び机を殴った。


「だからそれはお諌めする!」

 彼もそれは理解している。今軍事侵攻は得策ではない、と。


 加えて、軍部と暗部の長・シュゼイン公爵も、誰が即位しても侵攻には協力しないと表明している。

 ただでさえ、先日第一王子派閥が独断で行った侵略行為に激怒し、領地に帰ってしまっている有様だ。

 そろそろ帰ってきているだろうが、それが却ってシュゼイン公爵の本気を物語っている。


 だから、テルセン辺境伯は大筋で第一王子を支持しつつ、侵略政策を思いとどまってもらう方法を考えていた。

 しかし、ミルドランはそんな父親を嘲笑った。

「あの第一王子殿下をか?無理だろう、あの方は俺たち田舎貴族なぞ鼻にもかけんさ!」

「うるさい!」

 テルセン辺境伯が激昂して手元の書類を投げつけた。

「本当のことだろうが!!」

「ミドの言う通りですよ」

 とうとう諦めて、セルドランが怒鳴り合う二人の間に割って入った。

「もうやめませんか。第一王子殿下にいくらお仕えしても、かの方は褒章の一つ、お褒めの言葉一つくださらない。全ての貴族は自分と自分の一族に傅くのが当然と仰らんばかり」

 テルセン辺境伯とミルドランが言い争いの最中に落とした書類やペンを拾いながら、淡々と続けた。

「貴族とて人間です。蔑ろにされ続けて、黙っていられるはずがない。いくら優秀でもああも傲慢では、いずれ歪みが起こります。修復不能になって国が壊れる前にそれを防ぐのも、貴族の義務ではないのですか」


 書類の角を整え、テルセン辺境伯に差し出すも、彼は書類を睨みつけるだけだ。


「……王を支えるのが臣下の務めだろう」

「支える意味のある方に限ります。あの方を支えても、我が辺境伯家は衰退するばかりです」

 ため息を吐き、書類を傍らの弟に渡す。ミルドランはすっきりしない顔で受け取り、書類を空いた机に置いた。


「有能な側近を……そう、宰相一家、ガラク侯爵家を味方につければいいのだ」

「無理です、父上。第一王子殿下は宰相閣下の第二令息の婿入り先である、ミンゼ子爵家とも揉めています。宰相閣下はこれらの件で激怒し、王家に抗議まで入れているのです。今更第一王子派に回るとは思えません」


 その時に王妃の実家のソラシオ公爵家は、莫大な慰謝料を支払っており、ガラク侯爵家を逆恨みしている。よしんば第一王子が即位しても、翌日には派手に分裂しているであろう。


「そもそもです。ガラク侯爵家は、第二王子の教育係の先代当主と現当主、幼馴染で側近のご長男ユラン様、その他分家に至るまで、徹底した第二王子派です。だからここまで王位争いが混迷極まっているのでしょう」


 現在、鉱国は割れている。

 王妃と公爵家二家、上級貴族が推す第一王子派。

 王とウォレス公爵家、下級貴族が推す第三王子派。

 宰相と有力貴族が推す第二王子派。

 中立の誓いを立てたシュゼイン公爵家を中心とした中立派。


 中立派を除いた三勢力は、ほぼ拮抗している。あえて言うならば王族に支持者がいない第二王子・フリードがやや不利だが、彼には国を回している貴族たちの支持がある。


 王座に就けるかは微妙だが、排することも難しい、それがミルドランの主君だ。


「大体中立派の貴族とて、宰相……ガラク侯爵閣下の号令さえあれば、八割方第二王子派になりますよ。何故わざわざ己と己の家族を蔑ろにする王子殿下を、支えなければならないのです」

「クソッ!第二王子殿下の何が良いと言うんだ!?」

「それを俺の前で言うか。第二王子殿下の護衛で乳兄弟の俺に」


 ゴミを見るような目で父親を見下ろすミルドラン。再び睨み合う二人を、セルドランは呆れと共に見つめる。


(いつからこんなに不仲に……。ああ、父が王妃陛下の話を信じて、第二王子殿下を貶した時からだな……)


 実は現王妃、元々はテルセン辺境伯の婚約者だった。現在でも仲の良い、いとこ同士でもある。どんな放言であっても、素直な性分の父親が疑うとは思えない。

 その一方で、親友が何の根拠もなく貶められて激怒する、弟の気持ちもよく分かる。


 どのみち無理だったか、と早々に諦めて、セルドランは床に落ちたペンの点検を始めた。


「……気弱で出来損ないの第二王子殿下に、この難局は乗り切れぬ。強引でもなんでも良い、貴族を、国をまとめ上げる力が必要なのだ」

「あの方はそんなんじゃない!」

「……母上やミドの話を聞く限り、あの方が気弱だとも出来損ないだとも思えませんが?」

 兄弟に同時に反論されるとは思わなかったらしい。さすがにたじろいだテルセン辺境伯に、セルドランが追い打ちをかけた。


「それに、もしそうでも良いではありませんか。少なくとも醜聞を起こすことはないでしょうから」

「……!!」

 それを言われた瞬間、ぐしゃりと顔を歪ませる。

 セルドランはため息混じりに続けた。


「凡庸?それこそ臣下が支えればいい。ガラク侯爵家が内政を取りまとめ、シュゼイン公爵家が軍事を固める。外務にも派閥の実力者がいたはずです。そして彼らを、バランス感覚に優れた殿下が取りまとめる。何も、問題ありません」


 そうなれば、フリードの乳兄弟で護衛のミルドランの地位が向上し、御家も安泰。派閥の事情で未だ婚約者すらいない二人にも、良縁が殺到するだろう。セルドランにはいいことづくめに思えた。


 だがテルセン辺境伯の考えは違った。


「第二王子は『今後に関しては、共和国から食料を輸入しつつ国内の農業推進を行う』と言ったのだぞ!?消極的すぎる!!」


 王とは、国民に夢を見せられる存在でなければならない。

 士気は大切だ。戦場において、大概の兵は、そこまで強い忠誠心はない。国がどうなろうと、我が身が惜しい。沈む船だと思われれば、あっという間に逃げ出され、勝てる戦いも負けるだろう。


 穏やかな気性で、無難な政策しか出さない王に、誰が夢を見るだろうか。誰が、鉱国の未来は明るいと思えるだろうか。


 それに加え、第一王子ほどではない才覚、第三王子ほど美しくない見目。

 三王子の中で唯一王家の色を持たず、愚王である父親に良く似た顔立ち。


(ならば、第一王子しかいないではないか)


 王家の銀髪碧眼。

 溢れる才気。

 力強いリーダーシップ。


「第一王子殿下こそ王にふさわしい!第一王子殿下への支持を、変えることはない!!」



 テルセン辺境伯がそう叫んだのと同時に、執務室の扉が勢いよく開かれた。

「失礼!こちらにいらっしゃいましたか、ミルドラン様!たった今、王城から伝書鳩が!」

「!?」

 ミルドラン宛てに最速の伝達手段で送るなど、滅多にあることではない。

 彼の主人に何かあったと考えるべきだ。ミルドランは使用人に飛びついた。


「フリード殿下に何かあったのか!?」

「で、伝書鳩なのでそこまでは……。今すぐ護衛に戻るようにとだけ」

「分かった」


 書簡にさっと目を通したミルドランは、それが主人兼親友の文字であることを確認すると、振り返って吐き捨てる。

「父上!この話はまた後日だ!それまでしっかり兄貴と話し合えよ!!兄貴!セグノオーを借りるぞ!」

「えーっ!?」

「第二王子殿下のためだ!!」

 最低限の支度を整え、自分にも懐いている兄の駿馬に飛び乗る。


(無事でいろよ、フリュー…!)

お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
この辺境伯。 自分が物理的に馘首されていないのは、彼が蔑む第二王子の乳母が妻で、次男が第二王子の乳兄弟で親友で、厳正な手続きが行われたら、自分の家族も連座であの世、だからなのですが。 この時期でもそれ…
[一言] 勝てるからと言って(乃至軍事上必要と)、中立国に侵攻するバカはいるが、同盟国に侵攻するアホは中々いないんだが。(外交上最愚策)。 しかも勝利も覚束ないのに・・・。(まあそれだけ主要産業で有る…
[一言] いやはや、愛は盲目というが… ここまでの阿呆が領主をやっている領地の民が可哀想だ。 と、思っていたら、他の公爵家も負けず劣らずの自己チューの権化ばかり。 主人公がつくづく気の毒だなぁ。
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