14.婚約者からの手紙
「え、何?タルヴァ公爵家、全員あんな感じ?共和国と戦争になったら、どれだけ被害が出るかとか、遺族の暮らしとか跡地の復興とか、ご興味はない感じ?」
「……私が知る限りは、そうだな……」
「マジかあ」
すっかり落ち込んだフリードの横で、嵐に怯える幼子のように身を寄せ合うユランとミルドラン。口調こそふざけているが、内容は真剣そのものだ。
「もう適当な罪状で処刑しようぜ!?あれ絶対、国巻き込んで、無理心中する気だって」
「……保身に関してだけは、正気が残っているんだ。腹立たしいッ」
「暗殺!?暗殺するしかない!?」
聞き捨てならない発言を聞いたフリードは、顔だけ二人の方へ向けた。
「……あのね、暗殺は、ダメ」
「あ、フリュー復活した」
「事故死はセーフか?」
「それ、絶対事故死じゃないでしょ」
むくりと起き上がる。
「ユランの言う通り、彼自身は決定的なことはやらかしてないんだ。彼の意思であろうことは明白だが……表向きには『部下の暴走』だからね。今何かすれば、こちらが疑われる」
「……まあ、そうなんですよね」
「ままならねえ〜!!」
舌打ちでもしそうなユランに、頭を抱えるミルドラン。フリードたちの様子を窺っていた宰相は、ふむ、と顎をなでて口を開いた。
「話は変わりますが、先ほど共和国から親書と共に、こんなものが」
宰相が懐に手を入れた瞬間、微かな花の香りがフリードの鼻をくすぐった。
愉しそうに、手元の淡い黄色の封筒をゆらす宰相。
「親書は後でゆっくり検分しますが、こちらは私的な通信なので、この場でお渡ししても良かろうと」
「見せてくれ!」
封筒を受け取り、ユランから受け取ったペーパーナイフでもどかしげに封を開く。
ーーー親愛なるフリード・イクス・アロイジア殿下へ
ミモザの花の季節が終わり、殿下から頂いたバラが今年も蕾を膨らませる時期になりました。殿下はご壮健でしょうか?
親書の方でも触れておりますが、我が国から立太子の式典に出席できず、申し訳ありません。改めて殿下の立太子をお喜び申し上げます。今まで以上に御身がご多忙になると思うと心配です。どうか、お身体にお気をつけくださいませ。
妃の件ですが、本当に私でよろしいのですか?もちろん殿下のお役に立てるのなら、喜んで嫁ぐ所存ですし、そのための研鑽も、怠ったつもりはございません。ただ、鉱国には、私よりもずっと殿下のお役に立つ女性がいらっしゃるのではないでしょうか。
……殿下は私と共和国を選んでくださったと自惚れてもいいのでしょうか、なんて。
そうそう、前回のミモザの押し花の栞が喜んでいただけたようですので、今回はサシェをお贈りします。お休みの時はもちろん、ご公務の合間にも楽しんでいただけたら幸いです。
短くなってしまいましたが、最後に。殿下に、沈丁花の冠あらんことを。
アカガネのアンバレナ
サシェを手に取ると、かさりと音がした。
「ん?こちらにもメッセージカードがあるのか。どれどれ……」
焦って書いたのか乱れているが、間違いなくアンバレナの文字で、こう書かれていた。
追伸 はしたない内容を書いてしまって、殿下に送ってしまって、申し訳ありませんでした。書き直そうとしたら兄に見られて、そのまま出せと手紙を奪われてしまったので、この追伸をサシェに添えます。どうかどうか、忘れてくださいませ。
「………」
数秒考え、悶絶する。
(兄、グッジョブ!!)
アンバレナには、七人の兄がいる。フリードとの仲に肯定的なのは王太子の長兄くらいなので、彼だろう。何とも可愛らしい言葉を読めたと、にやにやしてしまう。
はっと顔を上げると、宰相たちがなんとも生温かい眼差しをこちらに向けていた。
「……言いたいことがあるなら、言えばいい」
「はしたない内容とはなんですか。大変興味があるのですが」
「読んだのか!?」
「カードの方だけ」
「宰相補佐よ、野暮なことを言うてはならん。若い婚約者同士だぞ?」
くすくすとよく似た表情で笑う親子が憎たらしい。さりげなくミルドランが手紙を覗き見しているが、検閲ということで不問とする。
「……甘い言葉、あんのこれ?」
「この辺が甘いだろうが」
「ええ、これがあ?もう少し情熱的なの想像してたんだけど」
「いいんだよ、これで」
フリードはそっと手紙を指先でなぜた。
政略といえど……否、政略であるからこそ、互いに尊重し合える関係でなくてはならない。恋情がないからこそ必要なそれを、ちゃんと築こうとしてくれる彼女のことを、フリードは得難い女性だと思っている。
燃えるような恋でなくていい。ままごとのような愛でいい。お互いに一歩ずつ一歩ずつ、寄り添い支え合える仲ならば、それで。
そんなフリードの心を読み取ったのか、ユランは微笑んで頷いた。
「タルヴァ公爵家との婚約は、侵略政策を通すためのものでしたから、アンバレナ王女殿下との婚約には、なんら差し支えありません」
「殿下は以前から侵略政策に反対していましたから、娘を送り込んで強行させる腹積りもあったかと」
嫌な話に戻りつつあるので、丁寧に手紙をたたみ直し、封筒に収めて懐にしまった。
「杜撰な手回しだな。わざとか?」
しかし幼馴染二人によって否定される。
「こうも急展開じゃ根回しが間に合わねーよ」
「タルヴァ公爵派の貴族には、フリューの派閥に近い者もいるが、彼らとも距離を取っていたようだからな。情報は遅かったはずだ」
こちらの動きを探らせるために手元に置いていたようだが、実はその貴族たち、既にフリードの派閥に乗り換えている。
本人たちの主張とこちらの調査結果を合わせると、タルヴァ公爵はフリード派閥の情報を当てにしながらも、貴族たちを重用はしなかったようだ。貴族たちはそれが不満だったらしく、虎視眈々と寝返るチャンスを窺っていた。そしてこの度フリードが王太子になったため、タルヴァ公爵派の情報を手土産に寝返ったと、そういうわけだ。今はまだ様子見中だが、タルヴァ公爵派に戻ることは無いだろうとフリードたちは予想している。
「やっぱり詰めが甘いなあ」
侍従に礼を言い、運ばれてきたりんごのコンポートにフォークを刺す。
件の貴族たちを通してタルヴァ公爵に流れてくる情報は、宰相によって選別され、たびたび歪められて伝えられている。全てを信じているとは思えないが、情報源が少ない以上、撹乱にはなる。
「直近では、なんと流した?」
「事実だけですよ。『フリード殿下は婚約者と会ったことがない、会う予定を立てたこともない』と」
「確かに、まあ……嘘では、無いが……」
袖で口元を隠したままころころと笑う宰相。
共和国に行くには、それなりの日数城を空けなければならない。王位争いの真っ最中に、ただ「婚約者に会いたいから」と国を離れるのは、抵抗があった。何の罪もない共和国の寵姫を、私欲のために怪物の徘徊する居城に連れ込む気もなかった。それだけのこと。
宰相は袖で口元を隠したまま、紫色の瞳をゆったり細めた。
「しかしタルヴァ公爵は『婚約者を疎んじている』と判断したようですな。いやはや、思い込みとは恐ろしい」
頼り甲斐があるが腹黒い「じいや」にそっとため息を吐く。
いくら微妙な立ち位置の相手に情報を渡したくないからと言って、本人達にそれとわかるような冷遇をしてはダメだ。「こう」なるから。
「今後を考えると、共和国との縁は捨てられない。恐らく私の代が最後のチャンスだ。正妃はアンバレナ王女。それは覆せない」
まだ見ぬ姫君に思いを馳せる。
「早く会いたいな、アンバレナ王女。彼女となら……穏やかな家庭が築けそうなんだ」
「報告では、心優しく、民からの人気も高い方のようです。それでいて、誇りと聡明さも兼ね備えた美姫だとか。公私共に良きパートナーとなっていただけたら良いですね」
ユランが明るい情報を知らせてくれた。
彼女は既に王子妃教育と王太子妃教育を終えている。フリードが王位を継ぐ以上、王妃教育も増えたわけだが、それなら先行きは明るそうだ。
「殿下がいらっしゃるまでに、良いところを見せられるようにしておかねばな」
王族らしい威厳を湛えた横顔で宣言した。
お読みいただき、ありがとうございました。