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1.「王になりたいですか?」いいえ?

初投稿です。

よろしくお願いします。

「……殿下。殿下は、王になりたいですか?」



 花月。窓の外では春の花々が咲き誇っている。

 執務室で書類の山に埋もれ、目の下に三重の隈を作っていたフリードは、目をパチクリさせた。




「いや、あんまり?」



「……ですよね……」

 



 がっくり項垂れる宰相補佐ユラン。苦笑するフリード。

 この間抜けな会話の発端は、およそ二十数年前に遡る。




 オリディニ大陸東、鉱業で栄えた王国、アロイジア鉱国。

 その十三代国王は、王太子時代、四公爵家の一つ、タルヴァ公爵家の令嬢と婚約関係にあった。

 しかし、彼は不義理にも、学園で知り合った平民の少女と恋仲になる。

 完全なる不貞なのだが、二人は一切悪びれない。それどころか、前国王夫妻が事故死すると、公爵令嬢との婚約を一方的に破棄してしまった。


 当然、重鎮たちは頭を抱えた。



 政治の分からない平民を、王妃にするわけにはいかない。しかし再婚約は不可能。


 さりとて、他の候補は彼以上に酷い、我が儘で頭の悪い王女のみ。



 苦渋の選択として、王妃としてソラシオ公爵家の令嬢を娶らせ、王太子を即位させた。


 国王となった王太子は、愛する女を側妃に召し上げるためだけに、王妃との間に第一王子をもうけた。それ以降、王妃の下へは、ソラシオ公爵家の後ろ盾を失わないためだけに通った。

 その過程で第二王子であるフリードが生まれ、さらにその一月後に、側妃が第三王子を産んだ。



 よって、現在鉱国には、三人の王子がいる。



 第一王子は紫がかった銀髪に、サファイアのような青い瞳。王家の色だ。顔立ちは母方のソラシオ一族に似ている。文武両道、学業優秀な王子。

 第三王子は、王が見初めた母親似の、麗しい顔立ちに、やはり王家の銀髪碧眼。甘え上手で、男女問わず虜にする美青年。


 王妃と上級貴族は、第一王子に期待を集中させ、国王や弟王子たちへの憎悪を刷り込んだ。王妃は想い合う婚約者と別れさせられたことを、上級貴族は彼のために整えた全てを台無しにされたことを、許していなかったのだ。

 その一方で、第三王子は王と側妃、そして下級貴族に可愛がられ、甘やかされて育った。とろけるほどの美男で頭空っぽの王子は、神輿に最適だろう。



 だというのに、第二王子フリードはというと。



 王妃と同じ、古い金貨のような地味な金髪。

 誰に似たかいまいち分からない、淡い黄色に緑や青が散るヘーゼルの瞳。

 極め付けは、愚王と蔑まれる父王そっくりの顔立ちだ。


 王を憎む者たちは当然のようにフリードを嫌った。その中には、実母である王妃もいた。



 母に認められるのは、高貴な血筋で優秀な第一王子。


 父から愛されるのは、寵妃によく似た麗しの第三王子。



 そして王家の色を持たず、特に美しいわけでも、能力面で第一王子に勝る訳でもない、みそっかすの第二王子。



 それがフリード・イクス・アロイジアだ。



 フリード自身は、自分の境遇を哀れとは思わない。小さい頃は王妃によく暴力を振るわれたが、そのうち宰相と将軍が気がついて守ってくれたので、記憶は朧げだ。


 それに、宰相の長男・ユランと、乳兄弟のミルドランという親友二人も、そばにいてくれた。支持してくれる貴族もいる。むしろ、微妙な立場に生まれた割には、周囲に恵まれていると思う。


 ただ、顔を合わせるたび嫌味を言ってくる王妃は鬱陶しいし、存在自体を無視してくる国王は面倒くさい。

 仕事をしたいんだか問題を起こしたいんだか分からない兄と弟。私利私欲と意味不明な言いがかりで執務を妨害してくる対立派閥の貴族。

 日に三回は報告される暗殺計画、三桁を超えてから数えるのをやめた人数の暗殺者。実際に襲われたのはそのうちの一割程度だが、丸一日かかった書類や綿密なスケジュールがパアになった虚しさと言ったら……。


 ……訂正。存外不遇かもしれない。



 そんなことを考えながら書類を処理していると、かちゃり、と机に紅茶が置かれた。

「そろそろ休憩されてはいかがです」

 顔を上げると、宰相補佐で側近であるユランが三つある瞳でじっとこちらを見つめていた。


 一拍遅れて紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。


 本来、ユランはさほど気遣いのできる質ではない。むしろプライドが高く、冷淡な節がある。

 そういうのは、専属護衛でもある、ミルドランの方が向いている。そのミルドランは今実家のテルセン辺境伯邸なので、彼なりに精一杯気を遣った結果なのだろう。

「なんですか、その顔は?」

「いや、ありがとう。いただくよ。新人さんかな?君もありがとう」

 自分にだけ甘い部下兼親友を穏やかな気持ちで見つめ、誤魔化しついでに紅茶を準備した侍女にも声をかける。いつものように、カップにミルクを注いだ。


「もう少しこちらに回してくださっても構いませんよ。文官たちは、殿下が思っているより有能です」

 念のため親衛隊に毒味をさせてから、紅茶を一口。まろやかな味わいと芳醇な香りが口の中に広がった。紅茶を淹れてくれた侍女に微笑み、会話を再開する。

「知ってる。だが、いつまで王族でいられるかも分からない身の上だ。少しでも皆の役に立たないと、この国を支えてくれている者たちに、申し訳ないからね」

 国民や、慕ってくれる臣下たちが悲惨な目に遭うことだけは避けたい。


 そう答えると、ユランは一瞬逡巡して、口を開いた。



 ーーーそして、冒頭の問答に至る。



「なりたいかどうかという以前の問題として、なったところで苦労するだけでしょ」

「仰る通り」

 そう答えると、ユランが両手をあげて「お手上げ」のポーズをした。

 光が当たると金にも見えるサンドベージュの髪に、紫の神秘的な両目と額の第三の瞳。その上、中性的な美貌まで持つユランがやると、妙に芝居じみている。

 アロイジア鉱国は、初代国王陛下ーーー一般的には国父陛下と呼ばれるーーーが、三つ目の賢人と、黒髪の武人と共に立ち上げた国だ。

 その名の通り、鉱業で栄えてきた国家だが、ここ数十年、採掘量が減少の傾向にある。専門家によると、枯渇は時間の問題。しかし他に大きな産業は無く、領土の大半は農業に向いていない。


 鉱物資源の枯渇したただ広いだけの痩せた土地。乱立する貴族、飢える国民。


 そんな未来は、恐らくさほど遠くない。


 次の王は、苦しい選択の連続だろう。それを分かっていて喜んで飛び込めるほど、フリードは阿呆でも、野心家でもない。


「でも、第一王子殿下や第三王子が王になったら不味い気がするから、できることはしたいと思っている。私も死にたくはないし、一番手っ取り早いのは王になることだな。…答えになったか?」

 三つ目の賢人の子孫であり、ガラク侯爵家の後継・ユランのことだ。状況は、正確に把握しているだろう。

 申し訳なさそうに眉尻を下げ、深々と礼をした。

「……主君を諌めることもできぬ愚かな臣下たちと不甲斐ない我らのせいで、ご迷惑をおかけしております……」

「ユランたちは別に不甲斐無くない。あの人たち、人の話聞きゃしないんだから」

 ちょうど机にあった封筒を手に取り、軽く振る。

「このブラント伯爵の一件だってそうだ。第一王子殿下は賠償金、払ったか?」

「払っておりませんね」

「だよなあ……」

 第一王子は、強い王家至上主義で、おまけに身内贔屓。第一王子たる自分とその一派は、誰に何をしても許されると思っている節がある。後ろ盾が二公爵家と強力で、能力面では有能だからより質が悪い。

 だからこそ、中立派貴族を取り込もうとして失敗し、暴れて怪我をさせ賠償金の支払いを無視する、なんてことができるのだろうが。


 二人揃ってため息を吐く。


「……第一王子殿下に支払い能力がないと噂を流せ。あとシュゼイン将軍からこの件についてタルヴァ公爵をつつくよう頼んでおい……いや、頼みに行くから、シュゼイン将軍の予定を確認してくれ。そろそろ領地から戻ってきているはずだ」

「はっ」

 プライドの高い第一王子ならば、噂に腹を立て意地でも支払おうとするだろう。中立派のトップであり、軍部と暗部の長たる将軍、シュゼイン公爵の心象を悪くするのは、王妃たちが避けるはず。


 書いた手紙を封筒に収め、封蝋を押す。


「あと、これをブラント伯爵に。私名義で謝罪の手紙を書いた。ひとまずは溜飲を下げてもらえるだろう」

「またお名前が売れますね、殿下」

「こんなことで売りたくはなかったよ……」

 ころころと心底愉快そうに笑う宰相補佐とは対照的に、憂鬱な面持ちで頬杖をつく。

 第一王子の格下に対する言動がまともであれば、フリードはさっさと臣籍降下で逃げる選択肢もあっただろう。しかしこうもしょっちゅう貴族や平民と問題を起こし、王家の求心力を下げ続けられると困る。


 うんざりしていると、ユランが次の書類を取り出した。

「それから、影から報告です。第三王子殿下なのですが」

「また踊り子を後宮に連れ込んだのか?」

 側妃の子、第三王子。平民だが国王が見初めた側妃によく似ているだけあって、見かけは最高に美しい。ユランやシュゼイン公爵と並び、鉱国史上十指に入る美男子と称えられている。甘え上手で、人心を掴むのも抜群に上手い。

 但し、怠惰な上わがままで、お世辞にも有能とは言えないので、即位したら傀儡一直線だろう。中立派すら、さすがに第三王子が即位したら王城が回らないとぼやいている。


「残念、ハズレです。宝物庫の宝石を数点持ち出しました。最近お気に入りの女優にでも貢ぐ気ではないでしょうか」


 毎度のこととは言え、あまりの内容にフリードはとうとうべしゃりと机に突っ伏した。


「………東棟に隕石でも落ちて、私以外の王族全滅しないかな……」

「再建費用がもったいないので、呪殺か感染症の方が国庫的にはありがたいですね。呪殺なら祖父に頼めばやってくれると思いますが、手配しますか?」

「……私が悪かったから、そんな軽いノリで呪殺を提案してくれるな……」

「本気ですのに」

 ユランのガラク侯爵家は、呪術師の一族でもある。三つある目を器用に歪めて冷笑する。宰相補佐の毒舌は今日も絶好調だ。


「まあ、冗談はこのくらいにしておいて……いつも通り、カイラム監査室長に通報でよろしいでしょうか、フリード殿下?」

「ああ。……証拠があらかた揃ったら、ソラシオ財務大臣にも内通者を通して報告せよ。来月の議会で、嬉々として追求するはずだ……」

「御意のままに」

 潰し合いになるよう指示して、深く……深くため息を吐いた。

(王位継承権を永久放棄して、ガラク侯爵かシュゼイン公爵の領地で一文官として生きるのも楽しそうだけど…。国民が路頭に迷うのは困るし、クーデターでも起きたら、もう何の意味も無いんだよなあ……!)

 他にまともな候補もおらず、少数ながら自分を推してくれている貴族もいる。一応は王になるという方針で動いているが、どうなることやら。


 ふと、せっせと自分が頼んだ仕事に取り組む幼馴染を見て、疑問が口をついて出た。


「……ユラン。君はどこまで付いてくるんだ?」


 現在、王位争いは混迷を極めている。


 無能な王、王への復讐で燃える王妃、傲慢な第一王子、凡庸な第二王子、享楽的な第三王子、彼らを旗頭に争う貴族たち。


 今のところ、四公爵家のうち二家の後ろ盾を持つ第一王子がやや優勢だが、国王が無理やり第三王子を即位させることもできなくはなく、だからと言って城の実務を担う実力派貴族を味方につけるフリードを排するのは難しい。


 仲の悪い三王子。負ければ、粛清だ。



 するとユランは、紫の瞳をぱちくりさせ……美しく笑んだ。

「最後まで」

 抱えていた書類を手近な机に置き、歌うようになめらかに言葉を紡ぐ。

「母は大陸を股にかける行商人です。国から解放されれば、父は喜んで母を追うでしょう。妹も有能ですし、義弟は平民です。二人でならどこででも身を立てていけます。妹の性分からして、母のような行商人になるかもしれませんね。弟の婿入り先は大商会の元締め、他国の支部に本部を移すも良し、残るも良し。タイミングを見誤るような愚弟ではありません。祖父母は隣国の伯母のところにでも行くのでは?我が領地に隣接する領の領主も善政を布いています、『嵐』があっても良きに計らってくれるでしょう」

「……優秀だな」

「このユラン・ジス・ガラクの血族ですから」

 ユランは静かに、だが誇らしげに微笑んだ。


 跪き、臣下の礼を行う。


「ですから、私とミルドランは、最後まで」


「……そう」


 悲しいような、嬉しいような。

 自分と共に滅びるくらいなら、いっそ逃げ出して欲しかったが、それは許されないらしい。


 すっと立ち上がったユランは、先ほどまでの真剣な空気を消して首を傾げる。

「というか……テルセン辺境伯は第一王子派です。奴が父親殺しをする前に引き剥がして、連れて行ってやるべきでは?その方がよほど建設的ですよ」

「……一理あるなあ……」

 今日何度目かも知れぬため息を吐くと、ばたばたと王城らしからぬ足音がして、執務室の扉が勢いよく開かれた。

「しっ…失礼します!緊急です!」

「どうした」

 フリードの派閥の文官が、真っ青な顔で口を開く。



「だ、第三王子殿下が……殺されました!犯人は第一王子殿下です!!」



 嵐が、訪れた。


お読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王妃が血の繋がっていない3王子や、 側室が12王子を嫌うなら判るが、 自分が生んだ2人のうち、 2王子だけ虐待する理由が全然判らないな [一言] 側妃てどう読むんだ?と思ったら、 なろ…
[良い点] これから読ませてもらってます。 面白そうな作品ですね
[気になる点] 自分は賢いみたいでキモい、ダメじゃんw
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