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四 : 根張 - (13) 久秀の矜持

 先に茶室で待っていた久秀は、“某の命同然”と断言する程に大切にしていた平蜘蛛の釜を前で静かに座っていた。

 やがて、戸が開かれると中へ入ってきた人物へ向けてにこやかな笑みを見せて声を掛けた。

「お待ちしておりました――勘九郎様」

 躙口(にじりぐち)から顔を上げたのは、紛れもなく織田家当主の信忠だった。信忠の後に入ってきたのは、伝兵衛。二人共本人だと分からないよう多少の化粧が(ほどこ)されていた。最後に入ってきた久通が躙口の戸を閉める。

 正客の位置に座った信忠は、(おもむろ)に口を開く。

「このような形でお会いする事になりました点、平にご容赦下され」

 信忠が詫びると、久秀は鷹揚に応えた。

「何の。敵味方に分かれた以上、大手(おおで)を振って入るのは難しいでしょう。それに……『また弾正殿の茶が飲みたい』と言われては、断れません。先日の約束もございますし」

「……覚えていて下さったのですか」

「勿論。某と茶が飲みたいと言って下さった方は、前にも後にも勘九郎様しか居りませんでしたから」

 そう言ってニカッと笑う久秀。その仕草を見て、やっぱり心の底から憎む気持ちに信忠はなれなかった。

「では、早速――」

 本題を切り出そうとする信忠に、久秀は「お待ち下さい」と優しい口調で止める。

「まずは、茶を召し上がってからに致しましょう。茶を飲みにお越しになられたのに、それを出さないのは些か無粋。話をするにしても、一服して落ち着かれてからでも遅くはありません。それに……畿内で数寄者として名の通る某が、来訪してきた者へ茶の一杯も持て成さないのは、茶人としてあるまじき事ですので」

 最後に言い訳がましく付け加えられた本音に、敵中でありながら信忠は思わずクスッとしてしまった。武人である前に茶人である久秀は、茶を点てたかったし自分の茶を飲んで欲しいのだ。こういう人間味溢れるところが、信忠は好きだった。

「……では、頂きます」

 謹んで応じる信忠に「それでよろしい」と言わんばかりに微笑みながら頷く久秀。

 茶を飲む運びとなり、信忠は思い出したように持参した荷物を久秀の方に差し出す。受け取った久秀は、包みを(ほど)いて中の木箱の蓋を開ける。

 中に入っていたのは、茶葉。それを手に取り、鼻を近付け香りを嗅いだ久秀は顔を綻ばせた。

「これは良き茶葉だ」

「宇治で収穫された良質なものだそうです」

「左様ですか。やはり宗久殿、良い目利きをされておられる」

 日本で茶の栽培が始まったのは延暦二十四年(八〇五年)に唐から帰国した最澄が比叡山の麓にある坂本で持ち帰った茶の種子を植えたものとされる。但し、茶を飲む文化は定着せず、一度は廃れてしまった。建久(けんきゅう)二年(一一九一年)、宋に渡っていた栄西が茶の種子や苗木を日本へ持ち帰ると共に茶葉を抹茶として飲む方法も一緒に広まった結果、茶を飲む習慣が少しずつ根付いていったのだ(但し、当初は嗜好品ではなく薬として飲まれていた)。

 宇治は栄西が持ち帰った後から茶の栽培が始まり、戦国時代には一大生産地に成長していた。茶葉の需要が多い京に近く、より良い品質の物を追求した結果、宇治の茶葉は高級品と認知されるまでになった。

「本音を言えば頂いた茶葉を()いて勘九郎様に美味しい茶を召し上がって頂きたいのですが、如何(いかん)せん時間がありませんのでまたの機会と致しましょう。某の抹茶も上等なものですのでご安心を」

 ()も残念そうに語る久秀。身分を隠して敵の城に入った以上、ゆっくりしている訳にはいかない。その辺りの事情も久秀は()んでくれ、信忠にはありがたかった。

 早速、久秀の点前が始まる。信忠は自分の点前の参考にしようと、久秀の所作をじっと見つめる。茶入から抹茶を掬い、茶碗に入れる。

「……まさか、あの時の約束がこういう形で果たされるとは、某も思ってもおりませんでした」

 柄杓で湯を汲みながら、久秀はにこやかに話し掛ける。信忠も同じ思いだったので「そうですね」と応じる。

「真に、勘九郎様は向上心の強い御方ですな。天下人の跡を継がれる方はそうでないと」

 茶筅を回しながら、感心したように呟く久秀。敵味方に分かれた以上、おべっかを使う必要はないので本心から出た言葉だろう。

 やがて、茶を点て終わった久秀は茶碗を信忠の前に差し出す。すると、伝兵衛の腕が伸びる。

「……毒見を」

 和やかな雰囲気ではあるが、此処(ここ)は敵地のど真ん中。目の前に座るのは敵方の大将であり、信忠は攻め手の総大将だ。茶の中に毒が含まれている可能性も否定出来ない。何より、相手は戦国乱世の荒波を乗り越えてきた“梟雄”、気を緩めれば寝首を掻くなんて造作もない事だ。

 しかし、信忠は手で制した。

「その必要はない。数寄者である弾正殿が茶の湯で仕物(しもの)をかけるような真似はすまい」

 言うなり、茶碗を手に取った信忠は口を付ける。伝兵衛は冷や冷やした思いで信忠を見つめる。

 一口、二口と飲み、口を離す信忠。

「……美味しゅうございます」

 そう言い、頭を下げる信忠。一先ず体調に異変が現れていないので、伝兵衛はホッと胸を撫で下ろす。

 主従のやりとりを眺めていた久秀は、ニヤリと口元に笑みを浮かべながら口を開いた。

「見た目によらず、なかなか豪胆な真似をされますなぁ。……あぁ、そこの御仁、心配に及ばぬ。この茶に毒など一切入っておらんから安心なされよ」

 そう言いながら、同じ茶入から取り出した抹茶で自分が飲む茶を点てる久秀。

 傍ら、その言葉で自らの振る舞いの危うさについて実感が湧いてきた信忠。伝兵衛に伝えたのは本心だったが、臆病者と(そし)られたくない一種の強がりも多分に含まれていた。今になって冷静に考えれば、痺れ薬を混ぜられれば総大将で織田家嫡男の身柄が松永方に押さえられ、何かしらの交渉材料に使われたかも知れない。嫡男が敵に囚われるなんて、織田家始まって以来の汚点になりかねない。

 余談ながら、信長の長兄である信広が家督を継がなかったのは側室の生まれだった点も大きかったが、天文十八年十一月に三河・安祥城を守っていた信広が太原雪斎率いる今川勢に攻められた際に生け捕りとされた事が致命的な打撃となったとされる。

 続いて、同席する久通の茶を点てながら久秀は話題を変える。

「しかし、驚きましたな。宗久殿を介して『是非ともお会いしたい』と伝えてくるとは、考えもしませんでした」

「今ある伝手で弾正殿と接触するには、宗久殿しか()りませんでした。危険が伴うにも関わらず快く応じて下さった宗久殿には、感謝しかありません」

 控え目に答える信忠。それは偽りのない本音だ。

 久秀と宗久は茶の湯の師を同じとする兄弟弟子の間柄でもあるが、それ以外にも関係性を感じさせる結び付きがある。久秀の主君・三好長慶は幼い頃に両親と堺で暮らしており、成人後はその経済力に着目して会合衆と良好な関係を築いていた。三好家の吏僚から頭角を現していった久秀もまた、堺の会合衆を通じて宗久と繋がりを持ったと考えても不思議でない。

 何とか会って話がしたいと思った信忠が真っ先に思い浮かべたのが、宗久だった。すぐに宗久へ久秀に会いたい旨を伝え、仲介を依頼したのだ。岐阜を発つ前に送った手紙の内の一通は宗久に宛てたもので、日を置かず快諾するとの内容の手紙が送られてきて、信忠は安堵した。

「……弾正殿は、どうして私と会おうと思われたのですか?」

 今度は信忠の方から訊ねてみた。これから戦う事になる相手、しかも総大将が「会いたい」と言ってくれば、警戒する方が自然だ。にも拘わらず、久秀は何の条件も付けず応じてくれた。信忠も会えるだろうと薄々思っていたが、断られても仕方ないとも考えていた。どうしてか、理由を聞いてみたかったのだ。

 すると、久秀は即答した。

「それは勿論、勘九郎様から『また茶が飲みたい。そして、指導を受けたい』と送られてきたからに他なりません」

 今から(さかのぼ)ること三年前、天正二年正月。帰参後初めて岐阜城に出仕した久秀に、信忠の方から『茶の指導をお願い出来ませんか?』と申し出たのだ。そこで茶の湯の奥深さを学んだ信忠は、また指導をお願いしたいと約束したのだ。この後、久秀と会う機会に恵まれず実現されなかったものの、信忠はどうしても会いたいが為にこの約束を持ち出したのである。

 覚えているかどうか自信は無かったが、(わら)にも(すが)る思いで託した一文は久秀の方もこれが決め手となったみたいだ。

「やはり、嬉しかったですね。誰も相手をしてくれないこんな年寄りに声を掛けて頂けるなんて。ありがたい事です」

 ニコニコと嬉しそうに語る久秀から、誇張や世辞は感じられない。その姿は町によく居るご隠居さんのようで、とても“将軍殺し”や“大仏殿焼き討ち”の汚名を着せられる人とは思えない。

 それから同席する久通、さらに伝兵衛の分まで茶を用意した久秀は、使っていた道具の後片付けをしながら問い掛けてきた。

「……さて。某の点前は参考になりましたかな?」

 ここまで久秀の点前を(つぶさ)に見てきた信忠は、一つ間を挟んでから答えた。

「えぇ。茶の湯の楽しさや面白さの一端に触れたような気がします」

 信忠の答えに久秀は「ほう……」と漏らす。さらに信忠は続ける。

「父……上様が亭主の時は、真剣での立ち合いのような凛と張り詰めた雰囲気になります。上様の席では身が引き締まりますが、その所作や立ち居振る舞いは見ていて美しさすら覚えます。反対に、弾正殿は常に話題を振り()いて和やかな雰囲気に包まれます。客の側は肩肘張らず、ありのままの自分を(さら)け出せます。対極にある御二方の点前ですが、客を持て成そうという根本は一緒。どちらが正しいのではなく、どちらも正しい。……そういう風に見ましたが、如何(いかが)でしょうか?」

 信忠の感想を聞いた久秀は、はたと膝を打った。

「お見事にございます! ただ漠然(ばくぜん)と参加する盆暗(ぼんくら)も多い中、その若さでそこまで気付かれるとは大したものです。茶の湯に型はありません。各々が工夫を凝らして客を持て成す、それに尽きるのです。いやはや、この先どこまで上達されるか、楽しみで仕方ありませんな」

 実に愉快だと言わんばかりに破顔する久秀。数寄者で知られる久秀からそこまで褒められ、信忠も悪い気がしなかった。

 自分の前に置かれた茶碗を手に取り、一口啜ってから久秀はゆったりと切り出した。

「さて……そろそろ、本題に入りましょうか」

 久秀の一言で、部屋の空気が和やかなものからピリッと張り詰めたものに変化する。信忠も茶を一口含んで、徐に話し始めた。

「ここだけの話になりますが――上様は弾正殿、それから金吾殿を全力で成敗しようと考えておりません。申し開きを行い、誠心誠意詫びれば、赦免も有り()るとの仰せです」

 信忠の口から出た思いがけない内容に、同席する久通は驚きで目を丸くする。その傍らで、久秀は特に目立った反応を示さず、茶を静かに啜っている。

 一度ならず二度までも反旗を翻した久秀を、当初は使者を送って真意を質そうとするなど信長に討伐の意思は無かった。久秀が使者を門前払いにしたが為に已む無く兵を送ったが、最後の最後まで追い詰めた現在でもその気持ちに変わりはなく、『訳を話してくれれば許す』姿勢を堅持していた。

 久秀は何も返さず、信忠も久秀の反応を注視する。暫く沈黙が続いてから、痺れを切らした久通が口を開いた。

「……されど、勘九郎様が仰られた『理由を話して頭を下げれば済む』という訳ではありませんよね?」

 久通の指摘に信忠は「はい」と認める。

「タダで、という訳にはいきません。上様は『“平蜘蛛の釜”を差し出せ』それが条件だ、と……」

 やや言い(づら)そうに明かす信忠。直後、懐から一通の書状を出す。開いて久秀に差し出すと、一瞥してから久通へ放り投げる。

 受け取った久通が目を通すと、信忠が提示した条件と共に信長の花押が記されていた。念書である。わざわざ念書を出したのは、信長が久秀を失いたくない裏返しでもある。

 岐阜を発つ前に信忠は安土の父へ文を送り、久秀を許す条件を念書として(したた)めるよう願い出たのだ。父は久秀のことを高く評価していたのを知っていた信忠は、必ず出してくれると自信があった。

「……某の為に危険を顧みず骨を折って頂き、勘九郎様にはただただ感謝しかありません」

 しんみりした口調で述べた久秀は、信忠に深々と頭を下げる。もしかすると、受け容れてくれるのか。淡い期待が信忠の胸に湧き上がる。

 暫く下げていた頭をゆっくりと上げた久秀は、満面の笑みではっきりと告げた。

「お断り致す」

 微かな期待を打ち砕く、断固とした一言。愕然(がくぜん)としながらも、信忠は何とか言葉を絞り出す。

「……これまで、弾正殿は天下の名物や居城を差し出して歓心を得てこられたではありませんか。違いますか?」

「確かに。勘九郎様の仰る通りです」

 信忠の指摘を素直に認める久秀。

 三好三人衆や筒井順慶の攻勢で苦境に立たされていた久秀は、信長に上洛の兆しがあると知って逸早く(よしみ)を通じた。永禄十一年九月二十八日に信長が義昭を擁して上洛を果たすと、十月二日に初めて対面を果たした久秀は天下の大名物“九十九髪茄子”を差し出した。これは永禄元年にその美しさに()れ込んだ久秀が一千貫で手に入れた逸品で、それを信長に献上する事で誠意を示したのだ。この久秀の行動には流石の信長も驚き、代わりに大和一国の切り取り次第を許している。

 また、天正元年十二月に降伏した際も、信長から『多聞山城を渡せば不問とする』という条件を突き付けらたが、久秀はこれを呑んだ。多聞山城は久秀の独創性が詰まった愛着ある城だったが、「命が助かるなら喜んで差し出す」と受け入れたのだ。

 過去二回の前例が示す通り、久秀はここぞという時に物惜しみせず差し出す事で難局を乗り切ってきた経緯がある。

「命あっての物種。生き永らえてこそ挽回の機会が巡ってくる。……そう、お考えになられていたのではありませんか?」

 以前、信忠も父から似たような事を伝えられている。元亀元年五月、金ヶ崎の退き口から初めて岐阜へ帰ってきた折、もしもの事態も想定した上で信忠へ『安直に死へ逃げるな』と訓示している。

 その父も、自らの脅威となる人物へは形振り構わず贈り物を送り機嫌を取っていた。上洛前には武田信玄へ小袖を送る際には重ね塗りされた極上の漆塗りの箱に入れていたし、信玄亡き後は上杉謙信へ当時人気絵師だった狩野(かのう)永徳(えいとく)(えが)いた“洛中洛外図屏風(びょうぶ)”を天正二年に贈っている。久秀程ではないが、敵対を避ける為なら金に糸目をつけない手法は非常によく似ていた。

 信忠の指摘に、久秀は茶を啜ってから応える。

「勘九郎様の仰る通りです。武家の本質は“名を残すこと”ではなく“家を残すこと”、命さえ繋げば失った名も手放した金や物も取り返せる時が訪れるかも知れません」

「なれば――」

 肯定する発言が久秀の口から出たことで、もう一押しせんと前のめりになる信忠。しかし、苦い表情を浮かべた久秀は「ただ」と漏らしてから続ける。

「……人には、どうしても譲れない一線があるのです。この“平蜘蛛の釜”だけは、どれだけの大金を積まれても、それこそ某の命が危機に晒されようとも、手放せない代物なのです」

 訥々(とつとつ)と自らの胸の内を語る久秀。弱々しい口調とは裏腹に、揺るぎない決意が言葉の端々から滲み出ている。

 ドン、と大きい音が茶室内に響く。やり場のない信忠の怒りが、(こぶし)となって畳を打ち付けたのだ。

「どうして……どうして、その茶釜に(こだわ)るのですか! 貴方程の数寄者なら、新たな名物を見つける事も生み出す事も出来るではないですか!」

 抑えていた感情が溢れ出した信忠は、思わず叫んだ。本当は“そんな”とか“たかが”と言いたかったが久秀の気持ちを(おもんばか)って辛うじて思い留まる。

 茶の湯の世界で、多くの名物はその道で著名な人や権威のある人のお墨付きや箔が付いたが故に価値を認知されたものだ。はっきりとした評価がある物を皆が欲しがり、結果として価格が高騰する。茶の湯が一般の階層にも広まるようになり、ある潮流が生まれつつあった。……新たな名物の登場だ。

 茶の湯が広まった当初は上流階級の人々が楽しんでいた事もあり、唐や宋など中国から輸入された物が重宝されていた。しかし、茶の湯に侘び()びの精神が持ち込まれ庶民にも茶の湯の文化が浸透するようになると、価値にも変化が現れ始めた。唐物(からもの)と呼ばれる高価なものから庶民が日常で用いる素朴なものが名物として認知されるようになったのだ。国産の大量生産品や茶人自らが制作した物の中から美しさを見出し、それを影響力のある人が使ったり()したりする事により高値で取引されるようになった。つまり、何の価値も無い物が影響のある茶人の手を介する事で一気に価値が跳ね上がるのである。

 主に畿内を中心に数寄者として名の通っている久秀は、持ち前の独創性を活かした工夫のある茶の湯を(おこな)っていた。久秀は美しいものを見極める目利きが出来る力を備えており、やろうと思えば名物と呼ばれる逸品を世に送り出せる能力があったのだ。

 信忠が言わんとしている事が分からなくもない久秀は、やや表情を緩めながら答えた。

「……某がもう少し若ければ、それも出来たかも知れません。それと、この茶釜には某と共に過ごした苦楽の時が詰まっております。これに代わる逸品は後にも先にもないでしょう」

「弾正殿の思い入れは上様もよく存じている筈。茶釜一つで手打ちになるとお考えになりませんか?」

 何とか翻意してもらおうと畳み掛ける信忠。ただ、久秀は静かに首を振ってから応える。

「人の命は物や金で替えられますが、人の心は物や金で替えません。……勘九郎様のお気持ちは大変ありがたいですが、これだけはどうしても譲れません。この茶釜が欲しければ、力づくで奪って下され」

 淡々とした物言いながら、梃子(てこ)でも動かぬ絶対の意思を感じさせる久秀の言葉に、食い下がっていた信忠も説得は無理だと諦めざるを得なかった。信忠はガックリと項垂(うなだ)れる。

 二人のやりとりを見守っていた久通は始まった時から一切顔色を変えず、伝兵衛は主君の心情を思い複雑な表情で見つめていた。

「……もう一杯、如何(いかが)ですかな?」

 常と変わらず落ち着いた口調で久秀が問い掛けるが、信忠は無言で首を振った。

 交渉は決裂。何とか久秀の命を救いたかった信忠にとって、肩を落とす結果となった。

 久秀は茶碗に残っていた茶を飲み干すと、雑談でもするように声を掛けてきた。

「時に、勘九郎様。一つ、上様へ言伝(ことづて)をお願い出来ますでしょうか?」

「……(うけたまわ)りましょう」

 安直(あんちょく)()()った信忠ではあるが、内心ではどんな恨み(つら)みの言葉が飛び出すかと内心ハラハラしていた。城は十重二十重と囲まれ、戦力差もかなり開きがあり、これから殺されるも同然の久秀の一語一句を聞き逃すまいと集中する信忠。

 気持ちを整えた久秀は、穏やかな表情でゆったりと発した。

「――ここから先は未踏の地。道標(みちしるべ)も無い中で、如何(いか)にして切り開いていくか。高みから見守る所存」

 身構えていた信忠は、予想外の内容に拍子抜けする思いだった。具体的に何かを言及している訳ではないので信忠にはよく分からなかったが、父には久秀が何を示唆しているか伝わるのだろう。

 この場に居る理由が無くなった信忠は、茶碗の中身を一気に呷った。気のせいか、先程より苦味が増しているように感じた。

 そろそろ辞そうかと立ち上がった時、ふと久秀が背筋を正してから(こうべ)を垂れた。

「勘九郎様。今宵はお越し頂き、ありがとうございました。この弾正、冥途の土産に良き想い出が出来ました」

 言い終えてから、久秀は頭を上げる。ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべていて、信忠には少し眩しく映った。

 どう返せばいいか言葉が湧かず、信忠は久秀に一礼してから庵を後にした。久秀はその後ろ姿を、深々と頭を下げて見送った。


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