四 : 根張 - (12) 陣中見舞い
天正五年十月五日。織田勢約四万は信貴山城攻めを開始した。
この戦では大和国で長年敵対してきた筒井勢や先月の軍令違反から名誉挽回したい羽柴勢など士気は頗る高かったが、負ければ全て終わりの松永勢がそれを上回った。『和州諸将軍伝』によると、松永家家臣の飯田基次率いる二百の兵が城から打って出て織田勢に斬り込み、織田勢は数百名の死傷者を出したとされる。
信貴山城を巡る激しい攻防が繰り広げられたその日の夜、両軍が兵を引いた中で城の大手門に近付く三つの影があった。
「もし、もし」
先頭を歩いていた影が、大手門に辿り着くと声を発した。すぐに見張り台から兵が顔を出す。
城方の人間が来たのを確認して、その影は再び口を開いた。
「私、堺で商いをやっております今井宗久と申します。弾正殿へ陣中見舞いに参りました。この通り、弾正殿から面会を許す旨の書状もございます。何卒、開門を」
そう言うと、宗久は懐から一通の書状を出して示す。宗久の申し出に、見張り台の中で人が動く気配が見える。
直後、見張り台に居る兵と思われる男が声を掛けてきた。
「……その、後ろの二人は?」
「この者は手代、その後ろに居るのは私の身を守る用心棒にございます」
宗久はそれぞれ、荷物を持った若者と浪人を紹介する。流石に豪商の宗久が戦場を一人で歩くのは不用心過ぎる。兵の方も宗久の説明を訝しむ様子は見られない。
稍あって、門が少しだけ開かれた。責任者と思われる武者が、ちょっとだけ顔を出して言った。
「……大殿のお許しが書かれた書状を確認したい」
確認を求められ、宗久は武者に書状を手渡す。中には『この者達を通すように』と認められ、久秀の花押も記されていた。
見たところ、偽物ではなさそうだ。受け取った書状を宗久に返すと、武者は「少し待つように」と言い残して中へ戻っていった。
それから少し経ち、再び門が開かれた。門の先に居たのは先程の武者ではなく……。
「これはこれは、金吾様ではありませんか」
宗久が驚きの声を上げる。現れたのは、松永家の当主・久通だったからだ。相手は名の知れた豪商とは言え、民間人の応対に当主自ら出向くのはかなり珍しい。
「今は戦の最中。将兵達も気が立っておりますので、平時では起きない事が起こらないとも限りません。ここは私が案内する事で、身の安全を保障致します」
「左様ですか。よろしくお願い仕ります」
久通の言葉に「然もありなん」と頷く宗久。第三者の民間人である宗久だが、現在抗戦中の織田家と関係が深い事から「もしや間者か?」と邪推する者が出てきてもおかしくない。久通が案内すれば、流石に血気に逸る将兵も手出しは出来ないだろう。
「父は茶室に居ります。では、参りましょう」
言い終わるなり歩き始める久通。宗久、荷物持ちの手代、用心棒と続いていく。
一行は屋敷の敷地内に建てられた庵の方へ向かう。庵の周りには草花が植えられていたり手水鉢が置かれていたりと、ここが軍事的施設である信貴山城である事を忘れさせる程に整えられていた。宗久と同じく武野紹鴎を師に持つ数寄者の久秀らしい造りと言えよう。
「ささ、中へどうぞ」
久通に促されて茶室に向かったのは……宗久ではなく、荷物持ちの手代。主人を差し置いて入るとは何事か! と叱責されても不思議でないのに、宗久は何も言わない。手代が先頭で茶室に入り、用心棒・久通が庵の中へ続く。
「……ご武運を」
三人が茶室に入っていくのを見届けた宗久は、ポツリと小さく呟いた。その後、一人になった宗久は久秀の趣向を凝らした庭を散策し始めた。




