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四 : 根張 - (5) 雑賀衆

 天正五年(一五七七年)、信忠二十一歳。

 昨年は大きな戦に駆り出される事はなく、信忠はその分内政に集中出来た。しかし、正月が明けた頃、安土に滞在する父から呼び出しを受けた。

 父の趣向を凝らした壮大な安土城はまだ築城途中ではあったが、安土に仮の屋敷を建てて公務の無い日は自ら現場を見て回っていた。その屋敷を訪れた信忠は、父から思いがけない事を言われた。

「近々、雑賀衆を叩く」

 信忠が座るのを待ってから、開口一番に父は言い渡した。

 いつもの通り、前置きは一切挟まず端的に用件を告げる。慣れてはいるが、父の意図を掴むのに一瞬固まってしまった。

「……本願寺の力を削ぐのが狙いですね?」

 信忠が訊ねると、父は静かに頷いた。

 雑賀衆は、紀伊国の“雑賀庄(さいかしょう)”・“十ヶ郷(じっかごう)”“・”中郷(なかごう)中川郷(なかがわごう)とも)・“宮郷(みやごう)社家郷(しゃけごう)とも)”・“南郷(なんごう)”の五つの地域(五組)を地盤とする地侍集団である。紀伊・河内の守護大名である畠山家(こちらが宗家(そうけ)、能登の畠山家は分家)は応仁の乱以降影響力が低下し、雑賀衆も紀伊国内で自立した勢力になっていた。紀伊国は他の国とは異なり、高野山(こうやさん)根来寺(ねごろじ)粉河寺(こかわでら)熊野三山(くまのさんざん)など独自の兵力を持った寺社勢力が盤踞(ばんきょ)している構図で、守護の畠山家もそれぞれの自治を認めざるを得ない状況だった。雑賀衆も紀ノ川の河口を治めていた事から、海運業や水軍を持っていたとされる。

 その雑賀衆の名が世間に広まるキッカケとなったのが、鉄砲だった。鉄砲が伝来すると根来衆と共に逸早く取り入れ、優れた鉄砲放ち手を育成するのと並行して鉄砲を用いたより効率的な戦法の研究に乗り出した。元々雑賀衆は各地の大名へ傭兵として派遣される事で収入を得ていたが、鉄砲に特化した戦闘集団になってからはその勇名が全国に知られるようになった。鉄砲は大量生産されるまでは非常に高価で、大名達も積極的に導入出来なかった事情もあって金さえ払えばきっちり成果を出してくれる雑賀衆は全国から引く手数多(あまた)だった。

 雑賀衆の中で特に評判となったのは鈴木重秀(しげひで)(通称“雑賀孫一”)で、雑賀衆の有力地侍の家である雑賀党鈴木氏の当主ながら自らも非常に優れた鉄砲の放ち手として各地を転戦、武功を重ねていた。個人だけでなく将として一軍を勝利に導いた実績を重ねていた事から、大名家から『高禄で召し抱えたい』という誘いが絶えない程だった。

 雑賀衆が織田家と敵対するようになったのは、元亀元年。石山本願寺の顕如が全国に発した檄文に応じる形で、浄土真宗を信仰する雑賀衆の手勢が本願寺方に加わったのだ。雑賀衆の中には真言宗や浄土宗を信仰する勢力も存在したが、昔から付き合いのある本願寺の決起に重秀を始めとする多くの勢力が本願寺に味方する意思を表明したのが決め手となった。鉄砲五千挺という異例の数と共に本願寺へ入った雑賀衆はその圧倒的火力で織田勢を大いに苦しめた。その功績から、重秀は本願寺内部を取り仕切る下間(しもつま)頼廉(らいれん)と並び“大坂之左右大将”と(たた)えられる程だった。昨年五月の天王寺の戦いでも原田直政を討ち取り、救援に駆け付けた信長を負傷させるなど、雑賀衆は織田方に損害を与えていた。

 本願寺を十重二十重と囲んでいるものの、毛利水軍の補給もあり効果があまり上がっていなかった。そこで、信長は視点を変えて有力な支援者である雑賀衆に揺さぶりをかけようというのだ。

「雑賀五組の内、中郷・南郷・宮郷の三つが我等につく意向を示した。話がまとまり次第、兵を起こす」

 天王寺の戦いの後、織田方は秘かに雑賀衆へ調略を仕掛けていた。十ヶ郷の鈴木重秀・雑賀庄の土橋(つちばし)若太夫(わかたゆう)守重(もりしげ)が雑賀衆の顔になっているのを面白く思わない者や、天下人となった信長と敵対するのは得策でないと考える者も中には居た。地侍の集合体である雑賀衆が一枚岩でない弱点を突いた形だ。

「雑賀衆と戦った事はあるか?」

「……いえ」

 父の問いに、信忠は首を振る。本願寺攻めに参加した経験はなく、昨年五月の動員令も東の武田の動向が気になったのもあり参戦していなかった。

 すると、父は真剣な顔つきで信忠に忠告した。

「これだけは言っておく。敵は少数だからと絶対に(あなど)るな。気を緩めたら必ず足元を(すく)われるぞ」

 そう言うと、父は用が済んだとばかりに席を立って部屋から去っていった。一人残された信忠は、雑賀衆はそれ程までに恐ろしいものかと気を引き締めた。


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