三 : 萌芽 - (14) 長篠
武田勝頼が武田家の当主となってから、積極的に外征が行われてきた。去年は織田領の東美濃、徳川領の高天神城など、目に見える成果を積み重ねていた。その姿勢は今年に入っても継続され、次なる標的に定めたのは奥三河・長篠城だった。
長篠城は元々菅沼正貞が城主を務めていたが、元亀二年に武田信玄が奥三河へ侵攻してきた際に降伏。以降は武田方のものとなった。しかし、その信玄も元亀四年に死去すると、代替わりの混乱に乗じて徳川勢が天正元年七月に包囲した。奥三河の重要拠点を失いたくない武田方も援軍を送ったものの、正貞は降伏を決断。城主・正貞は助命され、城から落ち延びた。
奥三河を支配する上で絶対に押さえておきたい最重要拠点の後釜に家康が据えたのが、奥平貞能だった。奥平家も元亀二年の侵攻で武田家に屈したが、元亀四年に武田家が信濃へ引き揚げていくのを受け、家康が調略に乗り出した。その条件は“貞昌と家康の長女・亀姫の婚約”“領地の加増”“奥平家当主・貞能の娘を本多重純に嫁がせる”といった内容で、奥三河の国人である奥平家の規模を考えれば破格の条件だった。この提示を受けた貞能は徳川家へ帰参する事を決め、信玄死去の情報と共に家康へ伝達した。天正元年八月二十一日、奥平家は一族郎党の大半を連れて本拠・亀山城を脱出、徳川方へ逃げ込んだ。
奥平家離反の報を受けた勝頼は、八月二十六日に奥平家から人質に出されていた貞能の妻・おふう、貞昌の弟・仙千代丸、奥平家家臣の周防勝次の子・虎之介が山県昌景の指示で磔に処された。裏切りに対する報復処置だが、奥平家は逆に後へ引けないと家中が結束するキッカケとなった。また、同年中に貞能は隠居し、嫡男の貞昌が家督を継いだ。貞昌の器量を高く買った家康は、奥三河の要となる長篠城を託した。
こうした経緯から、破格の待遇を受ける形で徳川家に復帰した貞昌のことを勝頼は特に憎んでおり、奥三河の奪還を目指して動き出した。武田領内から動員した一万五千の兵を率いた勝頼は天正三年四月に徳川領の奥三河へ侵攻を開始、五月には長篠城を囲んだ。守る奥平勢は約五百と武田勢と比べて圧倒的に少なかったが、武田勢の侵攻を想定して長篠城は大規模な改修が行われ、さらに大鉄砲や鉄砲など二百挺を配備されていた。
五月八日、武田勢は長篠城攻めを開始したが、寒狭川と大野川の二本の川に断崖絶壁と天然の要害に加え、大量に運び込まれた銃火器もあり、武田勢は攻めあぐねていた。寡兵ながら善戦していた奥平勢だったが、十三日の攻防で武田勢が放った火矢から長篠城北側の兵糧蔵が焼失してしまった事で状況は一変。武田勢の攻めを凌いでいる間に味方の救援を待つ作戦だった奥平勢は兵糧の大半を失った事で窮地に立たされた。
保ってあと数日……絶体絶命の状況ではあったが、奥平貞昌を始めとした将兵の士気が著しく高かったのが唯一の頼みだった。
武田勢が奥三河へ侵攻してきたのを受け、徳川家康は直ちに織田家へ救援を要請した。武田信玄による西上作戦で負った傷跡はまだ尾を引いており、徳川家単独で武田勢に対処するのは難しかったからだ。代替わりしたとは言え、信玄の薫陶を受けた将兵は依然健在で、“戦国最強”と謳われた実力は脅威そのものだった。その認識は信長も同じで、天下布武実現に向けて避けて通れぬ相手だった。
家康の援軍要請を受け、信長は本願寺攻めを直ちに中止。武田勢に対処すべく四月の終わり頃に岐阜へ帰還した。
「状況は」
岐阜城で留守を預かっていた信忠に、開口一番で父は問う。
「武田勢は奥三河へ侵攻し、周辺の徳川方の城を次々落としている、と」
三河方面に放っていた斥候から上がっていた情報を信忠が伝え、父は一つ頷いた。
「……ならば、武田はまだ暫くあの辺りに留まる可能性が高いという事か」
「はっ。そう見て間違いないかと」
武田家はここ数年、大規模な動員をかけて外征する事が頻繁にあった。領国である甲斐・信濃は決して豊かな国ではなく、外征費用を捻出する為に重税を課したり賦役として働き盛りの男が徴発したりするなど、領民は負担に苦しんでいた。そこまで負荷を掛けている以上は皆を納得させられるだけの明確な成果が勝頼には必要だった。
勝頼に代替わりしてから、偉大な先代・信玄ですら攻略出来なかった遠江・高天神城を落とすなど、版図を拡げていた。しかし、繰り返される外征で国内は疲弊し、不満は少しずつ鬱積されていた。成功体験が続いているからこそ、勝頼には外征に伴う負の側面を軽視している節があった。
沢彦和尚と初めて会った時に言われた事を、信忠はふと思い出した。『己の欲求を満たす為に他国を進行しても、例え領地が拡がったとしても出費が嵩んで人心は荒んで、結果的に大損となった……なんて事になりかねません』と。今の勝頼は正に当て嵌まっているように感じた。
「勘九郎」
「はい」
「勝頼が領国から出てきたのは千載一遇の好機ぞ。この機に武田を徹底的に叩く」
力強く宣言する父の眼は、爛々と輝いていた。今回の戦に相当な思いを抱いているのが信忠にも伝わってきた。
信忠もまた、武田家に二度苦汁を嘗めている。最初は元亀三年十一月の岩村城落城、二度目は天正二年一月の東美濃侵攻。何れも他地方の動向もあり全軍を投入して対処する事が難しく、口惜しい思いをしてきた。しかし、今回は違う。石山本願寺や越前へ押さえの兵を割くものの、主力の大半をこの戦に向けられる。
ただ、これで勝てるとも信忠は考えていない。天才的な武略で武田家を一大勢力に押し上げた信玄は亡くなったが、武田家の躍進を支えてきた歴戦の猛者の家臣も兵も残っている。勝頼も若年ながら武勇に優れているとも聞く。経験豊富な将と精悍な兵がある以上、そう簡単にはいかないだろう。
「然れど、武田は強敵。一筋縄で勝てると思えませんが……」
懸念を示した信忠に、父はフンと鼻を鳴らしてから応えた。
「分かっておる。勝頼が猪武者でも将兵がしっかりしていれば武田の勝利は堅い。我等が勝つ為には入念な準備が要る」
父の言葉から何か策がある事を匂わせていたが、信忠にはそれが何を示唆しているのか分からなかった。それでも、自信ある表情で語る父を目の当たりにして、信忠は安心感を覚えた。




