三 : 萌芽 - (12) 英邁を父に持つ者
越前や東美濃を失う波乱があった天正二年は、九月末に伊勢長島の一向一揆を鎮圧させてからは特に目立った動きがないまま月日が過ぎていった。
そして――年が明けて、天正三年(一五七五年)。信忠は元服を済ませて二度目の正月を迎えた。
昨年は成人して初めての応対で人の顔と名前を覚えるだけで手一杯だったが、今年は一度経験していたのもあり余裕を持って接する事が出来た。“あ、この人は去年も居たな”と思うだけで、勝手ながら親近感を抱く程だ。去年は“ほぼ全員を覚えないと!”と覚悟していたが、今年は新顔だけで済むから気持ちの面でも楽だった。
これから面会する人物も、その内の一人だ。
「松永金吾殿がお見えです」
奏者が告げると、男性がしずしずと入室してきた。信忠が見た感じだと、それなりに若そうである。
父の前で平伏した男性は、ゆったりと話し始めた。
「松永金吾、新年の挨拶に伺いました」
「うむ」
男性の挨拶に、父は一つ頷く。
「父御は息災か?」
「はっ。我が父は年末に少し風邪を引きましたので、私が代わりに参上致しました」
「そうか。父御は我が織田家にとって欠かせぬ人。くれぐれも体を労わるよう伝えてくれ」
「ありがたき御言葉……父もきっと喜ぶことでしょう」
松永……弾正……もしかして。信忠はある人物の顔が脳裏に浮かぶ。
男性が、面を上げる。その面相は、“梟雄”として知られる松永久秀を若くしたような顔だった。
驚く信忠に、父が説明してくれた。
「この者は、松永弾正の息子だ。尤も、家督を継いでいるから松永家の当主なのだが」
すると、男性は信忠の方を向いて頭を下げる。
「お初にお目にかかります、勘九郎様。松永“金吾”(久通)にございます」
「織田“勘九郎”です。よろしくお願いします」
この人が、あの久秀の息子か。信忠はしげしげと見つめてしまう。
父である久秀曰く『性格は捻くれておらず、それでいて芯が通っている』と評していたが、確かにその通りだ。実直そうな外見、真面目そうな雰囲気。見た目は久秀に似ているのに印象はかなり違う。
「勘九郎。松永金吾の饗応、お前に任す」
いきなり言われて大いに驚く信忠。すると、父は意味ありげな笑みを口元に浮かべながら付け加える。
「二代目同士、色々と積もる話はあろう。その点、俺よりお前の方が適任だ」
突然の指名を受けた信忠は、一室を用意してもらって対面する事にした。茶室を選ばなかったのは昨年に久秀が『(息子は)茶の湯に興味がない』と言及していたのを信忠が覚えていたからだ。それと、年賀の挨拶に訪れた人を父が茶で持て成すだろうと予想したのもある。
茶と菓子を運んできた茶坊主が退室するのを見届けてから、久通の方から話し始めた。
「……しかし、先程も上様が仰られましたように、偉大な父を持つと大変な事も多いでしょうな」
この久通の発言に、信忠は“はい”とも“いいえ”とも言えずに苦笑いを浮かべるしかなかった。色々思うところはあるので頷きたいが、ここで肯定しては父を否定したと捉えられて後々面倒な事になっても嫌だ。
曖昧に濁す信忠の心中を察したのか、久通はさらに続ける。
「かく言う上様も、大変なご苦労をされてきた二代目ですので、勘九郎様のお気持ちもきっとお分かりのことでしょう」
思いがけない内容に、信忠はびっくりした。ただ、冷静になって考えてみれば、久通の言う通りだ。
尾張守護斯波家の家老の家臣、端的に言えば陪臣の家柄に生まれた信忠の祖父・信秀は、時代の潮流に乗り主家を凌いで一大勢力を築き上げた。他国から一目置かれるまでに成長した信秀の功績は大きく、その跡取りである父・信長は周囲から相当な重圧を感じていたに違いない。結果的には信秀を凌駕する国内屈指の一大勢力へと押し上げた事で、先代の呪縛から解き放たれたのだが。
もしかすると、父が若かりし頃に“うつけ”と呼ばれる程の振る舞いをしていたのは、偉大な父と比較しがちな周囲の視線から逃れる為に敢えて演じていたのだろうか? ……いや、それは些か考え過ぎかも知れない。
茶坊主が運んできた茶を啜った久通は、茶碗を置いて単刀直入に斬り込んできた。
「上様の計らいもありましたので、この際だから申し上げます。お互いに出方を窺うのは止めにして、腹蔵なく話をしませんか? この場で口にされた事は決して他言致しませんので」
立場上では家臣である久通が、かなり思い切った提案をしてきた。十以上も歳が離れた久通の提案に、信忠も拒否するつもりは無かったが……。
「……金吾殿は見た目に反して、なかなか強かな御方なんですね」
「畏れながら、勘九郎様は遠慮が過ぎて本心が見えません。このままでは埒が明かないと思いました故、年長者の特権を使わせて頂きました」
信忠の言葉にも動じる気配を見せない久通。寧ろ、余裕があるのか微笑みを浮かべている。……案外、図太い性格なのかも知れないと信忠は思った。
それもその筈。永禄六年閏十二月に二十一歳の若さで松永家の家督を継ぐと、父・久秀と共に三好家を支えた。父の久秀も含めた海千山千の一癖ある者達に囲まれ、乱世の荒波に揉まれてきた。久通は現在三十三歳だが、三好三人衆や筒井順慶といった難敵と長年対峙してきた中で年齢以上に経験を重ねており、実直さと老獪さを兼ね備えているように信忠の目には映った。
「では、改めてお伺い致します。偉大な父を持つと、お互いに大変ですね」
「……はい」
久通の問いかけに信忠は今度こそはっきりと答えた。“自分は包み隠さず話しているのだから、貴方様も逃げは許されませんよ?”という無言の圧力を久通が出しており、信忠も応じざるを得なかった。……よくよく考えてみれば、本音を他人に語るなんていつ以来だろうか。“織田家の嫡男”の肩書が常に付きまとい、自分の素を晒す事は意図的に避けてきた。新左や伝兵衛など気を許せる一部の人くらいで、父や義母の前でも本当の自分を見せていないのではないか。
一度仮面を脱いでしまえば、その後は楽だった。自分の思った事を思った通りに口にすればいい。なんて楽なんだ。背中を押されるように、信忠は興味を抱いた事を訊ねてみる。
「金吾殿は、父君を怖いと思った事はありますか?」
恐る恐る訊ねてみた信忠に、少し考える素振りを見せる久通。
「そうですね……私は父を“怖い”と感じた事はありませんが、考えが分からない事は数え切れない程あります」
久通の回答に、思い当たる節が大いにある信忠は大きく頷く。特に、父・信長は言葉数があまり多くないのもあり、幼い頃は何を考えているのかさっぱり分からなかった。年齢を重ねて少しずつ理解が出来るようになってきたが、まだまだ分からない事の方が多い。他を寄せ付けない雰囲気も怖かったが、もしかしたら父の考えている事が読めず不気味に感じていたのを“怖い”と錯覚していたのかも知れない。
すると、今度は久通の方から訊ねてきた。
「分からないと言えば、茶の湯で使う茶器や道具の良し悪しの判別はつきますか?」
「さて。私も茶の湯の稽古を重ねておりますが、どれがどう良いのか今一つ……」
「そうですよね! たかが茶碗一つに何十貫の値打ちがあると父は豪語しますが、所詮は茶碗。それ一つ手に入れる為に大枚を叩く理由が理解出来ませぬ!」
信忠が同調の意思を示したら、久通は“我が意を得たり!”とばかりに膝を打つ。確かに、名物と呼ばれる茶器は高値で取引されるが、信忠にも何がそんなに価値があるのか理解しかねていたので、久通の言う事にも共感出来る。
それからも互いの父の困った点や理解出来ない点などで話が盛り上がった。家臣達が度肝を抜くような事を平然と言い放ったり、常人には考えもつかない発想を披露したり。家臣達には明かせない苦労話も尽きず、話は大いに弾んだ。父親に振り回される者同士、共通する事も多かった。
一頻り話をした後、茶を喫する久通。信忠も話をしていて喉が渇いたので、それに倣う。一息に飲み干した久通は息を一つ吐いてから、何気ない風に呟いた。
「……いやはや、類稀に優れた父を持つ子というのは、苦労が絶えませんな」
その言葉に頷く信忠。さらに久通は続ける。
「否が応でも父と比較されるだけでなく、父からは『どうして出来ないのか、何故出来ないのか?』という目で見られますし、大人になればなったで調整や後始末ばかり……。役得なんてとんでもない、損な立ち回りの方が圧倒的に多い」
この発言に関しては、あまりピンと来ていない信忠。比較と言っても元服前まで奇抜な恰好をしていた父とは比べ物にならないし、そもそも父と一緒に居る時間が少なかったのであれこれ言われた記憶もなし、裏方仕事ばかりというのは少し分かる気がする。ただ、信忠の場合はまだ家督を継いでいないので当然と言えば当然か。
役得と思った事はないが、それを辛いと感じた事もない。これは父も二代目だったからか、父と比較したくてもあまりに違い過ぎて出来ない特殊例だからか。
その反応を見た久通は、改めて問い掛けてきた。
「勘九郎様は、御自身が他と比べて優れていると思われた事はございますか?」
「それは無いですね」
この問いに関してはキッパリと即答する信忠。発想力や行動力で父に勝ると思った事は一度も無いし、武芸では新左や伝兵衛より明らかに劣っていると自覚している。自分に天賦の才があるとは思えなかった。
信忠の答えを聞いて、久通はうんうんと頷く。
「凡庸な我々が優れた父を上回れるとは思っていません。才で劣る我々が出来るのは、足を引っ張らないように努める事だけ」
「……そうですね」
先に家督を継いだ久通の言葉が、信忠の胸に響く。どんなに努力しても器量では及ばないと自覚しているからこそ、出てくる言葉だと思う。こればかりは当事者にしか共感されないだろう。先人からの助言と信忠は受け止めた。
愚痴るようでいて、自分の父親は凄いと知っているのだ。一番近くに目標がある分だけ、頑張れるとも捉えられる。
偉大過ぎる父を持つ者同士、言葉を交わせた事はとても有意義な時間だったと思う。その一点だけでも、大いに実りある対談だったと思える信忠であった。




