三 : 萌芽 - (10) 良心の呵責、将の責任
伊勢長島へ出兵するに当たり、信長は部隊を三つに分けた。先に挙げた市江口には信忠を大将とする部隊、賀鳥口には柴田勝家や佐久間信盛などで構成される部隊、早尾口に総大将信長を始めとする主力部隊が布陣した。さらに、海上には九鬼嘉隆を中心とした織田水軍が配置され、陸も海も封鎖された。
布陣が完了してからも、織田方は動こうとしなかった。補給路を断ち、伊勢長島に籠もる一揆勢へ兵糧攻めを仕掛けたのだ。伊勢長島は三角州が幾つも点在する地形の都合上、個々の島々が独立して砦が築かれていた。その為、巨大な兵糧蔵がある所は少なく、さらに一揆勢は非戦闘員や兵の家族も収容していた事も加わり、備蓄してあった兵糧はみるみる内に減っていった。
そして……七月十四日、遂に織田勢が動き始めた。陸に展開する三部隊が各方面から侵攻。拠点となっている箇所を一つずつ潰していった。翌十五日には九鬼嘉隆が率いる水軍も海から攻撃を開始。三角州に点在する砦を次々と陥としていき、攻められた一揆勢は拠点となっている長島・屋長島・中江・篠橋・大鳥居の五つの城へ逃げ込んだ。
ここまで大将として指揮を執ってきた信忠だったが、先日利治が話してくれた一揆勢の怖さについて、まだ実感が湧かなかった。
自分が最前線に立たず安全な場所から戦の進捗を聞いているだけだが、至って順調に事が運んでいた。損害は軽微、士気が上がらないとも報告は入っていない。事前の締め付けが効果的だったみたいで、敵勢の動きが鈍いとも受けている。
(こんな筈がない。気を緩めてはならない……)
呆気ないと思ってしまう自分を戒める信忠。兵糧攻めで一揆勢がかなり弱っているとも報告が届いている。それに、これまで攻めたのは決して大きいとは言えない砦ばかり。もっと大きい規模の城もまだ残っている。楽観的に捉えていては足元を掬われかねない。
まだ戦いは終わっていない。信忠は気を引き締め直した。
織田勢は残る五つの城を囲む一方、海上から砲撃を加えて一揆勢に圧力を掛ける。元から籠城していた一揆勢に他の輪中から逃れてきた民も収容したのもあり、兵糧の減りが激しく城内は飢えに苦しんでいた。その状況で篠橋・大鳥居の両城が織田方に降伏を申し出たが、信長は頑として認めなかった。過去二度の出兵で辛酸を嘗めさせられてきたことから、徹底的に叩くつもりだった。
八月二日夜半、織田方の兵糧攻めに苦しんでいた大鳥居城から抜け出してきた者達に対し、織田勢は攻撃。男女約千人を討ち取り、その隙に乗じて城内に攻め入って勢いそのままに大鳥居城を陥落させた。
八月十二日、篠橋城から織田方へ使者が送られてきて、『長島城へ入った後に織田勢を引き入れる』と内通の申し出があった。この申し出は兵糧が底をついたが故に長島城へ移りたい一揆勢の方便で、内通は偽りのものだった。信長も相手の意図を見抜いていたが、一揆勢の申し出を認めて篠橋城の戦闘員・非戦闘員を問わず全ての人を長島城へ追いやった。一見寛大な対応に思えるが、これは長島城の収容人数を大幅に増やして兵糧の消費を早める狙いだ。信長の目論見は当たり、篠橋城から入ってきた分だけ兵糧の減り幅は大きくなり、長島城は苦境に陥った。
織田方が十重二十重と城を囲み、自ら攻撃を仕掛ける事はしなかった。下手に手を出して囲みに穴が空くのを恐れたのもあるが、兵糧攻めで苦しめるのが一番の目的だった。
非戦闘員も含めて城内に大勢の人員を収容した結果、長島城の兵糧は瞬く間に減っていき、やがて餓死者が出始めた。こうした事態に城方はこれ以上の抗戦は困難と判断。織田方に降伏を申し出て、信長も受け入れた。
九月二十二日。長島城から退去する一揆勢が分散して船で出てきた。その様子を信忠は遠くから見届ける。
船に乗っている人は、皆一様に痩せこけていた。目に生気が無く、骨と皮のみでガリガリに細かった。そして、目立つのは非戦闘員の数。女性や子ども・老人ばかりで、戦闘員だった者より圧倒的に多い。恐らくは皆が浄土真宗の門徒なのだろうが、“兵糧の消費を多くして早く片をつける”その為に何の罪も無い人達を巻き込んで苦しい思いをさせていた事に、信忠は良心の呵責に苛まれる。
すると、信忠の元に利治が駆け寄ってきた。
「……勘九郎様。上様より伝令が参りました。『門徒勢へ発砲しろ』と」
「何……?」
利治の口から告げられた衝撃の内容に、信忠は眉を顰める。
つい昨日まで敵対していたとは言え、相手は降伏してきた者達。しかも、女子どもや年老いた者など非戦闘員も多数含まれている。それを出てきた所に鉄砲を撃ちかけるなんて、騙し討ち同然ではないか。そんな非道な行いをすれば、また織田家に悪い評判が立ってしまう。
「お気持ちは分かります。然れど、上様はこうも申されておられました。『相手が女子どもであろうと、我等に刃向かった者達。生かしておけば先々に禍根を残す』と。恨みを抱いた者が後々に織田家へ牙を剥く恐れがある以上、ここで絶つべきかと」
心中を察した利治がそう諭すが、それでも首を縦に振らない信忠。
降伏してきた者達を粗略に扱わないのが、この時代の不文律になっている。それを破るというのは、敵が悪逆非道の限りを尽くすくらいの明確な場合に限られるべきだ。ただ単純に“敵方に属していたから”という理由だけで攻撃するとなれば、その地区に居る全ての住民を殲滅しなければならない。そんな事は、絶対に許されない。
本陣に不穏な空気が流れる中、遠くからダンダンと発砲音が聞こえた。直後、各方面から銃撃音が一斉に湧き上がる。
見れば、船に乗っている人々から血飛沫が上がり、次々と倒れていくではないか。まさか撃ってくるとは思ってもいなかった人々は、猛烈な勢いで浴びせられる銃弾を避ける術がない。
断末魔の叫びが聞こえてくる状況で、突如として喊声が上がった。金属が擦れる音や発砲音が、信忠の居る本陣に近付いてきている。
「勘九郎様、ここは危のうございます。急いで移動を――」
敵がこちらに向かってきていると判断した利治が表情を強張らせながら進言する。信忠も頷くと直ちに立ち上がり、後方へ移動を開始した。
織田方の約定破りとなる銃撃に怒った一揆勢は、兵が手薄だった一門衆へ襲い掛かった。隠し持っていた武器や織田勢から奪い取った武器で暴れ回り、思わぬ反撃で少なくない犠牲者を出した。その中には信長の異母兄・信広や信長の叔父・信次なども含まれており、捨て身の一揆勢に一門衆の者が討たれたのはそれだけ混乱を来していた裏返しとも言えるだろう。
襲撃が沈静化されると、信忠は父から呼び出しを受けた。
本陣に入ると、父は一番奥で床几に座っていた。目を瞑り、腕組みをしたまま微動だにしない。総大将である父がこんな感じだから、陣中はかなりピリピリとした空気に包まれていた。
「上様、勘九郎様がお越しになられました……」
近寄りがたい雰囲気を出している主君に、小姓が恐る恐る声を掛ける。すると、そのままの状態で父が応えた。
「……皆、席を外してくれ」
小さな声でボソッと言うと、全員が顔を見合わせて陣の外へと出て行く。ただ、この空気の中から解放されるとあってか、僅かにホッとした表情を浮かべている者が多い。
一人、二人と音を立てないよう退出していき、やがて信忠と父の二人きりになった。
「……新五郎から話は聞いた」
皆が出て行くのを確認してから、父は小さな声で漏らした。
利治が父の指示で信忠に付けられた経緯から、軍監の役割も持っていた。事の顛末を報告するのは役目であり、どういう流れでそうなったか総大将である父に報告する義務があった。
ここまで来た以上、言い逃れは出来ないと信忠は覚悟を決めた。
「この度の仕儀、真に申し訳あ――」
信忠が地面に膝をついて頭を垂れ謝罪しようとした瞬間、父から「待て」と制止された。
「謝るな。お前が謝ると将兵の配置を決めた俺も謝らなければならなくなる。だから、安直に謝るな」
父の言葉に、信忠は思わず顔を上げる。自分のせいで一門の人々を死なせてしまった責任は痛感していたが、総大将である父はそれを謝るなと言っている。一瞬、何がどうなっているのか理解が出来なかった。
さらに父は続ける。
「自分の非を認めるのは構わん。だが、お前はいつか大将になる身。謝る事で失うものがあるというのをよく覚えておけ。時に、自分が悪くても他人になるべく認めない方が後々得になる事もある。子どもの喧嘩と同じ要領だな。謝れば自分の気は晴れるかも知れんが、自分を含めて家臣達にも迷惑を蒙る事を忘れるな」
滔々と語る父。叱責しているようでいて大将としての心構えを説いているようにも信忠には聞こえた。
「お前の気持ちもよく分かる。女子どもを殺すのは躊躇われる。だが、気を許した結果がこれだ。……やる時は、やれ。下手に情けをかければこちらが痛い目に遭う。辛いだろうが、これは乗り越えていかねばならん。死んでいった者達に恥じぬ為にも、な」
「……はっ」
命令に応じなかった事を注意され、素直に頭を下げる信忠。一方、父が見ていたのは目の前の信忠ではなく、遠い空だった。
スッと立ち上がった父は、力任せに床几を蹴り飛ばした。
「おのれ、一揆輩め……三度に渡り我等に噛み付くか。許さぬぞ……」
怒りで体を震わす父。これまで見た事がない憤怒の形相に、信忠は恐れ慄く。
長島城で予想外の反撃を受けた信長の怒りは凄まじく、まだ陥ちていない屋長島・中江の二城の周囲に幾重もの柵を築いて中から逃げられないようにしてから、火攻めを行った。長期間の兵糧攻めで散々に苦しめた上で火焙りで殺すという残忍なやり方は、散々に苦しめられた事への仕返しとも受け取れた。この火攻めにより、城内に居た約二万人が亡くなったとされる。
こうして伊勢長島の一向一揆を鎮圧した信長は、同日中に岐阜へ向けて出立した。同じく岐阜へ戻る信忠は、後味の悪さを感じながら馬に揺られていた。




