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三 : 萌芽 - (2) 沢彦の太鼓判

 浅井家は北近江における影響力低下が著しく、朝倉攻めで織田方の大多数が去っても小谷城から打って出るだけの余力は残されていなかった。小谷城を囲むように幾つもの砦が築かれ、これを突破するだけの軍事力が無かったのだ。しかも、形勢は日に日に悪化しているのは末端の兵にまで伝わっており、城から脱走する者が後を絶たなかった。

 天正元年八月二十六日。虎御前山砦に入った信長は、浅井勢の押さえに残されていた木下藤吉郎から留守の間の報告を受けた。信長は義弟となる浅井長政に降伏を促すべく、不破(ふわ)光治(みつはる)を使者に送った。光治は信長が長政と同盟を結ぶに際して交渉役を務めていた経緯があり、難しい役目も果たしてくれるかも知れないという人選だった。しかし、長政は降伏を拒否。説得は困難と判断した信長は、城攻めを決めた。

 翌二十七日夜半、木下藤吉郎率いる手勢三千が京極丸を急襲、占拠した。この京極丸は浅井長政が籠もる本丸と長政の父・久政が籠もる小丸の中間にあり、両者を分断させた。藤吉郎はまず久政が守る小丸の攻略に着手し、久政も将兵と共に果敢に戦ったものの木下勢の猛攻に持ち堪えられず、久政は自刃。享年四十八。

 小丸を落とした藤吉郎は一時攻撃を中断し、自らが使者となり本丸の長政に降伏するよう説得に赴いた。長政は藤吉郎の厚意に感謝を示したが、降伏は拒否。代わりに、正室・お市の方と三人の娘を託した。

 交渉は決裂しお市の方と娘達の引き取りが完了したのを確かめてから、木下勢を中心とする織田勢は攻撃を再開。長政を始めとする将兵は追い詰めながらも数日粘り、九月一日に長政は自刃した。享年二十九。長政の死により、三代に渡り北近江を支配してきた浅井家は滅亡した。

 信長の目論見通り、一月の間に朝倉・浅井の両家を滅亡に追い込んだ。これで北近江・若狭・越前を手中に収め、織田家の版図は一気に(ひろ)がった。論考褒賞で丹羽長秀には若狭一国を、木下藤吉郎には浅井家の旧領を与えられた。また、草履取りから一国一城の主に成り上がった木下藤吉郎はこれを機に名を“羽柴秀吉”と改めた。織田家の重臣である丹羽長秀の“羽”と柴田勝家の“柴”から一字を拝借し、両名の活躍にあやかりたいという秀吉の願いが込められていた。

 元亀年間から苦しめられてきた朝倉・浅井の両家を倒した事で、京を(おびや)かす勢力は消滅した。天下布武の実現に向け、織田家は大きく前進していく事となる。


 天正元年九月半ば。約一月に渡る出兵から岐阜城に戻ってきてから少し経った頃、信忠を訪ねてきた人物が居た。

「これはこれは、和尚!! ご無沙汰しております!!」

 部屋へ入るなり、再会を喜ぶ信忠。元服したとは言え、まだ十七歳。子どもっぽさはまだ抜けていない。

待っていたのは、沢彦。遠征から帰ってきた事を人伝に聞いて、訪ねてきたらしい。

「お久し振りにございます、奇妙丸様。……おっと、今は勘九郎様でしたな。失敬、失敬」

 つい口から出たという風に軽く詫びる沢彦。その仕草がどこか(ひょう)げており、憎む気になれない。父が何年経っても幼名で呼ばれ続けていても訂正させたり拒否感を出せない理由が何となく分かる気がする。多分、本人の中で一番馴染みのある名前が幼名で、それが定着しているのだ。

「和尚。私は“奇妙丸”で構いませんよ。呼びやすい名で呼んで下さい」

 よくよく考えてみれば、元服を済ませてから一カ月と少ししか経ってない。家中の者は皆“勘九郎”様と呼んでくれるから当初抱いた違和感は薄れてきたが、和尚の口から出た“奇妙丸”の名も普通に受け入れている自分が居た。

 沢彦も信忠の申し出に「そうかそうか」と頷くと、居住まいを正して信忠に向かい合った。

「……暫くお会いしていない間に、お顔が凛々(りり)しくなられましたな」

「そうでしょうか?」

「はい。顔つきが引き締まりました」

 はっきりと答えた沢彦の言葉に、信忠も「そうなのかな……」と思えてきた。

 髪型や名前が変わっただけで、周囲の人々の接し方も変化したように信忠は感じていた。言葉遣いだったり声の質だったり目線だったり、伝兵衛や新左など普段から接している人達は呼び方くらいではあるが、他の人は明らかに違っていた。自分の中では特に変わった意識はしていないが、元服しているのとしていないのとでここまで差が出るのか……と驚かされた。

 沢彦はうんうんと力強く頷いてから、何の気なしにポツリと漏らした。

「この様子なら、拙僧の教えが無くても大丈夫そうですかな」

 突然飛び出した沢彦の免許皆伝(かいでん)発言に、とても驚く信忠。

「ちょ、ちょっとお待ち下さい。私はまだまだ未熟者ですので、これからも和尚から色々な事を学びたいので――」

 信忠の言葉を制するように、沢彦は掌を突き出す。“言いたい事は分かる”という顔を浮かべながら、沢彦は話し始める。

「奇妙丸様は元服も済まされ、晴れて織田家一門の仲間入りを果たされました。今後は一軍を預かる将として、ますます忙しくなられることでしょう。時には長い期間岐阜に戻れなくなる事も考えられます。……そうした中で、勉学に割く時間があるとお考えになられますか?」

 沢彦の指摘に、グッと詰まる信忠。元服を済ませていない身ながら、父が不在の間は城代を務めたり人質要員に駆り出されたり行政手続きに署名を入れたりで忙しい日々を過ごしていた。これからさらに忙しくなるのは明白で、決まった時間が無い生活の中から沢彦を城に呼んで勉学に(いそ)しむ暇があるとは思えない。

「第二に。一軍を預かる将が『自分はまだまだ未熟者で、勉強中です』と言っていたら、配下の者達はどう思われますかな?」

「……不安になります」

 問われて、正直に答える信忠。自分がこんな大将の下で働くとなったら、『こんな大将で本当に大丈夫だろうか?』と不安な気持ちになる。大将の器量に疑問を抱く者が、死ぬ気で働いてくれるだろうか。答えは当然、(いな)

 信忠の反応を確かめてから、沢彦はさらに続ける。

(おのれ)を過信してはなりませんが、卑下(ひげ)するのもよろしくありません。自分を信じられない人に、他人はついていきません。自分の器量を見定めるのも大切ですが、必要以上に過小評価しては他人に付け入る隙を与えてしまいます。謙遜は一見すると美しく見えるかも知れませんが、善人は時に悪人以上に悪となります」

 戦国の世の武人は、上昇志向の塊みたいな性格の者ばかりだ。浪人が仕官する際には、今現在の実力だけでなく過去の実績や働きも加味して仕官先に売り込む。戦で優れた働きがあったと大将が認めた覚書(おぼえがき)などは、売り込み時に効果絶大だ。中には誇張する輩も少なからず存在するが、そうした者は大概見破られるのだが。過信している者はいつか(つまづ)くので、自分の実力を正確に把握しておく必要があるのだ。

 そして……戦国の世は、全ての人が善人とは限らない。常日頃から他人の隙を窺う輩も少なくない。だからこそ、“世の中には悪い人は存在しない”と考える人は、そうした者達からすれば恰好の鴨だ。乱世において最も厄介なのは極悪人ではない、無能なお人()しである。『奪われるのは自分が悪い、仕方ない』と諦め、取り返そうと奮起する気も起きない。結果、その家は零落(れいらく)する。自分一人だけならまだしも他人も巻き込んで不幸にするので、無能なお人好しこそ武人に相応しくないのだ。

「しかし、私はまだまだ力不足で、もっともっと学びたいのですが……」

 信忠が不安を口にすると、沢彦はにっこりと微笑みながら言った。

「心配には及びません。皆、経験の少ない事には不安を感じるものです。数を重ねていく内に自信もついてきます」

 柔らかな口調で語る沢彦は「さらに」と言葉を継ぐ。

「奇妙丸様は日頃から書物を読むなど自ら学ぼうと意識されておられます。そのお気持ちを忘れなければ、生涯成長を続けていかれることでしょう」

「……どうして、私が勉学をしているとご存知なのですか?」

 沢彦の言葉に、信忠は驚いて目を丸くした。書見に励んでいるのを知っているのは僅かな近臣くらいで、努力している事を他人に伝えた事は無かったのに。

 すると、沢彦はあっさりと種を明かしてくれた。

「実に簡単なこと。奇妙丸様の受け答えは勉学を積んだ者にしか出ない文言が含まれていたからです」

 沢彦の答えを聞いても今一つピンと来てない信忠に、さらに続ける。

「勉学を面倒臭いと考えている者は、拙僧の話を退屈そうに聞いています。こちらから訊ねても筋道を立てて話せず、回数を重ねても進歩は遅いです。対して、奇妙丸様は様々な書物を読んで知識を蓄え、それを自分の考えに取り込んでおられる。拙僧と話をしていても自らの考えに基づいて意見を述べられ、違った考え方も柔軟に受け()れられる。吸収しようという気持ちが強いですから、日一日と成長される。だからこそ、拙僧は奇妙丸様ともっともっとお話をしたいと思えるのです」

 そう言うと、沢彦は柔らかな笑みを向けてきた。思いがけない称賛の言葉に、信忠はどんな顔をしたらいいか分からずに(うつむ)いてしまった。

 ほぼ、沢彦の言った通りだ。知識を貪欲に吸収したいとは常々思っていた。将来、織田家の家督を継いだ時に恥ずかしい思いをしない為に。

 今の織田家は、信忠が生まれた時と一緒ではない。尾張一国を治める地方大名から、京を手中に収め十ヶ国以上を領有する国内屈指の大大名に飛躍を遂げている。動員出来る兵力も遥かに多くなった。扱う兵の数が違えば、戦い方も変えていく必要がある。百の規模では大将の目も届き指示もすぐに全軍へ行き渡るが、万を超す規模ではそうもいかない。信忠は一つでも沢山の事を学んでおきたかった。

 そんな心を見透かしたかのように、沢彦はゆったりと切り出した。

「時に奇妙丸様。一つ、お伝えしたい事があります」

 ニコニコと微笑みながら、沢彦は一息に告げる。

「――書物に載っている策は全く一緒な状況や地形が現れる訳ではありませんし、書いてある通りの策を執っても必ず勝てるとは限りませんぞ」

 沢彦の何気なく発せられた言葉が、信忠の胸を()く。だが、すぐにそうだと吞み込めた。

 孫子や六韜(りくとう)などの兵法書に記されている事は兵を指揮する者達の手本となるが、その通りの状況が現実で起きる訳ではない。地形、天候、兵の数など、全く同じという事は有り得ないのだ。その都度、臨機応変に対応していく必要がある。

 では、それならば何故、人は学ぼうとするのか。同じ状況が存在しないのならば、学んだとしても役に立たないのでは。

 降って湧いた疑問に、沢彦はあっさりと答えた。

「どうして、学ぶか。それは選択の幅を広げる為です」

 さらに沢彦は続ける。

「全て同じ状況でなくても、策が一つより二つある方が勝てる割合が高くなります。状況を見極めた上で自らが持つ策の中から最適のものを選び、決める。それが将の役目です」

 戦とは、兵と兵が戦うだけの単純なものではない。地形、天候、兵の士気、配置、投入する時機、その他様々な条件が複雑に絡み、さらに運も加わって初めて勝敗が決する。例えば、両者一千の兵で片方が手勢を二つに分けてそれぞれ五百の部隊にしたとする。ある時は後から投入した新手五百の参戦で分割した方が勝ち、またある時は数的有利を活かして勢いのついた方が勝つ。勝ちに導けるかどうかは全て大将の選択次第だ。

 将兵の上に立つ者は、その力を活かすも殺すも自らの采配に懸かっている。そうした場合、選択肢は一つでも多く持っていた方が裁量に厚みが出る。多ければ多い程に、正解若しくは最適なものに辿り着く可能性が高まる。当然ながら選択肢が増えれば間違える可能性もあるが、それは経験で補える。場数を踏めば、誤りを見抜く力が次第に身についてくるのだ。

「ですから、何の心配も()りません。奇妙丸様には、もう将の器が備わっております。あとは経験を積むだけです」

 優しく語り掛ける沢彦の言葉に、信忠も少しずつ不安な気持ちが薄らいでいくのが感じられた。

 沢彦の教えを受け始めて約六年、師の言葉を聞くだけでなく空いた時間があれば書庫から兵法書を借りてきて読むように努めてきた。そうした一つ一つの小さな積み重ねが、信忠の中に堆積(たいせき)されていた。

「――分かりました。独り立ち出来るよう、頑張ります」

 ここで『自立します!』なんて宣言するのは烏滸(おこ)がましい。まだまだヒヨッコなのは事実だからこそ、こういう表現に留めた。

 信忠の言葉を聞いた沢彦は満足そうに一つ二つと頷いた。「何かあったらいつでも拙僧に相談しに参りなさい」と言い残して、沢彦はその場から去って行った。


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