一 : 黎明 - (11) ワクサ
奇妙丸と新左は教会の者から場所を教えてもらい、小西隆佐の屋敷を訪れた。しかし、隆佐は外出しており、いつ帰って来るか分からないとのことだった。
「では、お帰りになるまで待たせて頂いてもよろしいですか?」
奇妙丸がそう言うと、屋敷の者は渋々という態で通してくれた。突然の訪問でさらに「帰って来るまで待たせてくれ」とはなかなか図々しいと自分でも思うが、折角掴んだ手掛かりを逃したくない気持ちが奇妙丸は強かった。
一応は客人と扱われて客間に通された奇妙丸と新左。程なくして、廊下を歩いてくる足音が近付いてきた。
「失礼致します。粗茶をお持ち致しました」
女性が盆に二つ茶碗を載せて入ってきた。奇妙丸と新左の前にそれぞれ茶碗を置いたので二人は軽く会釈をしたが、茶を出した女性は何故か下がらない。あれ? と思っていると、女性は居住まいを正して三つ指をついた。
「ご挨拶が遅れました。私、隆佐の妻でワクサと申します」
頭を垂れるワクサの胸元に、十字架の首飾りが見えた。
「……えっと、ワクサ様はもしかして吉利支丹ですか?」
「はい。洗礼名をワクダレーナと言います」
奇妙丸が訊ねると、ワクサははっきりと答えた。
「織田“上総介”が息・奇妙丸と申します。こちらに控えるのは毛利“新左”にございます」
「あらあら、なかなか珍しいお名前をされているのですね」
奇妙丸が初対面の人に名乗った時は、大体が曖昧な笑みを浮かべるかどう返せばいいか分からず困惑するかのどちらかだが、ワクサは端的に思った事を口にした。
傅役の新左はややムッとしたが、当の本人である奇妙丸は意に介してない様子だった。
「確かに、珍しい名前だと自分でも思っています。されど、他に無い名前だからこそ一度聞いたら記憶に残るみたいで、今では都合が良い時もあります」
「まぁ、そうなのですね。では、悪い事は出来ませんね」
率直な物言いに新左の眉間にさらに深い皺が刻まれるが、奇妙丸は苦笑いを浮かべるだけだった。腹が立つよりもワクサという人は自分の気持ちに正直なのだなと短いやりとりの中で印象づけられた。
まずは出されたお茶を飲んで喉を潤そうとした時、ワクサが再び口を開いた。
「そういえば、奇妙丸殿の用向きを伺っておりませんでしたね。吉利支丹に興味をお持ちなのですか? それか、殴り込みですか?」
あまりに直截な質問に、奇妙丸は思わず口に含んだ茶を吹き出しそうになった。新左の方も気管に入ったのか激しく咳き込む。
「……どうして、そう思われたのですか?」
「どうしても何も、初めて訪ねて来られる方の殆どがどちらかですもの。ウチは良くも悪くも耶蘇教で有名ですから、好意的に捉えている方も敵対視されている方も両方押し掛けてくるのです。入信希望者なら大歓迎ですけど、敵愾心を持たれている方はちょっと……」
成る程、招かれざる訪問者も少なくない訳か。その苦労は察せられたが……こうも明け透けに聞いてくるのも珍しい。
「いえ、生憎ながら耶蘇教が好きとか嫌いとかではなく、別の用向きでして」
呼吸が整うまで待ってから、落ち着いた口調で答える奇妙丸。それに対して、ワクサはホッとしたような、ガッカリしたような顔を浮かべる。
ワクサと話していて感じたのは、自由ではあるけれど悪い人ではないという事だ。一方で、奇妙丸は何故か既視感を覚えていた。
「あら、そうでしたの。主人は寄合に顔を出しているので、もうじき帰って来るかと思います。では、もう暫くお待ち下さいませ」
そう言うとワクサはペコリと頭を下げて、下がっていった。廊下を歩く足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなると途端に部屋は静寂に包まれた。
あれこれ話し掛けられて迷惑に感じなかったが、居なくなると少しだけ寂しくなったように感じる奇妙丸。ワクサは賑やかな人物ではないが、色々と話していると男二人で居る時よりも部屋全体が明るくなる、と今更ながら気付かされた。
先程抱いた既視感は何だったんだろうか。出された茶を啜りながら考えていると、ある人物の顔が浮かんで納得した。
(……あぁ、そうか。義母上に似ているのだ)
外見は似てないが、雰囲気だったり話し方だったりが何となく似ているように感じた。だからこそ、今日初めて会ったワクサと普通に話せた……と奇妙丸は分析した。
思い返せば、堺に来てから新たな人と接する機会が目に見えて増えている。宗久、末吉、フロイス、伝兵衛、ワクサ、それにこれから会う隆佐。名も知らぬ者を含めたら、もっと居る。岐阜に居た時は限られた人としか接しなかったので、新たな出会いは少なかった。
自分の知らなかった世界の一端に触れた気がして、奇妙丸は少しだけ嬉しくなった。




