6話 魔物に退治されそうになる
「お前には必要ないかもしれんが、一応な」
ディーンは腰に差していた銃剣のようなものをヴェルキアへと渡す。
(これはおそらくMA9C4グレイプ……だったかの?)
ディーンから渡されたものは、ゲームの中で帝国や連合の兵士がみんな持っていたものだ。
それは長い銃身の先端に銃剣がついているもの――魔導銃と呼ばれるものだった。
MA9C4グレイプができることは非常に単純であり、魔力を弾丸として射出するだけだ。
この世界の人間はほぼ例外なく魔力を持っているが、かといって誰もが魔法を使えるわけではない。
しかし魔導銃があれば自身の魔力を弾丸として放つことができるために、弾薬の物理的な持ち運びをせずに済むという利点がある。
(ゲーム本編での戦争ではMA9C4グレイプよりも遥かに優れた魔導銃が帝国軍に普及しておったが、見た目が全然違うからこれではないのう……)
新型に目がないヴェルキアとしては、渡されたものが旧型にあたるMA9C4グレイプであることに不満を覚えてしまう。
だがそんなことを考えている間に魔物がすぐそこまで迫ってきていた。
「来るぞ! お前は右、俺は左のやつをやる!」
バルガスはすでに魔物と戦闘に入っている。
ディーンの言うお前とはどうやら自分のことらしいと遅れて理解する。
先にこの場で魔物と対峙していた魔術師たちはディーンの指示に従い撤退を始めている。
ディーンは魔導銃を使わずに魔法を魔物に放つ。
そして魔物は魔法を放ったディーンに狙いを定めた。
残った1匹はヴェルキアを見据えており、1人魔物と対峙することになった。
「いや、デカ……デカすぎではないかの……」
目の前の巨大な化け物を見て、思わずそう言葉が漏れる。
先ほど見た魔術師団の本部よりも大きく、全長は50メートルを超える巨体に、無数の脚を持ち、炎のように紅い瞳を持つ異形。
「巨大ムカデ……ディガディダス」
それが目の前にいる魔物の名前だった。
ゲームの中では後半に出てくる雑魚ではあるが、中途半端な攻撃はほとんど効かず、NPCなどは全く太刀打ちできないという設定だった。
プレイヤーにとっては強さによるが、ワンパンでも倒せるレベルのはずだが、今のヴェルキアがどれほどの力を持っているのかは不明である。
「し、シオ、おい今ちょっとやばいのだが、おい、返事をせんか!」
シオを呼ぶも反応がない。
目の前のディガディダスは刃物のように発達した顎をカチカチ鳴らしながらこちらを見下ろしている。
(もしかしたらわし超強くてワンパンできるかもしれんが、そうでなければワンパンされてしまうわい!!)
「GUOOO!!」
「ぎゃあああああ!! こんなんどうしろと言うのだーーー?!」
叫び声をあげると同時に、顎を大きく開き、こちらに迫ってくるディガディダス。
咄嗟にその場から飛び退くことでなんとか回避するも、ヴェルキアが先ほど立っていた場所は大きく抉られていた。
(当たったら死ぬ! 洒落になっとらんぞ!)
心の中でそう叫ぶと、今度はこちらに向けて振り下ろされる鎌のような前足を横っ跳びで避ける。
(いのちだいじに! 全力で逃げるしかない!)
目の前にはすでに次の攻撃を繰り出そうとしているディガディダスの姿があった。
攻撃を必死に避け、一瞬の隙を突いて後ろを向いて走り出す。
とにかくあの化物から距離を取らなければゲームオーバーである。
走り出してから数秒後、背後から轟音と共に地面が大きく揺れるのを感じる。
(ひぃいい! 追いかけてきおる!)
振り返らずともわかるほどの殺気を感じ、必死で走る速度を上げる。
「GUAAAAAAAA!!」
「だああああ、捕まってたまるかぁーーっ!!」
背後で大きな叫び声が聞こえるのを無視し、ひたすら走り続ける。
「あれは、森の中に隠れればやり過ごせるか?!」
後ろを振り向き確認する余裕はないが、おそらくまだ追いつかれてはいないはずだ。
このまま森に入れば木々を利用して撒くことができるかもしれないと思い、そのまま森の中へ入る。
しかしこれほど全力で走っているというのに全く息切れする気配がない。
不思議ではあるものの、今はディガディダスから逃げきることが重要なのですぐに頭から追い出すことにした。
「か、隠れるところ、隠れるところ……」
辺りを見回すと、少し先に岩陰のようなものが見えたため、そこへ急いで駆け込む。
「ディーンのやつ……! 茶をぶっかけられたぐらいでこんな仕打ちをするかの?!」
小声で愚痴をこぼしながらも息を殺し、岩陰から様子を伺う。
すると岩陰の奥の方から吐息のようなものが聞こえることに気づく。
そちらへ目を向けるとそこには苦し気に呻く少女の姿があった。
年の頃は15歳ほどだろうか、銀色の髪をしており、アスフォデルと同様に軍の魔術師の服を身に纏っている。
少女は腹部を抑えており、そこからは血が滲んでいた。
どうやら怪我をしているらしく、額には脂汗が浮かんでおり、顔は青白くなっていた。
(あの虫にやられたのか?)
この少女の姿を見た瞬間、ヴェルキアはディガディダスに対する恐怖心が消え失せ、少女を何とかして助け出さねばという使命感に駆られた。
それは目の前の光景がかつて見たはずの光景と重なったことで、無意識に当時の記憶と結びつけられたからだった。
「おぬし、しっかりせい!」
(反応はなし。息はあるが呼吸が荒い、やはりまずいな)
「GRAAAA!!!」
ヴェルキアの声に気づいたディガディダスがこちらへ向かってくる。
それを確認したヴェルキアはすぐさま行動に移った。
迫るディガディダスの遥か高みにある顎の下へと飛び、ディーンに渡された魔導銃の狙いを定める。
「今はおぬしなどにかまっておる暇はないわ!!」
その銃口からは極大の魔力弾が放たれ、見事にディガディダスの頭部を吹き飛ばす。
パキンッ! そんな音とともにヴェルキアの魔力に耐えきれずに魔導銃は砕け散る。
(……え、なんじゃこら。わし、もしかして強すぎ?)
自分が今やったことに困惑するヴェルキアだったが、今はそんなことを考えている場合ではないことを思い出す。
視線を下に向けると少女がぐったりと倒れているのが見えたからだ。
着地した後、慌てて駆け寄り抱き起こすも意識はなく、呼吸もかなり浅くなっているのがわかる。
(くそっ、このままでは死んでしまうぞ! 魔法とか何か手はないのか!)
ゲームの中ではヴェルキアも回復魔法を使えるものの、それをどうやって使えばいいのかわからなかった。
≪なんだ? その女を助けたいのか?≫
どこからともなく声が聞こえ、ヴェルキアがあたりを見回すと影からシオが姿を現した。