25話 融闇
ヴァルディードの放った魔法により、辺り一面は炎に包まれる。
それはまさに灼熱地獄と言っても差し支えのない光景だ。
「ごはっ! うぇっ」
古城から少し離れた場所で、ヴェルキアは血反吐を吐きながらも立ち上がろうとしていた。
かつて、地球で死ぬほどの苦痛を味わったことがあったが、それすら生ぬるいと感じるほどの痛みが全身を苛む。
もはや立つことすらままならない状態であったが、それでもなお、ヴェルキアは諦めずに立ち上がる。
しかし、既に戦う力は残されておらず、もはやただの意地だ。
「マジで、何をやっておる、のだ、あの、アホは……げふっ」
ここから状況を打開することは不可能と言っていい、いや、シオと融闇すればまだ可能性はあるかもしれない。
だが、シオはまだ戻ってきておらず、盤面は詰みの状態である。
「ほう、ずいぶん頑強だな」
声が聞こえたかと思うと、地面に頭を叩きつけられる。
同時に全身を貫くような痛みに襲われる。
「き、さま……」
「ああ、そうだ、こうやって首を絞めながら」
「ぐ、ぁぁぁ」
「アスフォデルに喋らせてやろう、くくく」
ヴァルディードは地獄の悪魔もかくやといわんばかりの邪悪な笑みを浮かべていた。
その顔は愉悦に満ちており、この状況を愉しんでいることが伺える。
「ヴェル、ヴェル! しっかりして! 死なないで!」
「悪、趣味な……ヴァル、ディード……」
アスフォデルの必死に呼びかける声に対して、絞り出すように声を出す。
ヴェルキアの首を掴む力はそのままで、その口からはアスフォデルの悲痛な叫びが漏れる。
「ヴェル、わたし! 身体が動かせないの! ヴェル、ヴェル!」
おそらく必死に身体の自由を取り戻そうともがいているのだろう。
アスフォデルの悲痛な声が周囲に響き渡る。
(まずい……このままでは……)
意識が朦朧とする中、どうにかして現状を脱しなければと考えていた。
今のままでは間違いなく殺されるだろう。
「エス、トリエ」
虫の鳴くような小さな声で自分をこの世界に呼んだ女の名を呼ぶ。
「シュオル、アフェ、ラー、わしの夫だ、というなら、さっさと、戻って、こんかっ」
そう呟くと同時に突然身体の内側から熱が溢れ出す。
そして、今まで感じていた全身の激痛が消え去り、代わりに全身が焼けるような感覚が襲ってくる。
それと同時に、自身の身体に力が漲ってくるのがわかる。
ヴァルディードの手を力ずくで剥がす。
「なんだ? 貴様、どこにそんな力が」
ヴァルディードの声には驚きの色が滲んでいる。
先ほどまで満身創痍だった人間がいきなり復活するなどありえないからだろう。
「げはっ! は、はぁっ!」
≪なんて姿だ。気分屋のクライアントのおかげでとんだ事故になってしまったな≫
ヴェルキアはヴァルディードの手から解放され、大きくせき込む。
シオはヴェルキアの姿を見て珍しく怒気を孕んだ口調で話す。
≪ふむ、ひとまず回復だな≫
緑色の光がヴェルキアを包み込み、傷を回復させていく。
先ほどまでの激痛が嘘のように消え去っていく。
「回復魔法……なのか? あの状態から一瞬で、ありえん!」
目の前の出来事に驚愕しているヴァルディードをよそに、ヴェルキアはゆっくりと立ち上がる。
「シオ、遅れた理由は問わぬ。融闇だ」
≪オーケー。今回ばかりは俺が悪い。行くぞ、ヴェルキア≫
そう言うと、ヴェルキアの周囲から闇が立ち上り、ヴェルキアを包み込む。
ヴェルキアとその宵闇との融闇、それは血のような紅さを持つ角、そして4つの黒翼を持つ悪魔――ゲームの中での融闇時の姿が現実に再現されているだろう。
その姿は禍々しく、ヴェルディードはその姿に畏怖したのか、怯えるように後退る。
「融闇だと、貴様、契約者だったのか!」
ヴァルディードは動揺を隠しきれない様子で叫ぶ。
その表情には焦りが見え隠れしており、明らかに余裕がないことがわかる。
なぜならば、融闇した今のヴェルキアの魔力は明らかにヴァルディードのそれを上回っているのだ。
「アスフォデル今こやつから解放してやる! もう少しの辛抱だ!」
両の手に魔力を込め、ヴァルディードに接近する。
その速度は尋常ではなく、一瞬にして間合いを詰めることができる。
刹那、ヴァルディードに肉体を奪われているとはいえ、女性に拳を振るうことに抵抗感が沸く。
だが、今は魔法でエーテル体特攻のエンチャントをかけている、それでも身体に傷がつくだろうが、彼女を解放するために覚悟を決め、そのまま殴りかかる。
拳を振るうと地が揺れ、辺りに砂煙が舞い上がる。
「ぐ、馬鹿な、エーテル体に直接攻撃するだと!」
ヴァルディードは咄嗟に腕を交差させ防御の姿勢を取るが、威力を殺しきれず吹き飛ばされる。
地面を何度もバウンドし、ようやく止まることができたものの、それなりのダメージを負ったようだ。
「悪いのう、こちらは転生チートでの。なんでもありなのだ!」
ヴェルキアは再び拳を繰り出す。今度は蹴り技も交えつつ連撃を繰り返す。
その一撃ごとに大地が震え、周囲の炎がかき消されていく。
それはまさに暴風雨のような猛攻だ。
「ええぃ! うっとおしい奴め!」
防戦一方になったヴァルディードだったが、苛立ち交じりに反撃に出る。
両手から闇の槍を放ち、ヴェルキアを攻撃する。
だが、ヴェルキアは己の力を誇示するかの如く、闇の槍を正面から受け潰す。
「人質を取らぬとまともに戦うこともできぬへなちょこの攻撃なんぞ、屁でもないぞ」
「面白い……! ならば、遊びは終わりだ!!」
挑発に乗ったのか、ヴァルディードは飛翔し両手に魔力を込めると、その手を合わせる。
すると、先ほどと同じ紅の魔法陣が形成される。
「今度は手加減なしだ!」
言葉と共に膨大な魔力が吹き上がり、巨大な炎の槍が出現する。
大きさは先ほどの倍以上もあり、その熱も上回っているだろう。
「ならばこっちも全力じゃ!」
対するヴェルキアも対抗するかのように右手に黒い球体を生み出す。
その大きさは直径1mほどで表面は絶えず流動している。
左手にも同様のものを生み出し、2つの球体を融合させる。
その球体から放たれる魔力は、ヴァルディードの炎の槍が放つ熱を蝕んでいく。
「地獄の業火で魂魄まで塵芥となるがいい!」
「無窮の闇の中で果てよ!」
2人の叫び声と共に魔力が迸り、風が荒れ狂う。
それはさながら天災であり、人知を超えた破壊をもたらすものであることは疑いようもない事実だ。
「インフェルヌス・ハスタ!」
「ヴォローズ・アッシャー!!」
ヴェルキアの生み出した球体から放たれる漆黒の光と、ヴァルディードの放った炎が衝突する。
その瞬間、辺り一帯が黒に染まる。
「ぐ、ば、馬鹿な……我が、押し負けるというのかっ?!」
「アスフォデル、今そのクソッたれから解放してやる!」
「おのれ、おのれええええええっっ!!」
ヴェルキアの生み出した光は炎を呑み、そのままヴァルディードへと直撃し、エーテル体を喰らいつくす。




