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第2部 第24話 決着


◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 俺は、あの時。崇高なるあの方に始めてお会いしたあの時。自分の生まれてきた意味を知った。


 聖都に巡礼に訪れたあの方が目抜き通りを練り歩く馬車を止め、取り囲む市民に歩み寄り声をかけて回っていた。誰もがそのお姿に膝を付き、こうべを垂れていた。全員が声を掛けられるかもしれないと期待を胸に、その目を輝かせ手を組んで拝んでいる。


 俺もそのうちの一人だった。

 その時の事は今でも鮮明に覚えている。あの方が数ある聴衆の中から祈りをささげる俺の前で止まり、わざわざしゃがんで俺の手を取ってくれた。


 あの方はただ、無言で笑顔を俺に向けてくれていた。それだけで天にも昇る様な多幸感が湧いてきた。

 今思えば、あの時が俺の人生の中の最高の瞬間だったのだ。






 俺は王都に在住する没落貴族の四男として生まれた。貴族とは名ばかりでその実借金まみれで実際の生活レベルは一般市民と同レベルだった。いや、実際にはさらに下だったろうか。

 両親は貴族の末席と言う肩書に無駄な見栄ばかり張り、自身はろくな労働もせずに借金を積み上げるばかりの無能だった。


 性格は温厚で人当たりが良いと言えば聞こえはいいが、簡単に人に騙される愚か者だ。元はこれでも地方に小さな領地を持っていたが、親戚の借金を肩代わりし、その親戚は都合が悪くなると蒸発。その借金のかたに両親の領地は没収。

 それだけにとどまらずあちこちに同様の借金を抱え、俺達家族は借金とりに追われる毎日だった。借金返済のために更に借金を積み重ねる。まさに自転車操業だった。



 そんな生活に子供心にも嫌気がさしていた。そんな頃だったか、あの方にお会いしたのは。



 それからは、あの方の傍らに立つために本気で神聖騎士を目指し自分なりに必死で鍛錬をした。


 体格にも恵まれていたし、幸い魔力量もそれなりにあった。そして見事試験に合格し、神聖騎士見習いとしてある程度功績を上げて、騎士資格の昇格試験を受ける推薦ももらった。





 だが、俺の人生はそこから狂いだす。

 騎士昇格試験を前日に控えたあの日、両親が突然死んだ。

 一応国の公務を務めていた両親だったが、国の金に手を付け、爵位剥奪と王都追放を言い渡されたのだ。その当日に両親はそろって首を吊った。

 俺は騎士見習いの宿舎に住み込みで働いていたから実家の状況がそんなになっていることなど知らなかった。いや、知ろうとしなかった。


 宿舎にいた俺に突然告げられたのは、そんな想像もしていなかった事実。

 没落貴族出とはいえ貴族であった俺が、一夜にして犯罪者の息子の烙印を押された形だ。さすがに実力主義の神聖騎士とはいえそんな俺を置いておけるはずもなく、俺の唯一の希望であった神聖騎士の道はくそったれな両親のせいで閉ざされた。



 そこからは坂を転げ落ちる様な人生だ。

 露頭に迷った俺は、酒場で酔いつぶれ周囲にあたり散らす毎日。途端に金は無くなり、しまいには両親が残した借金の取り立てに追われる始末。

 借金取りからも、俺自身の人生からも、そして現実からも逃げ出して、気が付けばスラムの炉端で酒を煽るだけのならず者の出来上がりだ。



 スラムを荒らし暴れまくっていた俺に声をかける者は当時一人もいなかった。そんな俺に一人フードを被った老人が話しかけてきたのだ。

 そして、あの方のために働かないかと言われた。


 組織名は秩序の管理者(エクリプス)


 教会の裏の顔を持つ組織で、教会のサポートだけでなく、表立ってできない汚れ仕事も請け負う。

 それを聞いて、一瞬迷いはしたが、昇格すればあの方のおそばに仕えることが出来るという言葉で俺は承諾した。



 そして組織に入団するために、その男は俺に契約を持ちかけた。

 その組織の性質上、機密を漏らさないための魔法による契約が必要と言うのだ。既に人生を諦めきっていた俺は、その程度の制約など気にもならなかった。




 それからだっただろうか。時折俺の耳元で誰かがささやく様になったのは。

 それ以来、俺は異常に組織内での昇格に固執するようになり、その悪魔のささやきに従ってすべての邪魔ものを排除し、人をだまし殺し、あらゆる汚い手を使う事に何のためらいも持たなくなった。

 次第に、人を貶めることに快楽を覚えるようになった。


 今思えば、なぜそこまで自分が変わってしまったのか不思議でならない。

 両親は見栄にまみれた惨めで情けない無能な人間だったが、それでも人を傷つけることはしないお人好しで、そして俺はその姿を見て育ってきた。だからこそ、誰かを守るために神聖騎士を目指したのではなかったか。






 どこで道を違えてしまったのか。

 俺の歩んできた道は正しかったのだろうか?もともと俺がしたかった事は何だったのか?今更ながら分からなくなった。





 もう俺はきっと手遅れなのだろう。

 全身が焼かれ気の狂いそうな痛みが絶えず押し寄せてくる。心臓が、内臓が、体の内側が今にも破裂してしまいそうだ。




 俺の周囲に羽虫の様に纏わりつく連中がいる。

 うっとおしいとは思うが、ついさっきまで感じていた異常な苛立ちや嫉妬はもはや感じていない。別にこいつらを殺してやりたいなんて感情ももはやない。


 俺がこのまま死ねばこいつらはきっと道ずれになって死ぬだろう。そう言う確信がある。



 その事実に少しいやだなと思う自分がいる。

 俺はさんざん人をだまし、むごたらしく殺してきた。もう、人を殺すのはうんざりなんだ。


 最後くらい、誰かを殺すことなく静かに死にたい。

 そんな願望を持つことなどこの俺には許されないことくらいは分かっている。だが、それでもこの苦しみから解放されたい。そのくらいは望んじゃだめだろうか。


 助けてくれなんて言わない。

 ただ……




 ―――誰か俺を殺してくれ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 ―――ュージ!―を覚ますのじゃ!飲まれるぞ!




 その声に、うっすらと目を開ける。


 ウルサイな。そんな事を思い、目を開けた俺の視界の端に赤い糸が見えた気がした。



『なんだこれ…?』



 俺は本能的にその細い糸を掴み、その感触を確かめる。

 その糸から温かいぬくもりが伝わってきた。


 これは何だ?


 ……そうだ。これは。




 そこで我に返った俺は、見上げる様にその赤い糸を目でたどる。赤黒い空間にあってそこだけは桃色に温かく光っていた。


 あれはチクチクの霊子結晶アニマの輝き。



 危ない。同調しすぎて完全にグロリエルの霊子結晶アニマにのまれていた。危うく完全に精神が同化しかねない程に。チクチクとのつながりが俺を引き上げてくれた。


 危うく精神だけ持っていかれるところだった。

 こうならない為に第三者(今回はチクチク)との魂魄同調アニマレゾナンスを維持しておく必要があったのだが、幸いに役に立ったようだ。


 それにしても先ほどの呼びかけが、ばあちゃんの声に聞こえたのだが、気のせいだろうか。

 そんな思考が一瞬過るが、それよりも今はこの状況に集中しなければと思いなおす。

 



 改めてグロリエルの霊子結晶アニマを視る。

 なんて禍々しく荒れ狂う魂だろうか。まるで赤と黒の絵の具を水に溶かしてかきまぜたようなそんな混沌とした空間。俺は今そんなところに身を置いている。

 その空間からは耐えがたい程の苦痛が流れ込んでくる。




 その苦痛に顔を歪めながらも先ほどのグロリエルの記憶を思い出す。



 ……哀れな奴だ。

 グロリエルの記憶を見て思った感想はそれだ。だが、同時に自業自得だとも思った。

 こいつが多くの人を貶め、殺してきたのは事実なのだから。



 そして同時に、気にもなった。グロリエルをここまで狂気に走らせた、その元凶と思われるフードの老人。

 こいつは何者だ?精神に直接触れた俺だから分かる。本人の自覚は薄いようだが、このフードの男との契約をしてからのグロリエルは明らかに異常だった。まるでこの男がグロリエルの精神に干渉し、捻じ曲げ操っているかのようにすら思えた。



 今考えたところでどうしようもないのは分かっている。

 だけど、俺はグロリエル以上にこのフードの男のやり口が許せなかった。


 

 自らの死を願うグロリエル。当然コイツがエンリケにしたことは許せるはずもない。今更静かに死にたいなどと都合の良いことをと心底思う。

 だが、こいつは負の感情を操られ煽動させられてきた可能性があることと、同調している俺が感じているこの耐え難い痛みを実感して、既に相応の罰は受けているとも思った。



『……哀れなヤツ。だけど、望み通り静かに殺してやる。』



 あえて俺はそう口にして、グロリエルの霊子結晶アニマに目線を落とす。





 その後、俺は一番禍々しく黒く輝く中心点を見つけて近づく。


 そっとそれに手をかざすと途端に焼かれ弾かれる様な抵抗を受ける。

 俺はさらに深くその色に同調しながらもゆっくりと手をかざし、その赤黒い光の中心から噴き出す光をゆっくりと取り込み、俺の霊子結晶アニマの周りを循環させる。

 俺の霊子結晶アニマに触れた赤黒い光りは、ゆっくりと温度を下げてグロリエル本来の薄紫色の魔力に戻っていく。

 それを本来の霊子結晶アニマに戻せればいいのだが、崩壊し始めた霊子結晶アニマにはもはや戻して再結晶化させることはできないし、そんな余裕もない。ゆえに俺はそれを上方に、出来るだけ遠くに飛ばす様に放出する。

 俺はその作業をひたすら繰り返していく。





 ……何という熱量と勢い。

 少し油断すれば途端に俺の体を飲み込み内部から破裂されかねない程だ。俺は額に汗を流しながらギリギリのところで制御して俺の霊子結晶アニマに流し込んでは外部に放出する。



『こっちはオマエの望みをかなえようとしてやってるんだ。少しは抑えろよ。』



 崩壊の勢いが増すグロリエルの熱量に思わずそんな不満を口にする。

 特に何かに期待して発したものではなかったが、不思議とグロリエルの魂の崩壊が少し弱まった気がした。



 本当に俺の言葉が通じたのかは分からないが、なんにせよありがたい。

 俺はそのまま、俺が今できるギリギリの量の魔力を浄化していく。







 しばらくそれを繰り返していると次第に崩壊の勢いがピークを越えて弱まってきた。

 このままいけばギリギリ爆発までに浄化が間に合うかもしれない。そう思った時。


 目の前の赤黒い輝きの奥に小さな黒い点が見えた気がした。それは飴玉くらいの大きさの小さな宝玉だった。そこからはまるで深淵を思わせる様な真っ黒な霞を周囲に垂れ流していた。



 これだ。本能的に分かった。これがグロリエルの魂を反転させ崩壊に導いた元凶。

 俺がそれに手を伸ばし、触れた時。



 ―――ピシッ!



 その漆黒の玉に一筋の亀裂が走った。

 その瞬間。闇が爆発した。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 先ほどからリュージは目を瞑り額に汗を流してずっと固まったままだ。

 あのグロリエルの肉塊から噴き出す熱を傍らにいるエンリケが必死に氷結魔法で押さえている。

 表情を視る限り眉間にしわを寄せ方で息をしている。エンリケも魔力の底が近いのかかなりきつそうだ。



 私もそろそろ魔力が厳しくなってきた。先ほどからグロリエルを押さえ続けているウィンドプリズンを維持するのも限界に近付いている。



「……リュージ。急いで。」



 思わず焦りの気持ちが口をついて出た。

 周りを見渡せば、ケガはしていないが体力の限界を超えているのか、皆肩で息をしている。


 グロリエルはウィンドプリズンで押さえていても、風の拘束が緩んだところから腕を生やしリュージを払いのけようとしてくる。

 それをみんなで必死に抑え込んで、グロリエルの気を引くために攻撃し続けているのだ。だけど、これだけの巨体だ。殆どダメージは無い。正直ギリギリの状況だ。




 そんな焦燥感に駆られながらも必死に魔法を維持しながら、リュージを見つめる。

 その時。ピクリとリュージが身じろぎしたかと思えばグロリエルが突然苦しみ出したのだ。



 ―――グゥウゥゥゥウオオォォォオ!



 グロリエルが雄叫びを上げる。と同時に、体中から噴き出していた赤い灼熱の炎が黒く染まっていく。



「ぐあぁぁあ!」

「くう!」

「くそっ」


 見ればマックスと、ギルマスが黒い炎に腕や肩を焼かれていた。シャスティンもその熱に近付けないようだった。




 あれはマズい。そう思ったけれど私も人の事を構っていられない。突然、グロリエルが暴れ出したからだ。

 それにこの黒い炎のようなものは私の風の魔法を弱める効果があるのか、魔力を込めても拘束力が保てなくなってきていた。



「ダメ!! みんな離れて!」



 次の瞬間、ウィンドプリズンが弾かれた。



 ―――ガァアアアァアア!!!



 それと同時にグロリエルの体表が黒く染まっていき、断末魔の様な不快な叫び声をあげた。そして、まるで狂ったように暴れ出し、体中から無数の腕の様な触手を生やし始める。


 当然、その触手が向かう先はグロリエルになおもしがみついているリュージとエンリケが居る胸元。



「リュージ!離れて!」



 私の叫びにもリュージは目を覚まさない。隣のエンリケはこの状況にリュージを引き剥がそうとするが上手く行かないようだ。

 私は咄嗟に背中の短弓を構えてリュージに迫る触手を打ち抜く。



 だけど、その全てを止めることはできなかった。

 圧倒的な肉の物量がリュージ達を押しつぶす。そう思えたその時。



 ―――ハイドジェット



 魔法名と共に水刃がリュージに迫っていた触手を両断する。魔法の出所を目で追うと錫杖をかざす人影。


「ソワレ!?」


 思わず声を上げる。良かった。無事だったのね。それにこのタイミングでの到着は正直ありがたい。


 ソワレの援護に一息ついたのも束の間、ウィンドプリズンの拘束から解放されたグロリエルが暴れ出す。

 あれを何とかしないとリュージが振り落とされてしまう。そう内心焦るものの、もう一度拘束魔法を発動してもあの黒い炎がある限り無理だろうと頭を悩ませる。




 その時、突然黒い鎖がグロリエルを取り巻く様に現れ、暴れ始めたグロリエルの巨体に巻き付いて拘束した。



 何だあれは!?鎖?どこから?

 よく見れば、鎖の先には鎌(?)の様なモノがついていて、それがグロリエルに食い込みそれを先端に幾重にも鎖が巻き付いてグロリエルを締め上げていた。

 それは私の里でしか見たことがない特殊な武器、“鎖鎌”。


 そのグロリエルを拘束した鎖の元を目線でたどれば、そこには一人の黒装束の男が目に入る。



 その姿を見た私は驚きに目を見開いた。


 ……あの人は!?




 私が予想外の人物に驚いている間に、その人は鎖鎌を強く引きグロリエルの巨体を一人で抑え込んでいた。何という膂力。



「各々方、今の内に打てる手をお願いする。」



 その呼びかけに私はハッと我に返る。私と同じ様に突然の乱入者に動きを止めていたみんなも動き出す。






 二人の手助けを受けてどうにか抑えられる算段が立ち始めたその矢先、不意にリュージの肩に乗っていたチクチクが「キュイッ!キュイッ!」と鳴いて、リュージの顔をその手でたたいたのだ。


 その直後、グロリエルが急に動きを止めてその全身が灰色に変色。そして今まで燃え盛っていた黒い炎がその巨体に吸い込まれる様に止まった。




 ……終わったの?



 その変化にリュージがやり遂げたとも一瞬思った。けど、私はその一瞬の静寂に嫌な予感がしてリュージを見つめると、瞑想から覚めたリュージが必死の形相でこちらを振り返って叫んだ。



「みんな!逃げろおぉぉぉ!!!」



 そう叫びながらリュージは私達の方へその手をかざしたかと思えば暴風が吹き荒れて私は吹き飛ばされる。


 不意の暴風に錐もみ状態で吹き飛ばされながらリュージの姿を何とか目で追う。リュージはまだグロリエルに手を突いたままだった。だけどチクチクとエンリケはそこには居ない。二人を探すと、私同様に空中に吹き飛ばされているのがちらりと見えた。


 この暴風はリュージが放ったエアレイド!?それに気づいた私は思わず叫んでいた。



「リュージーーーーー!!!!」



 その直後。




 ―――ドゴオォォオオオオオ!




 耳をつんざくような轟音と共に強烈な閃光と衝撃が私を襲う。

 そして後には巨大なキノコ雲が立ち昇った。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

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