第2部 第23話 融魂爆掌
遅くなってすみません。
目の前に灼熱の炎を全身から吹き上げてもがき苦しむ巨大な肉塊を前に俺は決意する。
「手伝って欲しい。」
俺の言葉に皆が俺に目を合わせて頷いた。
エンリケとリンは俺に信頼の眼差しを向けて来る。今回ばかりはその信頼にこたえられるか自信がない。だけど、それを言っても仕方がないと諦めて強く頷き返す。
「リュージ……正直、お前がやろうとしていることは想像も出来ねぇ。だが、俺はお前の底知れない可能性に賭けることにするぜ。」
俺の治療もそこそこに、マックスが膝に手を付きながらも立ち上がり、ニカッと白い歯を見せて笑ってそう言った。
マックスに続けてギルマスもよたよたと俺に歩み寄り、俺の肩に手を置いて頷いた。
「もしお前の言うことが本当ならば、恥ずかしながら対応策が俺にはない。お前に賭けていいんだな?」
「……ああ。」
俺の返答にギルマスは目を合わせて肩をポンポンと叩いた。
「ならば、俺もやれることはやろう。」
「だが、その体では……」
ギルマスは先ほどのグロリエルの火炎で体のいたるところに酷い火傷を負っている。とてもまともに動ける体じゃない。だが、俺の忠言にギルマスは無言で俺に向けて手の平を突き出していった。
「治療は無用だ。時間がないのだろう?強がりくらいは言わせてくれ。これでも俺はギルドマスターなんでな。」
ギルマスの眼はまだ死んでいない。ならばこれ以上俺から言えることはないだろう。
ギルマスに続いて、後方で戦線離脱していたシャスティンとボブ、レベッカ、それにチクチクとファル、そして丸い体のポン助が俺の方に駆けよってきた。
そうか。カオスローカストが居なくなったことで、ポン助が戻って来たのか。ボブの魔力は回復していないだろうが、ポン助の治療でシャスティンは戦線に復帰できそうだ。
「みんな!」
「リュージ!俺も手伝ってやっからよぉ。最後なんだろ?」
「リュージ君。私も手伝うわ。指示を頂戴。」
「リュージ君。魔力が無い僕でもやれることはやらせてくれ。」
「……ありがとう。」
俺は皆に頭を下げてから、皆を見渡す。
「俺は奴に同調して、あの暴走をどうにか止めようと思う。その為には奴に直接触れる必要がある。だから、エンリケ。君の氷結魔法で結界を張って俺をあの炎から守ってくれ。」
「いいぜ。任せろ。」
エンリケはそう言って自分の胸をたたいて見せた。
「リン。俺とエンリケは奴に取り付いている間完全に無防備になる。だから、魔法で奴を出来る限り拘束してほしい。出来るか?」
「分かったわ。それほど長くはもたないけど、出来る限りやってみる。」
リンはそう言って静かに頷いた。
「ギルマスに焔狼の皆はリンと連携して無防備な俺とエンリケのサポートをお願いしたい。」
「了解だ。」
「任せろ。」
「ええ。」
「分かったぜぇ。」
ギルマスたちは眼に力を込めて各々力強くそう答えてくれる。
「ボブとファルはカオスローカストからクリスタを守ってくれ。まだ少し残ってるから油断はできない。」
「任せてくれ。」
「ギャウ!」
まだクリスタは目覚めない。その間に彼女を守る役が必要だ。
「ポン助は、傷ついた仲間を逐次治療して欲しい。」
「ピィ!」
俺の頭の上で短く答えたポン助は、パタパタと飛んでギルマスの頭の上に止まった。
早速、ギルマスを治療してくれるらしい。ギルマスがポン助の回復魔法に目を丸くしている。
ポン助はあの小さな体からは想像できない程に魔力量が多い。流石霊獣カラドリウスと言ったところだが、彗心眼で視たところ焔狼の治療にだいぶ魔力を使ったようだ。いつも程の治癒速度は出せないみたいだが、それでも今のギルマスが動くには十分だろう。
「チクチク。」
俺が何かを言う前に、チクチクはリンの肩から素早く俺の肩に飛び乗った。
「キュイッ!」
まるで、俺のやりたいことが初めから分かっていたかのように、早くしろと言わんばかりにそう鳴いた。
チクチクのその黒いつぶらな瞳を見ていると、本当にばあちゃんなんじゃないかと錯覚するが、今はそれを棚上げしてやるべきことに集中する。
「じゃあ行くよ。みんな頼む。」
俺の掛け声とともに全員が動き出す。
―――グオオオォォォオォオ!
雄叫びを上げて暴れ燃え盛るグロリエルの成れの果てへと駆ける。獣人姿のエンリケが俺にピタリと並走し、ニヤリとした顔を向ける。
そして前方に両手を突き出したかと思えば、俺達を囲う様に青白い膜が形成され、それと同時にグロリエルから発せられていたひりつくような熱さが無くなっていく。
エンリケの氷結結界だ。
「これでだいぶ良くなったな!このままいくぞ!」
得意げに笑みを浮かべるエンリケに俺はコクリと頷きさらに加速する。
さらに近づくと、グロリエルの赤黒い炎に包まれた腕が俺達に向けて伸びてきた。苦しみもがく中でも俺達の接近に気づいたのだろう。
だが俺はそれに構わず走り続ける。
直後、何本もの矢がその腕に突き刺さり、グロリエルが悲鳴を上げ、そのスピードを弱めた。その隙に俺たちはその腕を掻い潜る様に抜ける。
なおも接近する俺達に更なる腕が生成されて迫ってきた。直後、それらの腕が暴風によって払いのけられた。
―――『ウィンドプリズン!』
リンの拘束魔法だ。
グロリエルの周囲にいくつもの風の竜巻が発生し、それらがグロリエルの無数の腕ばかりだけでなくその体自体をも地面へと強力に拘束していた。
行ける!
俺達はその隙をついて、グロリエルに急接近。ほどなくしてグロリエルにたどり着き、小山の様なその巨体にそのまま飛び掛る。
「ぐっ!!」
流石にグロリエルの体表は焼ける様な熱を帯びている。触れた手足が焼け、思わず苦悶の声を上げる。
「リュージ!さすがに俺の魔法でも完全に凍らせられないぞ。何処まで行くんだ!」
「奴の胸の中心に直接触れる必要がある。悪いが出来る限り熱を下げてくれ!」
「相変わらず無茶を言う!」
エンリケのクレームを聞き流し俺はさらに灼熱の体表を駆け昇り先ほどまでクリスタが囚われていたグロリエルの中心部分まで駆け上った。
そして右腕の仕込み刀を突き刺し体を固定して、熱に赤くなったその体表に手を突く。
焼ける手の痛みに反射的に腕を引きそうになるのを無理やり耐えてグロリエルに取り付いた。
すぐ隣にエンリケが追いつき、その手の爪を突き刺して俺の周囲とグロリエルの体表を冷却してくれていた。
「リュージ!悪い!想像以上の熱だ。余り長くはもたない。早めに済ませてくれ!」
さすがのエンリケも眉間にしわを寄せて余裕のない顔でそう言った。あまり時間はなさそうだ。
グロリエルはどうにか俺を振りほどこうとリンの拘束を振り切る様に体をよじり抵抗を始めた。
だが、その時グロリエルが軽い悲鳴に似た雄叫びを上げた。
チラリと横を見れば、焔狼とギルマスがグロリエル本体をソードアーツで攻撃しているのが見えた。
よくみると全身が水に濡れている。それに加えてリンの拘束魔法はグロリエルの発する火炎を吸い上げ上空に吹き上げているのが確認できた。あれで熱のダメージを軽減しているのかもしれない。
俺は、心の中で皆に礼を言って、俺の肩に乗っているチクチクをチラリと見てすぐさま目を閉じ瞑想に入った。
瞑想に入り、心を落ち着かせていくに従い、周囲の音が遠ざかっていく。そして、俺の彗心眼に集中。全開発動させ、自身の霊子結晶を感じる。
次に、魂魄同調によって俺の霊子結晶を俺の肩に乗ったチクチクのアニマへと同調していく。
この過程は驚くほどスムーズに進んだ。チクチクが俺と同調しやすいようにそのアニマを安定させくれていたからだ。まるでそうするのが最初から分かっていたかのようだ。
やがてチクチクと完全に同調したのを確認し、それをそのまま維持しながら今度はグロリエルの悍ましいアニマへとゆっくりと同調させていく。
ここで重要なのはチクチクとのアニマの同調は常に維持したままにしておくことだ。このチクチクの魂との同調が俺の命綱だ。
――――――
思い出す。
あればいつだったか。そうだ。ばあちゃんに引き取られてから随分立ったころ、凛香と高校に通い始めたころの事だったかもしれない。
俺が学校から帰り、夕飯の準備をしようと廊下を歩いている時だった。
ふと視線を感じて庭を視ると松の木の上にイヤに大きなカラスがこちらを覗き見ていた。
俺は何か嫌な予感がして身構えた直後、カラスは木の枝から飛び立ち信じられないスピードで迫ってきた。廊下と庭を隔てていたガラスを容易に突き破り、俺目掛けてその鋭いくちばしを突き立ててきたのだ。
俺は無意識に彗心眼を発動していたからか、ギリギリでそのくちばしを躱すことが出来た。だが、俺の頭を狙ったそれをまともに受けていれば確実に死んでいたはずだ。そう思えるほどに凶悪で鋭い一撃。
今でも鮮明に思い出す。
そのカラスの死んだ魚のような濁った眼と赤黒いアニマ。
今にして思えばあれは前世の俺の命を奪った宵門雄我の使い魔のようなものだったのかもしれない。
そのカラスはその後も執拗に俺を攻撃してきた。強靭な爪とくちばしが俺を幾度となく襲った。
当時の俺は、とにかく体が弱く心も弱かった。だからそのカラスのバケモノの爪やくちばしから逃げるので精いっぱいだった。
血だらけになりながら必死に逃げて、しかし最後に庭先の松の木の根元に追い詰められたとき。
目の前にばあちゃんが立ちふさがり、そして俺を助けてくれた。
あれ程猛威を振るったカラスのくちばしの刺突を難なく受け流しそのまま流れる様に地面に組み伏せて見せたのだ。
俺はその時始めてばあちゃんが武術を使えることを知った。しかも、一見してその技量は達人の域に達している様だった。下手したら俺の父さんをも超えるかも知れない。
その事実に唖然としていると、カラスのバケモノを足で絡めて組み伏せていたばあちゃんが振り返り、真剣な表情で言った。
「驚いているところ悪いが柳二よ。いい機会じゃ。こっちに来るのじゃ。」
訳も分からず困惑しながらも、手招きしているばあちゃんに這う様に近寄る。
「いいか。ワシの肩に触れて魂魄同調で同調するのじゃ。出来るじゃろ? そして、その彗心眼でワシの技をよく見ておくのじゃぞ。」
ばあちゃんの今まで見せたこともない様な真剣な表情と有無を言わせない迫力に、困惑しながらも黙ってそれに従い同調する。
それを確認したのかばあちゃんはカラスに向き直った。
「いいかリュージ。無元極心流はもともと魔を滅することを目的に開祖様が作り上げた武術じゃ。そして、今から見せるのがその奥義ともいえる。刮目して視るのじゃぞ。」
そう言ってばあちゃんは瞑想を始める。それも一瞬の事、次の瞬間に組み伏せられながらも暴れるカラスのバケモノに掌底を繰り出した。
―――融魂爆掌
その直後。カラスのバケモノは全身から赤黒い霧のようなものを激しく吹きだし、そして内部から勢いよく破裂したのだ。
ばあちゃんは険しい表情を崩さず、飛び散ったカラスの残骸をじっと見つめていた。
「……もうここまでたどり着いてしもうたか。想定よりだいぶ早い。」
確かにばあちゃんはそう呟いた。それも束の間、スッと俺に向き直り真剣な表情で俺を見つめた。
「柳二や。いいか、今のワシの技、ワシの霊子結晶の輝きをよく目に焼き付けておくのじゃぞ。これは軽々に訓練できるものではないからの。この先、いつか必ずこの技が必要になるときがくる。さ、今はひとまず傷の手当じゃ。」
そう言って立ち上がったばあちゃんの顔は、いつの間にかいつもの優しい笑顔に戻っていた。
――――――
あの後、直ぐに雄我本人が俺達を襲ってきて、結局ばあちゃんのあの時の技を習得できなかった。
だが、今、チクチクと同調してあの時のばあちゃんの奥義を見た時の事を鮮明に思い出した。
あの時。ばあちゃんは確かにカラスの赤黒いアニマに同調し、そのアニマをかき回し活性化させて暴走させていた様に見えた。
言葉で表す程簡単な事じゃない。今思い出して初めてばあちゃんがやって見せたあの奥義のすさまじさが分かる。
今の俺にはその一部を再現できるかどうかと言ったところだ。恐らく相手の霊子結晶に干渉してそれを暴走させることはできないだろうという予感がある。
だが、幸いにも既にグロリエルのアニマは暴走状態にある。
彗心眼を全開発動させて、グロリエルに同調し始めてその恐ろしさを実感する。本来人一人のアニマに無理やり他のアニマをねじ込んで取り込めるように膨張させられた様な、そんな風に見える。本来のアニマが無理やりいじくり回されて悲鳴を上げている。そのせいか内部で途轍もないエネルギーが発生し、今にも破裂しそうな状態だ。
ばあちゃんは暴走し始めたアニマのエネルギーを自分のアニマに取り込み冷却しながら外部に放出していたはずだ。
つまり、暴走するアニマのエネルギーを放出、調整してカラスの爆発を小規模なものに制御していたのだ。
であれば、俺のやるべきことはグロリエルの霊子結晶から放出されるこの膨大な魔力を俺の霊子結晶を経由して冷却して出来る限り外に放出してやればいいだけだ。それで魂魄超爆発を抑えられるはずだ。
もちろん実際にやったことはない。そもそもこの技は、魔人のアニマが暴走したときでないと練習もできないのだから、今回もぶっつけ本番だ。
でも、恐らくこの技は暴走したソワレやクリスタにやった極心融魂を応用すれば行ける気がするのだ。
相手の魔力を自分のアニマに流して冷やすところまでは同じはず。それを相手に戻さずに外に放出するところだけが異なる。その感覚さえつかめば……。
俺は、覚悟を決めてさらに深い瞑想に入る。
ゆっくりと深い海に沈んでいくイメージ。
次第に体の輪郭が薄れ、溶けて沈んでいく。その先に赤黒く燃え盛る光を視る。
あれがグロリエルの今の魂だ。近づくにつれてその灼熱のアニマに熱さを感じならがもその色、波長に自身の魂を合わせていく。
それと共に、グロリエルと融合した様な感覚に陥る。
次第に伝わってくる。
そしてグロリエルのどす黒い負の感情が、津波の様に俺に押し寄せる。
『何でこんなことに』『俺は悪くない。悪いのは無能な他の連中だ』『無能は死ねばいい』『俺はこんなことになるなんて思ってなかった』『そうだ、あいつが、あいつが俺を……』
後悔、憎悪、怒り、苛立ち、欺瞞、不信。様々な負の感情が一気に押し寄せ、容赦なく俺を飲み込んだ。
……マズい。……意識が……グロリエルの感情の濁流に抗えな……。
そうしての意識はグロリエルのアニマに沈んでいった。




