第2部 第22話 魔蟲使い3
低温に動かなくなったイナゴを踏みつぶしながら進むと、やがて霧が薄くなりメラクの影が見えてくる。さらに進むとその顔が驚愕に染まっているのが見えた。
私はこのタイミングしかないと思い、錫杖を突き出してトリガーワードを唱える。
『―ハイドロジェット』
私の放った水刃は、驚きに動きを止めていたメラクの胸の中心を打ち抜いた。致命傷だ。
「がはぁっ!?」
そのまま一気に首から頭まで両断しようと錫杖を上に動かそうとしたところで水刃が途切れてしまう。……魔力切れだ。
メラクは苦痛に顔を歪めて膝を付き、こちらを睨んでいた。
あと一歩と言ったところで仕留めきれなかった。
だけど……奴ももう手札は無いはず。ここで弱みを見せてはいけない。そう思い、あくまでも平然とした態度を貫く。
いつでもあなたを仕留められる。あえてそうしなかった。そう思わせる。
「もうわかったでしょ。貴方では私には適わない。」
「どうやってあれほどの数を!?」
私はそれに答えない。
あくまでも無言のまま、余裕の表情を崩さずにそのまま淡々とメラクに近付いていく。
人は未知を恐れる。メラクの想定していた以上の未知の力を散々に見せつけた。これ以上ない程に。
幸いなことに私はこういうのは得意だ。こういう時に普段のポーカーフェイスが役に立つ。
私の予想通り、血を吐きながらもメラクは無言で歩み寄る私を恐れて後退る。
よし。このまま詰めて奴を引かせることが出来ればひとまずは私の勝ち。
一歩、二歩と近づいていく中でメラクの様子に違和感を覚える。メラクは先ほどからチラチラと左手の方を気にしているのだ。
まだ残っているカオスローカストが居る?
確かに、私を取り囲んでいたカオスローカストが途中から数が減ったような気がしていた。実際に、最初、奴がけしかけた時、私の展開した霧の空間に入りきらない数のカオスローカストが居た様にも見えた……それらを横からけしかけようというの?
数にもよるけど、今の魔力では対処が難しい。
どうする……もしそうだとすると、逃げるべきは私の方かもしれない。
だけど、どうもメラクの余裕のない表情を見る限り、勝ちを狙っている様にも見えない。どちらかと言うと左手から来る何かに焦っているようだ。
ならばこのまま行く。
私はさらに無言で一歩、二歩と近づいていくが、それでもまだ逃げの姿勢を見せない。思ったよりも粘る。
少し揺さぶるしかない。
そう思い、私は思わせぶりに錫杖をメラクに向けてかざす。
その時、左手の森から虫の羽音が聞こえて足を止め、そちらを見る。森の向こう側に黒いモヤの様なものがちらりと見えた。
あれは。まだあれ程の数のカオスローカストを控えさせていた。
それを確認して私が逃げるべく構えた瞬間、黒いモヤが火に包まれカオスローカストを突き抜け森から何者かが飛び出してきた。
―――早い。
それは異国の黒装束に身を包んだ老練な男だった。その動きは恐ろしく早く、相当な手練れであることは一見してすぐに分かった。
男の乱入に驚いたのは私ばかりではなくむしろメラクの方だったようだ。
その目が驚愕に見開かれていた。
男は一瞬私を一瞥して、すぐさまメラクに目標を切り替えたようでそちらに切り掛かっていく。
「くっ!」
メラクは後ろに飛びながら両手に刀を持った男の右手の刃をなんとか手持ちのダガーで受け止めた。だが男はもう片方の短刀ですかさずメラクの腕を切り落とす。
そして続いてメラクにとどめを刺すべく刀を振り上げた直後、メラクの切り落とされた腕の断面からミミズの様なワームが飛び出した。男は咄嗟に躱し、追撃を諦め後ろに飛びずさった。
私は油断なくその男を観察する。
見た目は人間。ただその技量は特出している。一般的には十分に人間の域を逸脱しているレベルだ。
あの数のカオスローカストを突破し、私に追い詰められていたとはいえ神角を持った魔人であるメラクに一瞬にして詰め寄り手傷を負わせたのだから。
何者かははっきりしないけど、今敵対すればこちらもただでは済まない。
そう思い警戒していると男はちらりと私を振り返り、再度メラクに向き直る。私に後ろを向けていても、私に対して常に警戒をしているのが分かる。
その時膝をついていたメラクが立ち上がり誰何した。
「貴様!何者だ。」
その問いに男は既に再生を始めたメラクの腕を見て静かに答える。
「その腕の魔蟲。インセクトマスターだな。」
「!?」
メラクが男の言葉に目を大きくした。
同時に私も驚く。この男、我ら血の戒めの七星を知っている。
黒装束の男はメラクの反応を見て確信したのか、それ以上の会話は不要とばかりにメラクに向けて再び飛び掛る。死の象徴ともいわれる我ら七星と知って尚飛び掛るとは……。
「くっ!」
襲い掛かる男に対して、メラクは先ほど切り落とされ地面に落ちた自身の腕に手をかざして命令を下す。
「アビスヒルよ!奴の血肉をすすれ!」
その直後、切り落とされた腕がグズグズと崩れ落ちてそこから大量の緑色の体色に赤い斑点をした長さ10センチ程度のヒルが大量に発生。そして、男の進路を塞ぐように飛び散った。
それを見た男はすぐさま右手の刀を口で加え直し、後ろのポーチから素早く何かを取り出しそのまま手で握りつぶした。
―――火遁:炎蛇の理
そう発声して右手をかざすと、炎がまるで蛇の様に飛び出して前方のヒルを焼き尽くした。
上手い。
威力はさほどではないけれど、詠唱もなしにしかも走りながら魔法を発動し進路上の脅威を素早く排除。その間殆どスピードを緩めなかった。
いや、正確にはあれは純粋な魔法ではないのかもしれない。だからこその無詠唱。
あのいで立ちと言い、あの戦闘スタイルは……あの男。
―ガキン!ズシャ!
男が通り過ぎ際に放った右手の攻撃をメラクはどうにか捌いたが、左手から放たれた刃は防ぎきれずメラクの首筋から血が噴き出す。
メラクがたまらず怯んで膝をつく。
男はすぐさま振り返り、後ろからメラクの首を狙いその短刀を振りかざした。
メラクの振り返った顔が驚愕に歪む。
これは避けられない。首が飛ぶ。そう思った時。
男の腕が不自然に動いて空振った。その動きはまるで自分の意志とは関係なく誰かに操られたかのような不自然な動き。実際、男は目を見開き、そして何かに気づいたのかすぐさまメラクから飛びのいた。
飛びのいた男は、顔をメラクではなくその奥の森に向け、警戒の体制をとった。
男のその動きにようやく私も気づいた。男が警戒するその先に新たな闖入者が居ることに。
「ケケッ。メラクよ。今のはちと危なかったのぅ?」
日が沈み、暗くなり始めた森から出てきたのはフードを被った背を丸めた老人。
ミザールだ。
内心、マズいことになったと思った。まさか序列二位のミザールまでいるとは思っていなかったから。このまま戦えば正直勝算は薄い。
ミザールは七星の中でも最古参の一人で私も随分と長い事付き合いがあるが、それでも奴の実力は測りかねている不気味な男だ。
少なくとも魔力枯渇した私とあの黒装束の男だけで相手取るには分が悪いとしか言いようがない。
ミザールはそう言って、様子を伺いながらゆっくりとメラクの元に歩いていく。私を一瞥し、目を細める。その後、メラクを追い詰めた黒装束の男に目を向けた。
「メラクよ。そろそろ遊びも終わりじゃ。いったん退くぞ。」
「!?何でだ!あんたが来たならここでみすみす引く理由はないはずだ。それに俺はまだやれる。あんたのサポートがあればあの男を殺すのはたやすい。」
「ケケッ。メラクよ。お主、奴がビフレストの一員であると知ってもそう言えるのかの?」
ミザールの言に私も驚く。
だが、予想はしていた。我ら高位魔人の七星に渡り合えるとすれば、血の戒めに長年対立してきた組織、虹の架け橋のメンバーくらいなものだ。
それにあのいで立ちと戦闘スタイルは、以前報告のあったアルカイドと対峙したという男に違いない。アルカイドと一騎打ちを行い生きているなどおかしいとは思ったけど、なるほど、ビフレストであれば納得も出来る。
「しっ、しかし!」
「それに、時間もあまりない。ちと予定が狂ってのぉ。モルモットが核爆を起こしかけてとる。まぁ、お主が死にたいというのなら止めはしないがのぉ。ケケッ。」
「くっ!」
―――核爆
その単語を聞いて男もピクリと体を動かした。
核爆とは、魔人になりかけの者がその力に適合できなかった場合など、いくつかの条件を満たすと極まれにその魂が途轍もない熱量を以て爆発、四散する現象だ。
ただその発動条件は不明とされており、一度発動すると恐ろしい被害をもたらす。
問題なのはその爆発力だ。爆発力はその内包する魂の器が大きい程上がるとされている。
ミザールがこのタイミングで私やあのビフレストの男を殺さずに逃げの一手を選んでいる時点で、本当の事なのだろう。そして、その爆発規模は今から逃げてもどうにも逃げられない程の規模だということだ。
「このまま逃がすと思っているのか?」
そう言って黒装束の男は両手の短刀を構えて一歩踏み出す。
「やめておけ。ビフレスト。お主も分かっておろう?血の戒め二人を相手取り本気で勝てると思っておるのかのぅ?実際、ワシの精神干渉をしのぎ切れなかったお主自身が良く分かっておろうに。」
その言に男は睨む様に目を細めた。
「それでもやり様はある……お前たちを道連れにするくらいはな。」
「ケケッ。見かけによらず血の気の多いことだ。」
ミザールは男の態度に笑って見せ、そのまま踵を返して私たちに背を向けて歩き出す。メラクも渋々と言った表情で私を睨んでミザールの後をついて行く。
男は戦意を見せつつも、その場を動かなかった。どうやら、先ほどのミザールの精神干渉が抜け切れていないのかもしれない。
二人が森に消えていく間際、ミザールは思い出したように振り返り言った。
「ああ、そうじゃった。メグレズよ、もしこの核爆で生きておれば、あとで使いを寄こす故。それに従ってもらうぞ。」
「……そんなの従わない。私はもう血の戒めとは関係ない。」
私の発言にミザールは本当に冗談でも聞いたかのようケケッと見下す様に笑った。
「何を子供の様な事を。……お主は来る。来ることになるのぉ。」
少しして、森の奥の暗がりに漆黒の穴が中空に現れ、二人はそれに吸い込まれる様に消えていった。
……やはりアリオトの空間転移か。
しばらくして、黒装束の男が警戒するようにこちらを向いた。
「Aランクハンター“水精のソワレ”。お前があの“マスオペレーター”だったとはな。私の目も衰えたものだ。」
「……よく知っているのね。流石虹の架け橋と言ったところかしら。」
「何が狙いだ?」
男は端的にそう訊いた。
「特に目的はない。ただリュージ達の手伝いをしていただけ。」
「……それを信じろと?」
「信じるかどうかは先ほどのやり取りを見た貴方が判断すればいい。それより、今はこんな問答をしている時間はない。」
そう言うと男はしばらく私の様子を観察するようにじっと私を見て口を開く。
「私はケインだ。核爆をどうにか出来るとは思えんが、移動するぞ。場所を知っているのだろう?案内しろ。」
私は頷き、リュージ達のいた廃教会へと急いだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆




