第2部 第21話 魔蟲使い2
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ぐふっ……。 なぜだ。なぜ超級魔法まで使える。お前は“神角”を失くしたのだぞ!魔力が持つはずがない。」
メラクは恨めしそうに睨みながら心底理解できないと言った表情で言った。
「……だから言った。根源魔法に目覚めたって。」
勿論嘘。
だけど、メラクはよりいっそう眼光を鋭くして私を睨みつけた。
ブラフだと分かっていても完全には否定しきれない。もしかしたらその可能性もある。そう思わせ、警戒させただけでも十分。確かに私の魔力は枯渇しつつあるのは事実で、長期戦になれば不利になるのだから。
「……なら。お前のその減らず口が本当か確かめてやる。暴食の悪魔よ、食らいつくせ!」
メラクの号令と共に周囲が暗くなり、膨大な数のイナゴが私を取り囲む。
まだ、これ程の数が居たのね。……リュージ達の方に居た分を呼び寄せたのだろう。だとしたら一先ずは安心。そして、メラクの切り札がもう他に無いことも露呈した。
もしまだ私を倒せるだけの魔蟲を用意できるなら、リュージ達のカオスローカストを呼び寄せたりはしないはずだから。
これは、私の魔力を削ることと自分自身の回復の時間を稼ぐことが目的。なら、これを乗り切れば奴は引き下がるはず。
魔力が持つかは、正直なところギリギリ。
そう内心で焦りながらも、リュージに感謝する。
リュージの知識が無ければ先ほどの超級魔術など発動できはしなかったし、とっくの昔に魔力枯渇していただろうから。
―――
「リュージ。今なら分かるけど、なぜあなたはそんな僅かな魔力量で魔法発動が出来るの?」
リュージの彗心眼を通して魔力を視ながら魔法発動の訓練をしていた私は、リュージの魔法を見てどうしても気になってそう尋ねた。
リュージが纏い、使用する魔法は彗心眼を通しても視えない程わずかな魔力でもって発動していたから。
「……うーん。たぶん、魔法発動の効率がソワレやリンに比べて格段にいいんだと思う。」
「そんなはずはない。」
思わずそう反論した。
この私が魔法発動効率でリュージに劣る?そんな馬鹿な。
私の反論にリュージは水滴の魔法を発動して欲しいと頼んできた。私は僅かな詠唱で手の平から大量の水を発生させて見せた。その時はやや得意げな顔をしていたかもしれない。
私の顔を見てリュージは眉を下げて言った。
「いや、そうじゃなくて……俺と同じくらいの魔力量で水滴を発動してみて欲しい。いい、このくらいだ。魔力が視える今なら分かると思うけど。」
そう言われると、確かにリュージの魔力は殆ど見えなかった。
それ程ごく微量の魔力だった。
そんなごく微量の魔力でリュージの指先から一筋の水が流れ落ちていた。
私は魔力を極限まで絞り指先に纏わせようと試行錯誤する。
だけど、それ自体が途轍もなく難しい。なぜなら、普段私が気づかないうちに体表から漏れ出している魔力量よりも薄いのだから。
暫く試行錯誤した後、私はリュージ程に魔力を制限することを諦め、今できる最低魔力量でもって水滴を発動する。
するとどうだろう。
魔法発動は失敗している訳では無いのに、水が出てこないのだ。数十秒待ってわずかに指先が濡れた程度だったのだ。
リュージの何倍も濃い魔力で魔法を発動しているのにもかかわらず水は指先を湿らせる程度。
「そんな……ありえない。」
私はその事実に目を見開き、思わず呟きが漏れる。
「リュージの魔法は効率がすごくいいって言うのは感じてたけど……まさかここまでなんて。」
同様に隣で見ていたリンも驚いたようにそう言った。
驚くのも当然だ。
私はこれでも何百年と魔術に触れ、研究し、研鑽してきた。時には百年近く森の奥にこもって魔法の研究に没頭したこともある。だから、私自身、特に水魔法に関しては誰にも負けない程の魔法使いである自負がある。
にもかかわらず、魔法発動効率でリュージに圧倒的に劣っていることを今まさに突き付けられたのだから。
「何で。何が違うの?」
思わず強い言葉でリュージに詰め寄った。そんな私にリュージは困った顔をして答えた。
「……たぶん、魔法発動時のイメージが全く違うからなんだと思う。リンから講義を受けているから大体は分かっているつもりだけど、いわゆる教会が体系化した四大元素魔法は神の力を借りて魔力を作り出し、四大精霊の媒介で魔法をこの世界に事象として顕現させるっていう根本的なイメージで魔法を発動しているだろ? そこが俺のイメージと全く違うところなんだ。」
「ん? ……なら何をイメージしているの?」
「この世の物質全てを形作っている“素粒子”だ。」
その回答に首を傾げる私とリンの態度に、リュージは「それを理解するには色々と説明しなきゃならないんだけど……聞く?」と頬を掻いてそう訊いた。
リュージの世界観は私達とは全くかけ離れたものだった。
この世界は宇宙と言う無限に等しい広大な空間に浮かぶ一つの球状の星の一つであり、その星の上に私達をはじめ万物が生息しているという。
そしてその私達が目にできる全ての物、動物や植物に限らす岩や水、それに目に見えない風すらもすべて元素と呼ばれる118種類の物質粒子の組み合わせでできているというのだ。
さらにその元素も全てが僅か2種のクォークと電子と呼ばれる素粒子で構成されているというのだ。その他にも力そのものを伝える素粒子なども存在し、全部で18種の素粒子によってこの世の全てが構成されているという。
そして、その18種類の素粒子も、たった1つの原初の素粒子が変化したものだというのだ。
その原初の素粒子はこの世界のあらゆるところに充満しており、それが魔力の元であり、魔法の元になっていると、そう説明した。
私達は、魔法の存在がすなわち神の存在証明だと教えられてきた。この考え方は何も教会の教義だけの話ではなく、この世界に生きる人に共通する根本的な概念だ。
つまり、魔法は神が矮小な我々生物に与えた御力であるとする考え方だ。実際、通常では説明できない超常の力、それこそが神の御力であるとする説明はとても説得力がある。
だからこそ、神の御力である魔法をより効率的に発動できることが神の力をより深く理解できていることにつながるというのがこの世界の常識だ。
その考え方が土台にあるから、我ら教会はここまでの勢力を拡大できたのだ。
その考え方にのっとれば、リュージの考え方の方がより効率良く魔法を発動できるという事実はこれまで私が信じてきた考え方よりもより正しいという事になる。
そして同時に、リュージの考え方はそれこそこれまで信じていた神の存在を否定する。何せ、リュージは魔法の力は“神”ではなく“素粒子”と呼ばれる単なる現象であると言っているのだから。
とても受け入れられない。
そう思った。
だけど、リュージが言うようなイメージで魔法を発動すると、劇的に魔法の発動効率が向上した。それも、二倍や三倍程度の話ではない。十倍や二十倍と言ったオーダーで違うのだ。
この事実を突き付けられるたびに、生まれた時から当たり前の様に聞かされ、納得してきた今までの私の世界観が、そして私の心の信仰が、私の精神を形作っていた大きな柱が音を立てて瓦解していく。
やがて、私の中の魔術師としての好奇心が信仰が崩れていくその喪失感を塗りつぶしていった。
リュージの理論はもはや革命と言っていい。いや新しい魔法理論の創造ともいえる偉業なのだとそう思えたのだ。
一端そう思ったらもう止まらなかった。
暫くさび付いていた私の探求心が潮の様に押しよせ、それからここ数日は寝る間を惜しんで無詠唱魔法に没頭した。
―――
つい先日の事を回想し、リュージに教わったイメージを思い浮かべて魔法発動に集中する。
私が発生させた霧も先ほどのエーギルの顎でその殆どが消し飛んでしまい、その間隙を突く様に大量の暴食の悪魔が黒い波となって迫ってきた。
先行していた数匹が私の手や足に取り付こうとすぐそばまで来ていた。私はそれを無詠唱の局所防御魔法で弾き、そしてカオスローカストから離れる様に移動しながら詠唱を行う。
『―ハイドラシールド』
カオスローカストに追いつかれる一歩手前で私を包み込むような防御魔法を展開。ギリギリ間に合った。
私の展開した防御壁に無数のイナゴたちが押し寄せてくる。まるで自分の命を顧みず、ただひたすら私の障壁を食い破ろうと迫り、やがて私を取り囲んだ。
途轍もない数だ。数千、いや数万に達するだろうか。直ぐに私はイナゴの山に埋もれることになった。
この密度で絶え間なく攻撃されてはさすがの障壁もすぐに瓦解する。そして障壁を張り直すわずかな間に私は飲み込まれるだろう。
メラクはまさにそこを狙っているのだ。だからこそ、間断ない攻撃を仕掛けてきている。ここで勝負を決めるつもりなのだ。私の魔力量と虫の数、どちらが先に尽きるかの勝負。魔力が先に尽きれば私の負け。虫が先に尽きても、メラクはきっと逃走手段を用意しているはず。そうでなければ私に仕掛けて気はしないだろう。
正直、分が悪いなと思う。
でも、だからこそ、その油断が勝機になる。
私は水の障壁に守られている今の内に再度詠唱を開始。
『―ステルスフォグスクリーン』
トリガーワードを唱えたところで、障壁の外、私を中心に先ほど吹き飛んでしまった霧を再度発生させる。
「煙幕を張って攻撃の集中を避けようという魂胆だろうが無駄だぞ!この数のカオスローカストだ。お前の張った煙幕の範囲全てに満遍なく配置すればいいだけの事だ。お前は成すすべなく無様にイナゴの海におぼれて死ぬしかないのだ!」
私の狙いに気づいたのか、勝ち誇った様なやや気色ばんだメラクの声が聞こえる。全方位全てイナゴに囲まれた私からはその顔は見えないが。
確かに、私が発生させた霧によってメラクは私の位置を正確にとらえることが出来なくなったはずだ。
だけど私の狙いはそこではない。
イナゴに囲まれた障壁内で私は目を閉じて、先ほど発生させた霧に集中する。
そして先日、旅の途中で魔法の訓練をしていた時の事。リュージが指先から発生させた水を口にした時の出来事を思い出す。
―――
リュージがコップに注いだ水はひんやりと冷たかった。
「冷たい!?なぜリュージの水は冷たいの?どうやって?」
私は驚きのあまり、水を口に含んですぐにリュージに聞いた。
「あぁ。それね。冷たくておいしいだろ? 俺も最初は温い水しか作り出せなかったんだけど、最近温度の調整が出来ることに気づいたんだ。」
と少し得意げにまたとんでもないことを言ってのけた。
魔法で発生させた水の温度を変える?いや、確かに水魔法の根源魔法士は高温の水で敵を攻撃することが出来たという伝承があるが、それが事実かどうかは定かではない。
そんな伝説でしか語られない様な事をリュージはサラリと言ってのけた。
「さっき説明したとおり、水は目に見えないほど小さな水分子の集合体だ。そしてその水分子は常に振動している。それが温度だ。この振動の幅を大きくしてやれば温度が高くなり、小さくしてやれば温度が低くなるんだ。色々試したけど、温度を上げるより低くする方が少し楽なんだよね。たぶん温度が低い程エネルギーが低いから、その方が水分子を生成しやすいんだと思う。でもなぜか、常温の水が一番魔力量が少なくて済むんだよね。ちょっとこの辺はまだ研究中。」
リュージはそう言ってはにかんで見せた。
正直、リュージの言ったことは半分も理解できなかったけど、リュージの彗心眼を通して実際に魔法訓練していくことで実感できた。確かに、魔法で発生させた水の温度を上げたり下げたりすることが出来たのだ。
その事実に、そして温度を操るという着眼点にただ脱帽した。確かに、それができればいいと思った事はあったけど、温度を操る魔法は氷結魔法や灼熱魔法と言った一部の根源魔法でしか実現できないという固定観念があったのだ。だから、深く考察ができていなかった。
どこかで水魔法使いである私にはできないと最初から諦めていたのだとこの時気づかされた。
そんな伝説に語られるような魔法がこんなにも簡単に習得できるようになるとは思いもしなかった。
リュージも氷を作り出したり、沸騰させたりするほどには温度変化させられないようだけど、それでもこれは大きな発見だ。
リュージといると毎日が驚きと、新しい発見に心が躍るよう。
これ程魔法が楽しいと思えたのは何百年ぶりだろうか……。
―――
リュージのトンでも発言を思い出し、思わず笑みがこぼれた。
だけど、今は流暢に構えていられないと思いなおし、私は錫杖をかざして目をつぶる。
その時のやり取りで視た魔力のイメージを思い浮かべならが、残り僅かになりつつある魔力を先ほど発生させた霧の範囲に再び広げていく。そして、私の制御化にある霧の温度をゆっくりと下げていくように念じるのだった。
そうしてどの位立っただろうか。
濃い霧に包まれた私の周囲はいつの間にか静寂に包まれていた。
「どうだ。いい加減死んだか?」
メラクがそう呟くのが聞こえた。その声にはやや焦りがにじんでいる様に聞こえた。恐らく自分の操っているカオスローカストからの反応に異変を察知しての事だろう。
―――サクッ サクッ サクッ
私は魔法を詠唱しながら霧の中を進む。詠唱を口ずさむ私の息が白くなる。
私の周囲にはもはや障壁は無い。だが、同時に私を覆いつくしていた黒い悪魔もいなくなっていた。
いや。正確にはいなくなったわけではない。この霧の範囲内、地面全てに動かなくなったカオスローカストが敷き詰められていた。
私はそのカオスローカストの絨毯を踏みしめながら進んでいく。虫を踏みつぶす嫌な音が足元から伝わってくる。
虫は冬になると姿を消す。つまり、虫は寒い環境では生きられないという事だ。
だから私は発生した霧の温度を出来る限り下げ、カオスローカストの無力化をねらった。むしろそれ以外にあれ程の大量の虫をしのぎ切る術は思い浮かばなかった。
私が霧の温度を何処まで下げられるかは分からなかったから、正直賭けの様なものだったけど、霧を発生させると温度が下がるのはよく知っていたからどうにかなるんじゃないかと言う感覚もあった。
結果をみれば、予想以上の出来。私は賭けに勝った。
そして、メラクが油断している今ここで勝負を決める。
―――――
注;
作中に出てくる素粒子の数は標準理論によると現在17種となっています。
18種としたのは未発見の重力子を加えているためです。
また、原初の素粒子は作中の創作です。
(将来大統一理論が確立されればあるいは・・・。)




