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第2部 第20話 魔蟲使い

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



『森羅万象を司る主の住まうヴァルハラより出る神風よ、吹け 一時、天の光よ、その姿変え 一条の水刃となりて仇なすものを引き裂け』



 私の呟くような詠唱の僅かな間に鋭利な鎌が私の首元を狙って迫る。その鎌はミスリルソード並みの切れ味を誇ると言われるエンペラーマンティスが繰り出したもの。

 魔術師を相手に完璧なまでのタイミングだ。よく魔蟲むしたちをコントロールしているなと内心感心する。



「死ねぇ!」



 エンペラーマンティスの後ろに控えた狐人の男、メラクは血走り殺気じみた目でそう叫んだ。




 だけど私は身じろぎ一つすることなくそのまま魔力を高め魔法を構築する。

 トリガーワードを唱える前に寸分たがわず首めがけて薙ぎ払われたその鎌は、しかしその直前で金属音を伴い何かに弾かれた。



 ―――水の防御壁(ハイドラシールド)



 私の首元で生成された直径10センチ程度の小さな水の障壁に、メラクはこれでもかと言うほど驚きに目を見開いている。



『―ハイドロジェット』



 トリガーワードを紡ぎ放たれる水刃がエンペラーマンティスに放たれた。水刃に対してエンペラーマンティスは強靭な両腕の鎌で咄嗟に防御した。だが水刃はまるで紙でも切り裂く様に両腕を貫通し首を難なく両断。そしてそのまま奥に控えていた狐人を襲う。


 狐人は驚きながらも大きく後ろに飛びのいて躱した。



「バカな!無詠唱で極小のハイドラシールドを展開しただと!? しかもハイドロジェットとの二重発動! 水の根源魔法士ルートソーサラーではないお前がなぜだ!?」



 狐人の魔人、メラクはAランクにもなる自分の操る魔蟲むしが絶命したことなど気にも留めず私に指をさして激高した。



「……最近 水の根源魔法ルートマジックに目覚めた。」



 私がとぼけた顔でそう回答すると、メラクは額に青筋を浮かべた。



「ふざけるな!そんな事あるわけないだろうが!そもそも “神角”を失ったお前が根源魔法ルートマジックを使える筈はない! にも拘わらず、なぜ無詠唱でしかもシールドの形状を制御できる?それが無ければ勝負はついていたはずだ!」



「……」



 メラクは唾を吐き散らして喚きたてた。

 たしかに、メラクの指摘は至極まっとうだ。本来、魔法使い(マジックキャスター)単体で戦闘を行う場合、何よりもまず初めに敵の攻撃の前に効果持続型の防御魔法を発動することが最も重要だ。接敵してから詠唱を行うのでは到底間に合わないからだ。それが魔法戦の常識。



 だからこそ、メラクはここに来るまでに暴食の悪魔(カオスローカスト)を私にけしかけ続け、張っていた水の障壁の効果が切れるタイミングを待っていた。案の定、メラクはそのタイミングでエンペラーマンティスと共に私の前に現れた。効果持続型の防御魔法を張り直すための詠唱の時間を与えない絶妙なタイミングに。



 通常、障壁を張っていない状態で敵と対峙したならは直ぐに効果持続型の防御魔法を詠唱するのが定石だ。つまり、敵の攻撃と防御魔法の詠唱速度のどちらか早い方が勝利する単純な戦闘になる。その状態に持ち込まれた時点で防御魔法の詠唱が間に合う保証はなく、攻撃側が圧倒的に有利な状況だ。


 だけど私は防御魔法ではなく攻撃魔法の詠唱を始めた。だから、メラクはその時点で勝利を確信したに違いない。




 それに加え、私は敵の攻撃に合わせて極小のハイドラシールドを無詠唱で発動した。

 単体中級防御魔法のハイドラシールドは通常術者の全周を取り囲む様に水の障壁を生成する魔法だ。詠唱も、その発動イメージも固定化されているため、強度を変えることは出来るが形状を変化させることはほぼ不可能。出来て、障壁の直径を変える程度だ。

 私が発動した様な極一部分だけ局所的に発動できるのはルートソーサラーくらいなものだろう。



 だからメラクはあれ程に驚いたのだ。





 何だかメラクの驚き様を見て、少しおかしくなり思わず笑ってしまう。



「!?何がおかしい!?」



 メラクが目を血走らせて私を叱責する。



「……別に。貴方に笑ったわけじゃない。」



「バカにしやがって!ソワレ、お前のその何者にも興味なさそうな眼で人を見下す態度がいつも気に食わなかったんだ。」


 私の言葉に勝手に激高するメラクに眉を顰める。



 先ほどの回答は私の本心。

 驚くメラクを見て、数日前までこんなことが出来る様になるなんて想像すらしていなかった自分と同じだと思い、おかしくなっただけ。




 そう。私が無詠唱魔法を使える様になったのはつい先日(・・・・)の事。





 ―――



 あの攫われた少女に出会う前、リュージ達とプギの街を目指していた数日の間の出来事。





「―――ソワレ。その“何者をも~”の詠唱ところの魔力操作はもう少し魔力を溜めて絞る感じで。ソワレにも見えるだろ?俺が視ているソワレの魔力が。……そう、その調子。」



 リュージは何のことは無い顔でそんな突拍子も無いことを言った。



 確かに『魔力が視えるなら、私の魔法の悪いところを見て指摘できるはず。』と言って、リュージに魔法の手伝いをお願いしたのは私だ。

 だが、まさか自分の魔力の流れ(・・・・・・・・)を視ることが出来る様になるとは想像すらしていなかった。



 最初はリュージが私の魔力の流れを視て、こうした方がいいだとかああした方がいいだとか、口頭でのアドバイス程度にとどまっていた。それだけでも十分に魔法発動の効率は上がったけれど、リュージは納得しなかった。


 そして『なら、俺が視ているものを共有するよ。』と言って、徐に私の手を取りリュージが瞑想に入ったかと思えば、何とリュージの視界がイメージとして流れ込んできたのだ。





 その行為にリンが横で何かを言っていたけど、そんな事気にならない程、私は内心で衝撃を受けた。





 そして、リュージの指導を受けるうちに、魔力が視えるという事がどれほど有用なのかという事を私は痛感した。



 何しろ、今までは魔法の改善、開発を行うには手探りで詠唱に伴ったイメージを構築して魔法を発動、評価していたのだから。

 魔法発動までのプロセスは完全にブラックボックスなわけだから、どうイメージを変えればよりよくなるのかは魔力暴走のリスクを冒してトライアンドエラーを続けるしかなかった。

 魔人は多少の魔力暴走で肉体が傷ついても良い分、魔法開発においては遥かに優位だ。だから魔人は他種族よりも遥かに魔法に秀でているのだ。それが魔人の最も大きなアドバンテージと言っても過言ではない。

 それでも、魔法の改善、開発は手探りだ。



 だが、リュージの眼はそれを根底から覆した。

 しかも、リュージの見た視覚情報を他人にイメージとして共有できるというのだから、悠久ゆうきゅうの時を生きる私でさえもこれ程衝撃を受けたことは無い。


 まるで新しい世界が開けたような気持ちになった。




 リュージの眼。彗心眼と言ったか、とにかく控えめに言っても規格外の能力。




 リュージの眼は魔力の流れだけでなく、魔法に変換される様子、そのタイミングと反応部位、発動に至るまでの体外放出過程や放出された魔力が魔法として顕現する様子まで詳細に視ることが出来た。


 魔力の流れが滞っている箇所を改善し、魔法に変換するときのイメージの改善、そして魔法発動箇所の視認による位置指定を行う事で、魔法効率が劇的に改善し、魔法の局所発動が可能になった。



 さらにこのリュージの眼が恐ろしいのは、この視覚情報を共有した訓練によって、今まで詠唱と紐づけていた魔法発動イメージが視覚情報に置き換えて発動イメージを構築できるようになった点。

 詠唱と言う“言葉”ではなく、繰り返し見た自分の魔力の流れの“視覚情報”に関連づけて魔法発動が出来る様になるという事だ。



 根源魔法士ルートソーサラーが無詠唱魔法を得意とするのは、自分の適正属性の魔力に対して感受性があるからとされている。

 実際、私の“質量操作”はなんとなく自分の魔力を感じることが出来るのだ。だからある程度自由に、無詠唱で発動が可能。それでも何百年とかけて試行錯誤してようやく手足の様に操ることが出来る様になったのだ。

 だけど、それ以外の属性の魔法、私の場合は“水属性”の魔力は全く感じられない。だから、質量操作魔法以外の魔法は多くの魔法使い(マジックキャスター)と大した差は無い。



 しかし、リュージの眼は全く存在を感じられない魔力を可視化する。


 もちろん、私自身が水の魔力を感じられるようになったわけではないから、リュージの眼なしでは応用は難しいけれど、何度かリュージの眼を通して発動した魔法は詠唱の代わりにその時の視覚イメージを思い浮かべるだけで発動が可能となる。



 そして、実際私はこの旅のわずかな間に水の障壁魔法を無詠唱で発動できる様になった。そんな私の手を取って自分ごとの様に喜んだリュージの笑顔がはっきりと瞼に焼き付いている。




 ―――




 私を指さして罵倒するメラクを横目に見ながらそんなことを回想する。




 しばらく罵倒を聞き流しながら、静かに嘆息する。


 正直、先ほどの一発でメラクに致命傷を与えることが出来なかったのは痛手だ。膨大な魔力を生成する“神角”を失くした今の私では持久戦に持ち込まれると分が悪い。



 仕方ない。

 出来る限り短期決戦で行くしかない。



 そう思い直して詠唱を始めた瞬間に流石にメラクも動いた。




「そうやすやすと魔法を発動させると思うなよ!」



 そう言って、メラクは何の躊躇もなく自分の右腕を根元から引きちぎり、前方に放り投げた。放り投げたその腕が空中で大きく膨張し、球体を形成。その球体は巨大化しながらも次第に細部に凹凸が生まれ、みるみるうちにそれら凹凸が頭や胸、足を形成していく。



 そして一瞬のうちに、目の前に全長5メートルはある巨大な蜘蛛のバケモノが現れる。



「食らいつくせ。土蜘蛛。」



 私の詠唱が終わる前にその巨体が超速で迫り、その牙を私に突き立てようとする。

 流石にこの攻撃は水の防御壁ハイドラシールドの局所発動では防ぎきれないと判断した私は、リスクを承知で詠唱を中断し、防壁に魔力を注ぎ前方に大きな障壁を張る。



 ―――ガキィン!ドンッ!



 私の咄嗟の防御壁ではその巨体の突進は防ぎきれず、数秒と持たずに破壊された。私はその間に後ろに大きく飛びのき詠唱を素早く行う。


『森羅万象を司る主の住まうヴァルハラより出る風よ吹け 瞬き 風よ その姿変え 水霧と成りてわが身を隠せ。 ―ステルスフォグスクリーン』



 その瞬間、辺り一帯が濃い霧に包まれる。



 メラクが呼び出した魔蟲むしは土蜘蛛。魔大陸の奥地に生息し、その名の通り土属性魔法を扱う。ミスリルに匹敵すると言われる強靭な外骨格を持つSランクに指定される魔物だ。流石奴の片腕に寄生させていた魔蟲むしと言ったところ。

 正直、今の私では正面から戦えば分が悪い。




 ただ、土蜘蛛には唯一と言っていい弱点が一つある。奴の視界は私達の眼とは違うものを見ているようで、確かに暗闇であっても的確に敵を補足するが、冷たい濃霧では完全に敵を見失うのだ。


 だからこその濃霧。



「くそっ!?小癪な!土蜘蛛!なりふり構わず全周攻撃をしろ!」



 濃霧の向こうでメラクの苛立つ声が聞こえる。

 それに合わせて土蜘蛛はその身を一瞬縮こませると背の上に光の環が現れ、直後そこから全方向に向けて無差別の土杭が次々と放たれた。


 その数は数十を優に超え数百になろうかと言うほどの途轍もないもので、土蜘蛛を中心に濃霧に包まれた周辺の木々は根こそぎなぎ倒され、粉々に砕かれる轟音が響く。




 ……土蜘蛛はSランクの魔物だ。正直脅威だが、操る者があれではむしろ哀れに思えてくる。


 そんな事を思いながら時折私の方へ飛んでくる土の杭を水の防御壁ハイドラシールドの局所発動で受け流す。私の局所的な防御壁ではあの杭を正面から受けることはできない。だから、斜めに受ける様にしてその軌道を逸らすことに集中する。


 これもリュージの発案だった。

 局所発動が出来るという事は、障壁の角度も自由自在に調整できるという事だ。今まで術者を中心に円柱状、もしくは球状にしか発動できなかったため、斜めに障壁を張るという発想すら思い浮かばなかった。

 だけど、この効果は劇的だった。恐らくこれまでの魔力消費の100分の一程度の魔力消費で済んでいる感覚がある。




 奴が無駄な無差別攻撃をしている間に私は小声で詠唱を開始する。



『森羅万象を司る主の住まうヴァルハラの 七門 開きその輝きを灯せ 天に輝く神の国 四方の一柱 水神エーギル 巨大帆船 スキーズブラズニルより轟く水刃 如何なる巨船をも貫き大海を割り大地を切り裂く 我に宿りし七門の光を供物にその顎にて敵を穿て!』




 前方にかざした錫杖の先に光の環が形成され、光り輝く。

 土蜘蛛の位置はこの濃霧の中であっても私は手に取る様に分かる。なぜなら、この濃霧自体が探知魔法を兼ねているから。霧中の水分を持ったあらゆる物体を把握できるのだ。



 恐らく魔力量的にこれを逃すと厳しくなる。

 慎重に、寸分たがわずに狙いを定め、そして魔法を発動する。



『―エーギルの顎ハイドロ・デ・アグヘロン!』





 ―――キュイィィッ ドゴォォオオォオ!





 直後、直径一メートル程の水柱が射出。それはドリルの様に捻じれながら数メートル先で10センチ程度まで収束され、恐ろしい速度で放たれた。それに伴い爆音と衝撃波が発生。


 その衝撃波に周囲の濃霧が一瞬にしてかき消される。そしてその先にあの土蜘蛛が見えた。




 ―――ギシィアアァアャアア!




 頭部から腹まで一直線に貫かれ大穴を開けた土蜘蛛が断末魔の悲鳴とともに崩れ落ちたのが見えた。



 そして、その後ろ。

 半身をえぐり取られ大量の血を流しながらも怒りの表情で私を睨むメラクと目が合ったのだった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



お待たせしました。

申し訳ありませんが、もうしばらく不定期投稿が続きそうです。

ご容赦ください。

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