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第2部 第18話 真覚醒

遅くなりました。


第三者視点が続きます。


――――


◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 重い……。


 体だけじゃない。意識がもうろうとする。




 ―――ッ―しろ!


 ―――メだ―――また―――るぞ!



 誰かが叫んでる。

 その度に私の体が揺らされる。



 体は全く動かない。いいえ。もう私の体じゃなくなってる……そんな気さえする。



 まるで夢であるかのようにふわりとした意識の中、時折強烈な痛みが走る。

 私の体はもうないはずなのに。

 夢だとしたらきっとこれは悪夢。




 自分の体が悲鳴を上げているのに、まるで他人事のようにそんなことを思う。



 何でこんなことに……?そう意識したところでぼんやりと思い出す。






 ああ……そうだ。


 私、あの祭壇みたいなところに寝かされて、それで……。



 あの後、何か得体のしれない気持ち悪いものに飲み込まれて―――



 ―――ゾワリ



 その事実・・を思い出して、途端に血の気が引いた。



 ―――怖い……怖いよ。



『……誰か……助けて。……お兄ちゃん』



 私の心の叫びは誰にも届かない。




 忘れもしない。村が襲われたあの日の記憶が蘇る。

 かまどに隠れその隙間から覗いたあの光景。親兄弟が魔物に襲われるのをただ声を殺して見ている事しかできなかった。

 それ以来、私の声は誰にも届かなくなった。





 そして私は今、あの時と同じくらい、いえ、それ以上に怖いことに巻き込まれている。そう自覚したら、あの時のトラウマが蘇り、私の心を蝕み、締め付けて拘束する。




 時折訪れる痛みに恐怖して、身を縮める様に目を閉じ心も閉ざしていれば、周りの喧騒もやがて聞こえてこなくなった。

 あの時と同じ。



 そうしているとどんどんと辺りが暗くなり、やがて暗い海の底に引きずり込まれる様な感覚に落ちていく。





 もう……いいや。


 もう怖いのはイヤ。このまま沈んでしまえばいい。



 私なんていない方がいい……













 ―――…リスタ――起き―――






 何だろう?


 どこかから声が聞こえる気がする。とても暖かい声。





 ―――クリス―――クリスタ!起きるんだ!




 !?

 お兄ちゃん?


 間違いないお兄ちゃんの声。



 どこに居るの?




 そう思って見渡すと、いつの間にか自分が真っ暗な空間に居ることに気づいて、ビクリと体を震わせる。



 ―――こっちだ。こっちを見ろ!



 お兄ちゃんの声が縮こまる私に安心感とほんの少しの勇気をくれる。



 その声のする方を見上げれば暗闇の空間に一つ輝く光が見えた。


『あそこに行かなきゃ。』



 自然とそう思えた。


 体の動かし方もどうやったら進めるのかも分からないまま、でも必死にもがく様にあの光へ向かって進む。







 ようやく光の近くまでたどり着くとその向こうに景色が見えた。


 そこで目を開ける。




 今の今まで自分が眠っていたことにすら気づかなかった。


 だけど、目を開けて光の向こうに見えていた景色が現実に起こっていることだとようやく気付けた。




 そこには私の知らない人たちが私が取り込まれた何かと戦っていた。

 皆息が荒く傷ついていて、むこうを見ると何人か倒れている人も居た。



 でもそれ以上に私の目を引いたのは私の近くに横たわる白銀の狼だった。


『……シルバ?』



 間違いない。

 毛色は私の知っている灰色ではないけど、あれはシルバ。でも血だらけで今にも死んでしまいそうなほど弱っている。



 そして同時に気づく。

 あれはお兄ちゃんがいつもはめていた魔道具。あの魔道具が私を呼んでいた。


 その魔道具が淡い光を放っている。その光は私にはとても懐かしく心強く映った。







 そして、それに気づいて涙が零れた。



『……ああ。そうなんだ……。』







 私は確かに今、魔道具の光にお兄ちゃんを感じた。お兄ちゃんに呼ばれて意識を取り戻せた。



 そして、今の状況を見て気づいてしまった。きっとそれはそう言う事。







 私と戦っているみんなの動きを見ればわかる。



 みんなが攻撃するとき、このバケモノは私を盾にするように動くの。その度にみんなが攻撃を中断する。

 そして近くに倒れているシルバをどうにか助けようと動いているのもこの位置からなら良く分かる。



 みんな私を助けようとしてくれている。

 でもこの場にシルバだけが居て、お兄ちゃんが居ないってことは、そういう事なんだ。




 ……もう、お兄ちゃんはいない。





 そして、私は人質。







『まただ。』



 私は5人兄弟の末っ子に生まれた。私は昔から体が小さくて弱かったから家族の役には殆ど立てなかった。だからいつも家のすみに居て、何もできずに座っていた。

 いいえ、私が居ると邪魔だったから何もするなと言われていた。


 今思えば家族は貧乏だったから、役に立たない末の娘を養うのはただの重荷だったのかもしれない。むしろ、あの年まで奴隷として売られずに家に残されていただけでもましだったと思う。



 そんな役立たずの私を庇ってくれたのはエンリケのお兄ちゃんだけだった。私の一つ上のお兄ちゃん。エンリケのお兄ちゃんだけは私をいつも気にかけてくれていた。



 そして、魔獣のスタンピードで唯一生き残った私を引き取り、孤児院の養育費もお兄ちゃんが全部面倒を見てくれた。





 それなのに……私は何もできなかった。声が出せないから、孤児院の手伝い位しか出来ることは無かった。この年なら皆どこかに住み込みで働きに出ているのが当たり前。


 正直言うと、声が出ないことを言い訳にしてたのもあった。






 今思えば私はいつも誰かに守られてばかり。


 どうせ私は役立たず。

 だから、何もしない方がいい。



 そう思って、ずっと下を向いて生きてきた。

 自分で何かをしようとはしない。いつも根暗で後ろ向き。


 ずーっとそうやって生きてきた。





 私はそんな自分が嫌いだった。







 だからかもしれない。

 突然さらわれて牢屋に閉じ込められた時、同じ牢に入れられた年下の女の子を助けようと思った。

 あの時が人生で初めての事だったかもしれない。私が私の意志で何かをやろうとしたのは。





 でも、結局それも無駄だった。

 いえ、むしろまた皆に迷惑が掛かってしまった。


 この場に居る人たちは、きっとあの子の匂いを辿ってここまでたどり着いたのだろう。子供のころから一緒に居るシルバの鼻が利くのはよく知っている。





 私なんか助ける価値はないの。


 私のせいでみんなが傷つくのは見たくない。だからお願い。


 お願い……


 みんな私なんか構わずに攻撃していいから。





 それより、さっきからずっとシルバが動かない。

 兄弟同然に育ったシルバが死んじゃうわ。お兄ちゃんを失って、シルバまでいなくなったら私……。




 お願い。私なんかよりシルバを助けてあげて!





 ……でも、私の想いは声にならない。








 ―――マックス!そっちの腕を無力化してくれ!


 ―――今やってんよ!


 ―――ウィンドブレード!


 ―――クソ!シルバに近づけない!


 ―――また来るぞ!避けろ!





 ……





 私の叫びは誰にも届かない。

 だから、これは自分でやらなきゃならない。






 最後くらい。少しくらい。みんなの役に立つことを、せめてシルバだけは……








 見れば私の体はほとんどこの気持ち悪い腐肉と一体化していて、出ているのは顔と肩から肘までの部分だった。


 どうにかもがく様に肩を捻って肉に埋まっていた肘から先をひねり出す。



 右腕が自由になったところで今の私には出来ることはほとんどない。

 だけど今はこれで十分だった。




 右腕を目一杯伸ばして腐肉から一本突き出ている木の棒を握る。そして引き抜く様に力を入れていく。



 ―――痛い!痛い痛い!



 少し力を入れるだけで身を割く様な痛みが走る。

 それでも、それでもさらに力を込めて―――抜けた!





 引き抜いたその棒の先には緑色の血がついた鋭い金属の矢じりがあった。

 そう、それはこの化け物に向けて放たれ突き刺さった“矢”だった。






 そしてヤジリが自分の方に向くように矢を持ち替える。






 ゴクリと唾を飲む。




 正直怖い。


 でも、これが今私に出来るただ一つのこと。



 役立たずの私が居なくなればみんなが傷つくことはもう無い。

 いつも誰かの足を引っ張るだけ。今回のこともそう。


 最初私を攫ってずっと牢屋に閉じ込めた犯人たちの目的が何なのか分からなかった。声を発することが出来ない私なんか攫っても何の価値もないはず。


 あるとすれば……それはきっと人質。


 きっとお兄ちゃんは私のせいで……。






 だから、もうこれ以上私のせいで誰かが傷つくのはイヤ。







「クリスタ!ダメだ!」






 

 黒髪のお兄ちゃんが私を止めようと叫んでいた。

 ああ、きっとあの人がお兄ちゃんの手紙に書かれていた人なんだろう。お兄ちゃんの大事な親友だって。



 でもごめんなさい。


 私は心の中で謝って、そして―――矢じりを自らの首筋に突き立てた。




 ―――ズシャ




 「……さよ、ぅなら…お兄ちゃん……。」






 ははは……最後に声が出るなんて、なんて皮肉。


 いえ……違う。声を出せなくしていたのは私自身の弱い心。覚悟があればいつだって声が出せたってことね……




 ……ああ、最後にお兄ちゃんに聞かせたかったなぁ……。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆







 私が思い出せる最初の記憶は、鬱蒼と茂る森の景色だった。



 それ以前の記憶はない。

 親の記憶も無い。仲間の記憶も無い。



 気づいたときには突然一人森に佇んでいた。





 訳も分からずたった一人森をさまよい歩いた。

 体が小さく、非力だった私は魔物に追われ、空腹に苛まれてボロボロになった。


 そんな時に出くわしたのは、私によく似た二本の尻尾を生やした灰色の狼の群れだった。



 当初は威嚇され攻撃されかけたが、私があまりにも小さく無力だったからか、向こうは私を捕食しようとまではしなかった。

 今思えばたまたまそのとき腹が満たされていただけだったのだろう。事実、狼たちが去った後に残った残飯にありつけたのだから。





 それ以来、私はその狼の群れの跡をついて回る様になった。その群れは森の生態系の上位であり、群れといるだけで身の安全が確保できてたまに残飯にありつけたからだ。


 イヤ、たった一人で狩りも出来ず行く当てもなくさ迷い歩くことしかできなかった私は、同じような姿をしたその群れにただすがりたかっただけなのかもしれない。

 





 遠目にその群れの後を付け回す日々。



 仲間でも、まして家族でもない群れに取り付き、ハイエナのようにただ生きるだけの日々。



 暫くそんな日々を過ごしていたが、そんな私に対して鬱陶しいと思ったのか、次第に死には至らないまでも狼たちから攻撃を受けることも増えた。

 もしかしたら私の体が次第に大きくなっていくことで群れとして危機感が募ったからだったのかもしれない。





 そしてある時、私が寄生していた群れが巨大なクマの魔獣に襲われた。人間の言葉ではジャイアントグリズリーと言ったか。


 その魔物から逃れるために狼の群れは私を囮に使った。







 命からがらどうにか逃げ伸びたまでは良かったが、重傷を負い、やがて私は力尽きた。

 何と短くつまらない生なんだとただ判然と思い死を待つのみだった私のもとに赤髪の少年が現れたのだ。





 その時、私はそこで死を覚悟した。

 群れや森の動物、魔獣でさえも最も恐れていたのは人間だったからだ。



 だが、その少年は私を拾い上げて山小屋に連れ込み傷の手当てをしてくれた。

 そればかりか、温かい食事まで与えてくれた。





 私はその少年の優しさと温もりに触れ、いつの間にか警戒心をなくしていた。

 怪我が感知するまでその少年は何度も小屋に足を運び、甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。


 その少年の名はエンリケといった。






 それ以来、私はエンリケを主人とし、ずっとついていこうと決めた。



 やがて妹のクリスタも山小屋に顔を出すようになり、子供のころからよく一緒に遊んだ。





 そうして私にはだいじな居場所ができた。いつしか私たちは家族と呼べるものになっていた。






 私が成長するにつれ、次第に主人の言葉が理解できるようになっていった。

 私と同じ種族だと思っていたあの狼の魔獣はムーンウルフと言う種族で、言葉が理解できるようになったころから、私とは根本的に違う種族であることが本能的に理解できた。









 そして、主人と冒険者として活動し始めたころ、あの事件が起こった。急いで村に駆けつけ、匂いを辿ってクリスタを救出できたのは幸いだった。


 その時主人は言った。


『妹を、クリスタを守れるように二人でもっと強くなろう。』



 主人は私の目を見て、“二人で(・・・)”と確かにそう言った。

 両親を知らない私だったが、主人と暮らすうちに家族の大切さが分かった。だから私も心の底からそう思った。








 だが、私達の夢は一人の人間によって砕かれた。





 人間は狡猾でずるがしこい。

 誰もかれもが他人を利用し、蹴落とし自分だけが甘い汁を吸おうとする。


 正直、ムーンウルフの群れの方がまだ優しいと感じる程。




 そんな人間社会の中でも飛び切りくさいにおいを放っていたグロリエルという男に私たちは目を付けられてしまった。



 それ以来、私達の行動を尽く邪魔し、仲間まで手を出した男。



 思い起こせばグロリエルという男本人から直接嫌がらせを受けたことはなかった。だがその事件のほとんどにグロリエルの匂いを感じた。

 だからあの男が全ての元凶であろうことは薄々感づいていた。だが、それを主人に正しく伝えることが出来なかったことが私の大きな後悔となった。








 あの日。

 巨大な蛇の化け物と戦った直後だった。



 主人は深刻な顔をして一つの手紙に目を落とし、たっぷりと時間をかけた後にしゃがみ込み私に言った。


『いいかシルバ。俺にもしものことがあったらリュージに知らせてクリスタを守るんだぞ。』と。


 主人が誰かに妹を託すことなど今まで一度も無かった。だから、その言葉の重みが理解できた。それと同時に私の中で不安が渦巻いた。主人が居なくなってしまうのではないかと。




 そして私の不安は的中してしまった。










 主人が谷に落ちていくのを見て、胸に穴が開いてしまったかのような喪失感を感じた。これはきっと人間の言葉で“悲しみ”と言うのだろうか。



 だが、主人は最期まで戦った。戦い抜いた。

 そして最期に私に叫ぶように言った。『逃げろ』と。『逃げて、リュージに伝えろ』と。




 この身が朽ちようとも主人の最期の頼みを聞き届けなければならない。そう思って私はがむしゃらに走った。

 この胸の苦しみに比べれば、グロリエル達に痛めつけられた自分の体の痛みなど全く気にならなかった。




 そして目的を果たした私はそこで命を諦めようとした。

 だが、あの二匹の呼びかけに新たな感情が沸き上がった。



 その時思い出した。

 主人は私と出会ってからずっと、唯一の家族と言える妹のクリスタを大事にしてきた。



『俺達で強くなろう。』と、そう主人と誓ったはずだ。





 このまま死ねば、主人の最期の望みを叶えることはできない。せめて、せめて主人の妹、私達の家族を助けなければ。


 いや違う。私自身が家族を助けたい。


 だから死ねない。そう思った。










 そう強い覚悟を持ってようやくここまでたどり着いた。私の目の前にクリスタが居る。手を伸ばせば届きそうな距離なのに。




 どうにもこれ以上、体が動かない。


 グロリエルから主人の大事な魔道具を奪い返した時、生まれ変わる様な体の変化を感じ、何物をも寄せ付けない万能感すら感じたのに。高々、バケモノの一撃で動けなくなるとは何と情けない事だろうか。

 いや……体が変化したときにほとんどの力を使い果たしてしまったのかもしれない。





 ――――――





 意識を失い、しばらくしてまた覚醒し、また意識を失う。

 そんな判然としない意識の中、いつの間にか時間がたってしまったようだ。



 ふと気づいたときには意識を失っていたはずのクリスタが目を覚まし、そしてその手に矢を握っていたのだ。





 ―――ああ!だめだ!いけない!





 私の心の声もむなしく、クリスタが矢じりを自らの首元に突き立てた。






 ダメだ。ダメだ!

 大事な家族の命が失われてしまう。そんなことになれば主人が報われない。



 今すぐにでも助けなければ。



 こんな時に私は何をやっている?



 ここまで来て、何を寝ている?





 心がどうしようもないくらいに急いているのに、だが体は言うことを聞かない。



 その事実に、自分が弱いという事実に、主人の約束を果たせない自分に、どうしようもないほどの怒りがこみあげてくる。


 まるで、心が焼けるようだ。










 そんな時だ。


 地に伏せて動けない私の耳元で誰かが話しかけてきた。不思議な声だ。直接頭に響く声。


 前を見ればそこにはあのチクチクと小さな幼龍が私の目をのぞき込む様に目の前に居た。


 そしてその二人の目に意識が吸い込まれるような感覚がして……気づけば周りはまるで時が凍り付いたように動きの一切が止まっていることに気づく。





 ―――





 周りが急に止まったことに困惑していると、目の前に居た二匹が座って話しかけてきたのだ。





『シルバや。聞こえるか?』


『なんだこれは?それになぜ話が出来る?』


『まぁ聞くのじゃ。おぬしは先ほどの真生によって精神体アストラルとなった。ここはその精神世界アストラルスペースと言ったところじゃよ。』


『精神体?』


『いわば、精霊の様なモノじゃな。ほれこっちのトカゲと同じようなもんじゃ。』


『フン。我がトカゲなら、さしずめお主はドブネズミといったところか。』


 私が質問したところで割り込んできたのはその隣にいた幼龍。その返答に二人は言い合いを始めた。


 余りにも突然なことで何が起こっているか理解できない。



『ちょっと待ってくれ。今は呑気に話している場合ではない。今すぐ出してくれ。彼女を助けなければならない。』


 私の発言に先ほどまで言い合いをしていた幼龍がその金色の目を鋭く光らせて言った。


『シルバよ。ここは精神世界と言ったはずだ。現実の時間はほぼ止まっておる。それに、戻っても今のお主では何も出来まい。それとも戻って無様に何も出来ぬまま終わるのを待つか?』


 そう言われてしまうと何も言い返せない。


『だが、今の私にはその力が無い……』


 そう呟き俯く私を見てチクチクが前に歩み出た。


『まぁそう悲観するな。お主次第ではこの状況を変えられるかもしれぬ。その条件が整って居るが故、お主をここへ呼んだのじゃ。』


『!?そんなことが出来るのか?』


 私の問いにチクチクは得意げに胸を逸らした。


『まぁ。普通は出来ぬな。だが、この状況でなら可能じゃ。このわしに不可能は無い。』


『フン。どの口が言うか。この我の力なくばこの空間ですらままならなかったものを。』


『まぁ、細かいことはいいじゃろ。考案者が最も尊とばれるのが常じゃからな。わしの偉大さは揺るがぬよ。』


『フン。めでたいオツムよ。』


『トカゲは放っておいて、今は時間が無い故、要点だけ告げるぞ。お主が望むなら、エンリケの魂と融合し力を得ることが可能じゃ。幸いその魔道具にそれが宿っておる。寿命と引き換えにじゃが、おぬしはそれを望むか?』


 ……全く荒唐無稽な話だが、それが可能かどうかは関係ない。答えは最初から決まっている。


『この状況を変えられるなら、私が差し出せるものは全て差し出そう。』



 その答えにチクチクだけでなく幼龍も首を縦に振る。



『その答えやいさぎよし。太陽が沈む前に始めるぞ。』

『うむ。シルバよ。おぬしは運が良い。満月と太陽が重なるこの瞬間でしか叶わぬ願いぞ。』




 そう言って二人が何やら呪文を呟き始める。しばらくすると腕にはめた魔獣の円環が輝きだした。




 その輝きに懐かしい匂いを感じたその瞬間、私の意識は喪失した。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆


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