第2部 第17話 もう一つの魂
『その息吹は山をも削り、ひとたび舞えば天地を揺るがす大嵐を呼ぶ 我に宿りし七門の光りを供物にその力の一角を示せ! ―神嵐烈槌!』
上空から押し寄せる空気の壁がその円柱の内側に閉じ込められたグロリエルだったバケモノを押しつぶそうとする。
リンの放った戦術級魔法だ。
―――グオォォオオオォ!!!
それに抗うように雄叫び上げるバケモノ。想像を絶するような力で空気の壁を突き破ろうとしている。
「くっ!大きすぎるわ!」
リンの整った顔が歪む。
その後、内部に発生した竜巻も、その巨体が故に空気を攪拌できないのか以前よりもかなり威力が落ちている。
―――グアアア!
その瞬間、グロリエルを閉じ込めていた風の檻が崩壊した。
本来なら、戦術級魔法―神嵐烈槌は内部で発生した竜巻が紫電を生み出し、灼熱地獄となって対象を消し炭にするまで攻撃が続くはずだったが、グロリエルを浅く切り裂いただけで解除されてしまったのだ。
「また来るぞ!」
ギルマスの呼びかけに全員が散る。
その直後、俺は慌てて横に飛び、かすめるように紫煙のブレスが通りすぎた。
周りを見渡せば皆肩で息をしていた。顔色も悪く、動きが鈍くなっている。
その原因はブレスの跡から立ち込める紫煙と、あのバケモノの体表を覆うヘドロのような緑色の液体だ。
毒。
即効性は低いようだが、じわじわと全員の体力を奪っていく。辺りを見れば空の瓶が転がっていた。既に手持ちの解毒薬やポーション類は使い切っていた。
ソートアーツを使える者は多少毒の回りを抑えられているようだ。ボブやリンは出来る限り風や砂の防壁で安全地帯を作ってしのいでいた。
チクチクはリンの肩の上、ファルは毒が利いていないようでリンの防壁に近づくカオスローカストを時々ミニブレスで焼いて防衛を援護していた。
だがその安全地帯も、時折放たれるブレスの度に崩される。
この場で自由に動けるのは、なぜか毒耐性がある俺とソードアーツで毒を軽減できるギルマス、マックス、シャスティン、そして常に冷気で身を護っているシルバのみだ。
動ける前衛組が主体となってあのバケモノに攻撃を加えているが、それも奴の異常な再生能力のせいでほとんど効果が無いようだった。
俺はと言うと、正直あの巨体に苦戦していると言わざるを得ない。
あれだけ体が大きいと相手の重心を利用する無幻水心流との相性は最悪だ。唯一ダメージを与えられるのは右手のブレードのみ。
だがそれも再生能力の前には効果が薄い。
この中で唯一ダメージらしいダメージを与えられているのは氷結魔法を纏うシルバだけだ。
こうなる前のグロリエルがそうであったように、凍らせた部分は再生しない。だからシルバの攻撃のみが俺達の唯一のダメージソースと言ってもいい状況だ。
しかしその頼みの綱であるシルバの動きが鈍くなってきている。
シルバはまだ氷結魔法を上手く操れないのか、凍結させるには相手に噛みつく必要がある。だが、噛みつく度にヘドロの毒が体内に回るためか、さすがのシルバもただでは済まないのだろう。
この状態を抜け出すために無理をして放ったリンの戦術級魔法だったが、それも思ったほどの効果は得られなかった。
物理攻撃もすぐに回復され、魔法も効果は薄い。こちらは徐々に毒に侵されていく。
正直言うと万事休すだ。
唯一の救いはあの暴食の悪魔の攻撃が緩んだことだ。この紫煙のせいもあるだろうが、ソワレが術者を追っているためと考える方が妥当だろう。それはつまりソワレが術者を追い詰めている証拠だ。
だとしたら、今俺達がまだ生き長らえられているのはソワレのおかげという事になる。 だが、あれだけの虫の攻撃を一手に引き受けているとすると……そちらも心配だ。
いずれにせよ、このままではジリ貧だ。何か突破口を見出さなければ。奴の弱点をあぶり出すんだ。
「ギルマス!マックス!弱点を探る。すこしの間持ちこたえてくれ!」
俺の声掛けに一瞬逡巡したが、無言のままグロリエルへ攻撃を続けた二人を確認して瞑想に入る。
時々襲ってくるカオスローカスト対策に電磁フィールドだけは解除できないが、それも先ほど魔法メニューに登録されていたのを確認し、オート発動に切り替えている。
構えを解くと目を閉じた。
肩の力を抜き、腕、胸、背中、腹、腰、足と意識的に脱力していく。
深呼吸を繰り返して荒い呼吸を整える。
次第に周囲の戦闘音も遠のいていく。
そこまで来た段階で彗心眼を発動。自分の霊子結晶に集中する。
アニマの脈動、色、流れをつぶさに観察し、その中にたおやかなアニマの流れを視る。
深い海に沈んでいくように自分自身に没入し、深い瞑想に入る。
深い蒼い海の底に沈んでいく感覚。
心地いい。
その状態で、自分のアニマを見つめ直す。
俺のこの彗心眼は不思議だ。
普段は俺の肉眼と同じ目線で目に見える景色に重なった周囲の霊子結晶やオリジンが視える。
だが、こうして目をつぶり深く瞑想を行うとまるで幽体離脱したかの様に俺自身から離れた第三者の目線で自分とその周囲を視ることが出来る。
深い瞑想に入れば入るほど、この彗心眼は霊子結晶をはっきりと鮮明にとらえることが出来るのだ。
この心眼でグロリエルの魂を覗く。
なんて醜い魂なのだろうか。
赤黒くひどく歪な魂の形。しかも赤く明滅し激しく脈打っている。
危うい―――
一目でそう思った。
今にも張り裂けそうで、見ていられない程不安定な魂。俺には魂が悲鳴を上げている様に見えた。
完全に魔人の成れの果てとなったグロリエルのアニマは、俺の嫌悪感を誘う醜く赤黒いもので、本来持っていたはずの薄紫色の色は視えない。
あれではもはや自分の記憶も、もしかしたら自我すらも消え去っていることだろう。
そして、しばらく観察して見つけた。
あのバケモノの中央やや左。人間であったころの名残か心臓の位置に他よりも強く赤黒い魂が輝いていて、その中に別の色がちらりと視えた気がしたのだ。
『あれは……別の魂?』
俺は直感的にそう思った。
その輝きが別の人間の魂の輝きに見えたのだ。
そして赤黒いアニマがそれを包む様にそこに集中している様に視える。
あそこには何かがある。
そう結論づけた俺はすぐに瞑想を解除し、リンの元に駆ける。
「リュージ!?何かわかったのね?」
風の防御魔法を発動して安全地帯を確保しているリンが俺の顔を見てそう言った。最近リンは俺の考えをある程度予想してくるようになった。それだけ連携が上手くなっている証拠だ。
「ああ。奴のブレスを吐く口の向かって斜め左下二メートルくらい。そこを狙って欲しい。何かがそこにある。」
リンは特にそれ以上聞かずにコクリと首是して、直後風の防壁魔法を瞬時に拡大し一時的に虫を遠ざける。直後背負った弓を構えて詠唱を開始。
『原初の四聖獣の一柱たるシフルより加護を賜りし里の子が請う 万物の理を超越したる御力を示し、我が矢に破魔の権能を与えたもう ―音忘れの疾弓』
直後、ソニックブームを発生させて音速を超えた矢が狙い通りの箇所を貫く!
―――グアァオオオオォォォァオオ!!
衝撃波と共に大きな穴を穿ったその矢は狙った心臓部のやや右側を逸れる。それでもグロリエルはまるで断末魔の様な奇声を轟かせ、巨体をよじり暴れ始める。
やはり利いた!
あそこは奴にとっての弱点だ。
「今までで一番利いているぞ!奴の弱点はあそこだ!畳みかけろ!」
「うおおおぉぉ!」
グロリエルの尋常ならざる反応を見てすぐさま攻勢を呼び掛けるギルマス。そして間髪入れずに未だに暴れるバケモノに臆することなく突っ込むマックス。
シャスティンも鈍くなった体に鞭うつ様にマックスに続いてソードアーツを放った。
再び防壁魔法を張ったリンに代わって、毒に侵されながらもレベッカが立ち上がり長弓を構えて先程同じ場所を狙う。
そう。これでいい。奴の弱点はあそこだ。そこを狙い続ければいい。
……だがなんだ?何かが引っ掛かる。
あの心臓部はアニマが最も集中している部分。奴にとっての急所だ。
だけど……あの時一瞬見えたあの魂の色の正体は何だ?
そんな思考が過った直後。
レベッカの強弓が寸分たがわず急所の心臓の中心に放たれると同時。
グロリエルの心臓部が膨れ上がり、中から何かが盛り上がる様にせり出てきたのだ。
その何かは―――栗色の長髪をした少女の顔だった。
「クリスタ!?」
そう。一瞬見えたあの霊子結晶の輝きは確かにエンリケのそれに似ていた。それに気づいていたはずなのに。俺がそれに気づいた時には既に矢は放たれた後だった。
「ダメだ!?」
俺が叫んだところで飛んだ矢はもう止められない。
―――ズシャッ!!
鮮血が舞う。
だがその矢はクリスタではなく白銀の体毛に突き刺さっていた。
そう。シルバがその身をクリスタの前に投げ出し、自分の体で矢を受け止めたのだ。
シルバは主人の妹を庇ったのだ。
だが、矢を脇腹に受けたシルバが着地の際によろけたところを狙ったかのようにグロリエルの巨体から生えた腕が薙ぎ払った。
―――キャン!
「シルバ!!!」
マズイ。あれは致命傷だ。
俺はすぐさまシルバに駆け寄ろうとしたところでまたあの紫煙のブレスが放たれた。
俺は急ブレーキをかけて間一髪直撃を避ける。
奴はまだ知能があるのか!?
まるで体内に取り込んだクリスタや瀕死のシルバに人質にとる様な行動。
「リュージ!あれは誰だ!?知っているのか?」
マックスがグロリエルの体表から突然現れた少女の顔を見て困惑するように聞いた。
「ああ!あれはエンリケの妹だ!彼女には攻撃しないでくれ!?」
「だが!?」
俺の要求に皆が困惑していた。
このジリ貧な状況に人質まで取られては勝ち目がない。そう思っても仕方ない状況。
「クソ!」
この最悪の状況に思わず悪態をついて歯噛みするのだった。
すみません。ちょっと短めです。。。




