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第2部 第14話 黒い津波



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「私が持っているゲートではここが一番近いわ。」



「へへ。すまねぇな、わざわざ俺のために。」



 そう言うとアリオトはエルフ特有のきわめて整った顔をしかめ、見下す様に言った。



「メラク。勘違いしないで欲しいんだけど。あんたのためにやってるわけじゃないから。」



「へへっ。わ、分かってるさ。俺は単に状況確認のためにここに来た。そうだろ?」



 俺の言葉に相変わらず不愉快そうに顔を歪め、魔力の威圧を放つエルフの女。

 その尊大な態度に苛立つ内心を悟られないように、あくまでも低姿勢を演出しておく。



「……いい?ミザールの指示で私は動いている。貴方は血の戒め(デッドリーフィクサー)の末席に身を置く者。くれぐれも立場を弁えることね。」



「!……」



 「序列七位はフェクダだろ」と反論しかけたところでアリオトはその威圧を強くした。このクソアマが調子に乗りやがって! そう内心で悪態を付きながらも、今はコイツと反目すべきではない。仕方なく無言を貫く。



 アリオトはしばらく無言の俺を見下したまま、フンと鼻を鳴らし自身の作り出したゲートと呼ばれる中空に浮いた黒い穴に帰って行った。





 アリオト。

 序列4位。

 元エルフの吸血鬼であり、テレポートの根源魔法士ルートソーサラー



 高飛車で人を見下してくるあのクソ女の眼が気に食わない。



「フン。エルフのなりそこないが。人を見下しやがって。そうして居られるのも今の内だ。実力では俺が上なんだ。」



 あいつはテレポート以外の能力はたいしたことはない。序列4位なのは少しばかり移動に重宝される能力を持っているからに過ぎないのだ。




 少なくとも俺は奴よりも遥かに有能だ。


 インセクトマスターである俺の根源魔法ルートマジックは遥かに汎用性が高い。俺が誰よりも早くメグレズの異変を察知した。あの序列二位のミザールよりも早くだ。



 にも拘らず、誰も俺の話に耳を傾けない。

 功績を挙げた俺にはメグレズの状況調査という簡単な仕事だけしか割り振られなかった。



「俺が調査しかできないとでも思っているのか?……奴らのバカさ加減にはいい加減嫌気がさすな。だが、これはチャンスだ。」



 そうだ。血の戒め(デッドリーフィクサー)の最古参の一人、序列3位のメグレズが力を弱めている今こそがチャンスだ。



「……そうだな。メグレズの首の一つでも持っていけば、バカな連中も少しは俺の価値を理解するだろう。」



 そう思い直し、まずはメグレズの居場所を捜索すべくトンボたちを四方に飛ばす。


 ここは帝国の西の辺境、クロスメントとプギの街の間当たりと言っていたか。

 メグレズの報告はクロスメント周辺の調査であったはずだ。移動していたとしてもクロスメントからはそう離れていないだろう。




「!?見つけたぞ。」


 意外にも、すぐにメグレズを発見した。正直、居場所を突き止めるだけでも数週間はかかるかと考えていたが、ラッキーだ。


 あの蛇の森での異変以降、メグレズの調査に何匹ものトンボを向かわせたのだが、メグレズを確認する前にその全ての消息が途絶えていたのだ。


 おそらくはメグレズが俺の監視に気づき、捜索範囲外からトンボを排除していたのだろう。その点はさすがに序列3位と俺も認めざるを得なかった。



 だからこそ、今回こんなにもあっさりと見つかるとは思っていなかったのだ。




 ……だが、これはメグレズの力が弱まっているという紛れもない証拠。いよいよ運が向いてきた。





 だが同時にメグレズが地元のハンターと思しき連中と行動していることにも違和感を覚えた。



「あいつ。何をしている……?どこかを目指しているのか?」



 早速虫をけしかけてメグレズを仕留めてもいいのだが、ドゥーペにひいきにされていたとはいえ伊達に序列3位を長年維持してきたわけではないだろう。無防備に仕掛けるにはまだ早い。



 それに、奴らが向かう先も気になる。


 慎重すぎる気もするが、ここは情報収集に徹するべきか。





 そう結論づけたところで、結局はミザールの指示通りに動くことになっている自分に気づき、思わず舌打ちする。だが、仕方ないと自分を納得させてメグレズの後を追う。



 あいつには長年辛酸をなめさせられてきた。だからこそ、もうすぐフェクダの様に惨めに凋落して行く様を拝めると思うと思わず笑みがこぼれてしまう。



「クククッ。もう少しだ。もう少しでオマエを蹴落とせる。」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「リン。ありがとう。……もう大丈夫だ。」


 俺は短くそう言って、目を合わせずにそっとリンから離れる。

 先ほどまでの赤子の様にあやされる自分の醜態を思い出し、さすがに顔が赤くなる。それをごかます様に、手足を失い俺の横に転がるグロリエルの方を見る。



 見れば千切れたグロリエルの手足の断面が凍り付いている。その横にシルバが行儀よく座っていた。


 どうやらグロリエルの再生を阻止するために、シルバがやったようだ。



「シルバ。ありがとう。」



 ゥワゥ!と一言吠えるシルバ。


 それにしてもシルバの変わり様に驚く。

 彗心眼で視るとシルバの全身が満遍なく輝いて見えた。一般的な生物の様に体内の神経に沿って輝く霊子結晶アニマは全く見えない。全身くまなく霊子結晶アニマに満たされているようだ。



 これはファルと同じだ。チクチクも同様に全身が光って見えるが、同時に体内の神経に沿ったアニマの輝きも透けて見える。



 つまり、シルバは神龍ファフニールと同じ精霊と言うべきか、生物を超越した何かに変わっているということ。



「……オマエ。一体どうしたんだ?」



 俺はその変貌に驚きながらもシルバに近づき撫でる。

 シルバは今までと同じ様に気持ちよさそうに目を細めて俺の撫でられるまま身を任せてきた。


 今までのシルバだ。

 急に狂暴になったり、俺を忘れて警戒するなんてことはなさそうで安心した。



 いつものシルバに安堵しているとリンが静かに言った。



「リュージ。シルバの事は私も気になるけど、ひとまずグロリエルの処分と教会の中を確認しましょう。まだ何人か関係者が居た筈よ。」


「そうだな。……だけど、こいつをここに放置する訳にもいかない。誰か一人で見張るというのも危険だし…。」



 四肢を切り落とされダルマ状態のグロリエルは、先ほどから呆然と遠い空を眺めその眼には生気が感じられない。




 心が折れたグロリエルを眺めその処分に思案していると、メガネが鳴った。


 その方向を見ると、教会を囲む森をかき分け人影が出てくるところだった。



「オイオイ!どうなってんだこりゃ。」

「何ですかこの光景は?人がいっぱい倒れてるじゃないですか。」

「お?あそこにいるのはリュージじゃねぇかぁ!」



 あれはAランクパーティー 焔狼フレイムウルフの皆だ。パーティーリーダーのマックスとレベッカ、それにシェスティン、ボブも全員いる。

 その後にギルマスとソワレも続いて姿を現した。


 ソワレと別れる際、ハンター協会に少女を送り届けたらもう一度戻って可能なら合流して欲しいと伝えていた。その為にここに来るまでにところどころ赤い実で木を着色して目印にしてきたのだ。

 焔狼やギルマスが居るってことは、ギルドが想像より早く動いてくれたってことか。いや、俺達を追いかけてきたのかもしれない。



 近寄ってくるメンバーを見ながらその経緯を想像していると、ギルマスが俺に向かって無言で突き進んできた。



 あ、これはちょっとヤバいかも。そう思った直後。



 ―――ゴン!



 脳天に衝撃が走る。痛い。ギルマスのゲンコツだ。



「バカ野郎が!一人で暴走するなとあれ程言っただろう!」


 あの冷静沈着なギルマスが感情を剥き出しに怒っていた。



「リン!Aランクハンターのオマエがついていながら、何をしていた!リュージの暴走を止めるのが高ランクハンターの役目だろう!それにこの惨状は何だ!」



「……ギルマス。リンは悪くない。俺が突っ走っただけで。」


「リュージ!そんなこと無い、私が判断しなきゃいけなかったの。」



 ―――ゴツン! ゴツン!



 またも脳天に衝撃が走る。今回はリンもセットだ。



「言い訳はいい!いいか。いくら力があっても、いつかその過信が、感情に任せた行動がいつか命取りになると言っているんだ。それにこれはお前らだけの問題ではない。ギルドも、領主も関わる問題だぞ。」



 そう言われると、何も言い返せない。

 しょんぼりと反省していると、ギルマスが俺とリンの肩にそっと手を置いて言った。



「とにかく、無事でよかった。いいか、一人で解決しようとするな。頼りないかもしれないが俺達を頼れ。その為にギルドがある。」



 ギルマスはいつもは見せないどことなく優しい目を俺達に向けた。




 ―――ああ。……あったかいな。



 叱られているのに変な事だが、正直そう思った。

 こんなに真剣に叱られたのはいつぶりだろうか。この人は本気で俺たちの事を心配してくれている。



 ギルマスの真剣な眼差しを見て心が温かくなったのだ。横を見ればリンも同じ様に感じている様だ。



「「ごめん、なさい……。」」



 素直に謝罪を口にする。

 反省してうつむいている俺達に向け、相変らず抑揚のないソワレの声がした。



「ところでリュージ。目が腫れて赤くなっているけど……?」


「なっ!?……なんでも!何でもない。大丈夫だ。何でもないから。」




 突然そんなことを言われるとは思ってもいなかったので、不覚にも慌ててしまった。しどろもどろに答える俺にソワレは相変わらずその無表情な眼を向けてくれる。


 さっきまでリンの胸の中でむせび泣いていましたなんて、口が裂けても言えない。



「ふーん。そう?何でもないようには、見えないけど?」



 ソワレは目を細めて俺を執拗にのぞき込んでくる。さらにはリンにもチラチラと疑惑の眼差しを向けていた。




 頼む、これ以上俺を見ないでくれ!と心の中で叫びをあげる俺の内心など露知らず、ソワレは容赦なく俺をのぞき込もうと俺の周りを纏わりついてくる。




 ソワレの疑惑の目に追い詰められる中、幸いなことにマックスが声を上げた。


「うお!なんだコイツは?……凍ってる?いやまだ生きているのか?」


 ナイスタイミングだ、マックス!


「あ、そ、そうだギルマス。その半分凍った肉塊がグロリエルなんだ。これの監視と処遇について相談したかったところなんだ。」



 !?

 俺の言葉に皆が絶句する。



「おいおい、嘘だろ?この醜い肉塊がグロリエルだって?」


 グロリエルをよく知るマックスでさえ信じられないと言った顔を俺達に向ける。



 そんなみんなの疑問にリンがこれまでの経緯を説明してくれた。

 俺が説明するより、Aランクハンターの言葉の方が重いのだ。




 ――――――




「にわかには信じがたいが、この状態でも確かに生きているのを見ればあり得なくもないか。前回の人魔対戦では、こういった極度に生命力の強い人を超越した個体が度々戦場に投入されたらしい。そいつらは、一見人間の様だが、力を開放するとバケモノに豹変したと聞く。」


「だが、グロリエルがそんな魔族もどきだったとは……。」



 自身の知識ゆえか理解が早いギルマスに続き、マックスはさすがに半信半疑の様だ。だが、後で魔力測定器で判定すればよいと言ったソワレの一言で全員納得した。






 その後話し合った結果、焔狼がグロリエルや他の気絶した連中を縛り上げて見張り、その間に残りの皆で教会を捜索することで話がまとまった。



 俺は、皆で教会に向かう前に大事なことを伝え忘れていたことに気づき補足する。



「ギルマス。この先にエンリケの妹がいるかもしれない。エンリケは妹を人質に取られてグロリエルに呼び出されたんだ。」


「そうか……そういう事か。あの慎重なエンリケがおかしいと思ったんだ……。ならば、早く助け出さねばな。行くぞ。」


 ギルマスには珍しく眉間にしわを寄せて不快感をあらわにした。ギルマスもグロリエルの手口に苛立ちを覚えたのだろう。

 いや、もしかしたらそれ以上。俺と同じく自分が気づけなかったことに悔しさを感じているのかもしれない。





 そうして、俺達が教会に入ろうとしたとき。


 不意にピリピリと嫌な予感がして立ち止まる。




 何だ?何か、途轍もない嫌な予感がする。

 まるで背中を幽霊に撫でられているかのような悪寒。



「どうした?リュージ?……いや、待て。」



 ギルマスも何かの異変を察知したのか、立ち止まり全員に警戒するように呼び掛ける。

 リンは、先ほどから耳をそばだてる様にピクピクと動かしていた。




 この場に居るのは全員が並外れた実力者だ。その全員が何かに気づいている。


 しばらくして、リンが何かの音を拾ったのか、跳ねる様に右手の空を見た。と同時、“ピィー”と甲高い鳥の鳴き声が響いた。



 シロピーの警戒音だ!





 泣き声のした方。森の奥。茂る木々の向こう側に何かが見える。

 程なくして遠くの上空に黒いもやの様なものが見え始めた。その雲のようなものは徐々に大きくなりこちらに近づいてきている。


 黒いモヤは風もないのに不自然に揺らぎ、巨大化していく。



「なんでしょうか?雲ではなさそうです。」



 焔狼で最も博識なレベッカでさえよく分からないようだ。同じ様に皆危険を感じているものの、その正体まではつかみ切れていないようだった。

 当然異世界初心者の俺はあれの見当すらつかない。




 そんな中、一人がつぶやいた。


「……暴食の悪魔(カオスローカスト)……。」




 その呟きの主はソワレ。その眼は大きく開かれ、動きは止まっている。普段、表情の無いソワレがこれ程驚いているのを初めて見た。それほどあれはヤバいモノらしい。



 ソワレの呟きを聴いて、皆がどよめく。


 そして直後、ギルマスが叫ぶように言った。



「……退却だ!全員退却だ!!今すぐ逃げろ!」






 ―――暴食の悪魔(カオスローカスト)



 確かギルドの資料に載っていた。

 特定災害級クラスディザスターに分類される魔物。一匹一匹は高々20センチ程の大きなイナゴだが、この魔物が恐ろしいのは数千、数万と巨大な群れを成すことだ。



 奴らが通り過ぎた後は骨一本、草木の一本すら残さず完全に食らいつくされ、更地となる。ゆえに、暴食の悪魔。




 そんな災害が、まるで黒い潮のごとく俺達の視界を覆いつくさんばかりに迫っていた―――




焔狼はAランクでした。。。修正しました。

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