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第2部 第5話 動揺


「シルバ!? シルバ!どうした! 何でこんなことに! そうだ!?エンリケは?エンリケはどうしたんだ!?」


 なぜ、シルバがここにいる?

 エンリケは妹の様子を見にシルバと共にダリエスショットに向かったはずだ。今頃は妹とのんびりと団らんしているはずなんだ。

 エンリケが残した置手紙にはそう書いてあったはずだ。


 なのに、なぜ血だらけのシルバがここにいる?

 一体何が?何が……あったんだ?



 半ば混乱する俺に対してリンは極めて冷静だった。


「リュージ!早く治癒を!」


 そう言われてようやく我に返る。今は混乱している場合ではない、目の前のシルバが死にかけているのだ。

 急いで治癒をしなければ。


 だが、余りの突然の出来事に動揺し、上手く魂魄同調アニマレゾナンスができない。エンリケの事が気がかりで思考がまとまらない。



「リュージ! 落ち着いて、リュージ。 大丈夫、手持ちの薬で応急処置はしたから止血は出来てる。」



 リンはシルバをそっと地面に横たえて立ち上がり、俺の両肩に手をのせて眼を見ながら落ち着かせる様にゆっくりと語り掛けてくる。


「いい? ポン助は街に置いてきた。ポーションの手持ちも無いわ。だから今はリュージの治癒魔法が頼りなの。落ち着いて、確実に魔法を発動するの。今やるべきことに集中するのよ。 ……リュージなら出来るわ。」


 リンの澄んだ空色の眼に見つめられ、ようやく思考がクリアになってきた。



「あぁ……ありがとう。大丈夫。大丈夫だ。」


 そう自分に言い聞かせる様に呟き、一度目を瞑る。

 ゆっくりと開眼しながら彗心眼を発動。シルバに寄り添ってしゃがみ込んでそっと手を当てて心を落ち着かせる。そしてシルバのアニマに自身のアニマの波長を慎重に合わせていく。




 既にシルバの霊子結晶アニマの輝きは弱々しく明滅していて今にも消えてしまいそうだ。これは命が失われかけているしるし。

 この明滅のせいで波長を合わせるのが難しい。


 それでも強引に波長を合わせて治癒魔法を発動する。



「……っくッ!」


 だがダメだ。やはり上手く発動できない。




 俺の治癒魔法は自身の魔力ではなく相手の魔力を使って治癒魔法を発動している。俺の体内魔力がゼロだからだ。

 だが、魔力を使い果たしたのか今のシルバには殆ど魔力が残っていない。ただでさえ安定しない状態なのに、魔法発動のための原料がないのだ。


 本来、少しでも霊子結晶アニマが存在している限り、そのアニマに反応して体内魔力が意識せずとも生成されるはずなのだが、その反応が不自然なほど起こっていない。


 問題なのはシルバ自身に生きようとする意志が感じられないことだった。


 まるで、俺達に出会ったことで目的を果たしたかのように、生きることを諦めてしまっていた。




 事ここに至っても何も出来ることが無いと諦めかけた時、シルバが何かを咥えていることに気づいた。

 それはメモ帳だった。


 それを手に取ろうとするがシルバは強くそれを咥えて離そうとしなかった。死の淵にあっても何よりもそれを大事に咥えていたのだ。

 そこでようやく気付く。そのメモ帳には見覚えがあることに。


 そうだ。それは失声症の妹のためにエンリケが大事にしたためていたあの魔道具の使い方を記したものだったはず。



 それをシルバが持っている事実に、心臓が跳ねる。


 混乱し、最悪の想像が頭をよぎる。

 だが、それを必死に抑え、俺は自ら生きる意志を手離そうとするシルバに呼びかける。


「お前。エンリケの危機を伝えにここまで来たんだな。……そうか。よく頑張ったな。」



 俺の問いかけにリンは傍らで黙って俺を見ていた。


 分かっている。人間の言葉など通じるはずはない。

 しかし、俺の魂魄同調アニマレゾナンスは俺の思考を相手に直接共有することができる。言葉ではなくイメージとして相手に送り込むことができる。


 だから俺は続けてシルバに問いかける。俺の気持ちを魂に乗せて。



「だが、お前はここで死んでいいのか? 主人を一番助けたいのはお前なんだろ? 他の誰かに主人を任せていいのか? 一番悔しいのはお前なんじゃないのか?」



 ……暫くして、シルバはわずかにピクリと動いた。


 その時、シルバの傍らにファルが降り立ちその金色の大きな眼でシルバを見つめていた。しばらくしておもむろに鼻を近づけると、不思議なことにあれだけ不安定だった霊子結晶アニマが安定し始めた。



 俺の時と同じだ。ファフニールが何かをしたのだろう。

 何をしたのかは良く分からないが、今はありがたい。それを見て俺は畳みかける様にシルバに問いかける。


「エンリケの居場所を知るのはお前だけだ。エンリケを助けたいなら、諦めるな。 死ぬな!生きろ!」



 ―――グルゥッ!……ッ!



 俺の魂の呼びかけにシルバは答え始める。

 弱々しくはあるがゆっくりとシルバのアニマが輝きだした。



 そうだ。食いしばれ。生きろ。生きる意志さえあれば俺が助けてやる!


 全てはそれからだ。





 シルバのアニマの輝きに体内魔力が生成され始めた。ここまでくれば俺が少し力を貸すだけだ。


 それを確認してシルバの頭を一撫でし、ゆっくりとアニマを同調していく。同調と同時に自動回復小オートリジェネ局所回復パーシャルキュアをシルバの体内で発動する。




 これじゃ足らない。

 俺は更に効果を高めるためにより深くシルバのアニマに同調していく。


 次第にシルバの魂の奥、心の奥底に深く深く潜り、まるで深い海に沈み込んでいくような感覚に落ちていった……。






――――――




 ―――!ッさない! これ…は…渡さ…!!


 遠くから何かが聞こえる。


 ……誰かが叫んでいる。どこか聞きなれた声だ。



 次第にぼんやりと視界が開けてきた。


 その先に誰かが居る。男だ。

 黒い全身甲冑を着込んだ男が見える。顔半分を覆う特徴的な仮面が嫌に印象的な男。


 その仮面の男は片腕で誰かを吊るし上げているのが見える。


 吊るされた男の足元に地面は無い。切り立った崖の際。



 そこで気づく。先ほどの苦悶の声はこの吊るされた男の声だったのだ。



 ―――返…せ―!そ…お前……不…なものだ。



 吊り上げられた男の頭には見覚えのある赤いバンダナ。その男が取り返そうと手を伸ばすその先。仮面の男の左手には見覚えのある蛇が絡まったような特徴的なアームレットがあった。



 吊るされた男が不意を突いて仮面の男の首筋にナイフを突き立てた。相手が怯んだと同時にこちらを向いて叫んだ。


 ―――…ルバ! 逃…ろ!


 ナイフを突き立てられた仮面の男は怒りに震え、直後吊るされた男が崖の下へ投げ出されたのが見えた。




――――――




「―――エンリケッッ!!!」



 自分の叫びで我に返る。―――夢?



「リュージ!?大丈夫?」


 その声のする方を向くと、心配そうに俺の顔を覗き込んでいるリンと目が合った。

 俺は無言で首是して答えるとリンがほっと安堵した顔をする。


「よかった。途中から意識が無くなりかけていたからずいぶん心配したわ。……でもリュージのお蔭でシルバは峠を越えたみたい。肉体的にはだいぶ治癒したみたいね。さすがだわ。」


 リンのその賞賛の言葉が遠くに聞こえる。意識がフワフワとする。まだ魂魄同調アニマレゾナンスから完全に抜けきっていないのか…?


 ぼーっとする意識の中、先ほどの映像が俺の眼に焼き付いて離れない。



「夢?……いや、記憶……?」



 治療中、シルバに深く同調しすぎたことであの画像が見えたようだ。子供の頃、深く相手に入りすぎた時に同じようなことが良く起こった事を思い出す。

 そしてそれと同時に気づく。今見た映像がシルバの見た記憶であることに。



 それを自覚して、体が震えた。



 悲しみと怒り、焦燥感、様々な感情が体中を駆け巡り、俺の心をグチャグチャにかき回す。




 ……俺はまた……。


 そう後悔しかけた時、そっと手が温かさに包まれた。気づけばリンが血の滲む俺の手を握ってくれていた。いつの間にか血がにじむほど手を握りしめていたようだ。



「リュージ……。」


 リンの心配そうな顔があった。またリンに助けられた。


 そうだ。まだだ。まだそう(・・)と決まったわけじゃない。今は取り乱す時じゃない。下を向いている時間はないはずだ。


 そう自分に言い聞かせ、顔を上げてリンに告げる。



「ありがとう。リン。……申し訳ないけど、リンの人探しはもう少し後になりそうだ。」



 俺の言葉にリンは無言で首を大きく縦に振った。









 草陰に潜む様に佇む一人の影が、そんな俺たちの様子を遠くから見つめていた。




 ――――――




 クロスメントに戻った俺たちは、シルバを宿の魔獣小屋に寝かせ、後の治療をポン助にお願いする。シルバの弱り切ったアニマでは十分な体内魔力が無く、完全に回復できなかったためだ。


 その間に俺たちはハンターギルドに向かった。



「事情は分かったわ。だけど、従魔が重症で帰って来たからと言って事件性が立証されない限り街の衛兵も、ギルドも直ぐには動かせないの。ごめんなさい。」


 そう言って深々と頭を下げるミーリス。

 だが、ミーリスを責めるわけにもいかない。確かに従魔がケガをしたところでエンリケが襲われた証拠にはならないからだ。



 それでもミーリスはギルマスや焔狼フレイムウルフに連絡し、ギルド権限でエンリケが居る筈のダリエスショットのギルドにエンリケの所在を問い合わせることを約束してくれた。



 ギルドにはもともとギルマスと焔狼フレイムウルフに助力をお願いしようと来たのだが、今は森の調査団編成のため不在とのこと。そう言えば焔狼フレイムウルフも護衛クエストで数日街を空けると言っていたなと思い出す。


 当てが外れたが、仕方ない。今は時間が惜しい。





 仕方ないと諦め、シルバの様子を見にひとまず宿に戻ると、ピィ!ピィ!と甲高い小鳥の鳴く声が聞こえてきた。

 魔獣小屋に急いで駆けていくと、そこにはポン助の抗議の鳴き声を無視して足を震わせながらも立ち上がろうとするシルバの姿があった。


 この世界の治癒魔法は失血した血は元に戻らない。だから、外傷は完治している筈だが失った血と体力は回復していないはずだ。

 それでもシルバの目には強い意志が宿っていた。


「……シルバ…お前。」


 その姿に、胸が締め付けられる様に苦しくなった。


 前世、大事な人を目の前で失った時の記憶がよみがえる。今のシルバはあの時の俺と同じ。だから、今のシルバのその気持ちが痛い程分かるのだ。


 自分の身などどうなろうと構わない。大切な人を守りたい。ただただその強い想いだけが体を突き動かそうとする。




 リンはそんなシルバに歩み寄り、首元を優しく撫でながらそっと抱きしめた。


「……シルバ……あなたの気持ち、わかるわ。貴方の主人のとこまで私たちを連れて行きたいのよね。大丈夫。行きましょう。 でも、今じゃないわ。もう少し動けるようになってから。」


 まるで子供に言い聞かせる様に優しく語り掛けるリン。その姿はまるで聖母の様で、俺が幼い頃に三日三晩看病してくれた凛香の姿に重なって見えた。



 それでも中々寝ようとはしないシルバ。まるでそれを見かねたようにリンの肩に居たチクチクがシルバの頭に飛び乗り頭の上からシルバの眼をのぞき込んでキュイッ!と鳴いた。




 不思議とそれだけでシルバは落ち着き、そのまま気絶するように眠りに落ちていった。

 俺はそれを確認して決意する。



「明日の朝出発しよう。エンリケを探しに。」


「……そうね。」


 リンはそれだけ言って、死んだように眠るシルバを優しく撫で続けていた。






 ――――――




 翌朝。日が昇る前。

 俺達は朝焼けも始まったばかりの紫色に染まりつつある東の空を見ながら、城門が開くのを待つ。

 俺の右隣にはリンが。左隣りにはシルバが居た。


 シルバは俺の隣で座り城門の先を見つめてジッとしている。まるで今自分のすべきことが分かっているようだった。



 この時ばかりはチクチクとファルも大人しくしている。こいつ等なりに空気は読めるらしい。

 そんな張り詰めた雰囲気にもかかわらず、相変わらずポン助は平常運転だ。

 リンの両手のナッツをついばんでいるいつもと変わらぬその姿に、思わず頬が緩んだ。同時に肩に力がはいっていた自分に気づく。どうやら俺も相当に焦っていたようだ。





 城門が開くと同時に俺たちは歩き出す。そして城門をくぐり抜けたところで立ち止まった。

 そこに見知った人影が居たからだ。



「手伝おうか?」



 そこには眠たそうな琥珀色の目を擦りながら気怠そうな声を発した少女、ソワレが居た。


この作品に目を通してくれてありがとうございます。


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