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第2部 第3話 無益な決闘


 一種異様な熱気のままギルド裏手に併設されている訓練場に連れてこられ、俺は今まさにその中心でブラックホークの連中と対峙している。

 その俺を野次馬達が取り囲んでいる。凄い数だ。たぶんギルドに居た連中の殆どが今ここに集まっている。



 正直、高々RK(ルーキー)とDランクの決闘にこれ程の関心があるとは思っていなかった。だが、野次馬共の顔を見て何となく察した。それらは単なる興味本位の娯楽を見物するような余裕の目ではなく、その目の奥にため込んだ鬱憤が見え隠れしている様だった。


 魔力ゼロの寄生者パラサイトと呼ばれる俺が正当な理由なく高額報酬を受け取っただけでなく、Dランクへ飛び級したことに対して納得できない者がこれ程多いということだろう。

 それに……認めたくはないが、もしかしたらダークエルフのリンが緊急クエストで活躍したことで表立って非難できなくなったことへの鬱憤が形を変えて俺に向けられているのもあるかもしれない。




「ブラックホーク!勘違いした寄生者パラサイトに現実を分からせてやれ!」


「金魚の糞が!ボコボコにされちまえ!」


RK(ルーキー)の勘違いって、不憫なものねぇ。」


「オイオイ!誰か!寄生者パラサイトに賭けるやつはいねぇのか!?これじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか!」




 俺を取り囲む野次馬共の負の感情に満ちた異常な雰囲気に思わず気圧されそうになる。だから目立つのは嫌だったんだ。


 心の中で悪態をついているとそんな俺の内心を察したのか、先ほどから俺の横に寄り添ってくれているリンが俺を見て微笑みながらコクリと頷いて見せたのだ。


「リュージ。大丈夫よ。私があなたの実力を保証する。ソワレの時を思い出して。それに比べれば今の状況なんて取るに足らないものよ。」


 そう言われて俺は目を閉じる。


 そうだ。あの時の死闘を思い出せば野次馬共やブラックホークの連中など大した障害ではない。

 そう思いなおし、目を開けてリンに首是で返事をするとリンは“もう大丈夫ね”と言ってマックス達のいる後方に下がっていった。




「俺はリュージに金貨一枚を賭けるぜ!」


 そう大きな声で宣言したのはマックスだ。それに対して“俺も”、“私も”と焔狼フレイムウルフの全員が続いた。


「みんな……。」


 無条件で俺を信じてくれる彼らを見て少し目頭が熱くなった。正直この馬鹿げた決闘は適当に負けてやろうかなんて思っていたが、彼らを見てわざと負けるのは無しだなと思い直した。何より、リンの期待を裏切るのは嫌だ。




 Aランクハンター全員の俺への全賭けに野次馬達は困惑する者、賭けが成立したことに歓喜する者、俺に貼り直す者など様々だったが何れにせよ混乱しつつもさらに盛り上がりを見せる。



 そんな中、訓練場の中央に立ったギルマスが声を上げる。


「それではもう一度ルールを説明する。リュージの昇格を賭けてブラックホークとリュージの決闘形式の模擬戦を行う。双方、殺しは禁止だ。回復はある程度ギルドで代行するが、後遺症が残るような部位欠損などの攻撃も極力禁止とする。お互いが戦闘継続不能となった段階で終了だ。いいな?」



 平然と説明するギルマスに不満顔なのは対戦相手のブラックホークの三名だ。


「ギルマス。もう一度確認するが、本当に俺達三人で相手しろって言うのか?いくら何でも冗談が過ぎるぜ。俺の聞き間違いじゃないんだろうな?」


「そうです。こんなRK(ルーキー)に対してDランクの俺達の誰か一人だけでも勝負にならないってのに、全員でかかれなんて俺達をバカにしているとしか思えない。」


「いくら俊足の雷刃と呼ばれたギルマスでも正気とは思えない判断だ!俺達をコケにしている!」



 ブラックホークは基本三名のパーティーで全員が三十手前のベテランと呼べるハンター達だ。


 一人が前衛タイプのポール。かなりマッチョな完全前衛のひげ面短髪の強面。もう一人が斥候タイプのフリード。クセのある長髪を後ろで一つ結ったワイルドな男。最後が魔法使いのククリと言う糸目の少し細身の男だ。野次馬達の話を聞く限り彼はポーターも兼ねているようだ。いつもはこれに一名程度の臨時メンバーを加えてハントするのが多いらしい。



 Dランクと言えば、十分にハンターとして一人前と言えるランクとされるが、三十手前でDランクとなると少々昇格が遅い。ハンターとして成功者と言われるCランクに到達するのは難しい年齢だろう。そんな彼らだからこそぽっと出の俺がDランクになるのが許せないのだろう。


 これまで地道に苦労してランクを上げてきた彼らに対し、ギルマスは全員で俺と勝負しろと言ったのだ。(俺の同意なしで。)


 それには俺も抗議しようと思ったがそれ以上にブラックホークの方が苛烈に反応した。ただでさえ下に見ている俺に対して三人全員でないと相手にできないと言われては彼らのプライドが許さない。



 しかし、さんざん抗議してもギルマスはこの条件を一切譲らず今に至る。


 ホント。何でこんなふざけた状態になってるんでしょうね?ギルマスさん?という俺の抗議の眼など無視してギルマスは当然と言った感じで続けた。


「ポール。一つ忠告しておく。最初から全力で行かないとすぐに終わる。これは冗談でもなんでもなく、元Aランクハンターから見た嘘偽りのない評価だ。」



 そんなギルマスの真剣な表情に、ブラックホークの連中も気圧されて唾をのんだ。彼らの俺に注がれる眼が変わった。


 ギルマスも俺を買い被りすぎだ。本当にやめて欲しい。だが、相手の眼を見れば俺も本気で対応しないとマズいかもしれないと腹をくくる。




 それを確認してギルマスは手を挙げる。既に俺とブラックホークの位置取りは完了している。


「では一本勝負。よーい、始め!」




 ギルマスの手が下に降ろされると同時、前衛のポールが俺に向かって走り出した。手にはバスターソードと呼ばれる大きめの両手剣を構えている。

 それに合わせて後衛のククリが詠唱を始めた。あの詠唱は、初級土魔法のサンドミストだな。


 それを確認しながら、ポールに遅れて弧を描くように接近するフリードに目を向ける。流石に斥候職だけあり、早い。このスピードなら二人が同時に俺に達し、その直前でフリードの魔法が飛んでくる絶妙なタイミングだ。さすがにベテランパーティーと言うだけはある。




 俺はどう対処するか考える。確かに彼らの動きは熟練の動きだ。だが、遅い。動きの速さでいえばゴンザレスと同程度だし、さらに言えば動きが直線的で見切りやすい。

 俺は最初から彗心眼を発動しているが、特に注視するまでもなく彼らのアニマの輝きから次の動きが読めてしまう。これなら魔法を使わずにどうにかなるだろうか。などと考える。


 先に斥候のフリードが仕掛けてくると見せてその後ろからフリードを巻き込む形でサンドミストが俺を襲う。フェイントのつもりだろうか。

 フリードは後方からだが、一方、相対している俺はその砂塵を正面から受けて視界を奪われるというわけだ。

 視界に頼った通常の相手ならサンドミストで視界を奪う手はなかなかに妙手だ。


 さらに視界を奪ったうえでフリードがサンドミストの領域外から投げナイフを投じてくる。その直後にいつの間にかゴーグルをかけていたポールが止めと言わんばかりに両手剣を俺の影に向かって振り下ろし俺を仕留めにかかった。


 ―――ドゴン!!


 大きなバスターソードが地面をたたき割るような豪快な音が響く。


 まさに俺をハントすべく振るわれた容赦ないコンボ。これが彼らの必勝パターンなのだろう。



「うおぉぉー!」


「ブラックホークの野郎。やりやがった!」


RK(ルーキー)相手にあれじゃぁ殺しちまったんじゃないか!?」


「おいおい!まさか相手死亡で反則負けなんてのは勘弁してくれよ!」



 やじ馬たちは俺が倒されたと確信した様に騒ぎ立てている。


 だが、残念。俺には一ミリも攻撃は届いていない。

 そもそも俺に目つぶし攻撃は効かない。俺の彗心眼は例え目をつむっていようとも生命が持つ霊視結晶アニマの輝きをとらえ続ける。それに加えて、電磁気短波探知魔法エレクトロマグネティックソナーを発動していれば彼らの動きは手に取るようにわかる。サンドミストが来ると分かっていた俺は最初から目をつぶっていたわけだ。



 視界ゼロの砂嵐の中で、俺は放たれた投げナイフを難なく小手で払い落し、直後振り下ろされたバスタードソードを軽く半身斜め前に踏み込む形でするりと躱し、ポールの真横をすり抜けるように通り過ぎる。それと同時、足に身体強化フィジカルエンハンスを軽く発動。このサンドミストの発生源に向かって一直線に駆け抜ける。


 砂嵐が正面から俺を打ち付けるため、多少顔が痛いが威力事態は弱い。あっという間に魔法使いのククリの前に到達した。



 サンドミストは視界を奪う目的では非常に有効な魔法ではあるが、反面自分たちも相手の位置を見失うリスクがある。ククリからしたら俺が突然砂塵を抜けて直前に現れたように見えただろう。その驚いた顔を見れば彼が虚を突かれたのは一目瞭然だ。



 ギョッとして体が硬直したククリの突き出した腕を絡めるように取り、腰が引けて後ろに傾いた重心をそのまま利用して右足を相手の右足の後ろに引っ掛けるようにしながらそのまま斜め後ろに引き倒す。後頭部を地面に強打されたククリは簡単に気絶。


 無幻水心流の基本にして奥義―――流水心だ。


「なっ!いつの間に!?」


「関心している場合かポール!二人で同時にたたくぞ!」



 このタイミングでようやくポールは振り返り、ククリが倒されたことを認識。サンドミストの領域外から攻撃していたフリードはいち早く俺に気づき、対処にかかろうとしていた。



 二人が俺の両サイドから迫る。フリードが前衛のポールの動きをカバーするように俺の反対側に素早く回り込んだ。動きが的確だ。このパーティーの実質のリーダーはフリードだろう。



 ちらりと聴衆を見ると、そのほとんどが困惑しているような顔だが、なぜかマックスとギルマスはニヤニヤと余裕の観戦ムードだ。なんだろう、この変な信頼感は。やめてほしい。対戦している俺からしたらそんな余裕はないってのに。



 心の中でそんな悪態をついていると、俺の態度を見てスキだと思ったのかフリードがまた投げナイフを投擲してきた。俺は難なくそれを小手でいなす様にはじくとその陰からもう一本の投げナイフが眼前に現れた。一本目のナイフの死角に隠された巧妙な二本目のナイフ。


 だがそれに動じることもなく首を少し傾けて躱す。電磁気短波探知魔法エレクトロマグネティックソナーの前には死角など無いに等しい。

 死角になるように投げた二本目のナイフが躱されるとは思っていなかったのかフリードの動きが一瞬止まる。



 それにしても顔を狙うとは危ないな。これって模擬戦じゃなかったっけ?とちょっとイラっとしながら素早く俺は腰を落として急反転、逆から迫りくるポールに向けて駆ける。


「うぉ!?」


 俺がナイフを躱したものだから反対側から迫っていたポールにとってみれば俺の影から突然ナイフが現れたように見えたのだろう。

 そう。俺はさり気なくポールとフリードが丁度一直線上になる様に微妙に位置取りを変えていたのだ。



 意表を突くナイフに急停止して大きく体制を崩しながらも、ギリギリで弾くポール。

 その瞬間にはすでに俺はポールに肉薄。


 だがそこは腐ってもDランク。俺の急接近に重心が崩れながらもその両手剣を下から大きく上に振り上げて応戦してきた。だがそれは重心が乗っておらず剣に振り回された軽いものとなっている。

 俺はそれを見て、右下から迫りくるバスターソードの腹に右手の宵闇の小手の甲を素早く当てて、その剣の腹を滑らせるように横にいなす。と同時に右手を滑らせながらそのまま体をポールの懐に滑り込ませる。

 その動きの流れを途切れさせること無くそのまま剣を握るポールの右手を右手でつかみ、同時に十字に伸びるバスターソードのつばの部分を左手で掴んだ。

 振り上げる相手の力を阻害せず、逆に利用して剣の軸方向に半時計回りに剣をひねりつつも右手前方向へ引っ張るように力を誘導する。


 剣を離すまいと踏んばろうとするポールだが、既に重心が崩されているのだ。重力に耐えられずに成すすべなくその体が右に大きく倒れていく。その動きに合わせて剣と腕をねじれば、ポールはそれ以上バスターソードを保持することができずに手放した。


 ―――!!?ぐあぁ!!


 ポールが倒れると同時、俺はその力を利用してつかんでいたポールの右手をさらに捻って、手首の関節を外して無力化。


 たまらず悲鳴を上げ、直後右手を抑えながらうずくまった。



 それを確認する間もなく、今度は俺の後ろからフリードが迫ってきた。俺の後ろをつくなら今しかないと思ったようだ。


「!?もうRK(ルーキー)とは思わねぇ!全力で勝負だ!」


 振り返ってみたその顔は本気のハンターの顔だ。ようやく俺に本気になったようだが、少々遅かった。


 フリードはファルシオンっぽい見た目の短剣を腰から抜き、さらに左手にダガーを握り一直線に俺に迫る。その直後、俺の目には体内魔力が光ったのが見えた。



 ―――ダブルスティンガー!!



 ソードアーツだ。

 一瞬驚いた。ランクDでソードアーツを使えるとは。だが、彗心眼はその発動前からそれを見破っていた。


 ソードアーツは型を決めて発動する事で身体強化フィジカルエンハンスを劇的に強化し、強烈な攻撃を放つことができる技だ。

 だがその一方で、発動した後の動きは一切変更ができないという弱点がある。だから何を発動するか事前に分かってしまえばいかに強力で素早くとも対処は容易だ。


 俺は右足を半歩下げて半身になりなりながら宵闇の小手から仕込み刀を繰り出し、その分かり切ったソードアーツの軌道に合わせて下から切り交わすように仕込み刀で受ける。


 それと同時に振動ブレードを発動。ファルシオンが仕込み刀に触れた瞬間、振動ブレードの魔法に組み込まれた物質軟化ブレイクダウンの魔法効果が発動。仕込み刀は難なくファルシオンを半分に切断した。


 折れたファルシオンを見てフリードが目を見開いたのが見えた。その僅かな硬直の瞬間を見逃さず、左手をフリードの右手のわきの下から担ぐように素早く差し込み、同時に右手でその手首をつかんでそのまま相手の懐に潜り込んで背負うように身をかがめて投げる。いわゆる一本背負いだ。


 ソードアーツを発動したフリードは自身の突進を止めらない。そのまま俺の背に乗るように担ぎ上げられ、その勢いのまま地面にたたきつけられた。


「ぐはっっああぁ!!」


 突進力がすさまじいものだから俺も手加減が難しかった。今の投げで背中を強打したフリードは何本か肋骨を折ったかもしれない。だが、首から落とさなかっただけでも良しとしてほしい。





 うずくまり、せき込むフリードを見下ろしながら、俺は油断なく身構える。


「……まだやる?」



 俺の問いに反応する者はいない。


 気付けば訓練場は試合開始前の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ポールとフリードのうめき声だけが聞こえていた。




「そこまで!」


 直後、静寂に包まれた訓練場に試合終了の合図が響いたのだった。



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