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第2部 第2話 妬み


『ギャウッ!ギャギャウ!』


『ギュッ!チュギュッ!!』



 目の前で小さな幼龍と白いハリネズミオコジョが威嚇しながらお互いに絡み合ってじゃれている。どちらも一歩も引かず激しい攻撃を繰り広げる。ファルが口から火を噴きそれを躱したチクチクが背中からトゲを飛ばす。ファルはそれを黒い鱗で上手く弾いていた。


「もう、相変わらず二人は仲良しね。チクチクもほどほどにしなさいよ。」


 そんな二匹の死闘ともいえる喧嘩を横目に温かい目をしたリンがたしなめる様にそう発言した。

 ……いや。仲良し?このもはや喧嘩を通りこして殺し合いともいえる状況に見えるんだが。


 とは言え、俺も呆れを通り越してあきらめの境地に居る。ここ最近いつも喧嘩している二匹はもはや放置だ。どんなに諫めても、どんなに引き離しても出会うとこの状態になる。最初はどうにか止めようとしていた俺だが、いい加減疲れたので周りに迷惑が掛からないなら静観することにした。

 見ている限り何かお互いに因縁めいたものがあるのか、根本的に相容れない雰囲気がある。その関係性はお互いの魂に刻まれたものの様にも思えるのだ。



 ――ピピィ!ピィ



 一方リンの手の平でナッツをつついている丸々と太った青いカラドリウスのポン助は相変わらず平常運転だ。いつも通り食欲が最優先のその姿にいっそ清々しさすら覚える。



「ところでリン。今日はどうしたの。まだ朝食の時間には早かったはずだけど。」


 そうだ、いつもなら朝の鐘の音が鳴ったころにリンが朝食を告げに迎えるに来るのだが、今日はそれよりも随分と早い迎えだ。


「あ、ごめん。肝心の用事を言い忘れていたわ。今朝ギルドから連絡があって、ソワレが昨日ギルドに顔を出したそうよ。ミーリスが覚えていてくれていたみたい。」


 ミーリスはハンターギルドの人気の受付嬢だ。緊急クエストで世話になったので挨拶をしたいと、ミーリスにソワレが来たら連絡をくれる様にお願いしていたのだ。わざわざ朝いちばんで使いを寄こしてくれたらしい。


「そうか……。よかった。昨日ギルドに来たならまだ街に居るのかも。行ってみよう。」


 ソワレの無事を聞いて安堵するとともにソワレに会えるかもしれないと内心うれしく思った。その時ふと視線を感じて横を向くとリンと目が合った。だが、すぐさま目を逸らす様に前を向いて「そうね……」とつぶやいた。その横顔はなんだか少し遠くを見ている様な、寂しさと決意が入り混じったような何とも複雑な表情に見えた。







 街に入りギルドの門をくぐった俺たちは早速ミーリスの元へ向かう。


 俺たちがギルドに入ったあたりから、いつもの様に周囲のハンター達から奇異の眼を向けられる。だが、それは俺達が来た時と比較するとだいぶ少なくなったし、その質もだいぶ違ってきている。

 特にリンに向ける目は劇的に変わった。以前は敵意すら向ける輩が大半だったが今ではそれもほとんどなくなり、あっても嫌悪感レベルと言ったところだ。新人ハンターの中には憧れとも取れる熱い眼差しを向ける者すらいる。


 その理由はあの緊急クエストの顛末とその詳細がギルドによって大々的に通知されたからだ。

 それ自体が異例な措置らしいが、それ以上に異例だったのはその報告内容にダークエルフであるリンの活躍が正確に明記されていたことだ。いくらダークエルフが活躍したとしても、通常は住民の感情を考慮して発表されることはない。

 どうも話を聞く限り、その発表を決定したのはあの堅物に思えたギルドマスターだったようだ。そんな話を受付嬢のミーリスが言っていた。もしかしたら俺が思っているよりギルマスは情に熱い男なのかもしれない。


 ギルドの正式な通知でダークエルフの評価が伝えられたことによって嫌悪感を抱いていた人々もそれを表立って否定できない状況になった。

 勿論、異例ともいえるその報告を信じたがらない人も多かったが、あの緊急クエストでリンに救われた人も多く、少なくともその実力を目の当たりにした緊急クエストの生き残りハンター達はリンの人格面含めて彼女に対する悪感情を抱かなくなり、それが噂となって広まったことも大きい。

 聞くところによるとリンの活躍の噂を積極的に流してくれていたのはあの焔狼フレイムウフルだったらしいが。

 そう言った経緯で、現在は以前とは比べ物にならい程リンへ向ける視線は和らいだ。そんな周囲の変化を見るたびに俺は自分ごとの様にうれしくなる。


 色々な助けもあったのは事実だが、今の状況を勝ち取ったのは紛れもなくリンの努力のたまものだろう。リンはあれだけ心に沁みついた周囲の悪感情に打ち勝ったのだ。





 リンが以前ほど蔑まされなくなった、いや表立って批判しにくくなった状況なのは歓迎すべきなのだが、残念ながら人間は簡単に気持ちを切り替えられる生き物じゃない。特に負の感情となればなおさらだ。表に出せなくなったダークエルフに抱いていた悪感情は内で燻り、やがて行き場を求めて別の場所に流れてくるものだ。



「おい、噂をすれば寄生者パラサイトのお出ましだ。」

「ああ。あいつがそうか。分不相応にあの緊急クエストに参加してそれなりの大金を得たって話だろ。しかもRK(ルーキー)のくせによ。」

「はっ。司教様の金魚の糞が。いいご身分だぜ。ただ司教様に守られてついて行っただけで大金もらえりゃ苦労ねぇわ。」

「しかも噂じゃ、ランクも上がったって話だぜ?」

「マジかよ!? あいつ司教様にどんな色目使ったんだよ。いや、それも含めて才能ってやつなのか?正に寄生者パラサイトの面目躍如ってか!?」

「お。お前上手いこと言うな!」

「そうだろう?」

「ぎゃははは!」




 そんな罵声とも蔑みとも取れる声が聞こえてくる。



 わざと俺に聞こえる様に言っているのだろう。声のボリュームを落とすどころかまるで俺に、周囲に嫌味を聴かせるような音量だ。


 あれからギルドに入るとこういったねたみの感情をぶつけられるようになった。正直いい気分はしないが、それほど騒ぎ立てることでもない。だが、それに過剰に反応したリンがその体から魔力を漏れさせ始めたのを見てギョッとする。


「ちょっ!リン!?漏れてるって!」


 今にも噂をしている連中に鬼の形相で向かっていこうとするリンを必死に止める。そんな俺にリンは不満顔で振り向いた。


「っ! リュージはそれでいいの!?あれだけ皆と一緒に必死に戦ったったのにあんなこと言われて! あんな暴言、許せないわ!」



 リンの気持ちは分からないでもないが、実際、俺はあの緊急クエストで大した役には立てていなかったのも事実だ。

 戦闘面では炎狼フレイムウルフ城塞キャッスル、ギルマス、ソワレにリンが主体だったし、索敵や探索は明らかにエンリケとシルバの力だ。エンリケなんかは索敵だけじゃなくクリズスズの溶液でナイトメアサーペントを追い詰めた。

 それに対して、俺がやったことはレベッカの矢を回収したり、グリズリーをある程度引き付けた程度の功績しかない。

 それに、ソワレが暴走した後の話は全員が戦闘不能か気絶していて、魔人化したソワレや神龍との死闘は残念ながら公式記録としては何も残っちゃいない。あまり目立ちたくない俺としてはむしろ歓迎すべきなのだが。



 簡単に言えば、Aランク冒険者のただの荷物持ちの俺が、あの緊急クエストの報酬として金貨10枚、つまり100万ミルを受け取ったという事実のみが残った。命を懸けたにしてははした金かもしれないが、RK(ルーキー)の報酬としてもらえる金額としては破格すぎる。

 それだけじゃなく、俺のランクが三段階も上がり一気に“D”になった。正直、公式記録だけを見れば明らかに過分の評価だ。しかも俺がハンターになったのはつい一か月ほど前の話だ。


 文句を言っている連中は見る限りDランクレベルだ。こんなひ弱そうな新人に彼らが何年もの間苦労してたどり着いた領域に並ばれたらそりゃいい気分はしないだろう。特にあの緊急クエストにはCランク以下の連中は参加したくてもできなかったのだから、特例で参加した俺が飛び級で昇格するのが許せないのだろう。


 正直ギルマスも面倒なことをしてくれたと思わなくもない。俺はそれほどランクにはこだわっていないのだから。


「別にいいんだよ。たいして役に立たなかったのは事実だしね。」


「リュージ!何言っているの!あの時、リュージが助けなかったらみんな死んでたかもしれないのよ。リュージはもっと評価されるべきよ!」


 “あの時”と言うのは、ソワレが暴走したときの話をしているのだろう。その件については先ほど言ったように無かったことになっている。


 俺が目を覚ましてからリンと話し合って、ギルドには報告しないことにしたのだ。ソワレが無差別に危害を加えると知れれば大騒ぎになるが、ソワレの暴走を止めた俺としてはソワレを密告するようなことはしたくなかった。

 幸いと言うかさすがと言うべきだろうが、リンは俺が目覚めるまでこの事は他言していなかった。だからリンに口をつぐんでもらう様お願いしたのだ。

 また、神龍の話も伏せておくことにした。余りにも現実離れした話だから信じてくれそうにないのと、既に神龍はあの場にはいなくなっているので証明のしようがないからだ。それにどうも俺に関わる顕現だったようなのであまり大事にしたくないというリンの配慮もあった。実質的な被害も無かったというのも大きい。


 さらに言えば、俺が目を覚ました段階で既に当のソワレからナイトメアサーペントは自分が討伐したとギルドに報告がされており、そこに神龍の話は一切なく、俺達が騒いだところで信用されるはずも無かったわけだが。


 そんな訳で、俺とリンがあの時魔人化したソワレからエンリケや他の皆を救ったという話は誰も知らないことになっている。



 そのことで俺がリンの発言を諫めようとしたとき―――


「―――全くその通りだ。」


 リンの主張に賛同する声が聞こえて振り返るとそこにはガタイの良い爽やかイケメンの赤髪短髪青年がいた。焔狼(フレイムウフル)のマックスだ。

 その後ろからピンクブロンドの短髪の強気な女性、その隣に同じくピンクブロンドのロングヘアの大人の女性が続いた。シェスティンとレベッカだ。さらにその後ろからその太めの体を隠し切れないでいるマジックメイスを持った細目の小太りな青年、ボブが顔を出す。


「相変わらず軟弱だなぁ。男ならそんぐれぇ言い返さねぇでどうするよぉ。」

「シェスティン。そんな言い方ないでしょ!リュージはあなたと違ってその控えめなところが美徳なのよ。」

「っせぇなぁ。あたしはあたしだってんだ。ったく、姉御はリュージの事になるとやたらと突っかかってくんなぁ。もしかしてリュージにホの字かぁ?」

「なっ!何言ってるの!シャスティン!リュージ君の前で変な事言うのやめてよっ!」

「顔真っ赤でそんな事言われてもなぁ。」


 いつも姉のレベッカに言い負けているシャスティンが珍しくレベッカをいじっている。相変わらず仲がいいな。


「やあ。リュージ君。レベッカの言う事も一理あるね。君は自分を過小評価しすぎだと僕は思うな。」


 姉妹のじゃれ合う姿を優しい眼差しで見ながらもボブがそんなことを言う。それに続けてマックスまで乗ってきた。


「そうだぞ、リュージ。お前はすごい奴だ。もっと自信を持てよ。なんたってAランクになった俺達でさえ死にかけたあのクエストで最後まで意識を保ち立ち続けた唯一のハンターなんだからな。」


 マックスがわざとらしく俺をけなした連中の方に向いて大きな声でそう言った。ニヤニヤとした顔をしながら。

 俺を擁護してくれるのはうれしいけど、連中を煽るのはやめて欲しい。ほら、あいつらヤバい目つきで俺にガン飛ばしているじゃないか!


「ちょっ!マックス!これ以上煽るのはやめてくれ。」


 俺の半ば叫びにちかい制止にマックスは笑顔を向けてさらに続けた。


「煽る?リュージはおかしなことを言うな。俺はただ、事実を言っているだけだぜ。けなすような相手に対してすら自分では正面切って喧嘩も売れないような連中なんかよりリュージはもっとすげー奴だって言ってるだけだ。」


 その言葉が余程気に障ったのだろう。


「あぁ? マックスさん。いくらアンタでも今の言葉は看過できないな。」


 それを聞いた冒険者達が食いつてきた。

(マックスさん!?何してくれてんの。あの人マジで目が血走っちゃってるって!!)


「あんた誰だっけか?」

「俺はDランクのポールだ!」

「…あぁ、確かそう、ブラック…ジョークとかいうパーティーだっけ?」

「「「ブラックホークだ!」」」

「おお、すまんすまん。そうだったか。」


 本気なのか冗談なのか分からない言い間違いにブラックホークの連中が突っ込んだ。


「そのブラックジョークは―」

「ホークだっ!」

「…ブラックホークの連中は、こんなへなちょこRK(ルーキー)に陰口叩くだけの軟弱な連中の集まりのように見えたが、俺の早とちりか?」


 マックスは俺の頭に手を置いてそう言った。へなちょこ呼ばわりはちょっとやめて欲しい。


「!?んなわけないだろ!」

「ほう。ならどうする?決闘か?」

「ああ!も、もちろんだ!俺達がビビってたわけじゃねえ!RK(ルーキー)なんかに決闘なんてしたら俺たちの格が疑われる。下手したら下級ランクへの恫喝って判断される可能性があるから、どうしたもんかと悩んでたところだぜ。Aランクの焔狼フレイムウフルが立ち合い人になってくれるならちょうどいい。」


「ちょ!」


 俺を置いて話を進めないで欲しい。当の本人はそんなの望んじゃいないってのに!

 だが、マックスはポールと俺の間に割り込んで話を進める。


「はっ。リュージは既にDランクだ。下位ランクの恫喝にはならねぇから言いわけにもならねぇが、お前さんがその気なのはわかった。このリュージが受けてやるよ。な?」


 マックスがドヤ顔で振り返って言った。何がな?だ。当然俺は受けない。こんな無益な決闘などやりたくはない。


「マックスさん。買い被りすぎです。現役Dランクのベテラン相手じゃ勝負にならない。辞退するよ。」


 俺の辞退にポールは被せる様に言った。


「はっ。そうだろうぜ。所詮司教様の金魚の糞だ。まともにやったら手加減を間違えて殺しちまいかねねえ。寄生者パラサイトにしては賢明な判断だな。」


 その罵倒にちょっとイラっとしたが、相手が引き下がってくれるならまぁいいだろう。と思っていたら、隣から不穏な気配が。


「誰が寄生者パラサイトですって!?今の発言を撤回しなさい!」


 横を見ると、膨大な魔力を必死に抑え込んだリンがいた。まるで安全ピンを抜いた手榴弾だ。

 そんなリンをどうにか諫めていると焔狼の連中が横から色々と言いだし、ブラックホークも引き下がれなくなったのか、言い合いが始まった。気づくと野次馬達が俺達を囲んでやいのやいのと言い始めた。いい加減にしてほしい。もう帰ろうかなと思い始めたところでカウンター側から圧のある声が響いた。


「何事だ!」


 その声に全員が動きを止めた。見ると野次馬達が割れてその先にギルマスが居た。隣には受付嬢のミーリスが控えている。あの様子から既に状況はミーリスから聞いているのだろう。

 良かった。ようやく解決しそうだ。


「ブラックホークの連中がギルド内で決闘騒ぎを起こしたと聞いたが本当か?マックス。」


 ギルマスはなぜかブラックホークの連中ではなく、マックスに聞いた。ギルマスの問いにマックスはニヤリとした。

 ……なんか嫌な予感がする。


「あぁ。間違いない。ブラックホークの連中・・がリュージに決闘を申し込んだ。リュージのDランク昇格が不服なんだと。」


「ほう。ブラックホークはギルマスである俺の裁量に不満があるという事だな。」


「いや、そういう訳じゃ…!」

「ちょっと!」


 焦るブラックホークと俺の叫びに似た抗議を無視してギルマスは高らかに宣言した。


「ギルド内の揉め事はギルドマスターとして処理する義務がある。リュージの昇格を賭けて、俺の立ち合いのもとブラックホークとリュージの決闘で成否を決するものとする!」


「「「うぉ~!!」」」


 ギルマスの意外な裁定に野次馬は大盛り上がりだ。俺を擁護してくれるはずのリンすらも当然と言った顔つきだ。ここには俺の味方は一人もいなかった。何やら賭け事すら始まってしまった。


 俺の意志を完全に無視した決闘が決まった瞬間だった。


 ソワレの情報を聞きに来ただけなのになぜこうなった?……俺の嘆きはこの場の熱狂に虚しくかき消されていった。

―――――――――――――――


以下の話にAIによる挿絵を添付しています。

まだ見てないよと言う方はどうぞ。


・第10話 リン

・第11話 チクチク

・第30話 ソワレ

・第36話 クロスメントの夕日


今後も時々挿絵を挿入するかと思いますが、挿絵が苦手な方はご了承ください。



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