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第62話 魂の悲鳴


 この光は……この周辺で見た蛇の森の中心部を覆っていた光のドーム!?それがここまで広がった?


 その光に唖然とする間もなく、神々しい光の環を背にした漆黒の龍が眩しく輝く遥か天空から静かに、荘厳な雰囲気を纏って舞い降りた。






『我が名はファフニール』



『我は争いの終わりを願う矮小な存在に応える者』



『我が前で、如何なる闘諍とうじょうも戦争も紛争も、武力行為全てを禁ずる』






 その瞬間、すべての時が止まったかのように全員が動きを止めた。動きを止めざるを得なかった。



 あれだけ禍々しい魔力と圧力プレッシャーを放ち、エンリケに襲い掛かっていたソワレも例外ではない。

 意識は失っていないまでも膝を付き、天上から現れた黒龍にこうべを垂れる様にその場に座り込んでいた。


 見ると他のハンター達はこの瞬間に完全に意識を失っている様だった。リンだけは倒れ伏してはいるものの何とか意識を保っているのがみえた。





 俺は、その漆黒の巨大な龍を唖然と見上げ、唯々この現実離れした目の前の光景に、そしてその威容に立ち尽くしていた。



「この世界には……こんな馬鹿げた存在が……?」





 俺の彗心眼には、黒龍が太陽よりも眩しく、力強く光り輝いて映っていた。これ程の輝きを俺は前世でも今世でも一度も目にしたことが無かった。

 だから俺にはわかったのだ。

 目の前の存在が生物を超越した何かであることが。そして同時に戦慄し、畏怖した。



 ―――神龍



 まさにその姿は龍の神だった


 俺が感じた目の前の存在を言葉で表現するなら、そんな単語が思い浮かんだ。



 これは、勝てる勝てないを考える以前の存在。自然災害を具現化したような、矮小な人間がどうにか出来る存在ではない。いや、それ以上、生物を遥かに超越したものと言う意味では神と言っても差し支えないとすら俺には思えた。




 上空で滞空している神龍の威容に唖然としていると、目の端の木の枝の上に何かが見えた気がしてそちらを見ると、小さなハリネズミのオコジョがいた。


「チクチク……お前……。」


 どこに行ったのかと思ったら、もしかして神龍を連れてきたのか?俺の、俺達のこの状況を理解して?


 いや、まさか……な。





 俺が思わぬチクチクの登場に気をとられている間に事態は動き出す。



 神龍が放つ脳に直接響くような言霊ことだまには、本能的に首を垂れて膝まづきたくなるような特別な重みを感じる。

 誰もがその姿、その言霊ことだまにひれ伏す中にあって、だがしかし神龍の威光を無視する愚か者が居た。



 ―――シィアアァァァア!!



 虫の息であったはずのナイトメアサーペントは、ソワレがこの空間に包まれてからぐったりとして動かなくなったこの瞬間を千載一遇のチャンスととらえたのかもしれない。

 王者として君臨し続けた自分がまるで玩具のように弄ばれたことに対して、魂の底からの耐えがたい怒りを感じていたのだろう。


 自分の傷の状況、そしてこの場に神龍が顕現している状況を有ろうことか意識の外に追いやった。

 そして、全身全霊の力を振り絞り、ソワレをかみ殺すべくその巨体を突進させたのだ!





 それを見て神龍は呟くように言霊を発した。



『愚かな。我が寛恕かんじょも二度目は無い。』



 対空する神龍はおもむろにそのあぎとを開け、やがて開けた顎がまぶしい輝きを放ち始める。



 直後。



 ―――ィィィ!チュイン!!



 目を焼くような極光の柱がサーペントに降り注いだ。





 その光の柱は眩しすぎて直視できないほどの輝きを放ち、その余波だけで肌が焼けるほどの熱を伝えてくる。



 それを感じたのも一瞬。1秒足らずだっただろうか。

 その跡には、地面に開いた巨大な穴以外には何も残されていなかった。


 サーペントだったものはひと欠片も残さず蒸発したのだ。



「そんな……あのサーペントが一瞬で……。」



 思わずつぶやく。


 ……なんという途轍もない熱エネルギー。


 俺たちが全霊を込めて攻撃しても、ソワレの戦略級魔法でさえも仕留めきれなかったナイトメアサーペントが一瞬にして、そして一片も残らず掻き消えたのだ。


 目の前で起こった現実を現実のものとして受け止めるのに時間がかかったのも仕方ないだろう。






 再び訪れる静寂。


 この状況に誰も動けない。言葉を発せないのだ。


 だからこそ、聞こえた。その呟きが。



「っ! ジャマ、を……スルッ…ナ……。」



 俺はその呟きを発したソワレだったバケモノを見て目を剥いた。


 ソワレのアニマが弱々しく明滅しながらも、その強さを増し始めているのに気づいたからだ。

 あれを見せられてなお神龍に敵対しようというのか。






 俺はあの光のドームに包まれた直後から、全員のアニマの光が極端に弱くなったのに気づいていた。

 きっとあの光は、プレシールドを突き破り体内の魔力を強制的にゼロにする。


 この光のドームの中にいる限り、体内で魔力を完全に生成できなくなるのだ。そんなことをされれば、生まれた時から体内魔力を無意識に使って生きているこの世界の生物はそれだけで体を維持できなくなるに違いない。

 実際、あれだけ禍々しく脈打つ光を発していたソワレのアニマは風前の灯火といった様子で弱々しく明滅し、エンリケを襲うこともできずに完全に動きを止めたのだ。




 このフィールド内で無理やり体を動かそうとすれば、神龍に敵対したものとみなされるに違いない。

 神龍に敵対した者の末路は先ほど目の当たりにしたばかり。火を見るよりも明らかだ。


 それはあの魔人化したソワレにも分かっている筈だ。

 それにもかかわらず抗おうとするソワレは今なお理性を失った魔人のままという事だろう。



 ソワレはこの魔力を消滅させる光の中でなお無理やり魔力を作りだし、徐々にそのアニマの輝きを増し始める。


 そして、片膝で一歩踏み出し、震える足を抑えながら強引に立ち上がった。




『女。 先ほどの魔獣の末路を見て分からぬ愚か者でもあるまい? この場で立ち上がる意味を知れ。』



 神龍はその金色に輝く鋭い目をソワレに向け、問うた。



 しかし、ソワレはその問いに答えず、体内のアニマをより一層輝かせる。



 ―――ガァァアァァ!



 そのバケモノの咆哮は大気を震わせた。同時に赤くどす黒いアニマを輝かせ、周囲に爆発的な魔力を放出した。

 あの神龍の絶対魔力支配領域アルティメットドミナントフィールドを跳ね除けたのだ!



 僅かに残っていた魔人の人格すら無くしたか、その瞳の縦に割れた瞳孔すら消え失せ真っ赤に充血した目をしていた。



 次の瞬間、そのバケモノの周囲にいくつもの黒い水の球が生成されたかと思えば、そこから幾筋もの水刃を神龍に向けて放ったのだ。

 その一つ一つが先ほど俺を貫いたものの十倍は有りそうな太さだ。それが二十近い数の水球から放たれていた。

 しかも無詠唱で。



 想像を絶する程の魔力量だった。

 今はメガネをしていないが水心眼で見たおおよそのALTでは200万に達しているかも知れない。


 ソワレだったバケモノはこの魔力が消失するフィールド内にあってもそれだけの魔力を生成し、怒りのままに神龍を攻撃したのだ。



『警告はしたぞ。』



 神龍は自身に迫る水刃に対して臆することもなくそう言い放った。そして神龍が背負う光の環から幾筋もの光が放たれ、神龍に迫る黒い水刃の(ことごと)くに命中する。


 お互いの魔法がお互いの中間点で衝突し、瞬間的に蒸発して対消滅していく。お互いの魔法の、魔力のせめぎ合いだった。



 ―――ガァァ!!



 目は血走りその顔に血管を浮き出し咆哮するソワレには余裕が無いように思えた。

 それはそうだろう。このフィールドの中で魔法を使う事すら恐ろしい程の魔力を消費するはずだから。


 一方、神龍はゆっくりと滞空しながら、勢いを増すソワレの魔法に冷静に対処している様だった。




 そして、余裕すら感じさせる仕草でおもむろにその口を開いていく。



 来る。先ほどの極光のブレスが。




 ナイトメアサーペントの時とは比べ物にならないほどの光がそのあぎとから漏れ始める。


 ……まるで太陽だ。



『我に僅かでも拮抗したその力、誇るがいい。』



 神龍の言霊が響いた。




 ―――そしてまたあの天のいかずちが降り注ぐ。






 ソワレだったバケモノは、俺の最も嫌悪する魔人は、その光を前に魔法を維持する以外に何もできずにいた。

 このままサーペントのように極光に焼かれ蒸発するのだ。



 あれほどの禍々しいアニマと殺気を放つバケモノ。放っておけばこの場の人間のことごとくを殺すだろう。それどころかこの周辺一帯、あのクロスメントの街さえも容易に滅ぼすに違いない。


 僅かに見え隠れしていたソワレの青いアニマは完全に赤く塗りつぶされた。もう戻ってこれないところに沈んでしまった様に思えた。

 それはなぜか確信できた。



 全てはあのグロリエルのせいだ。




 グロリエルの蛮行を見て俺の知るソワレが諦めたように俺には視えた。

 あの時のアニマの輝きが、病気に苛まれ無気力に生きていた凛香に会う前の俺と同じだった。


 ソワレはもう戻ってこない。あの化け物のまま人間を喰らい尽くす。


 あれは悪魔だ。


 だから、ここで神龍に焼かれ滅せられるべきモノだ。

 神龍に敵対したのだから。それが最善。










 だが……。





 本当にそれでいいのか?……




 心の奥で、引っかかった。







 確かにあれは、この世界に害をもたらすバケモノだ。






 だが……ソワレでもあった。


 俺の知るソワレは。何度も俺たちを助けてくれた。


 そこに、偽りは無かった様に思える。




 そして、バケモノが俺を殺そうとしたとき。


 ソワレはそれを阻止してくれたのではなかったか?



 あのバケモノが死ねば。ソワレも死ぬ。



 その後で「あぁ生き残れてよかった。」と心の底から思えるのか?





 ソワレの無表情な瞳を思い出す。その氷像のような揺るがないアニマの奥、その琥珀色の瞳の奥に見えたあの感情。


 あの色は誰かの助けを求める色ではなかったか……?









 極光がソワレを覆う直前、俺はふとソワレだったバケモノを視た。










 俺は目を疑った。





 そこにはあのソワレがいた。



 その光を迎え入れる様に両手を広げるソワレが。


 まるで自らの死を待ち望んでいたかの様に。









 お互いの魔法がせめぎ合い、対消滅を繰り返し、極光のブレスの轟音が響くこの瞬間、なぜか分からないが、俺は確かにソワレの呟きを聴いた。








『……あぁ。 やっと死ねる……。』
























 それを聴いたと同時、言い知れない怒りが魂の奥からこみ上げ、脳を焼いた。


 気づけば俺はソワレの前に立ち、叫んでいた。





「ふざけるな!!!!死んでいいわけないだろ!」


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