第61話 神龍
―――ウインドプリズン!
俺の紫電に撃たれて感電しているソワレは、質量操作の根源魔法を発動できない。
リンの魔力を込めた風の竜巻がソワレの四肢を、体を拘束し、地面に縫い付けた。
「あァァアがァ!」
俺の紫電に意識を一瞬失ったソワレだった魔人は、意識を取り戻し己が拘束されている事実に激しく抵抗する。
リンは拘束を解こうともがくソワレを押さえつけようと魔法にさらなる魔力を注ぎ込んでいくが、次第に押され始めていた。
「ソワレ! 起きるんだ!」
俺の必死の呼びかけもむなしくソワレは答えない。
その間にどんどんと魔法の拘束が緩んできているのが分かった。ソワレが回復し始め、根源魔法を発動し始めたためだ。
このままでは拘束が解ける!
そう思ったが早いか、猛烈な痛みを訴えてくる焼けただれた左腕を意識の外に無理やり追いやってソワレに駆け寄る。
―――クソがぁああ!
ソワレが激しく暴れる。
リンはそれに対抗するよう、魔力で抑え込もうとしている。その額の冷や汗から限界に達しているのが分かった。
―――アあああぁぁあ!
ゴウ!?と言う風の塊を吹き飛ばす音が聞こえた直後、ついにソワレの拘束が解かれた。
だが、その次の瞬間俺の右手がソワレの額に届いた。
―――無幻水心流 奥義 《魂気縛鎖》!
立ち上がりかけていたソワレは俺の右手が触れた途端、痙攣してその動きを完全に止めた。
《魂気縛鎖》とは、俺の父さんが凛香と一緒に稽古していた時に一度だけ見せてくれた無幻水心流の奥義だった。父さんが軽く凛香の額に人差し指を当てただけなのに、凛香は痙攣するばかりで瞬き一つできなくなったのを覚えている。
その当時は父さんがどうやってそれをやっているのか分からなかった。
だけど今ならわかる。
魂気縛鎖とは魂魄同調で完全に相手の霊子結晶の波長に合わせたうえで相手の体内に僅かに波長の異なる魔力を流し込む、もしくは相手の魔力の波長を変えてやることで相手の体内で一切の魔力操作をできなくする技だ。
グリズリーの咆哮が体内に入ると、波長の違う魔力が反発しあって、体内の身体強化が上手く働かなくなって体が動か無くなるのと同じ原理だ。
何より俺は、一度この技を発動したことがあった。
そう、宵門雄我が俺達を襲った日。俺は極度の怒りにどうやったか明確に覚えていないが、確かに雄我を追い詰めた時にこの技を発動した微かな記憶があった。
ただ、この技は完全に相手の霊子結晶に同調しなければならず、簡単に発動できる類ではない。技を仕掛ける直前俺たちの知るあのソワレのアニマが一瞬現れたことが幸いし、そのアニマに同調できたのだ。
リンは俺が何をしたのかは分からなかったかもしれない。だが、俺の技でソワレが動かなくなったことは理解したようで、すぐさま詠唱を再開して再度ソワレを拘束する。
俺は魂気縛鎖を維持するのに全神経を使う。ソワレのアニマが安定しないという理由と、ソワレの赤く脈打つ魔人の魂が内部から恐ろしい程の魔力を発して、俺の狂わせた波長を内部から押しのけようとしているからだ。
俺自身の体内魔力は相変わらずゼロだ。だがソワレに同調した俺はソワレのアニマの波長を狂わせることができる。ソワレの体内魔力が沸き上がるそばからその波長を狂わせているのだが、それが洪水の様にあふれ出してきていて、それを制御するのが困難になってきていた。
「!ッくっ!? …ソワ…レ!早く、目を覚ませ! もう、サーペントはいない。みんなで帰るんだ!」
俺の呼びかけに、真っ赤に染まっていたソワレの瞳の色が俺達の知る琥珀色に明滅し始めた。
……もう一息だ。どうにか踏ん張ってくれ!
俺とリン、そしてソワレの誰もがこの膠着状態で動けない。静かな三人の攻防が続く。
その時。
―――ザッ!
膠着する俺たちの横に誰かが立った。
そこに居たのは……片腕を失くしたグロリエルだった。
膠着し動けない俺達を怒りに満ちた目で見下したグロリエルはこう吐き捨てた。
「クソが。あいつ等のせいで散々な目にあった。」
そう言ってグロリエルはソワレの外套の内側に手を伸ばし一つの瓶を抜き取った。
「やはりこの司教。隠し持っていたか。助かったぜ。」
グロリエルの取り出したその瓶は中級ポーションだ。それを一気に飲み干してグロリエルは去って行く。
そして去り際に何やらしゃがみ込んで何かに火をつけた。
「人間のクズと人間の敵、それにバケモノはここで野垂れ死んでくれ。それに敵前逃亡のBランク冒険者の目撃者が居たら困るだろ?」
それは魔物寄せの香だった。
それを黙って見ていたソワレの顔が歪んでいく。
「クハハハハハハハハハ!!―――」
走り去っていくグロリエルを見ながらソワレが狂ったように笑いだし、そしてその眼が深紅に染まっていった。
―――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあああっぁぁぁあ!
次の瞬間、俺の《魂気縛鎖》がソワレの内側から爆発、噴出した魔力によって飲み込まれ、一瞬にしてリンの拘束を弾き飛ばした。
余りにも馬鹿げた魔力がソワレを中心に爆発し、本来人体に影響を与えないはずの魔力それ自体に俺たちは吹き飛ばされる。
「きゃぁ!」
「ぐはぁっ!」
そしてその勢いのまま強かに大木にたたきつけられ、大木の幹をへし折った。
それだけで俺たちは大ダメージを受ける。意識がもうろうとする。
ピピピピピピピピピピピ!!
俺の胸ポケットのメガネの警告音が止まらない。
うるさいな。
そんなのは警告しなくたって分かる。目の前のバケモノを視れば誰だって。
ソワレの姿が目の前で見る見る変化していった。
白磁の様だった白い肌は、紫色に変わり、ピンクブロンドの髪は先端から群青色に染まり始める。耳は尖り、そして額の角はその禍々しさを象徴するようにドリルのように捻じれ黒く変貌していた。
縦に割れた赤い瞳孔は完全に消失し、もはや焦点すらあっていないかのようだ。
グルグルとうねり声を漏らすその頬まで割けた口から鋭い牙を覗かせ、涎をその端から滴らせていた。
先ほどまであった人格の様なモノすら完全に失われ、その姿はまるで魔獣の様に、いや、もはやバケモノと言っていい姿に変わり果てていた。
俺はその嫌悪感を呼び起こす醜悪な異形と背筋が凍り付くような禍々しい魔力を放つそのバケモノの気にあてられて硬直する。
《彗心眼》で視えるその魂はもはや赤紫を通り越して黒に染まっていた。何処までも黒く、深く、奈落を思わせるまさに闇だ。
あれはこの世界に害をもたらすものだ。そう確信できるほどの“邪悪”に思えた。
そして今この瞬間、あのバケモノに襲われたら俺の命は一瞬で尽きるだろうことも想像できた。
それでも俺は立ち上がる。震える足を叱責するように叩き、一歩地面を踏み出す。
朦朧とする意識で周りを見るとリンも震えながらも立ち上がろうとしているのがみえた。
そしてどうにか立ち上がってそのバケモノに身構えた時。そのバケモノは俺の予想外の行動に出た。
キョロキョロと回りを見渡し、やがてある一点を見つめた。
そしてバケモノは俺達には目もくれず、その見つめる先に走り出した。
バケモノが向かう先。
そこには、気絶して横たわるエンリケが居た。
俺がその狙いに気づいたときには既にそのバケモノはエンリケの直前に迫っていた。到底俺が間に合う距離じゃない!
「――――――!!」
俺は叫ぶ。
もはや自分でも何を叫んだのか良く分からない。誰に向けて叫んだのかも分からない。
でも、強く、強く想ったのは確かだった。
―――誰でもいい。俺の親友を助けてほしい。或いは、この仲間同士での無駄な争いを止めて欲しい。そう思ったかもしれない。
『絶対魔力支配領域!』
俺の叫びと同時だった。
天から声が聞こえた気がしたのは。
直後、空間全体が白い光に包まれた。
そしてその上空。
見上げるその先に神々しいまでの存在がそこにあった。
それは、巨大な漆黒のドラゴンだった。
神々しい光の輪をその背に背負った神のごとき龍。
その姿はまさに“神龍”と呼べるものだった。




