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第60話 共闘


 上を見上げると透き通る夜空に浮かぶ巨大な半月が煌々と輝いていた。既にサーペントに遭遇してからいつの間にか時間が立っていた。


 リンの放つ風魔法のおかげかナイトメアサーペントが噴出していた霧も晴れ渡っていた。この深い森にあってこの周囲だけは激しい戦闘により更地と化し、上空の澄み切った夜空が見渡せる。


 夜空に浮かぶ月の光がリンの艶やかな髪を幻想的に照らし出していた。

 月明かりを受けて黄緑色に輝く髪をなびかせたリンと赤い眼を怪しく光らせたソワレが夜空に縦横無尽に飛びかっていた。そしてその黄緑と赤の射線が交差するたびに火花が飛び散った。


 ソワレとリンの激闘の火花だ。それが夜空に浮かぶ花火の様ですらあった。




 一見すると美しくもあるその光景を目の当たりにして、しかし俺は内心焦燥に駆られていた。リンが明らかに押されているからだ。


 まただ。あの時と同じ。俺は守られてばかり。あの時から何も変わっていないんじゃないか。そんな湧き上がる焦燥感にたまらず一歩踏み出し立ち上がろうとすると、肩の上から“ピィ!”と俺の行動を咎めるような鳴き声が聞こえてきた。


 鳴き声の主は俺の肩に乗ったポン助だ。そのつぶらな瞳を俺に向けてくる。


 まだ動くなと言っているのだ。ソワレの水刃に貫かれた肩だけでなく、内臓も相当にダメージを負っていたようで、ポン助による治療はまだ終わっていなかった。


 ポン助の制止に歯噛みして二歩目を踏みとどまり、こぶしを握り締めながら二人の攻防を見つめる。






 初め、リンはソワレの変化に戸惑いながらも俺の説明に頷き、どうにか俺たちの知る元のソワレを呼び戻そうとその体の拘束を試みていた。


 だが、無手の打撃が一切通用しないことに気づき、次に魔法による捕縛を試みた。

 いつかチクチクを掬い上げた《ウインドプリズン》の魔法を仕掛けたのだ。



 しかしそれすらもソワレは無効化したのだ。それ以降は一方的だった。



 ソワレの無尽蔵ともいえる魔力によって常に後方に浮かび続ける水球から放たれる水刃に加えて、質量操作を活かした眼にも止まらない高速移動と途轍もない重さを伴った手刀。


 リンは内包する強力な身体強化フィジカルエンハンスとエアレイドを使った高速戦闘でソワレの動き自体には対応していたが、ソワレの無敵を誇る根源魔法ルートマジックに攻撃の一切を弾かれ、時に吹き飛ばされ、防戦一方となっていた。





「フハハハハハ!いいぞ! その調子だ!もっと私を楽しませろ!」


 ソワレが嬉々とした表情でリンのあらゆる攻撃を無効化しリンを吹き飛ばしていく。


「……っく! なぜ魔法も通じないの!?」


 リンはソワレに吹き飛ばされる度にその身軽さと強力な身体強化でどうにか大ダメージを免れているが、それでも無傷ではいられない。

 果敢に攻撃を繰り出すリンはまさか魔法まで無効化されるとは思っていなかったようだ。





 ソワレの根源魔法ルートマジックは質量操作だ。ならばなぜ魔法も無効化できるのか?


 そう思うかもしれない。

 だが俺はその理由がなんとなく予想がついていた。



 リンが放つ風魔法はあくまで空気を活用した攻撃だ。空気も質量を持っているからこそものを動かすことができる。もし空気に重さがないならば、風が当たっても風を感じることはできないだろう。もしくは自身を途轍もなく重くすればたとえ暴風であったとてもビルのごとく風で揺らぎはしないはずだ。




 では、風の刃なら届くだろうか?そうリンも思ったのだろう。

 もはや手傷を負わせずに捉えることは不可能と判断したリンは、ソワレに向けて中級魔法の《ウィンドブレード》を容赦なく放った。

 だが、ソワレの根源魔法ルートマジックに触れた風の刃は霧散して消えた。




 なぜか。


 そもそも風による刃とは何か?

 俺も最初は風の操作によって真空の刃を作っているようなイメージを持っていたが、よくよく考えるとたとえ目の前に真空の層があったとしてもそれで物理的に切れるという事はありえないのだ。




 仮に真空の空間があって、そこに手を入れたらどうなるか。

 おそらく、大気圧との差によって手の中にある血液が瞬間的に沸騰して手が破裂するかもしれない。だが、破裂はするが切れたりはしないはず。




 不思議に思って、以前リンの風の刃を何度も見せてもらったことがある。


 その結果、風の刃は真空の断層で相手を切っているのではないことが分かった。

 実は、真空の断層の中に氷の粒を作り出してそれをミキサーの様に回転させて対象を削り取っていたのだ。




 原理はエアコンと同じだ。

 栓をした注射器を急激に引っ張って、中の空気を膨張させると気温が下がる。これを断熱膨張と言うが、この原理を利用してエアコンは冷風を生み出している。リンの風の刃はそれを回転する風の円盤の中で起こしていたのだ。


 高速回転する風の円盤を魔法で作り出し、その風の勢いで中の空間を瞬間的に膨張させて真空の層を作り出す。その真空層で急冷された水蒸気が氷に変化して、それがものすごい速度でその空間の中を吹き荒れているのだ。

 それに触れた物体は高速回転するその氷の粒によって削り取られるという原理だった。



 リンの風の刃が肉眼でも僅かに光って見えるのはそういう事だったのだ。




 風の刃が氷の円盤ならば、当然その氷の質量をゼロ付近にまで低減してしまえば威力はほぼなくなる。それ以前に、空気の質量がゼロになることで、そもそも真空を作り出すことができなくなるのだ。

 だから、ソワレに触れる前に風の刃は霧散して消える。




 物体の質量そのものを操作するという事はそういう事だ。それほど恐ろしい能力。

 だが、その能力も根本は物理現象だ。無敵という事はないはず。





 俺はポン助の治療を待ちながら、《彗心眼》を全開発動してソワレの動きをつぶさに観察する。ソワレの周辺の空間にあるオリジンのすべての情報が頭に流れ込んでくる。頭が割れそうな痛みを無視してその一挙手一投足を視切るのだ。




 ソワレの根源魔法ルートマジックの魔力フィールドはソワレを中心にした球状に広がっている様に視えた。ソワレの体表面近くが最も効果が高いらしく、あらゆるものの質量がほぼゼロになるようだ。そして、ソワレから離れる程その効果は指数関数的に薄れて、三メートル程度離れるとほぼその影響を受けなくなる。


 ソワレの霊子結晶アニマの反応を観察するに、自身の質量は自由に操作できるようだ。高速移動する直前には自分の重さを軽くして、攻撃を繰り出すときには重くしている。近づいた相手の質量は極めて軽くなっているのだから、相手を吹き飛ばすことなど造作も無いことだろう。





 魔法すらも無効化するソワレの魔法だが、俺の紫電エレクトロキュートは確かにソワレに傷を負わせた。なぜだ?


 ……質量操作……。そうか。


 質量が最初から殆どない素粒子を使用した魔法ならば彼女に攻撃が届くという事。



 つまり、質量が0の素粒子“光子フォトン”はソワレの魔法の影響を受けないという事だ。だから彼女は俺らの姿を目で追っている。もし光まで届かないというなら、彼女目に光が届かないことになる。



 ならば電子はどうだ?


 電子は、万物の構成要素である物質である陽子や中性子の1840分の1と言う極めて軽い素粒子だ。それほどの軽さを持つ“電子”ならばソワレの魔法の影響は殆ど受けないのではないか。だから俺の紫電エレクトロキュートが通じたのではないだろうか。



 しかもあの根源魔法ルートマジックは意識して発動するアクティブタイプの魔法の様だ。そうでなれば正常なソワレの時に常に周囲に発動していたことになるがそんな感じはしなかった。

 ならば、彼女の意識を一瞬でも狩り取れればあの根源魔法ルートマジックを止める活路が開けるはずだ。




 一条の希望を見つけた俺はつぶさにソワレを観察して完治を待つ。






 ソワレは果敢に向かってくるリンを羽虫を払う様に振り払い吹き飛ばしていた。

 その度にリンは傷つき、今や体中がボロボロになっていた。だが、それでもリンは果敢に接近戦を挑んでいた。



 いや、それ以外の選択肢が無いのかもしれない。


 絶対的な魔力量ではソワレが上回っているのに加えて、ソワレは無詠唱で魔法を繰り出す。一方、リンはエアレイドさえ詠唱が必要なのだ。エアレイドなしではソワレの攻撃を躱しきれない現状、大魔法の詠唱など出来ようはずもない。

 物理攻撃が効かないことは十分に理解していながらも、大魔法を封じられリンは他に取るべき戦術が無い状況なのだ。



 そんなリンにさすがに苛立ち始めたソワレは水刃に加えて、水の鞭のような魔法を発動し始めた。これまでの直線的な水刃の攻撃に加えて鞭の様にしなやかに伸び縮するあの鞭の動きがさらにリンを追い詰める。




 その時。



 ―――ピィ!



 俺の肩の上のポン助が甲高く鳴き、俺の肩から飛び立った。その瞬間、俺は走り出す。


 それに気付いたリンがちらりとこちらを向いた。

 リンと目が合った。俺たちはコクリと頷いた。


 不思議とそれだけでお互いの意図は通じた。直後、リンは阿吽の呼吸で大きくバックステップで距離をとり、詠唱を始めた。



 それを確認すると同時。俺は走りながら、自らメガネを外した(・・・・・・・)






 俺の接近に気づいたソワレは俺に攻撃を集中し始める。

 リンが既に自身の脅威にならないという判断だろうか。それとも俺を過度に評価しているからだろうか。いずれにせよ、現状を変えたい俺にとってはありがたい反応だ。



「またお前か。私に近づけると思うなよ。」



 ソワレは背後に浮かぶ水球のほとんどを俺に向けて水刃を放つ。俺の紫電が接近しなければ発動できないと看破しているからこその対応。


 俺は迫りくる水刃に対してユラリとそれを躱す。無幻水心流に伝わる歩法の一つ“陽炎”。

 この歩法は出来るだけ体の心中を動かさずに事の“起こり”を消して、かつ独特のリズムでその速度を変えて動く歩法だ。相手から見た時にはまるで普通に歩いている様に見えるがその実接近するスピードは変幻自在だ。それによって相手の距離感を狂わせる。


 それに加えて身体強化フィジカルエンハンスと時に風装ウィンドアクセルを発動しながら躱して近づいていく。俺はあまりこの“陽炎”は得意じゃなかったが、初見の相手に対して、かつ魔法を併用したこの動きにはさすがのソワレも目を見開いた。



 だが、メガネを外した俺はすぐに眩暈を感じてぐらりとその膝が折れかける。



 それを見逃さず、ソワレはその右手からあの水の鞭の魔法を発動し、横なぎに俺を捉えようと振るった。



 俺の不調にピクリと動かしそうになったリンを横目にとらえて俺は叫ぶ。



「リン!続けて!」



 リンは今準備している詠唱を破棄して俺の間に入ろうとしたのだろう。詠唱破棄は体内魔力を暴走させるリスクがある。

 それにその必要もない。だから俺はまた一歩力強く踏み出して続きを促す。


 チャンスは恐らく一度きり。ソワレが俺の動きに慣れるまで、俺の体が持つまでの短時間が勝負だ。



 不規則な動きで目前に迫る鞭を地面すれすれまで身を屈めて鬼憤の籠手で下から掬う様に強引に進路を変えて潜り抜ける。



 ソワレまであと10メートル程度。



 俺が鞭を躱したのを見て、すかさず左手に鞭を形成して今度は俺の右手側から鞭が迫る。


 その時リンが詠唱を終えた。


 よし。準備は整った。



 俺は、メガネを外したことで暴走を始めた体内魔力を左腕に全て集めていく。そして迫る来るその水の鞭を籠手でいつもの様に受け流すことはせず―――正面・・から受けた。



 ―――ギィン!



 すさまじい衝撃に体が浮き、腕が折れそうになる。そしてその瞬間。発動する。



「《紫電エレクトロキュート》!!」





 すさまじい閃光が俺の左腕から発生し、次の瞬間その水の鞭を紫電が伝播していく。その様はまるで滝を登る雷龍の様だった。



 その紫電を纏った龍は水の鞭を一瞬で伝い、ソワレの右手に達する。



 ―――ァァアアあ!



 同時に俺の左手が焼ける痛みを伝えてくる。だがそれに構わず俺は叫ぶ。



「リン!!!」



 俺の呼びかけを待たずにリンがトリガーワードを唱えた。



「―――悪しき魔を拘束する風となれ! ウインドプリズン!」





 紫電エレクトロキュートで感電しているソワレは成すすべなくリンの風の檻に全身を拘束されるのだった。

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