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第55話 突然の暴挙


 サーペントは体中を覆う何物をも弾く強靭な鱗のいたるところが剥がされ、致命傷ではないものの無数の傷口からおびただしい量の青い血が滴っていた。


 クリズスズの毒が相当に効いているのだろう、機敏な動きは鳴りを潜め防戦一方となっていた。




 このままでは自分の命は長くないと本能的に感じとったのだろうか。これまで散発的に反撃を行っていたサーペントは突然とぐろを巻くように丸くなった。


 全員が、先ほどの薙ぎ払いの前兆かと身構えたが、しばらくしてもサーペントは動かなかった。


 それを見たギルマスが叫ぶ。



「奴は防御を固めただけだ!一気に畳みかけろ!」

「「「おお!!」」」



 その号令に皆が最後の力を振り絞ってサーペントに襲い掛かる。それに対してサーペントは反撃も一切せずにトグロの中に頭を隠し防御一辺倒になった。



 俺も他のハンター同様に碌に反撃をしないサーペントに肉薄し、高周波振動ブレードで切りつけていく。流石の振動ブレードでもサーペントの鱗には一瞬の抵抗を感じるものの、鱗ごと切り刻んでいく。

 とはいえ、さすがの巨体だ。ブレードの短い刃渡りでは致命傷には程遠い。だが確実にダメージを与えている。



 もはやほとんど動かないサーペントに対して繰り返し攻撃を行う俺達に一向に反撃の姿勢を見せないことに一瞬違和感が過った。


 ……何かおかしい。



 そう思った矢先、俺はあのピリピリとした嫌な感じがして一歩後退した。

 そしてその時、身動きしないサーペントのアニマがこれまで感じた事のない程の輝きを見せ始めたのに気づいたのだ。



「!? マズイ! みんな逃げろ! 魔法が来るぞ!!」



 俺の半ば叫びに近い呼びかけに反応したのはギルマスだけだった。ギルマスは走り出した俺を見てそして叫んだ。



「全員 退避ぃ!」



 その直後。

 とぐろを巻いた巨体から膨大な魔力が溢れて半径10メートル程度を一気に広がり、その魔力が一瞬のうちに濃霧に変化した。



 俺の目の前の空間が白い霧で覆われる。ギリギリでその濃霧の範囲から逃れられた。

 サーペントを取り囲んでいた俺以外のハンター達は一瞬にして発生したその濃霧に飲み込まれたはず。

 それにこの霧……今までの数倍は濃い。その毒性も今までの比じゃないはずだ。



「「ぐあぁ!」」


 その証拠に、霧の向こうから何人かが苦しむくぐもった声が聞こえた。




 だが、その魔法の恐ろしさはその後だった。



 ―――シィィィァァァ!



 いつの間にかとぐろから顔を出したナイトメアサーペントは、雄たけびとともに天に向けて大きく開いた巨大なあぎとを勢いよく閉じた。


 ―――キンッ!



 俺は、濃霧の中でサーペントが上下に鋭く突き出した牙どうしを強く打ち付け合わせることで火花を散らしたのを確かに視た。


 マズイ!本能的にそう思った俺は咄嗟に籠手を眼前にかざし、サーペントに向かい半身になって防御姿勢をとった次の瞬間。






 眩しいほどの閃光が視界を覆いつくした。






 いち早く異変に気付いて濃霧からギリギリで脱していた俺でさえ、そのすさまじい閃光に焼かれ、そして直後に襲った爆風に吹き飛ばされた。そしてゴロゴロと転がり木の幹に背中を強打してようやく止まる。

 その時になってようやく大爆発が起こったことを認識したのだ。




 キィィィィイイイイン!


 激しい耳鳴りと眩暈が俺を襲う。



「……がは!」



 状況を把握しようと脳が動き出した直後、肺から血が噴き出た。

 気づけば肺が焼ける様に痛い。

 意識は朦朧として判然としない。



「……何っが……!?」



 体中の痛みに耐えながら、どうにか顔を上げて目の前の惨状を唖然として眺める。とぐろを巻いたサーペントを中心に巨大なクレーターがそこにあった。





 それを見てようやく理解した。

 あの濃霧は可燃性の気体。その可燃性気体の中で牙をぶつけて火花を発生させることで大爆発を起こしたのだ。

 発生した霧の毒で体の自由を奪ったうえで、発生した気体を瞬間的に爆発させて敵を焼き尽くす。そんな必殺の攻撃だ。



 ―――燃料気化爆弾サーモバリックボム……。



 そんな単語がふと頭に浮かんだ。


 燃料気化爆弾サーモバリックボム……火薬による爆発ではなく液体燃料を超高圧で一定範囲に一瞬にして拡散気化させ、一定の空間を瞬時に爆発させることで対象を破壊する爆弾だ。通常兵器の中で最も威力がある爆弾とすら呼ばれる。

 この爆弾の恐ろしいところはその燃焼温度や爆速よりも、むしろ爆発時に発生する衝撃波による気圧差とその後の酸欠だ。その衝撃波は爆発地点から十分に離れた場所にも到達し、周辺の生物の内臓、特に肺に深刻なダメージを与える。その後の酸欠状態も長く続くため規模によっては酸欠死をもたらす恐ろしい爆弾だ。



 俺は目の前の惨状から類似の兵器を連想して、すぐに自分の肺が深刻なダメージを受けている可能性に気づいた。



 激しい耳鳴りと途轍もない肺の痛みに耐えながら、朦朧とする頭でどうにか治癒魔法の構築を試みる。俺の自動回復魔法オートリジェネは体表面を主に治癒する魔法だ。体の深部、まして肺を治癒する効果は薄い。

 肺なら空気を吸い込んでいるから、オートリジェネが効くのではと思ったが、なぜか発動しない。どうやら、喉の奥にはオリジンは届いていないようだ。



 確かに俺は治癒魔法を使える。教会の治癒術師であるナターリャよりも遥かに強力であろう治癒魔法だ。エドに使ったのが初めてであったが、実際内臓の損傷を治している。


 だが、自分自身の体内で治癒魔法を成功させたことはない。

 体内での治癒魔法には体内魔力が必要だからだ。だが、俺にはそれがない。だから体外魔力を手に集めて体内に浸透させたうえで治癒魔法を発動しなければならない。

 しかし、俺が集めた治癒魔法の魔力を俺の霊子結晶障壁プレシールドが尽く弾いてしまう。


 こんな時でも俺のプレシールドは鉄壁を誇るらしい。なかなか治癒魔法が肺の深部に入っていかない。この時ばかりはプレシールドの強靭さを呪う。それと同時に治癒魔法の発覚を恐れて十分な練習をしてこなかったことを悔やんだ。



「……くっ!」



 ただでさえ難しい治癒魔法をこんな状態で行うなど上手く行くはずはない。だが辛うじて動ける今、これを成功させなければ肺を焼かれている俺はやがて呼吸困難で死ぬ。

 そう自分を脅迫して、両手に治癒魔法を構築し胸に押し当てるのを繰り返す。なけなしの治癒効果でもいい。全神経をその治癒に注ぐんだ。






 どの位そうしていただろうか。


 呼吸が相当に苦しくなり、意識がもうろうとし始めた。どうにか、どうにか打開策はないか?肺にまで魔力が浸透しさえすればいいんだ。ほんのわずかでもいい。何かヒントはないか……。


 浸透……魔力の浸透が起こる何か……そうだ。 グリズリーの咆哮だ。

 あの咆哮は俺のすべてをはじく霊子結晶障壁プレシールドを突き破る。魂魄同調アニマレゾナンスを発動していなければ容易に浸透してきた。



 あれを応用できれば……。




 咆哮は音に魔力を込めていた。振動だ。

 そう。魔力の波を相手に浴びせることで相手の霊子結晶障壁プレシールドを突き破っていた。



 朦朧とする意識の中、本能的にグリズリーの咆哮を真似て治癒魔法を発動する。治癒魔法のために集めた魔力を振動させろ。



 殆ど意識が薄れかけてきた。だがそんな状態でも、俺はほぼ無意識で治癒魔法を繰り返す。




 ……それがよかったのか、それとも爆心地から少し離れていたことが功を奏したのだろうか、肺の焼ける様な暑さが薄れて呼吸が楽になり、意識もはっきりとしてきた。


 どうにか成功したようだ。今のは本当に危なかった。









 暫くそうして治癒に集中した後、改めて周辺の状況を確認する。


 この攻撃を行った張本人のサーペントは変わらずとぐろを巻いたまま動いていないのが見えた。

 よく見るとかろうじて生きているようだが、瀕死の様だ。



 クレーターが出来るほどの爆発。その爆心地に居たのだから最もダメージを負っているのも頷ける。普段なら強靭な鱗で守るのだろうが、その鱗も今やはがれ落ちているためその体から肉の焼ける匂いと煙が立ち登っている。よかった。この状態で追撃されたらひとたまりも無かった。

 サーペントはそれを理解しながらも、半ば自決覚悟でこの魔法を放ったのかもしれない。恐ろしい執念だ。この森の主として君臨し続けていた魔獣の王としてのプライドだったのだろうか。




 そしてそのクレーターの外縁部にハンターたちが倒れている。アニマを視る限り、皆かろうじて息があるようだ。

 咄嗟に身体強化でダメージを軽減したのだろう。さすがBランクハンターだ。攻撃の直前のギルマスの呼びかけがよかったのかもしれない。



 横に目を向けると、少し離れたところでソワレが倒れていた。俺は這う這うの体でソワレに近寄り、上半身を抱きおこす。



「……よかった息はある。気絶しているだけみたいだ。」



 見ると先ほど見えたあの禍々しいアニマは消えていた。きっと俺の見間違いだったのだろう。そうじゃなきゃおかしい。だってあれは俺の前世で起こった出来事なのだから……。




 あの忌々しい記憶を首を振って振り払い、改めてソワレの状態を確認する。ソワレも同様に吹き飛ばされたはずなのに擦り傷一つない。それを不思議に思うものの、今はソワレの無事を喜ぶべきだろうと思考の外に追いやった。

 先ほどの状態を考えるとひとまず安静にすべきだろうと。そのままゆっくりと横たえる。



 俺は、ダメージの激しい足にむち打ちどうにか立ち上がる。



「エンリケとシルバは……居た。」



 二人は爆発の外縁部、ここから右に数メートル先に倒れていた。大丈夫。まだアニマはその体に宿っているのが視える。それは生きている証拠だ。

 二人はサーペントにそれほど近づいていなかったはずだがあれほどの爆発だ。内臓が傷ついているかもしれない。



 俺の治癒魔法なら他人には十分に効くはずだ。





 俺は痛む体を引きずる様に歩きながら回りを見渡した。



 ほとんど全員がさっきの爆発にやられて倒れているが、みんな辛うじて生きている。サーペントは瀕死だ。あのダメージではこのまま息を引き取るだろう。全員が生きていれば俺達の勝利だ。



 爆発前、一番ダメージがひどかったマックスはレベッカが持って行った中級ポーションで回復したからか、あの爆発に巻き込まれたはずなのにどうにか生きているのが見えた。レベッカを抱きかかえる様に倒れ伏している。

 きっと彼女を庇ったのだろう。



 中には辛うじて体を起こし、動き出しているものもいた。


 特に回復が早かったのは城塞キャッスルのグロリエルだ。城塞と言われるだけあり、その耐久力と回復力は並みじゃないらしい。あの巨大なカイトシールドが爆風から身を守ったのだろう。それを引きずりながら地面に落ちた剣を取りに向かっているのが見えた。



 瀕死のナイトメアサーペントにとどめを刺しに行くのだろう。




 それらを一通り確認したところでようやくエンリケの元までたどり着いた。

 気絶はしているが見た限り外傷はない。どうやら肺もそれほどダメージを受けていないようだ。

 それを確認して隣に倒れているシルバを診る。呼吸が浅い。それに体の半分に結構な火傷を負っていた。



「お前……。」



 この従魔は、あるじかばったのだ。



 俺は急いでシルバの治癒を試みる。

 エンリケとシルバに出会ってから多くの時間を共に過ごしてきた。だからそのわずかに揺れ動く魂の呼吸も色もしっかりと覚えている。




 目をつむり、大きく息を吸って呼吸を整える。



魂魄同調アニマレゾナンス……」



 俺はあえて小声で無幻水心流の奥義ともされる技名をつぶやく。そうすることでより深く同調できる気がしたから。

 シルバの魂の色に自身の魂の色を寸分たがわず合わせていく。そして、治癒魔法を両手に発動してシルバの胸に当てていく。


 魂魄同調アニマレゾナンスをした状態で治癒魔法を発動するだけで相当な集中力が必要だ。魂魄同調アニマレゾナンスにより俺の自動回復魔法オートリジェネがシルバにも発動し始める。

 俺と一体化したシルバの体内魔力を俺に逆流させてそれを俺のアニマで治癒魔法に変換。すかさずそれをシルバの肺に送り込んで発動していく。



 よし。順調だ。



 俺の治癒魔法が効いたのか、シルバの荒い息は次第に穏やかになっていった。

 シルバの治療が終わったら次はエンリケだ。急がないと。



「うああああぁぁぁぁ!」



 誰かが大声で叫んだ。



 俺は慌ててその叫び声を探して顔を上げる。

 すると驚いたことに叫んだのはグロリエルだった。


 グロリエルはサーペントを目の前にして、剣をかざしたまま後退っていたのだ。




 俺はその光景に訝しんだ。あの勝気でプライドの高いグロリエルが無様な叫び声をあげるなんて、何かおかしいと。




 そしてしばらくして気づいた。

 サーペントから僅かに聞こえてきたその音に。



 ―――ピシッ。ピシピシッ!パキ。



 何かがひび割れる様な音。それがサーペントの体全体から聞こえてきたのだ。




 ……まさか。




 その不気味な音に合わせてサーペントの背中が縦に割れ、ボロボロだった皮がむけ始めているのをその眼で見た。



「……脱皮……? 嘘だろ……」



 それに気づいて俺はシルバの治療を中断し、身構える様に立ち上がる。


 その時にはグロリエルは自慢のタワーシールドをかなぐり捨てて、叫びながら俺の方へ向かって遁走してきた。



 その顔は恐怖にゆがんでいた。


 何もかもをかなぐり捨てる様に必死に逃げるその様に俺は唖然とした。だが、グロリエルがここで逃げたら戦線は完全に崩壊する。そう思って通り過ぎようとするグロリエルを一歩踏み出し、呼び止める。



「グロリエル!ダメだ!まだ、倒れているハンター達が大勢いる!」



 俺に気づいたグロリエルは俺の呼び止めに何を思ったか、殺気を込めて睨みつけた。



「邪魔だ!無能者の寄生者パラサイトが!俺に指図するな!」



 グロリエルは俺に罵声を浴びせてそのまま通り過ぎようとさらにスピードを上げた。

 だが、呼び止める俺の横を通り過ぎるその時、何かを思いついたのか、その顔を醜悪に歪ませた。



 ―――ズシャ!!!



 通り過ぎようとするグロリエルを引き留めることを諦め、脱皮し始めたサーペントに意識を向けていた俺の足に突然刺すような痛みが走った。

 慌ててそちらを向いて理解した。グロリエルだ。あろうことか通り過ぎ際に手にした剣で俺の足を切りつけたのだ!



「!? くぅっ! 何を!」



 俺は予想外の攻撃に完全に虚を突かれ、グロリエルの凶行に頭が真っ白になる。そんな俺を尻目にそのまま逃走を続けるグロリエルは、おぞましい表情で俺に振り返った。



「感謝しろ!他人の足を引っ張るだけの役立たずのパラサイトが! 俺が役目をくれてやる!バケモノの撒き餌という役目をな! フハハ!!ははは!ハァッハハハハ!!」


 グロリエルはまるで壊れた玩具の様に狂気的な笑い声をあげながら、その足を止めず逃走していった。






 混乱しうずくまる俺をよそに、脱皮を終えたサーペントの目が俺を真っすぐにとらえていた。まるで獲物を狙う様に。


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