第54話 生への渇望
ハンター達が動き出した魔獣達に向かっていく。
あちこちで戦闘が開始された。
ナイトメアサーペントはソワレの魔法により大ダメージを負っていたものの、その脅威はいまだ健在だった。
それに真っ向から立ち向かうマックス。ギルマスがマックスの攻撃の間隙を埋めるように絶妙なタイミングでサーペントに攻撃を繰り返している。
さらに城塞のグロリエルが度々間に入り、サーペントの攻撃をいなしていた。
この調査団の最高戦力の三人がかりでどうにかサーペントと拮抗できている状態だ。現状を見るに、先ほどまで一人で相対していたマックスがどれほどの無茶をしていたかは推して図るべきというもの。
焔狼の二刀流剣術使いのシャスティンは膝をついて苦しそうにしていた。息はしているが、もはや戦闘ができないほどのダメージを負っているようだ。
その隣には、大きなマジックメイスを構えた焔狼の魔術師ボブが彼女を守るように立っていた。
おそらく魔力枯渇ギリギリの状態なのだろう。その姿はボロボロでふらつき、顔色が悪い。きっと立っているのもやっとの状態だ。
駿馬や城塞の他の面々、その他ソロハンター達は各々生き残ったグリズリー達に立ち向かっており、どこもギリギリの状態。
先ほど戦略級の大魔法を放ったソワレは魔力を使い切ったのか、膝をついてうつむいたままだ。あれだけの魔力量だ。動けないのも納得できる。
全員が満身創痍の状態。だが、それでも勝てる。そんな気概と希望が俺達を突き動かしていた。
周りの状況を横目で把握しながら、俺はソワレに駆け寄った。
「はぁっ。はぁ、はぁっ。」
膝をつき、苦しそうに胸を抑えながら珠のような汗を流すソワレがそこにいた。
「ソワレ。大丈夫?魔力を使いすぎたんだ。今はみんなどうにか持ち堪えているから、少し休んだほうがいい。雑魚くらいなら俺が―――」
そう言って傍に立とうとした俺をソワレは突き飛ばしたのだ。
唖然とする俺に突き放すように言った。
「私のことはっ、いい。近寄らないで!」
その言葉には明確な拒絶の意志があった。俺は驚いてその顔を覗く。
普段は髪に隠すようにしているソワレの右目。その目が赤く明滅しているように見えた。俺が顔を覗いているのに気づいたのか、ギロリと赤い瞳孔が俺を射抜いた。
しかもその瞳孔は縦に割れていた。
「……その目……。」
ソワレは咄嗟に手で右目を隠し、顔を背ける。
「いいから!っ私から離れて!」
俺は混乱と同時に胸のざわつきを抑えられずにいた。ソワレの状態も心配だが、それ以上にあの目。あの赤い縦に割れた瞳孔。
そして僅かに漏れて視えた赤く脈動するアニマ……あれは。
気づいたら俺は後退っていた。
混乱する俺に不意に後ろから声がかかった。
「リュージ。ちょっといいか。」
エンリケだ。どうやら、毒の霧の影響からだいぶ回復したようだ。
「ソワレのおかげで今はグリズリーとサーペントしか残っていない。 今は勢いで押しているけど、どこまでみんなが持ちこたえられるか分からない。司教様もその状態だ。それに今の俺じゃグリズリー相手には役に立たないし、まだサーペントが霧を噴いているからまた動けなくなる。だから、動ける今のうちに別行動を取ろうと思う。」
その意外な提案に、少し驚いたがその後の詳細を聞いて俺は納得する。さすが森を知り尽くしているエンリケだ。
俺はその考えに賛同する様に首是して、懐から空の瓶を一つ渡す。
エンリケはコクリと頷いてすぐにシルバに乗って颯爽と森の中に消えた。
俺はそれを見届けて振り返ると、相変わらず苦しそうに蹲まっているソワを見る。いまだ俺を拒絶する意志があるようだった。
俺が今できることをしよう。そう思って、周りを見渡し、レベッカが相対しているグリズリーに向けて駆け出すのだった。
――――――
―――キシアァァ!
「奴の霧の噴射を止めろ。あの吹き出している穴を狙え!」
「うぉぉぉ!」
「いま!」
「くぅっ!」
「そっちに回り込め!」
ギルマスが指示を出し、焔狼のマックスが果敢に突撃し、レベッカがそれを援護する。城塞のグロリエルがマックスの攻撃の隙を補うようにサーペントの突撃を防ぎ、駿馬のスエルドが巧みに動き回ってナイトメアサーペントに細かな傷をつけていく。
ソワレの戦略級魔法にも辛うじて耐えて生き残っていたグリズリーたちもハンター達に斃され、動けるハンター達でサーペントを取り囲んでいた。
俺も先ほどレベッカと共闘してどうにかグリズリーを仕留めたところだった。
もはやサーペントから噴き出す毒の霧もその噴き出し孔のほとんどをつぶされたせいかだいぶ薄くなっていた。
ナイトメアサーペントは巧みに連携するハンター達に防戦一方となっている。ハンター達も全員満身創痍だがギリギリのところで致命的なダメージを負わずにサーペントを追い詰めていた。
「はぁっ、はぁっ。レベッカさん。5本回収してきた。」
俺はレベッカに回収した矢を渡す。これだけ続く長期戦に既に矢は無くなっていたのだ。
「リュージ君。ありがとう。」
そう言って血だらけの指で矢を受け取る。
余りにも多く矢を放ちすぎて、指の皮がはがれているのだ。それでもレベッカは眉一つ動かさずに弓を引き絞り、油断なく構えた。
その姿を見届けて、疲れた足に鞭を打ってまた矢を回収しに走り出す。流石にさっきのグリズリー戦で限界近くまでエレクトロブーストで筋力を酷使したため、だいぶ足に来ていたのだ。
とは言え俺は今やこの集団の中で動ける貴重な存在となっていた。
ならサーペントの討伐に参加すべきなのかもしれない。
しかし、俺には分かる。グリズリー相手に絶大な効果を発揮した閃雷魔操も、今の俺の実力では胴回り2メーターはあるあの巨体の深部の筋肉まで影響を及ぼすことは出来ないだろうことが。だからサーペントが先ほどから何度も繰り出しているあの凶悪な突進を防ぎきることはできないだろう。
それにハンターになりたての俺が参戦したところで、ギルマス、グロリエル、マックスのBランクハンター3人と上手く連携して共闘するのは難しい。
無手を基本とした無幻水心流をベースにした俺の戦闘スタイルでは剣を主体にした3人の動きの邪魔になるだろうというのも理由だった。
それゆえ、今、俺に出来ることはレベッカの放った矢を転がる数多の魔獣の死体から回収して回ることくらいだった。
ギリギリの状態で攻防を続けながらもどうにかサーペントを追い詰めていく。そしてついに追い詰められたサーペントはとぐろを巻くように身を縮め防御一辺倒になった。
防御を固めるつもりか? それなら今がチャンス。
皆がそう思って攻勢に出ようとしたとき、俺の眼にサーペントの体が強く光ったのが見えた。これまで見たことのない程の身体強化だ。
あの体制で何をするつもりだ?
そう思った次の瞬間、サーペントは最大出力の身体強化で溜めた力を一気に開放した!
その様はまるで限界まで引き絞ったゼンマイの留め金を開放するかの如く。凶悪な速度の壁のような薙ぎ払いが、攻勢に転じてサーペントに突進を仕掛けたハンター達を容赦なく襲う。
「ぐあぁぁぁ!」
「ぅああ!?」
そのサーペントの範囲攻撃ともいえる薙ぎ払いは、攻撃を加えていたハンター達をたやすく弾き飛ばし、たまたま矢を回収して離れていた俺のすぐ近くまで達した。
一瞬にして攻守が逆転した。
サーペントを果敢に攻撃していた、ギルマス、マックス、グロリエル、スエルドは全員が地面に倒れ伏している。息はしているが、大ダメージは必至だろう。
その状況に俺が手をこまねいているうちに、サーペントは勝ち誇った様に奇声を上げ、そしてゆっくりとマックスに近づいていった。
マズイ。このままじゃ。何か打開する手は……!
俺と同様にギリギリであの攻撃を逃れたレベッカが牽制の矢を放つ。鱗が剥がれ落ちた個所に矢は突き刺さるが、サーペントはそれを脅威とみなさず無視した。先ほどから鬼神のような攻撃を続けていたマックスを最大の脅威と見なしたようだった。
「マックス!!起きて! お願い! あぁ!?」
レベッカの叫びもむなしく、マックスは立ち上がらない。
俺がその様子に耐えかねて駆けだそうとしたその時、森から何かが飛び出してきたのを捉えた。
「リュージ!これを!早くレベッカさんに!」
「エンリケ!!ナイスタイミング!」
振り返る俺がエンリケが投げた瓶を空中でキャッチすると、急いでレベッカに駆け寄った。
さすがエンリケ。このタイミングならギリギリ間に合うか!?
レベッカに駆け寄り、俺は手にした数本の矢をレベッカに突き出す。その鏃の先端からエンリケから受け取った小瓶に入っていた液体が滴っていた。
「これを!急いで!」
「でも。サーペントには効かないわ!」
「いいから!時間が無い!」
俺は強い目でレベッカを見る。
レベッカは一瞬困惑を見せたが、マックスを飲み込もうとするサーペントを見て、すぐにその矢を取り、目にも止まらないほどの速射を放った。
その矢は見事に鱗の隙間に突き刺さる。
サーペントはその矢を完全に無視し、大口を開けてマックスを捕食しにかかった。
「マックス! お願いだから立ち上がって!!!」
レベッカが叫び声をあげたその時、サーペントは動きを止めた。
よく見るとその巨体を小刻みに震えさせている。やがてサーペントは後退り、苦しみだしたのだ。
―――シャァァアアア!!!
「これは……?」
その様子に目を丸くしたレベッカが俺に顔を向けた。それに対してシルバに騎乗してやってきたエンリケが答えた。
「クリズスズの溶液。ここに来る途中で群生に適した場所を見つけていたからもしやと思って探しに行ったのさ。採取したての溶液は一滴でグリズリーをも昏倒させる猛毒だ。」
クリズスズの溶液。確か、ビッグホーンディアーを仕留めた毒の成分の一つだったかもしれない。それをたっぷりと鏃に垂らしたのだ。
毒を扱うナイトメアサーペントにどこまで効果があるのかは分からなかったが、確かに効いている。ただ、あの巨体だ。奴を殺すまでには至らないみたいだが。
サーペントが苦しみ、もがいているその間に、あのサーペントの攻撃から逃れた治癒術師のナターリアが先ほどの攻撃で倒れているハンター達に治療を施し始めた。
だが、ナターリアも顔色が相当に悪い。あの様子だと魔力が尽きているようで、限界が近いのだろう。
レベッカはクエスト一向が持ってきた最後の中級ポーションを持ってマックスに駆け寄った。
俺たちも倒れているハンター達を少しでも離れたところに移動させる。そのわずかな間に俺も治癒とは告げずに治癒魔法を施していく。ソワレが戦線を離脱している今なら大っぴらにやらなければ問題ないだろうという判断だ。それに今保身を気にしている状況でもない。
しかしサーペントは苦しんでいるとはいえその脅威は健在だ、わずかな治癒を施し気づいたそばからハンター達は立ち上がっていく。
ナターリャの治癒魔法を受けて何とか立ち上がったギルマスがボロボロの体を引きずりながら声を荒げる。
「エンリケがやってくれたぞ! 奴は弱っている! 今がチャンスだ!少しでも動ける奴は加勢しろ! 奴をハントして生きて帰るぞ!」
誰もがボロボロの満身創痍。凡そ戦えるようには見えない。
だが、ギルマスのその無謀にも思える呼びかけに反論するものは居ない。
それどころかボロボロのハンターたちは体を引きずってサーペントに向かっていった。皆、治癒など後回しと言わんばかりに。
前世の感覚で言えば、サーペントが弱っている今だからこそ逃げるべきだろう。だが彼らは違った。死を恐れずに向かっていく。いや、死を恐れないんじゃない。死が怖いからこそ死を避けるために、生をつかみ取るために彼らは悪夢に立ち向かっていく。
きっと彼らは知っているのだ。今逃げても誰かが犠牲になると。この場の全員が生き残るにはサーペントを仕留めなければならないと。
直接的な命の危険とは無縁だった前世の感覚からは考えられないほどの生への執念。生きるために躊躇なく危険に身を投じるその姿。
俺はその姿に身震いした。言葉にならない想いが俺の心を揺さぶった。
俺は前世ではほとんどを寝て過ごしていた。ちょっとでも無理をすれば体が言う事を利かなくなった。いつしか自分で何かを成し遂げようとする気力も湧かなくなっていた。
そんな自分が嫌いだった。
だから自分達の力で未来を切り開こうとする目の前のハンターたちの姿が俺には直視できないほど眩しく映った。
今までならそれを渇望し諦めるだけだった。ゲームの世界で勇者に憧れるだけの子供だった。
だが、今の俺なら。彼らと同じように前に向かって一歩を踏み出せるかもしれない。
いや。俺はそうありたい。それが凛香の願いでもあったはずだ。
そんな熱い思いが俺の心の底から沸き上がり、その熱いエネルギーが俺の心を、体を前に前にと押し出す原動力となった。
そして気づけば俺は目の前の巨大なサーペントに向かって走り出していた。
クリズスズの溶液。皆さん覚えているでしょうか……。
31話に出てきましたね。




