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第53話 ドッグファイト



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 真っ逆さまに滑空していく。

 その横を幾筋もの炎の玉がかすめていった。敵のブレスを避けるのはシロピーに任せてある。


 私は内臓が持ち上がる自由落下の気持ち悪さを無視して詠唱に集中する。流石に上級魔法ともなると戦闘しながらの詠唱は難しい。



『―――荒ぶる旋風の刃となりて その邪悪を切り裂き穿て。 ―トルネード』



 落下しながらワイバーンをかすめる様に上から下に矢の様に通り過ぎざま、トルネードを発動する。今のトルネードは威力最大級レベル。同じ上級魔法でも込める魔力量で威力は全く違う。それがすなわち魔法使いの実力差の指標なのだ。


 ワイバーンが無数の風の刃に引き裂かれながら錐もみして落下していくのを尻目に見ながら地面すれすれで水平飛行に移る。


 ワイバーンは単体でBランク上位に位置づけされる魔獣だけど、ハンター達の間ではAランク相当だと認識されている。その理由はワイバーンが上空を自由に飛び回れるからだ。

 私とシロピーの様にワイバーンと同じように上空を駆けることができるなら、その圧倒的なアドバンテージは無くなる。耐久力はその硬い鱗のせいでグリズリーを凌駕するけれどそれ以外はそれほどでもない。


 それでも、一発で沈めるには威力を込めた上級魔法以上じゃないと難しい。



「ようやく四匹目。」



 そう呟いて上空を見上げると、まだ十数匹のワイバーンが怒りの咆哮を上げていた。この周辺の上空にこの森のすべてのワイバーンが集まっているのではないかとすら思える数だ。

 シロピーやチクチクの反応からここで大量の魔物寄せが焚かれたみたい。それが風に乗って引き寄せられたみたいね。


 コレをやったのはもしかしたらあのゴンザ達かもしれない。

 何て馬鹿なことを。でも、これだけ魔獣が集まってきているなら助からないだろうと思った。


 


 今はそれよりも心配しなきゃ行けないのはこれらがすぐ近くで戦っているリュージ達の元に行ってしまう事。

 もしワイバーン達が向かえば大惨事になる。ここで私が食い止めなきゃ。



「……だけど、これじゃキリがないわ。余り魔法を使いすぎるのも…」



 早くリュージの元に戻りたい。そう思っているとチクチクが“キュイィ!”と鳴いてリュージのいる方向を指さした。

 そちらを見ると、一瞬巨大な大蛇が視えた。すかさず目に魔力を集中させて見るとリュージとエンリケが大蛇に狙われている瞬間だった。


―――いけない!



『――――――万物の理を超越したる御力を示し、我が矢に破魔の権能を与えたもう ―音忘れの疾弓(ソニックブレイク)



 最速で詠唱を行い、素早く魔法弓を射る。瞬間、ソニックブームを発生させて矢が空気を切り裂き大蛇のこめかみを打ち抜いた。


 でも硬い!


 この距離でも通常の魔物なら頭部にあたれば致命傷になるはずなのに、殆ど意に介していない。予想以上の耐久力に次の手を考えていると大蛇の前方に何かが見えた。

 ……!?あれは水の壁!どうやらソワレが近くにいるみたい。




 遠目に見たその様子を確認して安堵した瞬間、上空から無数の火の玉が迫りくる。反応が遅れたわ!急上昇してギリギリでそれらを躱すけれど、少し髪が焼けた。


 もうこれ以上もたもたしていられない。



「シロピー!チクチク!上昇したらあれをお願い!」


 ―――キュ!キュイ!


 それを聞いたチクチクが私をのぞき込む様に鳴いた。この子は私の事を心配してくれている。



「……少しくらいなら大丈夫よ。それよりリュージが心配だわ。」



 私はワイバーンの攻撃を上昇しながら華麗に避けていくシロピーに改めてお願いして、深い詠唱に入った。これだけの数を仕留めて戻るなら、出し惜しみしていられない。





 白い燕の陰が何匹ものワイバーンの群れを下から縫う様に躱しながら突き抜けていく。苛立ったワイバーンを後ろに引き連れながらもさらに上昇していく。

 そして次の瞬間、シロピー達の姿が完全に消えた(・・・)






 シロピーと名付けられた半獣半魔の魔獣は正式名称を“白幻燕ファントムスワロー”と言う。

 この魔獣のランクはSランクとされている。


 ただ、この魔獣が強いからという理由ではない。ほとんどその姿を見せないからだ。ただでさえ警戒心が強く、上空を飛翔するそのスピードは確認されている魔獣の中でも最速を誇るとすら言われる。そんな魔獣を捉えることなどできない。

 しかも、不思議なことに一瞬見えたかと思ってもいつの間にかその姿は周囲に溶け込みたちまち見失うのだ。故に“幻”の燕。





 だが、それに乗るリンは知っていた。白幻燕ファントムスワローが見せる“幻”は比喩などではないことを。それは白幻燕ファントムスワローの固有魔法、《インビジブル》。

 この《インビジブル》は光を屈折させる魔法だった。擬態などではないゆえに、歪みすらもなく完全に不可視となるのだ。

 リュージはそれをヒントに後に新しい魔法を開発するのだがそれはまた別の話。







 突然追っていた獲物が目の前で消えたことでワイバーン達は困惑し、ウロウロとその上空で旋回していた。

 しばらく固まっていたワイバーン達は苛立ち気に騒ぎ立てたのち、前方一キロ先に何かを見つけたのか一斉にその方向を変えて動き出したその時、上空から鈴を鳴らすような詠唱が響き渡った。



『――――――神嵐烈槌ラ・ファーガ!』



 次の瞬間、巨大な円柱がワイバーン達を中に取り込む様に出現し、その風の檻がワイバーン達を閉じ込めた。

 

 その円柱の上部から不可視の壁が地面に向かって落ちていく。その上空から押し寄せる空気の壁がその円柱にとらわれたワイバーン達を叩き落していく。上部からの壁に押し付けられたワイバーン達は成すすべなく地面に向かって落ちていく。その落下スピードが極限に達したところでついに地面に到達し、天から降り注いだ鉄槌と地面に挟まれ、潰されたワイバーン達はそれだけでそのほとんどが絶命した。


 それはさながらの様に文字通り空間ごと押しつぶしたのだ。


 さらにわずかに生き残ったワイバーン達も、空気の柱の内部に発生した灼熱の竜巻によってそのことごとくが粉砕されていく。



「ッくっ!」



 その大魔法を放ったリンは、シロピーの上でその胸を抑えてうずくまっていた。チクチクが心配そうにその黒いつぶらな眼をリンに向けている。



 しばらくして、胸の痛みがある程度収まったリンがシロピーにリュージの元に戻るようお願いしたその時。


 リンが弾かれたように後ろを見た。




 広大な蛇の森のほぼ中央に位置する“蛇の沼”のその向こうに白い雪をかぶった高い山々が見える。カムチャク山脈だ。

 その手前、まだ小さな点にしか見えない何かが途轍もない存在感を以て上空に浮かんでいた。飛翔していると思われるその黒い点の影は次第に大きくなってきていた。しかもその背後にいくつかの点が見える。



「……何かしら……。 すごい速さでこちらに向かっている。」



 リンはすかさず魔力を目に込めて、しばらくして目を見開いた。



 ―――ドラゴン!?



 これまでの赤い鱗のワイバーンとは明らかに異なる黒色。その大きさは二回りほども大きく、更にその後に数匹のワイバーンを従えていた。

 ワイバーンを従える黒竜がカムチャク山脈を寝床にしているという噂はこの周辺では有名な話だ。主が移動したのを見て動き出したのかもしれない。


 いずれにせよ、その進行方向にはリュージ達がいた。



「……リュージ。もうちょっと頑張って。死なないで。」



 リンはリュージのいる霧の森をチラリと見てつぶやき、胸を抑えながらその黒竜に向かって風の様に飛んでいった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


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