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第51話 VSグリズリー再び



「うぁぁぁ!主だ!」

「逃げろ!」

「ヒィィ!助けてくれ!」

「誰か、怪我人を避難させ―――グァァァ」



 ハンター達を突然飲み込んだそのバケモノが地面からその巨体をあらわにした。胴幅は少なくとも2メートル、全長20メートルほどはある。その巨大すぎるその体はもはや俺の位置から全貌が分からないほどだった。






 守るべき怪我人の真下から突如現れたナトメアサーペントはその巨体で縦横無尽に暴れ回り、怪我人たちを次々とつぶし、捕食していく。

 これまでギリギリで保ってきた魔獣の群れとの拮抗が容易く瓦解していく。




 ギルマスは指示を飛ばしながらナイトメアサーペントに向かうが、切り交わしていた魔獣が邪魔となり出遅れているようだった。焔狼のメンバーも同じだ。


 一番近くに居たキャッスルの面々は突然の出来事に完全に動きを止めていた。守るべき怪我人たちが1番の脅威の傍にいるからだろうか。

 その戦闘スタイルからか分からないが、サーペントに突っ込むことを躊躇っているようで、もはやパーティーメンバーのナターリャを守ることを優先しているようだった。




 俺達を完全な混乱状態に陥れたナイトメアサーペントを改めて視る。


「……なんて大きさ……」



 俺はその余の大きさと禍々しい殺気に思わず腰がひける。


 コブラのように上体はやや平らになっていて、頭と思われる部分に6つの目と額の部分には人の形に似た突起がある。あれで人を誘い出していたのだろう。その証拠にレベッカが放った矢が折れて突き刺さっていた。

 そして背骨に沿って無数の穴が所々に開いていてそこからあの毒の霧が噴き出ていた。



 先ほどから鳴りやまなかったALTのカウントアップがようやく止まった。それを見て思わず思考が止まる。



 ――――――――

 ナイトメアサーペント(魔獣)

 ALT:23,470

 ――――――――



 この巨体とALT、およそ人の手に負える様には思えなかった。





「っく!」



 声のした方を見ると、これまで障壁を張っていたソワレがそれを解いたところだった。

 この霧を防ぐフィールドの内側で霧を噴き出されてはもはや意味がないということだろう。





 俺は暴れるサーペントの様子を伺いつつも焦っていた。そのすぐ近くにエンリケがいたからだ。



「エンリケ!早く!」



 シルバの突進で最初の攻撃から辛くも逃れたエンリケであったが、まだ満足に立てなかったため逃げきれていないのだ。

 そんなエンリケを助ようとシルバがエンリケの襟首を咥えて引きずるようにこちらに逃れようとしている。


 サーペントが向こう側のギルマスに注意を向けている間に駆け出し、エンリケに駆け寄る。そしてエンリケに肩を貸しその場を急いで離脱する。



 その時ふといつものピリピリとした嫌な予感が俺を襲った。急いで振り返ると、サーペントが逃げる俺達に気付き、こちらを向いて立ち上がりその鎌首をもたげて睨んでいた。



「マズイ!気づかれた!」



 俺達は、全力で駆ける。

 だけど、巨大な化け物にとってはその歩みはアリのように遅いものなのだろう。サーペントは俺達の逃走を嘲笑うかのようにその巨体に似合わないスピードで突進してきた。




 巨大な口が俺達を丸呑みにしようと迫ってくる。余りに巨大なその口になすすべなく飲み込まれる。そう思った時―



 ―――ゴワゥ!ドパンッ!



 風を切り裂く音がした直後、鉄板に金槌を打ち付けたような音がして、サーペントのこめかみの鱗が何枚か飛び散り一瞬サーペントが動きを止めた。見るとサーペントのこめかみ部分から青い血が滴っていた。


 何かが飛来してサーペントのあの強靭な鱗を強かに打ち付けたのだ。



 ……何が?


 そう思って飛来した方を見ると、サーペントのこめかみから斜め45度方向、遥か彼方の上空まで何かが霧を切り裂いた跡が伸びていた。そして、その霧の切れ間の先に、小さく飛燕ファントムスワローの影が見えた。


 ―――リンだ。


 あそこからここまで1キロはある。リンが俺の危険を察知していつか見せたあの風を纏った矢でピンポイントの狙撃を行ったのだ。


 何という視力と威力、それに精度だろうか。

 だが長距離だからかサーペントの鱗の強度のせいか、残念ながら致命傷に至っていない。




 一瞬怯んだサーペントはさらなる狙撃が来ないことを確認した後、また俺たちに向き直り追撃の構えを見せた。だが、その目の前に水の壁が突如立ち上がりその進行を止めた。ハイドラシールドだ。いや、この規模はハイドラウォールかもしれない。



 前を見ると、魔法の残光を煌めかせた錫杖を掲げるソワレがいた。彼女が俺達を守ってくれたのだ。命拾いした。



 俺達はそのままソワレの元まで駆ける。


「ありがとう。」

「動けない俺を。ありがとう。」

 エンリケは悔しそうな顔をしながらも深く頭を下げた。


「礼はいい。それよりここからが本番。気を抜かないで。」


 ソワレは短くそう言って、サーペントを見た。

 

 既にハイドラウォールは消失していたが、サーペントはソワレの魔法に警戒したのか、苛立たちそうにその長く細い舌をチロチロと出しながら顔を上げてこちらを威嚇している。





 束の間の膠着状態。


 周りを見ればいつの間にか霧が立ち込め始めていた。

 その時になってようやく俺はサーペントによって救出隊が完全に分断されたことに気づいた。


 俺の見える範囲にはソワレ、シルバ、エンリケ、そしてやや離れた位置に周囲から押し寄せる魔獣と戦っている焔狼のマックスとレベッカが見えるだけだった。

 それ以外は眼前に立ち塞がる巨大な化け物の向こう側、あるいは霧の向こう側だ。



 怒号や叫び声、剣が弾かれる音から、霧の向こうで戦っているのはキャッスルとスレイプニル、ギルマスのようだとわかる。

 おそらく向こうには他の魔獣が襲いかかってきているのだろう。



 わずか五人でこの化物と迫りくる魔獣に対峙しなければならないと言う事に気づき、さすがにぞっとした。この絶望的とも言える状況に俺はゴクリと唾を飲み込む。


 この絶望的な雰囲気に飲み込まれそうになっている自分に気づき、ぐっと歯を食いしばった。


 俺はこんな所ではまだ死ねない。凛香の分まで生きると約束したんだ。それにリンには借りを返せていない。ここで死んだらきっとあの世で凛香に怒られるだろう。



 何としても生き残るんだ。

 そう強く願い、首に巻いたマフラーをギュッと握りしめた。





 そうして俺が覚悟を新たにしているところに横合いから声がかかった。



「司教様!坊主!無事か!」

「みんな無事?」



 ナイトメアサーペントに対峙していた俺たちの前に焔狼のマックスとレベッカが駆けつけてくれた。



「マックスさん!助かったよ! 前衛が居なくて。」



 いかに詠唱の早いソワレでも前衛なしでは魔法による防御で精一杯だろう。



「ああ。俺が来たからにはもう大丈夫だって言いたいんだけどな……。そう言うわけにもいかねぇんだわ。 こっちも多すぎて対処しきれずってところだ。」



 自嘲気味にそう言ったマックスの睨む先、サーペントの背後、その霧の向こうから無数の魔獣が現れた。



「そんな……。」



 余りにも多いその数に気圧されそうになっていた時、不意にソワレがつぶやくように言った。



「あなた。サーペントの気をひける?その間に範囲魔法を打ち込む。」




「雑魚共を一掃出来るならありがたい。 正直俺だけじゃ荷が重いけど、どうにかやってやんよ! レベッカ!坊主とシルバと協力して取りこぼした他の魔獣に対処してくれ!」


 マックスはレベッカに指示を飛ばしたかと思えば、すぐさま雄叫びを上げて駆けだした。



 ―――おおぉぉお!



 左手の円盾を前に、右手のロングソードを上段に水平に構えて突っ込んでいく。

 その動きには一瞬の躊躇も無かった。あの巨大な化け物に怯まないあの胆力は素直にすごい。そう思った。



 ソワレはそれをチラリと見ると、目を閉じて魔力を練り始めた。さっき言った魔法を発動するつもりだ。

 魔法詠唱が始まる前から恐ろしい量の魔力が循環し始めているのが俺の目にははっきりと映った。


 詠唱前から魔力門を開き始めているのか!?





 それを見届ける間も無く、横から声がかかる。レベッカだ。その声に余裕は無い。



「リュージ君!司教様が魔法を発動するまで少しだけ時間がかかる。

 右手からウルフが2匹!左からグリズリーが来てるわ!私がグリズリーをどうにか足止めするから、シルバと一緒にウルフの気を引いてくれる?

 正直ルーキーにお願い出来るレベルじゃないんだけど……今はそれしかないわ。決して無理しちゃダメよ。」



 レベッカの提案に俺は状況を素早く確認する。


 確かにグリズリーが左手からすぐそこまで来ていた。一方、右手のウルフはまだ距離がある。だが、ここまで接近したグリズリーを長弓使いのレベッカが抑えるには難しい様に思えた。



「俺がグリズリーを抑える!レベッカさんはウルフを仕留めたら援護を!シルバはウフルの足を乱すんだ!行って!」


「あ!?リュージ君!まって!……なんて無謀な!」



 俺は後ろから聞こえるレベッカの静止を無視してグリズリーに駆け出した。

 もはや俺の実力を偽装している余裕はなくなった。生き残ることに全力を注ぐべきだ。


 俺は《彗心眼》と体表の魔力を使った身体強化魔法エレクトロブースト、そして電磁気短波探知魔法エレクトロマグネティックソナーを全開発動する。

 全開とは言っても、筋肉に過負荷がかからないラインを見定める。この辺の微妙な魔力制御は寝ているとき以外常に行ってきた今の俺にとっては空気を吸う様に自然と出来る様になっていた。


 俺は自分の駆ける速さに、改めて驚く。


 前世の虚弱体質を思えば、自分がこんなにも早く走ることができる様になるなんて、信じられないくらいだ。

 思えば、このエレクトロブーストを使う様になってから、いつも極限ギリギリまで筋力を行使していた。その度に自動回復魔法オートリジェネで回復していたが、もしかしたらその時の筋肉の超回復で自分の思う以上に筋力がついていたのかもしれない。





 そんな場違いな思考をしている間に六本足の巨大なグリズリーを目前にとらえる。あの巨大なビルの様なナイトメアサーペントを見た後だからだろうか。立ち上がれば三メーターはあろうかと言う巨大なクマのバケモノを前にしても、不思議と恐怖を感じていない自分に驚く。



 不意に目前に迫るグリズリーが急に立ち止まって、のけぞる様に大きく息を吸い込んだ。あの咆哮が来る!

 直後、俺の右横を強力な矢が空気を切り裂いて通り抜けた。レベッカの援護射撃だ。

 グリズリーはその眼前に迫る矢を腕を上げて防いだ。強靭な腕の剛毛と筋肉のせいで致命傷を与えたわけではなかったが、狙い通りあの咆哮をキャンセルさせることには成功していた。



 魂魄同調アニマレゾナンスを発動している俺には咆哮が効かないという事をレベッカは知らない。咆哮をキャンセルすることは俺にとってはあまり意味が無かったが、結果的にグリズリーの気勢を削いだことで俺の接近を容易にする効果は十分にあった。



 俺は躊躇なくそのまま直進する。

 そんな俺にグリズリーがハエでも払うかのように腕を振るう。奴にとって俺は羽虫ほどの脅威ですらないらしい。


 グリズリーの強靭な爪が俺の華奢な胴体に触れる直前、俺は左手でその腕を下から救い上げる様にそっとあてて、その腕の下に潜り込む様に身をかがめる。


 グリズリーの強靭な腕のなぎ払いは、たやすく生物を切り裂くべく正しく振るわれたはずだった。その腕はリュージの細腕を当てただけでその下に潜り込める様なモノではない。

 だが、なぜかその腕はリュージの体をまるで避ける様にその軌道を突然変え、勢いよく空振った。




 ――― 閃雷魔操エレクトロコマンドナーヴ




 リュージの魔法により発生した電気はリュージの細腕が触れた瞬間にグリズリーの腕の神経に入り込み、グリズリーの上腕二頭筋と三角筋に誤情報を送り込んだ。

 リュージを切り裂くはずだった腕はグリズリーの意図しない動きによってリュージを避ける様に誤動作させられたのだ。


 これは意志でどうにか防げるものではない。なぜなら、自身の脳からの電気信号に関係なく強制的に動かされるのだから。閃雷魔操エレクトロコマンドナーヴは筋肉を電気信号で動かしている生物である限り不可避な魔法であった。




 グリズリーの腕をかがむ様に掻い潜った俺は最も毛と皮が薄いと思われる脇の下をねらって、右手の宵闇の籠手の仕込み刀で切り裂いた。



 ―――ザシュッ!



 俺が通り過ぎると同時に鮮血が舞う。


 あれだけ強靭な剛毛と皮に覆われたグリズリーを高周波振動ブレードはたやすく切り裂いた。



 ―――グォオオ!



 まさか羽虫のごとき俺の攻撃でダメージを受けるとは思っていなかったのだろう。グリズリーは小さな悲鳴を上げた。

 とはいえ、さすがの巨体だ。俺の仕込み刀ではグリズリーの分厚い筋肉に阻まれて動脈には到達していなかったようだ。


 予想しない痛みをグリズリーは怒りで塗りつぶす様に吼えて、もう一本の腕を払いのける様に振るった。


 《彗心眼》でその前兆を把握していた俺は、脇腹近くの腕の付け根に左手を添えてそこを支点に半身をひるがえす様にさらにグリズリーに肉薄してその薙ぎを脇の下を潜り抜ける様に潜り込みながら閃雷魔操エレクトロコマンドナーヴを発動する。


 それによってグリズリーは自身が想像するよりも遥かに大振りになった腕の動きにバランスを崩し、俺の華奢な腕を支点に前のめりに崩れ落ちた。



 不意の転倒程度ではグリズリーに実質的なダメージは無い。飛び起きたグリズリーは自分が目の前の羽虫にいいようにされたことによほど腹を立てたのか、狂ったように腕を振り回し襲ってきた。


 怒りで我を忘れている目の前のグリズリーは俺の思うつぼだ。



 その大振りな腕を紙一重で躱し、その直後体重を乗せた逆の腕の振り下ろしを確認する前に一歩踏み込み閃雷魔操エレクトロコマンドナーヴと《流水心》で再びグリズリーを転がし、すれ違いざまに高周波ブレードで切り刻んでいく。




 そうやってひたすらにグリズリーを転がしながらブレードでダメージを与えていくのだ。以前グリズリーを仕留めた時は、メガネが無かったがゆえに体内魔力が暴走しかけて居た。だからそれを使って強力な紫電エレクトロキュートでグリズリーを仕留めることができたが、あれは諸刃の剣だ。やりたくない。



 あの時同様にグリズリーを一発で仕留められる決定打はないものの、こうやって切り刻んでいけば、いずれ血を失い仕留めることができるだろう。

 それに今は仕留めることよりもソワレの詠唱の時間を稼ぐことが重要だ。




 そんな攻防を続けていると、さすがにグリズリーも俺に近づくのは危険だと学習したようだ。

 一旦距離をとり、大きく息を吸い込みのけぞった。その時、その口に吸い込まれる様に矢が突き刺さった。これにはさすがにグリズリーも悲鳴を上げ、のたうち回った。


 ちらりとそちらを見るとやや大きく目を見開き弓を構えるレベッカが見えた。



 喉を貫かれて無様に転がるグリズリーに素早く肉薄し、これまでガードの硬かった頭部をさらしたその瞬間を見逃さずに高周波振動ブレードを突き刺した。



 その一撃が致命傷となったようでグリズリーは動かなくなった。


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