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第49話 霧中の刺客


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 辺りは霧に包まれていた。ひどく見通しが悪い。



「ゴンザ。やっぱり逃げよう。この霧じゃ俺たちが遭難しちまう。」


「うるせぇ。もう後がねぇんだよ。グロリエルの旦那はこれで最後だと言った。奴らの帰り道に少量の魔物寄せを焚けばそれでしまいだってよ。」


「……俺たちは何度も失敗した。それにあのリンとガキに見られてる。本当に旦那はこれで許してくれるんだろうか。」


 ゴンザは魔物寄せの香を焚く準備をしながら、その問いに無言だった。しばらくして、重々しく言った。


「……いや。もう見限られてるかもな。俺たちを使い捨てするつもりかもしれん。」


「だったら早く逃げちまおう!最後の仕事の報酬として薬もある程度もらったしよ。」


「……俺もそう考えたんだ。だが、これをやらずに逃げたら確実にバレる。口封じのためグロリエルは俺達を地の果てまで追い続けるだろうな。」


「っ!?確かに。」


「だから、これを焚いて仕事を終えて、森に迷ったか魔獣に襲われて死んだ様に偽装したとしたらどうだ?この森の深部なら大した調査も出来やしない。諦めるかもしれねぇ。」


「……ゴンザ。お前、昨日から冴えてるな。それで行こう。そうと決まれば、とっととずらかろうぜ。この霧は気味が悪すぎる。」


 ゴンザはモヒカン男の賛同に答えず、手に握った魔物寄せの香をしばらくじっと見つめていた。不意に小さくつぶやいた。


「……いや。もっといい方法があった。グロリエルが街に戻らなければいい……。」


「ゴンザ……お前……。」


 ゴンザの顔を見たモヒカン男は引き気味に一歩後ずさる。それに構わずゴンザは香に火をつけ始めた。


 煙を上げ始めた香の上に更に香を積み上げていく。手持ちの分を全て。


「ヒヒ!そうだ。こんな単純なこと何で思いつかなかったんだ。あいつもバカな奴だ。これ程の量を俺に手渡すんだからな。……これで。これで俺たちは自由だ!いや、あいつの地位を奪う事さえできる!」


「ゴンザ!お前正気か!?そんな量をここで焚いたらどうなるか分かってんのか!?」


「うるせぇ!俺たちが生き残るにはこれしかねぇんだよ!お前も一蓮托生だ!」



 ゴンザの狂気に満ちたその顔に、ゴンザの凶行を止めるべく伸ばしたはずのその手を止めた。しばらくしてモヒカン男が顔を背ける。ゴンザの背後でもうもうと煙を上げる様を見てもう後戻りできないと諦めたようだ。





 その後、ほどなくして二人はその場から逃げ出した。





 全力で走るゴンザはしばらくして、一緒に走っていたモヒカン男の足音がしなくなっていることに気づいた。



「おい、サム。サム!どこに居る!」



 気づけばつい先ほどよりも随分と霧が濃くなっている。サムはガキに負わされた先日のケガが治りきっていなかったし、この濃霧じゃはぐれても仕方ないかもしれないとゴンザは思った。何せ、2メートル程度先すらもぼやけているのだから。


 クエストの一行が近くに居る可能性がある以上、余り大きな声は出せない。仕方なく逃げてきた道を慎重に戻っていくと、霧の切れ間に人影が見えた気がした。


「サム!こんなところに居やがったか。こっちだ。急ぐぞ!」


 サムと呼ばれたモヒカン男の影はゴンザの呼びかけに答えず、立ち尽くしている様だった。その様子に一瞬訝しむが、その影に近づいていく。



「おい……サム?」



 ゴンザが後ろを向くモヒカン男の肩に手をかけてようやく男が振り向いた。ゴンザはその男の顔を見た瞬間、目を大きく見開いた。

 その男には顔が無かった(・・・・・・)からだ。



 ―――ッ!?!??


 ゴンザが声にならない悲鳴を上げかけたその瞬間、ゴンザの足元の地面が割れて一瞬にして飲み込まれ、そして消えた。まさに一瞬の出来事だった。




 深い深い霧の立ち込める森が次第にざわつき始める。香の匂いにつられ森中のありとあらゆる魔獣たちが集まり始めた音だった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 そんな事件が直前に起こっていたなどは露知らず、霧に包まれたこの森で緊急クエストの一行が集まっていた。



「誰か、ヨナとギプロスを見た者はいないか?」



 ヨナとギプロス……確か一人が洞窟で助けた人で、もう一人がそれに肩を貸していた人だったはず。うん。俺の増えた荷物にギプロスの名前が書いてあるから間違いないだろう。




「さっきの休憩の時まではちゃんといたぜ。」

「ああ。それは俺も確認した。出発の時に点呼したが、人数はあっていたはずだ。」



 皆が口々に言う。だが、休憩後、問題の二人がいつはぐれたのかは誰も分からなかった。



「いくら霧が濃いからと言って、彼らは熟練のハンターだ。そうそう集団を見失うことなどないと思うが。」



 ギルマスはチラリとソワレを見た。例の探知魔法を期待しているのだろうか。それに対してソワレはゆっくりと首を横にふった。



「あの魔法は生物の水分を探知する。コレだけ霧が濃いと無理。」



 その回答にギルマスは顎に手を当てて考える。この霧ではリンの上空からの探索も不可能だ。しばらくして顔を上げて声を張り上げた。



「あのケガではそう遠くにいっていないはずだ。戻りつつ捜索するぞ!」



 さっき休憩してからそれほど経っていない。来た道をいったん戻りつつ探索することとなった。俺が持っていたギプロスの荷物の匂いを記憶したシルバが来た道を戻りながら先頭を行く。



 ―――



 10分ほど戻った頃だろうか、急にシルバが来た道から外れ、森の中へと入っていく。



「ここからはぐれたみたいです。」



 エンリケはギルマスにそういってシルバに先を促し進んでいく。




 なんでこんなところで突然道をそれたのだろう……疑問に思いつつも一行は捜索を続けていく。


 しかし、数分したところでシルバがウロウロしだし、それ以上匂いを追えなくなってしまったようだ。

 原因はわからないが、これ以降は匂いに頼らずに人の手で捜索が必要だ。



 俺たちはいったんそこで立ち止まり、はぐれないようにと一所にまとまって待機し、数名のベテランの斥候達が周辺の捜索を開始する。



 ―――



「師匠。気づきましたか?この足跡ちょっとおかしいですぜ。」


 駿馬スレイプニルのスエルドがギルマスに確認を入れてきた。


「ああ。ヨナは一人でどうにか歩けるかどうかのケガだった。それが、途中からギプロスの肩を借りずに一人ずつ歩いてここまで来ているようだ。ギプロスがヨナを一人で歩かせたことになるが、それはあり得ないだろう。」


「ええ。それに、この先の足跡の消え方。なんの痕跡も残さず、きれいさっぱり消えているのが、どうにも。魔獣に襲われたなら何かしら争った跡が残るはず。 ……師匠。」


「ああ。まずいな。」



 ―――



 そうして探索している間にも霧が濃くなってくる。もう視界は数メートル先までしか見えない。

 しばらくすると、周辺の捜査を早々と切り上げたのかギルマス含めた斥候メンバーが戻ってきた。


「周辺を捜索したが、見つからない。どうにも嫌な感じだ。いずれにせよこの霧では捜索が困難なため、いったん先ほどの休憩した場所まで戻ることにする。もしかしたら、二人もそこに戻っているかもしれない。」



 それを受け、出発のため皆が点呼を始めた。



「1,2……17、18……」


「……」



「おい!19と20はどうした!」


 その呼びかけには誰も答えない。


「……馬鹿な!?全員見える位置に集まれ!」

 


 ギルマスはまさかといった顔で、全員を見える範囲に呼び寄せる。俺もあわてて近くのエンリケとソワレ、リンとともにあつまる。

 その時城塞キャッスルのリーダー、グロリエルが慌てたように声を上げる。



「おい。うちのドリエットがいないぞ。 おい、セサミ。お前さっきまで一緒にいただろう。いついなくなった!?」


 グロリエルはパーティーメンバーが居なくなったことをメンバーのセサミに問いただす。ドリエットは城塞キャッスルの後衛、兼斥候を担う猿のような顔をした男だったはずだ。


 また誰かが声を上げる。


「おい!ムラーノはどうした!?誰か見たか?」




 この異常事態に、場がざわつき出す。


 

 やっぱりこの短時間でさらに二人いなくなっている。

 だが、蛇の森でハントをすることの多いクロスメントのハンター達が霧に包まれているとはいえ早々はぐれるものだろうか?特にドリエットは斥候だ。視界が悪くはぐれやすいこの状況を熟知していたはずで、突然の喪失はありえない。



「攻撃されているわね……。」


 リンがぼそりと呟いた。場が騒然とする。


 俺の《彗心眼》にも、メガネにもソナーにも今のところ反応はない。だが、リンだけでなくシルバもチクチクもそわそわして何かを感じているようだ。

 ソワレもキョロキョロと辺りを探っている。


「……精神干渉系の魔法なら……。だけど―」


 キャッスルのレベッカがリンの呟きの原因について思考する。


「魔法で精神干渉されている感じはしないわ。というか、これだけの集団を遠距離から魔法で精神に干渉するなんて不可能なはず……。」


 皆の考察にソワレが確信したようにぼそりと口ずさんだ。


「この霧が原因。」



 ソワレの指摘に納得したのか、ギルマスが声を上げる。


「皆、すぐに口を覆え!霧を出来る限り吸い込むな!」


 その直後、誰かが声をあげた。


「誰だ!?……ムラーノか? 何だ。そんなところにいたのか。」


 その声のする方を見ると、フリーのハンターの一人が霧の向こうに佇む人影に向かい歩み寄っていくところだった。


「待て!不用意に集団を離れるな!」


 ギルマスの静止を無視した男は、直後急に濃くなった霧の向こうに消えた。そして深い霧に包まれた森を再び静寂が包んだ。



「くそ! 全員、臨戦体制! 集団を離れるな! 精神を侵されている可能性がある!周囲の人間の様子をよく観察しろ! 明らかにおかしい場合は無力化しろ!」



 そうこうしている間にも、フラフラと集団から離れようと動き出す者が現れ始めた。焔狼フレイムウフルのマックスもそのうちの一人だった。


 隣を見ると、エンリケの目が座り、何やら呟いて何もない虚空に手を伸ばすように歩き出そうとしている。シルバはエンリケの服を咥えて引っ張っていた。シルバが止めてくれていたようだ。


「エンリケ!しっかりしろ!」


 俺はもはや酩酊状態のエンリケの顔を強く叩く。一瞬、怯むもののこの精神異常は治らないようだ。手を締め上げても痛みも忘れて前進しようとする始末だ。


 仕方ないと俺はエンリケを地面に組み伏せ、周囲を見る。



 もう、誰が正常で誰が異常なのかも分からず、混乱し始めている。よく見ると、どうも男のハンターの方が精神異常がひどいことに気づく。なぜか俺には効果がない。

 ギルマスもこの精神攻撃が効かないようで、精神異常がひどいハンター達を気絶させはじめた。確かに現状はこれしか撃つ手がない。



 彼らは何か幻影を見ているのか、誰もが霧に手を伸ばすように何事か呟いている。中には涙を流している者さえいた。



「っああ。お前生きていたのか……?どうした戻ってこい……」

「……っ!戻ってきてくれたのか!?…あぁ。そうだな、一緒に行こう……」

「……待ってくれ。行かないでくれ……」



 ハンター達は後悔や安堵、歓喜、焦燥など表情は様々であったが、そのどれもに切実な思いが込められていることは疑いようもなかった。


 そんな姿を見て、俺は怒りが湧きあがるのを感じた。


「人の心の傷につけ込んで……許せない。」



 焔狼のマックスはシャスティンに止められているが、その力は強く、抑えきれそうに無い。マックスが手を伸ばすその先をよく見ると、チラリと霧の向こうに人影が見えた気がした。


 リンは俺と同じものが視えていたのか、すぐに詠唱を始めた。



『――― エアレイド!』


 一瞬強風がその影の方向の霧を吹き飛ばす。その先に人影らしきものがあらわになった瞬間、リンの矢が放たれた。

 その矢は確かに影に突き刺さるかに思えたが、フッと姿を消しそしてまた霧が周辺を覆った。周囲の霧が濃すぎて霧を吹き飛ばしても回り込む様にまた霧が覆ってしまうのだ。


「もう。霧がじゃまね。」


 リンはそう悪態をつくが、狙いはあっている筈だ。俺もあの人影らしきものがキーになると思った。人影に見えるそれは、アニマの輝きが人とは全く異なっていて人ではないことが一目でわかったからだ。



 どうやってこの霧の中あれを仕留めるか思案していると、キィー!と上空から魔獣の鳴き声がした。その黒板を爪でこすったような耳障りな音は上空のあちらこちらから聞こえはじめる。



「ブラッディ―バットだ!」


 誰かが叫んだ。



 しばらくして俺の《彗心眼》にその影が映った。かなり大きいコウモリのような魔獣だ。しかもなん十匹もの群れだった。奴らはこの濃い霧の中であっても視覚に頼らずに正確に俺たちの位置を補足する。


 マズイ。みんな仲間を抑えるだけで精いっぱいだ。




 そう思っていると俺の隣から詠唱の呟きが聞こえた。



『―――天の光よ その姿変え 水霧に抗う盾となれ ―アンチハイドロミスト』


 その詠唱と同時、ソワレの錫杖を中心にドーム状の透明な膜が見る見るうちに広がり、この厄介な霧を押しのけていく。半径十メートルはあるドーム状の幕が俺達を包み込んだ。


 皆がそれを成したソワレを見た。


「早く治療を。長時間は持たない。この霧が原因なら解毒剤が効くはず。 それと飛燕ファントムスワローは羽虫の処理をお願い。」


 リンは首是をして上空を見た。このドームのてっぺんから青空がのぞいていた。上空までは霧は立ち込めていないようだった。それを確認してリンは指笛を吹き、近くの木を駆け上り霧の上へと消えた。


 ギルマスも既に動き出していた。手早く精神異常をきたしているハンターを集め、ナターリャを中心に準備していた解毒剤を投与していく。




 あのコウモリたちがこのドームに迫りつつある中、しばらくして上空から突風が吹き荒れ、霧をさらに押しのける。それによって一瞬あのコウモリたちの姿があらわになった次の瞬間、風の刃が上空からコウモリたちを襲い切り裂いていった。

 あれはリンの風属性の上級魔法トルネードだ。


 それ一発がコウモリの群れの殆どを殲滅していく。相変わらず恐ろしい威力だ。しかも上空からの空襲は防ぎようがない。AAランク相当と言いうのも頷ける。



 しかしリンは撃ち漏らしたコウモリを追撃することはなく、飛んで行ってしまった。なんだ?と思いその先の上空を見ると、霧の切れ間からより強い輝きが視えた。


「あれは―――ワイバーンの群れか?」


 直後、ワイバーンの咆哮が森にとどろいた。リンはそれを見てそちらの対処に行ったのだ。



 リンが居なくなったことでまた霧が周囲から押し寄せ、ドーム状の幕に張り付く。ドームの先はたちまち霧に包まれた。


 更にリンが打ち漏らしたコウモリたちが散発的に俺たちを襲い、精神を冒されていない数人のハンター達がその対処にあたっているため、思う様に治療が進められないでいた。



 そんな状況で霧の向こうにまた人影が見えた。それにつられて酩酊状態の男のハンター達はまたフラフラと歩き出す。

 このままでは戦線が崩壊する。






 そう思った俺はごめんと言ってエンリケの頸動脈を絞めて気絶させ、レベッカに駆け寄った。


 焔狼の長弓使いのレベッカはあの霧の向こうの人影を狙っていたからだ。だが、霧でよく見えずに狙いが定まらないようだった。何度か矢を放っているが、そのどれもに手応えがないのだ。



 だが、俺には視えていた。人影に見える何かが地面から出ては消えている様が。これじゃ当たらないのも道理だ。






 レベッカに駆け寄り肩を掴んでその焦燥に駆られた目を見つめて言った。


「俺には敵が見える。信じてくれ。示す先に敵がいる。」


 レベッカは最初こそ驚いた顔をしていたが、マックスが今にも霧の向こうに飛び出してしまいそうな現状を見て俺にかけてみようと思ったのだろう。首是して前を見定め、長弓を引き絞った。


「……右15度、下3度……もう少し左。そこ。まだ……今!」


 俺の合図で放たれたその強靭な矢は霧を切り裂いて飛んでいく。

 濃霧の向こう、人影の様なものが地面から飛び出した直後、矢が見事その眉間に吸い込まれるように突き刺さったのだ。



 ―――ギィィィヤァィィイィィィ!



 耳をつんざくような魔獣の叫びが霧の森に響き渡った。



「やったわ!」



 喜び勇んだその直後、霧の向こう側で巨大な蛇の影が巨木のように立ち上がった。

 なんという異様。まるで聳え立つビルだ。

 その姿を直視せずとも濃霧越しにその暴力的な威圧プレッシャーを感じた。その威圧感に耐えらず多くのハンターがその顔を恐怖に染めていた。


 しかしその直後、まるで何も無かったかのように気配が消え、巨大な影は濃霧の奥に消えていった。



 あれが―――ナイトメアサーペント


 あの心胆を冷えさせるような殺気と威圧感。

 あの怒りに満ちた様子では諦めてくれそうもないなと心の中で悪態をつくのだった。



少し長くなってしまいました。。。

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