第48話 立ち込める霧
「スエルド!? 生きていたか!」
洞窟の入り口に差し掛かったとことで、人影が現れた。それは探していた被救助者、蛇の森調査隊のリーダー、スエルドだった。ギルマスが駆け寄って無事を確かめる。
「おお!!師匠!? 来てくれたのですね! ということはエドが成し遂げてくれたか!」
二人は手早く状況を共有し、スエルドの案内で奥の洞窟に案内される。その際、ギルマスが辺りを見回して、俺を見つけて手招きされた。お前も来いという事だろう。
俺はソワレの荷物持ちだ。本来なら狭い奥に連れていかれることは無いが、他のメンバーは洞窟の入り口周辺で見張りと防衛だ。全く役に立たない俺が雑用係として呼ばれたという事だろう。
奥に案内されるということは、まだ生存者がいるということ。俺たちの救護は無駄じゃなかったということだ。
そう言えばこのスエルドという人物、確かこの町の最後のBランクパーティー駿馬のリーダーだったはずだ。ギルマスの弟子だったらしい。
奥に続く洞窟にはギルマスにスエルド、ソワレに俺、そしてナターリャが続いて入っていく。
洞窟の奥、人一人が入れるかどうかの通路の先、行き止まりの少し開けたとこに三人の人影がいた。二人が横になり、一人が壁に腰を下ろして首を垂れて座っていた。
到着後、すぐに治療が始まる。城塞の治癒術師ナターリャが手際よく治療を始める。
事前に準備していたというだけあって、2本の中級ポーションと、俺がもらった例のエルフの涙を2本用意していたようだ。
ナターリャは重症と思われる二人にポーションを、もう一人にエルフの涙を投与していく。ソワレは手持ちの治療薬を提供しようかと言っていたが、ギルマスが辞退していた。今のところ十分と判断したのだろう。
ナターリャは教会からの嘱託のハンターで、城塞のパーティーメンバーだ。簡単な魔法による治療と自然治癒力の向上の回復魔法が使えるようだ。
治癒術師とは教会が独占する貴重な戦力で、道中もキャッスルの面々に厳重に守られていた。
俺は雑用の片手間、その治療を横目に《彗心眼》で視る。やはり俺の自動回復魔法と同じようなオリジン反応が起こっているのが視えた。しかも、俺の魂魄同調と同じように相手の霊子結晶と波長を合わせているようだ。
とはいえ、その同調の度合いは俺のそれよりもだいぶ弱い。オートリジェネもその反応は非常に薄く、変換効率も悪いゆえに瞬間的な治癒ではなく“自然治癒力の向上”レベルの効果しかないのだろう。
他人が施す治癒魔法を初めて視たが、そのレベルを見れば俺のオートリジェネですら普通じゃないことが良く理解できる。
俺がエドに施した治癒魔法はもっと上位の治癒魔法と同等レベルではなかろうか。エンリケが驚くのも無理はないだろう。確かに人前では見せてはいけないものだと改めて思う。
そんな観察をしながらもギルマスたちの会話に聞き耳を立てる。
「ありがたい。二人が足に重傷を負い、ほとんど歩けない状態であったから帰還を諦めていた。二人は置いていけと言ったんだが、今日まで救援を待って良かったよ。中級ポーションまで用意してもらえるとは思っていなかった。ありがとう師匠。」
スエルドはパーティーメンバーを見捨てなかったようだ。足手纏いになる自分達を置いて逃げろと言った二人といい、それを断って今日まで待ったスエルドといい、パーティーの信頼関係が伝わってくる。
「ああ。帰ったらその分、今まで以上に働いてもらうからな。」
「おーコワ。師匠は容赦ないですからね。」
ギルマスはそう言ってニヤリと口角を上げた。
俺のイメージのギルマスは冷徹で徹底した実利主義者だったのだが、弟子だからだろうか、スエルドに対する態度はどこか砕けていて気を許しているように思える。もしかしたら俺が思っているよりも人情のかけらくらいはあるのかもしれない。
ちなみに、中級ポーションだが、例のエルフの涙の数倍の値段がするようで、骨折レベルなら治癒できてしまうすごい霊薬らしい。エルフの涙もそうだが、こういった霊薬は例外なく教会が独占している。
どうやって作っているのだろうか……特に、物体に魔力を纏わせてそれを維持する手法がわからない。俺の今の所の検証では、オリジンに限りなく近い魔力は物質粒子を尽く透過する。その性質故に、物質に魔力を纏わせることすらできていない。まして魔力をそこにとどめておくなど。
そんな事を考えている間にも話は続く。
「疲れているところ悪いが、一体何が起こったか教えてくれ。」
「それが……」
そう言うと急にスエルドが俯き、まるで何かに怯えるように自らの腕を抱え震え出した。
俺は他の患者の手当ての雑用をこなしながら、その話に耳を傾ける。
どうやら、最初の調査隊はスエルド率いる9名。スエルドをリーダーとしたパーティー駿馬5名と2名のソロハンター、それに荷物持ち2名だったようだ。
最初は順調に進んでいたものの、この森周辺に近づいた時に霧に包まれ、方角を見失いかけたところで、グリズリー2体と遭遇。逃げ回っているところに巨大なウワバミが現れ、そこで調査隊は散り散りに。
スエルドが確認できただけで2名はその場で魔獣の餌食となったとか。他2名も生死不明。不明の二人は絶望的だろう。
パーティーメンバー五人だけはなんとかはぐれずに逃走。その途中でパーティーメンバーの二人が大怪我を負い、運よく見つけたこの洞窟に逃げ込んだと言う事らしい。
メンバーの負傷具合から森からの脱出は不可能と判断し、メンバーで最も軽傷で足の速いエドを救援要請に出すことに掛けたようだ。
それが結果的に英断だったと言えるだろう。
調査隊を率いたスエルドは責任を感じているのか、何度も申し訳ないとこぼしている。
そんな意気消沈しているスエルドにギルマスは肩に手を置いて労っていた。
「そうか。よく生き延びた。そいつはお前も予想しているだろうが、蛇の森の主、ナイトメアサーペントだ。過去に私も一度だけ遭遇したことがある。
……あれは悪夢だった。周りの状況など全く分からず只々逃げ延びるだけで精一杯だった。その時のパーティーメンバーは私を残して全滅したよ。」
ギルマスは過去を振り返っているのか、遠い目をしている。俺にはその目の奥に後悔の念を浮かばせているように見えた。
「単体でAランク、グリズリーも複数従えていたとなればAAランクの集団だ。その化け物集団に襲われてこうしてパティーメンバー全員が生き延びているだけでも大したもんだ。俺なんかより余程優秀さ。そう落ち込むもんじゃない。
それに、我々が来たからには安心しろ。きっちり街まで送り届けてやる。」
「師匠……」
スエルドは呟いて目を伏せ、肩を震わせている。
俺はそんな二人を無言でじっと眺めているソワレを遠目に見ていた。
―――
次の日、一行は夜明けと共に出発する。
重傷の二人はポーションによりだいぶ回復し、動ける程度にはなっていた。中級ポーションであっても一人で森を歩けるようになるには数日かかる程二人は重症だった。だが、二人の回復を待つにはリスクがあった。
この洞窟が狭すぎて全員が入りきらないためだ。その状態で魔獣に集中的に襲われたら逃げ道がなくなる。
それにこの不気味な霧がギルマスに迅速な帰還を決意させたようだ。
「良いか!これから最短でこの森を脱出する!ギルドに到着するまで気を抜くなよ!」
ギルマスの掛け声で一行が動き出す。怪我人は肩を貸して動けている状態なので、進行速度はそれほど早くない。
それにこの霧のせいでリンの上空からの監視が意味をなさないのも進行を遅くせざるを得ない要因だ。それもあってリンは俺と同じ最後尾にいる。
とはいえ、あとは真っ直ぐに街を目指すのみだ。これまでの匂いを追って蛇行する様な遠回りは不要なのだ。それにみんなの顔が明るい。来る時よりはるかに早く帰還できるだろう。
俺は救助者の肩を貸している人たちの分重くなった荷物を担ぎ直しながら辺りを見渡す。
それにしてもすごい霧だ。
この辺は鬱蒼とした森だ。森と言っても俺が最初に見た景色と似たような場所で、木々は見慣れた紅葉樹や針葉樹ではなくシダ植物のお化けのような巨木が真っ直ぐに競うように上に伸び葉を広げている。
その幾重にも重なった葉に遮られ森はただでさえ暗いのに、今は周辺が霧に包まれている。もちろんコレはオリジンの霧ではなく水分による霧だ。そのせいで見通しはとても悪く、視界はよくて五メートル程度と、先頭集団の影がやっと見えるかどうか。
はぐれないようにしないと。と思いながら周囲を見回すと、たまたま霧の切れ目ができた。その時、数キロ先だろうかチラリとドーム状の黄色がかった膜のような物がすぐ近くに視えた。
あれは……街の草原からチラリと見えたやつだ。想像していたものよりずっと大きい。一体これは何なのだろうか。
……ただ、なんだろう。敵意は無い。何故か焦燥感に似た、胸のざわつきを覚えた。わからないけど、そこに行かなければならないような。何かを忘れているような感覚。
「……呼ばれている?」
俺のその呟きを隣のエンリケが拾った。
「どうしたリュージ?」
「……いや。なんでも無いよ。」
俺の目にしか映らないこのドーム状の何かを言っても仕方ない。俺の隣に寄ってきたシルバを見て、思わず頭を撫でその温かみのある柔らかさに一人癒される。
エンリケたちは匂いを先頭で追う必要が無くなったので、今は後方の索敵に役割が変わっていた。そのおかげで俺達との距離が近いのだ。
「それより、良かったじゃないか。」
「ん?何が?」
「そりゃぁ、エンリケの実力が評価されたことさ。エンリケの効率の良いハントを見てればわかる。明らかに他のDランクより上だ。少なくともあのゴンザがCで君がDなんて有り得ない。」
「はは。微妙に嬉しく無い誉め方だな。」
「……。 もしかしたら。 俺達に付いてこなくても目的は達成できるのかもしれないな。今回の事でもう認められた様なものだろ?」
俺はそれを口にして、最近エンリケが遠くの存在になった気がした訳にようやく気づいた。
そうだ。エンリケの目的は、不遇の従魔使いでも正当に認められて、ランクを上げて妹の養育のための費用を稼ぐ事だ。
だから、今回の緊急クエストで認められ、従魔使いの負の色眼鏡がなくなれば元々実力のあるエンリケ達はもっとランクが上げられるし、パーティーを組むのも容易だろう。そうなれば目的を達成できる日も近い。
むしろ、俺達と共に居る方がデメリットは大きいはずだ。
折角認められたこの町を離れれば、行く先々で従魔使いのレッテル剥がしから始めなければならない。人族の領域でリンといることで風当たりが強くなるのは明白だ。ランクアップを目的とするならこのままこの町に残って実績を積み上げた方がいいはずだ。
「……確かにそうかもしれない。けど、城壁の見張り台で夕日をみて言った言葉も本当さ。俺は世界を股にかけたハンターになりたいんだ。だから、君達には約束通り着いていくつもりさ。 それに、ほら。」
エンリケは少し顔を赤らめて、リンの方をチラリと見た。
そういう事なら仕方ないな。
俺は、初めてできた同性の親友とリンとの旅を想像してうれしくなった。
「エンリケ。これからよろしくな。……ただし、リンの許可が下りれば、だけどね。」
俺は声を大きくして期待を込めて反対側を歩いていたリンに話をふる。
話を振られたリンはこちらを向いて、肩を竦めて苦笑いした。
「……もう。分かったわよ。帰ってからしっかりと言おうと思ってたのに…まぁいいわ。言うまでもなく二人とも合格ね。」
「!? ぃやったぁあ!リンさんありがとう! やったなリュージ!」
「ああ。」
俺の手を取って飛び上がって喜ぶエンリケにつられて俺もつい笑顔になった。そんな俺たちにリンははしゃぐ子供を見る様な温かい眼差しを向けている。
その時、不意にリンとシルバが何かに気づいたのか顔を上げた。
「……誰かの叫び声…?」
リンの呟きとほぼ同時、前方が急に止まりつっかえる形でクエスト一向が停止する。何事だろうと前方に目を向けるが霧が酷く見通せない。
そのうちに、急に点呼が始まり、前方からギルマスがやってきて声を上げた。
「誰か、ヨナとギプロスを見た者はいないか?」
「「「……」」」
問われた皆は顔をキョロキョロさせるだけでその問いに正確にこたえられる者は誰も居なかった。
その異常事態に不気味な霧がより一層濃くなった気がした。




