第47話 救難者の発見
あれから三日たった。
相変わらず、ソワレとは仲直りは出来ていない。もちろん、俺から思い当たる理由について誠心誠意謝っては見たものの、いずれも「べつに。」の一点張り。怒らせた理由を尋ねても明確には答えてくれなかった。
何度か謝罪をしていると最終的には「別に怒ってない。」と言われてしまった。あれから口をあまり利いてくれなくなった。
今のところ、クエスト遂行に大きな問題はないし、むしろソワレから距離を置けるこの現状は俺にとっては望むべきものだったはずなので、気まずさは半端ないがひとまずこの件はそのまま放置している。
話は変わって、ゴンザの件。あの後リンと焔狼がキャンプ跡から追跡を行ったが、川を渡ったところでその跡が追えなくなったとのこと。
次の日シルバに匂いを追跡してもらったが臭いも綺麗に消されていたようで、それ以上追う事は出来なかった。
元斥候のギルマスとシルバの追跡を逃れるというのは逆にすごい。特にモヒカン男は俺の紫電で結構なダメージを負っていたはずだ。
逃げる能力だけは無駄に高い。この能力をまっとうにハンター業に活かせていればひょっとして大成できたかもしれないのにと思ったくらいだ。……いや、この見事な手際は二人を助けた者が居る可能性もあるか。
とにかく、妨害者を捉えることはできなかったが、この一団を狙っていることは明確になった。その為この三日間は周囲の警戒をしながら進んでいる。おかげであれから妨害行為はなくなった。
諦めて帰ったのならいいが、何処かで俺たちを狙っているかもしれないと思うと相変わらずモヤモヤは残る。
一方、肝心の救難者の調査の方だが、順調に進んでいるようだ。もう森の最深部、蛇の沼付近に到達しており、今日あたり見つけられてもおかしくない状況。
匂いは濃くなってきているというが、どうも大分逃げ回ったようで、ウロウロと遠回りさせられている。
そのせいで、森の深部であるという理由と合わせて魔獣との遭遇率が上がっており、正直なところ一団も疲れが見え始めていた。
そして、今も目の前でマックス率いる焔狼とグロリエル率いる城塞が中心になって魔獣と対峙していた。
「マックス!そっちに行ったぞ!回り込ませるな!」
「分かってるよ!いちいち指図すんなグロリエル。 ボブ!動きを止めろ! レベッカ!援護だ!」
城塞の警戒に対して答えた焔狼のマックスが大ムカデに正面から走り寄る。城塞、焔狼が対峙しているのは、体長五メートルはありそうな二匹のジャイアントセネピーというCランクの大ムカデだ。
マックスの接近に気づいたムカデが動き始めたそのタイミングでムカデの前に石の板がせり出し、行く手を阻む。ボブのストーンシールドだ。
突然現れた石壁を迂回しようとムカデが体をくねらせる。その時、一瞬露わになった強靭な外殻のほんのわずかな隙間に寸分たがわずレベッカの矢が突き刺さった。
ムカデがギィィィ!と悲鳴を上げ、僅かに怯んだ。そして矢じりが外殻の隙間に挟まったことでムカデが思う様に動けなくなった様だ。こんなことも出来るのか。
その時にはマックスがムカデの目の前まで迫っていた。
ムカデは無謀にも突進してくる獲物を迎え入れる様に、その凶悪な顎を大きく開け放つ。
その顎がマックスの首を挟み込もうかと言うところで、横から割り込んだシャスティンの二本の短刀が根元からその顎を刈り取った。
唯一の武器をもがれたムカデはちょっと硬いだけの標的に過ぎない。
―――ソードアーツ“フェンシングニードル”
マックスはまるでそうなるのが最初から分かっていたかのように、大きく開いたままのその口に剣を突き刺し頭を貫いた。
俺は、後衛の付き人だから戦闘には基本的に参加しない。はなから戦力外だ。
だから、こうして高位ハンターの戦闘を遠目に眺めることができる。高位ハンターの戦闘を安全地帯から見学できるというのはそれだけで価値がある。
ちなみにリンは周囲全体の上空からの監視だ。ソワレは基本的に積極的に戦闘に参加しないスタンスだ。だからこそこうして見るだけだ。俺も参加したいとは思うものの、ソワレの前で目立つのも嫌なので自重している。
見るたびに思うが、彼らが熟達のハンター足り得る理由が良く分かる。パーティー全員で連携することで個々の得意な攻撃を間断なく相手に叩き込むことができる。ここまで見事に連携されれば、Cランクの魔獣など瞬殺だ。
連携が半端ない。まるで予定調和のごとく悉く敵を翻弄し仕留めていく。敵の動きに関わらず様々なパターンに柔軟に対応して攻撃をし続けるのは、並々ならぬ訓練と絶対的な信頼関係が無ければできない。
だからこそ、パーティー単位での連携が基本となるのだが。
―――ナイトソードアーツ“バタリングラム”!
そんな分析をしているとグロリエルのソードアーツが決まり、もう一匹のムカデの頭が爆ぜた。
これでこの戦闘は終了の様だ。
俺はリンから魔法を使えない前衛職もその身に宿る魔力を使って身体強化を発動することで超人的な動きができることを学んだ。
俺はこのクエストに参加するまで、身体強化は無意識下で発動するもので、個人差が大きいと思っていた。
その理解はおおむね合っているのだが、このソードアーツはどうやら少し違うようだ。
ソードアーツは武術や剣術などの武道に良く見られる型のようなもので、その型に合わせて体を動かすことで、普段の身体強化の何倍もの力を引き出しているようだ。
これは、魔法で言うところ詠唱の様なモノと考えられる。
つまり、体の動き、使い方、思考過程を一つの型にして何度も何度も繰り返しルーティーン化することで、体内魔力とアニマを意識的に反応させて効率的に力に変換しているようなのだ。
俺が見た限りでは魔法発動と同じ過程を経ている。
尤も、発動している本人たちは魔法を使っている意識は無いだろうけど。
その証拠に、ソードアーツを発動すると一定の決まった動きしかできない代わりに、魔法発動のように体内魔力が意識的に反応し、普段の何倍ものアニマの輝きが見られた。
まぁ、体内魔力が無い俺にはそのままでは使えないだろうが、面白い使い方だと思った。体外魔力を使って発動も出来そうだが、それでは魔力門を開いて通常の身体強化よりも多くの魔力を使えるというソードアーツの利点を活かせないだろう。
焔狼の動きを視ながらそんな思考にふけっているとガチャガチャと鎧の音が近づいてきた。
「どけ。邪魔だ寄生者。」
城塞のグロリエルがやれやれと言った風に肩を竦めて、わざわざ俺を押し退けてマックスの前までやってきた。
グロリエルはどうやら魔力ゼロの俺を文字通り他者に寄生する害虫か何かの様に思いたいらしい。
そのセンスのない白銀の巨大な盾と全身鎧が日光を反射して眩しい。あれでは魔獣の気を逆に引いてしまうのではと思ったが、タンクとしてわざとやっているのかもしれない。
だとしても下品な装備だなと心の中でコケ下ろしておく。
「マックス。今のは危なかったんじゃないか?そこの混ざり物が顎を刈り取ってなかったら、君の首は今頃胴体とお別れしていたはずだ。相変わらず君のパーティーは見ていてハラハラさせられる。」
グロリエルの挑発ともとれる物言いにマックスがしかめ面をする。焔狼の他のメンバーも眉間にしわを寄せている。
また城塞と焔狼の言い合いになりそうだ。
「はっ。やっかみか?お前らと違って、俺らのパーティーの信頼関係はダンチなんだよ。」
「……信頼関係ね。」
グロリエルは焔狼のシェスティンとレベッカの外套から顔を出しているシッポをちらりと見て言った。
「俺には全く理解できんな。ここは見世物小屋じゃないんだがな。」
グロリエルのその発言にマックスがカチンときたようで、「あぁ!?」と激高して詰め寄る。それをシェスティンとレベッカが申し訳なさげに止めに入った。
どうやらこのグロリエルと言う男は亜人排他主義なのか、シャスティンとレベッカを信頼のおける“人”とはみなしていないようだ。
普段は温厚で誰にも分け隔てなく接する爽やかイケメンのマックスがグロリエルに対してはやけに噛みつくなぁと思ったら、そう言う理由だったのか。自分の信頼するパーティーメンバーを見下されれば激高するのも頷ける。
俺は全くもってマックスに同意なのだが、リンに向ける周囲の反応もしかり、今の周りの反応もしかり、グロリエルの考え方が一般的なのかもしれない。この世界の歴史と文化に詳しくはないが、元の世界の価値観が染み付いている俺にとってはあまりに理解できない感情だ。
いや、価値観や歴史云々より、他人を生来の気質で見下すこと自体が気に食わない。
マックスは当事者である二人に諫められたからか少し冷静を取り戻し、だがしかし納得いかないのかグロリエルを睨みつけ言う。
「そもそもよ。何処かの騎士崩れがチンタラやって魔獣を取りこぼしたその尻ぬぐいをしてやったのに、感謝の一つも言えないとはね。リーダーの度量の底が知れるってもんだ。」
その言葉を聞いてこれまで冷静でいたグロリエルがギロリとマックスを睨み返す。
「だれが騎士崩れだと?もう一度言ってみろ。」
「お望みなら何度でも言ってやろうか?」
二人はパーティーメンバーに止められながらも、その抑止をモノともせずに至近まで近づき睨み合っている。次第に殺気までこもり始めた。
オイオイ。二人とも熱くなりすぎだ。身体強化が発動して、しまいには魔力が漏れ始めている。
「二人とも。そこまでにしておけ。こんな所で何を考えている。 それにそんな安い挑発で冷静さを失うようでは、Aランクはまだまだだな。」
そこで割って入ったのは残党を始末したギルマスだ。その言葉にマックスはともかくグロリエルは殺気を収め、マックスから離れた。
さすが、ギルマス。
「そんな事よりも朗報だ。見つかったぞ。」
その朗報にマックス、グロリエルだけでなくその場の全員の顔が驚きと歓喜に染まる。もちろん俺も例外ではない。
「マジか!」
「それは本当ですか?ギルマス!」
ギルマスは静かに首是して、そしてこの場にいるハンター全員に聞こえる様に声を上げる。
「皆、聞け! 偵察に出ていたリンからの報告だ。この先一キロほど先、霧がかった森に高台があり、霧の切れ間からその高台の崖に洞窟の穴のようなものを発見した。一瞬だが、その入り口に白い布が掛けられているのが見えたとのこと。 エドの証言とも一致するし、匂いも蛇行しながらその方向に進んでいることからほぼ間違いないと考えられる。
未だに死体には遭遇していないという事は、まだあの中で我々の助けを待っている可能性が高い。
疲れもたまっているだろうが、もう少しの辛抱だ。皆頑張ってくれ!」
「「「おお!!」」」
それを聞いて皆がどよめき、安堵の顔を浮かべていた。
正直ここまで探索して、何も物証が出てきていなかったから、皆何も見つからないだろうと思っていたに違いない。
実際、こういった森の探査任務の成功率は極めて低いらしいので当然の反応かも知れない。
と言うのも無理はない。救援を求めてきたエドは殆ど半死半生で、その証言はある程度の距離と方向だけで正確な位置情報は殆ど齎されなかった。
重症と言うのももちろんだが、あのエドは恐怖に精神をやられている様だったから、そのせいと言うのが大きいようだった。
広大な蛇の森で、方角と大体の距離だけでどことも知れない逃げ込んだ洞窟を探し当てるなど、大海の底に沈んだ一本の針を探すようなものだ。
だが、エンリケとシルバはその不可能を成しえたのだから、素直にすごいと思った。
ふと先頭集団を見ると、そこにはハンターの皆から声を掛けられ、恥ずかしそうに笑顔を見せるエンリケがいた。中には肩を組んだり、背中をたたいたりと賛辞と労いの言葉を掛けているものも多い。
良かった。これでエンリケの実力と功績がようやく認められるに違いない。それだけじゃなく従魔使いの重要性と地位も改善するだろう。
俺はそんなエンリケを少し遠目に眺めるのだった。
―――
その朗報に一気に士気を回復した一向は、その洞穴を目指して進む。
次第に霧が立ち込め始めた。
この時期、この蛇の森は乾燥しており、蛇の森の最奥部、“蛇の沼”周辺でもない限り霧が立ち込めることは無いという。蛇の沼からまだ距離があるこの場所で霧が出るのは珍しいらしい。
何かしらの異常が発生している可能性も考慮して、一行はこれまで以上に慎重に進む。
やがて、何事もなく無事洞窟にたどり着き、ついにその奥に目的の被救助者を見つけたのだった。




