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第46話 忘れた筈の記憶



 二人取り残された俺達は、互いに無言になる。




「……」


「……」


 俺はソワレの沈黙とその疑いの目にたまらず、その場を逃れるように設営キャンプの修理に取り掛かることにした。


「……じゃぁ俺はちょっと設営し直すよ。」



 そう目を合わせずに小さく言って、作業に移る。

 修理と言っても千切れたタープの紐を交換して張り直したり、焚き火を起こし直したりと言った簡単なものだ。




 ソワレは無言で切り株に腰かけて作業する俺を眺めていた。周囲は戦闘の片づけもひと段落と言ったところでだいぶ落ち着いてきていた。夜もだいぶ更けており、ギルマスも明日に備え役割のないものは就寝する様にとの号令があった。

 一先ずは寝床の確保は出来ているので、早く寝て欲しいと思いながらもソワレはジッと俺を見つめたままだった。


「……ちょっと聞いていい?」


 思わずギクリと心臓が跳ねる。


 何を聞かれる?俺が襲撃の前にどこに居たのか、RK(ルーキー)とは思えない動きか、それとも咆哮をどうやって防いだか……まさか俺がグリズリーに放った閃雷魔操エレクトロコマンドナーヴが露見したとか?


 内心怯える俺であったが、ソワレの問いは意外なものだった。



「グリズリーが突進してきた時。……ふつうはあそこで飛び出さない。なぜ?」



 俺の予想とは違い、なぜグリズリーの突進を防ごうとしたのか、その理由を聞いているようだ。

 ソワレはいつもの眠たそうな目であったが、しかしその奥にどことなく意志の光が見えた気がして、俺は作業を中断してソワレに向き直った。



「すまない。……あの時動けたのは俺だけだったし。ほぼ無意識の行動だったから、許してほしい。」


 先ほども聞かれた質問だ。同じ様に答えておく。それ以上でもそれ以下でもない。

 ソワレの問いかけは謝罪を要求するものでは無い事は分かっていたけれど、日本人の性だろうか。謝罪っぽくなってしまった。


「別にそれはいい。……怖くなかったの?」


 俺はどう答えるか逡巡した。どういう意図だろうか?一瞬考え込んだが、ソワレの氷像のような揺るがないアニマからはその心の内は覗けない。

 それに、嘘を言う必要もないと思い直す。


「そりゃ、怖かったさ。今思い出すだけで足が震えるほどに。正直自信はなかったが、あそこで動かないと君が死んでしまうかもと思って。まぁ、実際は俺が居なくてもソワレはどうにか出来たのかもしれないけど。 あえて理由を挙げるとすればそんな感じかな。」


「……そんなのおかしい。自分が死ぬかもしれないのに人を助けるの? しかも私はあなたにとって他人でしょ?」



 ソワレは俺の回答が不満だったのか、これまでの探るようなものではなく、どこかいら立ちを孕み、それどころか必死さすら感じさせるような問いかけだ。

 少なくともこの質問は彼女にとって重要なもののようだ。


 俺は左の瞳、その深いアンバーの瞳を真っすぐに見つめて答える。



「……俺は。……目の前で大事な人を亡くした。だから、誰であろうと少なくとも目の前で人が死ぬのは許せないんだ……と思う。」


 そう答えたものの、自分自身が発した言葉に納得がいかず、あごに手を当てて少し考え込む。


「うーん……何か違うな。」


 そうだ。


 俺は今まで過度にこの人の事を警戒していたけど、思い返せばこれまでソワレは俺に、俺たちに害になるようなことは一切していない。それどころか俺たちを積極的に助けてくれている。


 いつの間にか彼女に何処となく同じ匂いを感じ始めていた自分に気づいて合点がてんがいった。


「……きっと、俺にとってソワレが他人じゃなくなってたんだと思う。」


 俺は一度言葉を切って、少女の瞳を見て言った。


「君は……いい人だから。」



 その答えを聞いたソワレは大きく目を見開いたかと思えば、すぐに目をそらして下を向いた。

 そして一瞬の皮肉交じりの笑みとともに何事かつぶやいた。極々小さな声で。



「私が?いい人……? はは。滑稽ね。……大量殺人鬼に向かって。」



 これまで全くの無表情だったソワレが初めて見せた感情を伴ったその表情に、何よりもこれまでまるで氷像のように揺らぎもしなかった彼女のアニマが大きく揺れたことに目を見張った。


 そのせいで、ソワレの自嘲交じりのそして言い知れぬ苛立ちをはらんだその呟きを聞き逃してしまった。



「?? 悪い……なんて言ったんだ?」



 俺の問いかけにソワレはたっぷりと時間をかけて小声で答えた。



「……自分より他人の命を優先するのは……馬鹿のする事だと言っただけ。……もう寝る。」



 ソワレは顔を背けたままそう言って立ち上がり、なぜか苛立った声音で一方的に就寝を告げた。



「……」



 ……今の会話のどこかでソワレの機嫌を損ねることを言ってしまったようだ。だがその理由がいまいち分からない。


 やっぱり俺があの時飛び出したのは良く無かったのかも知れない。Aランクハンターには俺が邪魔になっただけなのかも……



「どうやら俺の行動は邪魔だったみたいだ。済まなかった。」



 そう思って布団にくるまり俺に背を向けるソワレに頭を下げる。

 しかし俺の謝罪にソワレは答えない。無反応なその態度にさすがの俺も固まる。しかし、しばらくして「別に」と小声で言って寝てしまった。




 アチャー。やってしまった。



 俺は相変わらずの自分のコミュニケーション能力の低さを呪った。


 だが何だろう。ソワレは俺の行動そのものに怒っている訳じゃ無さそうだ。だから尚更怒らせた原因が分からない。


 何が悪かったのだろうと焚火の炎の揺らぎを見つめながら思考をめぐらす。


 その答えの出ない自問はエンリケとリン達が戻るまで続いたのだった。









 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 音がする。


 ザァザァと強い雨が屋根を打ち付ける音だ。


 嫌いな音だ。



 何で嫌いなんだっけ……そう言えば、忌まわしいあの時もこんな音がしていた気がする。



 そして目に映る部屋の天井を眺める。どうやら暗い部屋で寝ているらしい。

 顔を横に向けると少し古びた花瓶や小さめのテーブルと椅子。洋服を入れる小さな木箱。そのどれもがどこか懐かしい。

 この見慣れた部屋は……私の部屋?



 そう自覚した時、私の氷の様に動じなくなったはずの心臓が跳ねる様にうるさく胸を打ち始める。



 体が思う様に動かない。それどころか、全く動かない。ただただ、誰かの視点から映像を見せられるだけ。



 これは……夢? いえ……どこかで見たことが有るような……そうだ。私の記憶。



 何で今更。もう何百年(・・・)も見ていなかったのに。なぜ忘れたはずの記憶が今になって……。




 明滅する雷光が暗い部屋を照らす。だけど、音は無い。雨の音だけがイヤに脳に響く。



 大きな雷光が部屋に降り注いだかと思えば、さっきまで何もなかったはずの木箱の横に男が立っていることに気づく。



 ……やだ。この続きは見たくない。

 私の心の拒絶を無視して無情にも雨の音だけが響く映像は続く。




 雷光が明滅する闇夜の中、男は音もなく私にゆっくりと近づいてくる。

 逃げなければ。本能が危険を告げているのに、金縛りにあったかのように体は動かない。





 男が侵入したときに開いたのだろう、この部屋へ入るための唯一の扉にふと視線が行った。


 僅かに開いたその扉の隙間から覗く小さな人影がいた。




 男が気づく。


 少年だ。


 男は振り返り、近寄っていく。





 ……ダメ。ダメ!逃げて!



 私は心の中でそう叫ぶ。けど、声は出ない。





 その少年は、私の心の声に反して逃げてはくれない。

 それどころか、私の危機を察したのか私の部屋に入り何事か男に問いかけた。そして直後少年は男と私の間に立ちはだかる。


 私を庇う様に両手を広げて。





 男が一言何かを告げた。



 少年は強い意志で何事か答えている。



 ……声は聞こえない。私の記憶(・・・・)なのに、思い出せない。




 でもこれだけは分かる。

 逃げて。役立たずの私なんか放っておいて早く逃げて! でないと……




 直後、男は腕を軽く横に振った。そして少年は吹き飛び、壁に血の跡を残してずり落ちた。






 フラン!あぁぁぁ!!


 だから!だから言ったのに! 逃げてって言ったのに!!


 私なんかを助けようとするから!






 バカ。 バカ!バカバカ!

 他人を助けようとして結局自分が傷つくなんて。役立たずの私のことなんて放っておけばよかったのに。


 感情を無くしたはずの心が私の胸をどうしようもなく締め付ける。






 私の心の叫びを無視して無表情の男は私に近づいてくる。

 体は一切動かない。


 そこから急に映像が歪みだす。断片的な画像がチラチラと脳に映し出される。



 そのどれもが身に覚えのない映像。だけどそれが私の記憶であることはなぜか分かった。



 そしてそのどれもが赤かった。炎の真紅。そして鮮血・・の深紅に染まっていた。





 どうしようもない程の嫌悪感が私を襲う。




 そして、断片的だった画像が、映像として動き出す。




 ―――ザァザァとうるさく不快な雨音だけが響いている。





 気づけばフランが目の前に立っていた。私の顔に触れるくらいの距離。

 安堵したような優しい顔つき。だけどその目じりに涙を溜めていた。



「……元に、戻って……よかっ……た。」




 そう言ってフランは力なくその場に崩れ落ちた。


 その状況でも私の意識は判然とせず、その手を突き出したまま立ち尽くしていた。




 外はうるさいくらいの強い雨が降り注いでいる。


 外から部屋に入り込む光は赤く、紅く揺らめいていた。街を焼き尽くす業火の色がこの部屋全体をあかく、あかく染めあげていたのだ。

 だから、突き出した自分の手の色など気づきもしなかった。


 その時―




 ―――ゴロゴロ!ドガァン!




 雨の音以外無音だったこの世界に雷鳴のとどろきがいやに大きく響き渡ると同時。白く明滅するその稲光いなずまが私の手の色を正しく映し出した。


 雷光の色に染まって白く映るはずの私の手は、真っ赤な鮮血に染まっていた。





 そして気づく。自分が温かく柔らかい何かを握りしめていることに。









 それは紛れもなく私が貫き、抜き取った……フランの、弟の(・・)心臓だった。








 ―――いや……イヤ。 イャああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
















「あァ!?!!」



 思わず飛び起きる。



「はぁはぁっ……夢……?」





 頬を伝う何かを拭う。



「……涙……?」



 とっくに枯れ果てたハズの涙。


 さっきの夢のせいだ。




 自分の変化に戸惑い、そして次に苛立ちが湧き上がる。それを落ち着かせるべく、傍らの水袋を取り一気に飲み干した。





 暫くして落ち着くと、私は焚火を挟んだ向こう側で寝るリュージの姿をじっと見つめた。



 こんな夢を見たのは、おそらく彼のせい。



 私は彼を見てなぜ苛立つのかその理由が自分でも分からなかった。でも夢を見て、気づかされた。


 似ているのだ。フランに。

 それがどうしようもなく私を苛立たせた。






 でも、だとしたら、この苛立ちは……なに?


 分不相応なリュージの無謀な行動に対する苛立ち?それとも……






 闇夜の中、私はなぜか苛立つその少年から見が離せず、見つめ続ける。そうして思考の海を漂うのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


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