第44話 焔狼(フレイムウフル)
あのグリズリーを一撃とは。改めてソワレの魔法の威力に感心すると同時にふぅと脱力して座り込んだ。
さっきのエレクトロブーストで足の筋肉が悲鳴を上げているのだ。しばらく自動回復小の回復を待つしかない。
「あなた……何で? 私の前に?」
振り返ると俺を見つめるソワレがいた。
あ……ヤバい。さっきの動きはさすがにまずかったか……?そうだよな。さっきの動きはRKの動きじゃないよな。
……さぁ、どう言い訳をするか。
内心焦りつつもソワレを見ると違和感に気づく。一見すると俺を責めるような、探るような口調にも聞こえたが、なぜだろう。その問いかけにはどこか戸惑いが混じっているように俺には思えた。
だからだろうか、俺は無駄な言い訳はいらないような気がして、素直に言葉を発していた。
「はは。……咄嗟のことで何が何だか。気づいたら体が勝手に動いてて……。」
それに、今更やってしまったものはどうしようもない。体が勝手に動いたのだからという諦めもあった。
「……そう……。」
俺はソワレに詰問されるのではないかと覚悟していたのだが、意外にも少し眼を少し泳がせて短くそう言ったっきり黙ってしまった。
これまで生気を宿していなかったその眠そうな目の奥に、俺は初めてソワレの揺らぐ心を視た気がした。
二人、無言で向かい合うこの気まずい雰囲気から逃れる様に周りに目を向けると、まだ戦闘音や怒号が聞こえることに気づく。《彗心眼》で視ると前方に小さくグリズリーの輝きがあった。まだ暴れているようだ。
上を見ると、リンが繰る燕がいよいよボロボロのワイバーンを追い詰めている様だった。その証拠に既にワイバーンの羽は傷つき、どんどん高度を落としている。
流石リン。Bランク上位ともいわれる魔獣をものともしない。
「ソワレ、まだ戦闘は終わってない。火の回りもだいぶ落ち着いてきた。もう一匹の方に助力に行った方がよさそう―――」
俺が話題を変えようとソワレに向き直った時、俺の《彗心眼》がその背後に最期の魂の輝きを強く放つ何かが立ち上がるのを捉えた。
「っあぶな―――」
俺がそう叫びかけたその時には、ソワレの背後に血塗れのグリズリーがいた。その凶悪な腕をソワレに振り下ろすところだった。
先程ソワレに切り裂かれたグリズリーの魂は最期の輝きを放って霧散し始めていた。だから俺は完全に油断しきっていた。しかし完全には息絶えていなかったのだ。何という生命力と執念。
不意をついたその一撃に振り返ったソワレはまともな回避行動の一つも取れていない。
―――ズシャ!
俺の眼の前で鮮血が舞う。
最期の力を振り絞ったグリズリーの凶刃が華奢なソワレを容赦なく切り裂いたかに見えた。
が、その直前確かに横合いから誰かの声がした。
―――ソードアーツ“ラピッドスワロー”
その掛け声とともにグリズリーの腕が飛んでいた。先ほどの鮮血はグリズリーのものだったのだ。
その声の主はいた。グリズリーのすぐ隣。ロングソードを下段から振り抜いた短髪赤毛の男が立っていた。そしてその男は返す刀でグリズリーを袈裟斬りにする。
―――グガァォァ
グリズリーは断末魔を夜の森に響かせて今度こそ力尽きた。
「ふぅ。ギリギリ間に合ったな。大丈夫でしたか?司教様。」
赤毛の美丈夫がその白い歯を輝かせて爽やかな笑顔をソワレにむける。
ソワレの背後に迫るグリズリーの腕を切り飛ばしたのは焔狼のリーダー、マックスだ。
「ん。ありがと。」
ソワレは動揺もなく、軽く首を縦に振って答えた。まるで先ほどの不意打ちが分かっていたかのように。さらにマックスがそれを止めることすら分かっていたかのような余裕の態度だ。
いや、どうだろうか?どちらかと言うと、例えグリズリーの攻撃を受けたとしても自分でどうにでも対処できるという余裕から来ている様にも思えた。
もしかして、さっき俺が割り込んだグリズリーの不意打ちも、ソワレにとっては十分に対処できたのかもしれない。……もしそうなら、俺は無駄に実力をさらしたことになる。
その真意を探ろうとソワレの魂を注視するが、先ほどまで揺れ動いていたはずの魂はいつもの氷像の様な無機質なものに戻りその心の内を読むことはできなかった。
「そっちは?」
ソワレは相変わらずの眠たげな目をマックスに向けて聞いた。
「えぇ。城塞が抑え込みながら、上手くギルマスが翻弄してるんで。もうしばらくすれば片付くと思うぜ。」
そうマックスが答えたところで、やや離れた位置からグリズリーと思われる断末魔が聞こえた。
それとほぼ同時。上空から巨大なトカゲが墜落し土煙を上げた。そして上空から何本もの矢が寸分たがわずその眉間に降り注いでその頭蓋を穿ち、直後、飛燕から飛び降りたリンがその首を華麗に刈り取った。
それが致命傷となったか、ワイバーンは動かなくなった。
「飛燕のリン。その二つ名に違わない実力。あれがBランクなんて、ランク詐欺だわなぁ。……やっぱ公平を謳うギルドもまだまだか。」
それを振り返って見ていたマックスは、心底感心したようにそうつぶやいた。俺はそれに思わず驚いた。その魂に偏見や偽りは視てとれなかったからだ。
この世界でハーフダークエルフは異端だ。リンの隣でいやと言うほど他人の蔑む目を見てきた。
だが、この男にはそれはない。それに驚きつつも、こんな人も居るのだなとなんだか自分の事の様に嬉しくもなった。この男は信頼できそうだ。
「向こうもどうやら決着がついたようです。咆哮を聞いて駆け付けて正解だったようだ。」
マックスは振り返ってソワレに笑顔を向けて言った。どうやら自分の判断でこちらに応援に来てくれたようだ。
この男。この道中を見る限りBランクに違わぬ実力を持っているだけでなく面倒見がよく、パーティーの皆からだけでなくフリーのハンター達からも頼りにされている様だった。
この緊急クエストの殿を務めるため、後衛を任されているソワレとその荷物持ちの俺とも距離が近く、灰種のリンと一緒にいる寄生者の俺にも気兼ねなく話しかけてくれる。
リンに対しても話しかけはしないまでも、邪険な態度は見せなかった。事あるごとに嫌味を言ってくる城塞のグロリエルとは対照的だ。
人柄もとても良く、男前の兄貴的存在。笑顔も爽やかで体格も性格もいいとくれば、女性からも人気があるのも頷ける。
「お。坊主も生き残ってるな。ってか、咆哮を受けて動けんだな。やるな!どうやったんだ?ちょっと俺にも教えろよ。」
マックスの問いかけでようやく状況を理解する。確かに俺の後方に何人かのハンター達がうなだれて座り込んでいた。グリズリーの咆哮からだいぶ離れ、距離があったにも関わらず、未だに動けないのだ。
またやってしまったと思ったが、特にマックスに俺を探る意図はないらしい。実際、笑顔で俺を労うように頭をワシャワシャと撫でてくるのだから、特に回答は期待していないという事だろう。
その態度に安心するものの、ただ一点、俺を子供扱いするのは感心しない。俺は坊主じゃない。
そんな一方的なじゃれ合い(?)をしているところに何人かのハンター達が歩み寄ってきた。
「マックスー。こっちは片付いたぜぇ。そっちも大丈夫だったみたいだなぁ。」
「リーダー。こっちもどうにか片付きました。何人かフリーが怪我しましたけど、動けないほどではないですよ。」
「マックス氏。言われた通り周りもざっと見たっすが、今のところ他に魔獣の影はなかったっす。」
現れた面々はパーティー名“焔狼”のメンバー達だ。順にシェスティン、レベッカ、ボブだ。
最初に男口調で話しかけてきた女性がシャスティンだ。軽装を身に纏い、一見細身ながら引き締まった体つきでその健康的な肌を露わにしている。
ピンクブロンドの短髪とその両手に持った短刀、少し鋭い目つきからも勝ち気な女性の雰囲気が漂う。見た目通り二刀流使いで、リーダーのマックスに並ぶパーティーの前衛担当だ。前衛兼遊撃と言ったところだ。
見た目と男勝りな態度から少し近寄り難い雰囲気の女性だが、意外にさりげないところで気配りができて俺にむける眼差しもどことなく優しい。
次に話しかけてきた女性がレベッカだ。
シェスティンと同じピンクブロンドの長髪を靡かせどことなく優雅な佇まいで、動きやすい装備を好むハンターにしては珍しく長弓を背負っている。その弓の精度はリンに匹敵するほどだ。完全な後衛支援型。
しっかり者のお姉さんと言った雰囲気で、実際シェスティンの実の姉だということだ。二人とも同じ赤いピアスをしている。
この姉妹、外套に隠れてあまり見えなかったが、戦闘時にちらりとしっぽが見えた。狼か犬か分からないが獣人の血を引いているのかもしれない。
そう。獣人だ。そんなファンタジーな存在が目の前に。是非ともそのふさふさの尻尾を触らせてもらいたい。
最後に現れたのがムードメーカーのボブ。小太りで少し鈍重そうな見た目だが、意外にもランクBパーティーの動きに遅れる事なく見事な連携を見せる。
見た目からは想像できないが、中級までの土属性魔法を使いこなす魔法使い《マジックキャスター》だ。そのくせ手には大きなマジックメイスを持ち、近接もある程度こなせる隠れた実力者だ。
「あらかた片付いたな。それにしてもグリズリーが同時に二体とワイバーンまで。一体どうなってんだ?」
「それに、見張りが居たにも関わらず奇襲を受けたのは気になりますね。」
マックスの問いかけにレベッカが被せる。
確かにそうだ。ギルドで見た魔物図鑑では、グリズリーもワイバーンも本来単独行動をする魔獣だ。同時に襲ってきたのは違和感がある。
見張りが機能しなかった訳については俺は思い当たる節がめっちゃあるわけだが、どうすべきか。
俺がゴンザ達の話をすれば、原因はすぐに分かるだろうが、同時に俺が疑われる。なぜRKの俺がキャンプから離れる危険を冒してまで斥候まがいの事をしたのかと。
それに元ランクCのハンター二人を伸している。それが露見すれば確実にソワレによからぬ目を向けられることだろう。
緊急事態とは言え今更ながらゴンザ達の処遇に迷う。やはり後で俺だけこっそりと抜け出してゴンザ達の尋問をして自主的に帰ってもらうしかないか。
だが、この状況だ。俺だけ抜け出せばまた騒ぎになる。うーん。いっそリンが一人でやったことにして……だがそうなるとゴンザの口から俺の話が出た途端にごまかせなくなる。
今更ながらあの時勢いで飛び出した自分の無策をちょっと後悔し始めた。
俺が一人そんな堂々巡りの思考迷宮に陥っていると、一人のハンターがやってきた。あの隙のない立ち姿は―ギルマスだ。
「皆集まっているな。マックスご苦労だった。咆哮を聞いてすぐにここに駆けつけたのはいい判断だったな。司教様も無事で何よりでした。」
「ああ。間に合ってよかったよ。」
「ん。助かった。それにリュージも手伝ってくれたし。」
ソワレはそう言って俺の方を見た。あ、やっぱり疑われているか。あれだけの動きをしたんだ、ある程度は仕方ないか……。
ギルマスはチラリと俺を見ただけであまり気にしなかったようだ。多分、俺を贔屓にしているソワレの誇張表現だとでも思ったのだろう。
「今後のことだが、こちら側も周辺の探索を行ったが魔獣は掃討できたようだ。当座は大丈夫そうだが、問題は見張りが機能しなかったことだ。
ケガを負った見張りの話によると、突然意識が途切れたと言っている。Cランクの三人とも全員がだ。これの原因を見つけなければここでの野営ができない。あまり考えにくいが、あるとすれば……」
俺はちょっと気まずくなってつい目を逸らす。ソワレに探られている今はやはり言えない。
ちょうどその時、エンリケが森の方から歩いてきた。傍らのシルバの口にはでかいウシガエルのような魔獣を咥えている。
「リュージ。みんな。あ、ギルマスも。ちょうど良かった。この辺りを見回っていたらコイツを捕まえました。」
そう言って、シルバが咥えた蛙を指差した。
「これは、マッドフロッグね。」
「……見張りが機能しなかった理由がわかったな。エンリケお手柄だ。」
!?さすがエンリケ!ナイスだ。俺は思わず内心で小さくガッツポーズをしてしまった。
レベッカが蛙の正体を言い当て、ギルマスの賛辞にエンリケが嬉しそうに笑顔をこぼす。これまで不遇の立場だったらしい親友が正当に評価されるのは俺も自分のことのように嬉しい。
その後エンリケは厳しい表情になって懐から何かを取り出した。
「それとこれなんですが、何かわかりますか?」
それは一見ただの燃え残った小さな木の欠片のようだった。だが、それを手に取ったギルマスは厳しい目つきでそれを見ていた。
「……これは。魔物寄せの香だな。」




