第43話 閃雷魔操(エレクトロコマンドナーヴ)
俺はゴンザと対峙したあたりから森の茂みに電磁気短波探知魔法に反応があるのを感じていた。
ただ、それは見知った気配だったし、メガネも敵対者として感知しなかったからしばらく放置していたのだ。
なんとなくリンなんじゃないかと思っていたけど、予想通りだった。
俺は心の中で安堵する。新手じゃなくてよかった。
「それにしても駄目じゃない。一人でこんな危ないこと。」
リンはぷんぷんと頬を膨らませて近づいてきた。
「いや、誰かがいるなんて確証はなかったし、最初は偵察だけしたら戻るつもりだったんだ。ただ、こいつらが今夜俺たちを襲うみたいだったから、仕方なくさ。」
「たとえそうでも、もっと自分を大事にしてほしいの。何かあってからじゃ遅いのよ。」
「わかったよ。ただ、リンがいるのが分かったから、いざというときは助けてくれるかなってさ。リンもそのつもりで見てたんだろ?」
「もう。 そうだけど……無茶はしないでね。」
俺の指摘にリンは困り顔だ。まるで言うことを聞かない弟を叱るような顔。凛香が時折俺に見せた顔によく似ていた。そんな顔を見せられて胸が苦しくなった。
悪いのはこいつらだ。俺の行動に後悔はない。無いが、冷静に考えれば確かにリンの言う通りだ。それにリンをここまで心配させるつもりはなかった。
「……ごめん。」
俺は小さくそう言った。
それに、リンは「分かってもらえればいいの。」と笑顔で答えてくれた。
俺は一人じゃない。それを感じさせるには十分な笑顔だった。
心の中でリンにありがとうと感謝して、ゴンザに向き直る。
「さて、ゴンザ。リンも来たことだ。逃げられないのはわかるだろ?お前らに指図したやつが誰なのか吐いてもらおうか。」
そう言って俺が相変わらず倒れこんでいるゴンザの襟首を持って詰め寄る。
「……誰の指示でもねぇ……。俺たちは、誰の指示も受けちゃいない!」
ゴンザはそう言って、何かに怯えるように首を振ってそう答えた。
「ふざけるな―――」
ゴンザの答えに声を荒げて問い詰めようとしたその時。
―――ドォン!
地響きのような音とわずかな振動を確かに感じた。この感じは……かなり遠いが規模が大きい。
反射的に音のした方を見る。前方、一キロくらい先。そこに火柱が立ち上っていた。
「あそこは……キャンプ!何かあったんだわ!」
「行こう!」
俺はすぐに向かおうとしたが、ゴンザたちを置いていくべきか一瞬逡巡する。それを見たリンはすぐさま俺に言った。
「私は先に行くわ。リュージはその人たちを拘束してからきて。魔物には気を付けるのよ。」
そう言った直後、リンは《身体強化》を全開発動させ、さらにその身に風を纏って文字通り風のように駆けて消えた。
それを見送って俺はすぐさまゴンザたちを縛りにかかる。その段になってゴンザの口元がニヤけていることに気付いた。
「お前!何か知っているな!?吐け!」
「さぁねぇ? たとえ知っていても俺は吐かねぇぜ?それより早く行ったほうがいいんじゃぇねえか?お前のお仲間がいるんだろ?」
コイツ!!
あのキャンプにはクロスメントの町の最精鋭のハンターたちが集まっている。そうそう全滅することはないだろう。だから俺はここに残ってこいつらから情報を引き出すのを優先したほうがいいかもしれないと一瞬思った。
だが、その間にも地響きは続き、一向に収まる気配はなかった。
それにこいつらが言っていた、マッドフロッグという魔獣が気にかかっていた。
マッドフロッグ自体は大した脅威ではない。ただのでかいガマガエルのようなものだ。
だがこいつの放つ鳴き声はとても低く聞き取り難い上に、その鳴き声に睡眠導入効果があるのだ。
こいつらの生息地の近くでキャンプする冒険者がそれに気づかずに深い眠りに落ちてほかの魔獣に襲われることが過去に多発したようで、ハンターギルドでは十分に気を付けるようにと注意喚起されているほどだった。
それをこいつらが仕掛けていたとしたら、見張りは機能しなかった可能性が高い。
そうなれば、如何に精鋭部隊でも危ないかもしれない。何よりエンリケが心配だ。
「っく!……お前たちにはあとできっちり喋ってもらうからな!」
口惜しいが、今はこいつらに構っている暇はなさそうだ。近場の木に括り付けてキャンプに向かって走る。一応外した関節は元に戻しておく。
こいつらが魔獣に襲われる可能性はゼロではないが、この緊急事態だ。仕方ない。それだけの事をやった報いだ。精々怯えてもらおう。
――――――
俺がキャンプの場所にたどり着くと所々に火が立ち上り、ハンターたちが迫りくる魔獣とまさに激闘を繰り広げていたところだった。
―――ギャオォォオォ!
上空から恐ろしい雄叫びが聞こえて見上げると、そこには巨大な赤いトカゲが空を舞っているのが見えた。その口から火を噴いている。
あれは―――ワイバーン!
見るからに強靭な体格と硬い鱗を持った空の王者のようなその魔獣は、だがしかしそれほどの余裕があるようには見えなかった。何かに追われているようだ。
その後方に迫る燕の影を見て理解する。ワイバーンはリンに追われているのだ。
そして前方を見ると数匹の魔獣とハンターたちが交戦していた。その近くには多くの魔獣の死骸が転がっていた。
左前にはあのグリズリーもいた。正面からはブッシュマンティスやムーンウルフ、レッドボアなどが迫ってきていたが、ハンターたちは決して慌てることなく冷静に対処しているように見えた。
「炎狼は左のグリズリーを抑え込め!城塞は中央を突破させるな!守り抜け!他は怪我人を後退、火を消せ!」
ギルドマスターを中心に陣形を取って連携して対処しているのだ。流石ギルマス。的確な指示だ。
一通り状況を把握した所で、俺はエンリケを探す。
エンリケも俺を探していたようで、すぐに見つけた。シルバに騎乗したエンリケが駆け寄ってきた。よかった、無事の様だ。
「リュージ!大丈夫か!」
「ああ!すまない、少し森に出ていた。」
「よかった。魔獣に食われたのかと思ったぜ。」
「それより今はどういう状況?見た感じ制圧できそうに見えるけど。」
「最初は混乱してたけど、ギルマスの統率とリンさんの参戦で状況は好転した。今は怪我人の守備と鎮火、それに雑魚の掃討にかかりつつある。 グリズリーには近づくなよ。あの咆哮にやられる。俺たちじゃ足手まといだ。あと、ワイバーンの火炎にも気をつけろ。」
俺の危惧した通り、どうやら見張りが機能しなかったようだ。それで魔獣に襲われて混乱はしたが、それほど大事には至らなかったといったところのようだ。
聞くと、ソワレも参戦し今では後方で主に鎮火に当たっているとのこと。
「俺は周囲の警戒と雑魚の誘導だ、行ってくる!」
エンリケはそう言ってシルバに騎乗して駆け出した。あの機動力は確かに武器になる。
状況を見る限り俺が今すぐやらねばならないことはなさそうだ。もともと戦力に数えられていない俺は最低限戦闘の邪魔にならないことが仕事だろう。
そう判断し、ソワレを探す。一応ソワレの荷物持ちという役回りだ。いなくなれば不審に思われるだろうから。(もうすでに怪しまれている気がするが。)
一通り見まわして、ソワレを見つける。
戦闘している集団の大分後方に一人、キャンプの外延部、猛烈な勢いで燃え広がろうとしている炎の消火を行っていた。
特にできることもないが、彼女に駆け寄っていく。
とはいえ、何といえば彼女に不審がられずに済むだろうかなどと考えていたその時、ピピピ!と眼鏡が敵の存在を知らせた。
俺がそれを確認すると同時、それが茂みから飛びだした。
―――グリズリー!
ソワレの十数メートル後方、飛び出したグリズリーは既に大きく息を吸ってのけぞっていた。
それを確認した瞬間、俺は大声でソワレに叫んだ!
「ソワレ!!後ろ!咆哮が来るぞ!」
同時、俺は魂魄同調を発動。ソワレも俺の叫びにすぐさま反応し、消化の放水を止めて錫杖を掲げながら小声で詠唱をつぶやいていた。
『天の光よ盾となれ -緩衝魔力障壁!』
―――グヮアオォォ!!!
ソワレの至近距離で咆哮が放たれた。
あの魔法は恐らく咆哮を防ぐものだ。俺には詠唱と咆哮は同時に思えた。間に合ったか?ここからじゃわからない。いや、詠唱を始めた。ギリギリ間に合ったようだ。
グリズリーはソワレに咆哮が効かなかったことを確認し、すぐさまその巨体を深く沈みこませた。直後ソワレに向けて突進を始める。
ソワレはAランクとはいえ、あくまでも魔法使いだ。あの至近距離では魔法の詠唱は間に合わない。ソワレの魔力門から溢れる魔力量から上級魔法だとわかったからだ。
そう判断した瞬間、俺は今でき得る最大限の《身体強化》と《生体電気強化魔法》を発動して、全力で駆けていた。
体が勝手に動いていた。ただ、そうしなければならないと思っただけだ。
太ももの筋肉がブチブチと嫌な音を立てて悲鳴を上げる。
数瞬後、ソワレとグリズリーの射線上に体を滑り込ませる。その時、いつも眠そうなソワレの眼が見開いていたのがチラリと見えた気がした。
目前にダンプカー並みの巨体が迫る。
グリズリーは突然現れた俺に一瞬戸惑ったようだったが、すぐに俺の実力を正しく計ったか、そのまま突進を敢行した。俺を跳ね飛ばすことにしたらしい。
くそっ。いい判断じゃないか。止まってくれてもよかったのにと悪態をついたところでグリズリーは止まらない。
一瞬でいい。この突進を凌げればソワレが仕留めてくれるはずだ。僅かでも時間を稼ぐんだ。
さすがにこの巨体の突進に足がすくみそうになる。だが、俺は自分の後ろにソワレを意識する。俺がここでやらなきゃソワレが死ぬ。そう自分を言い聞かせることで恐怖を塗りつぶす。
俺は《彗心眼》と魂魄同調を深く発動してグリズリーの一挙手一投足に集中した。
《彗心眼》を深く発動すれば、グリズリーのアニマがよりはっきりと視えた。《身体強化》の予兆だけでなく、神経回路に付随して伸びるアニマの光から、神経伝達回路の動きすらも予想できる。
俺は巨体に跳ね飛ばされる直前、グリズリーが右足二本を地面に着く数瞬前に大きく一歩を踏み込みその前足のすぐ横に肉薄した。そしてその足二本に両手を添えて全力で《生体電気強化魔法》を発動する。
グリズリーの前足に向けて。
それだけでなぜかグリズリーの二本の腕が内側にそらされた。まるで自分自身で腕を曲げたかのような不自然な動きだ。
当然グリズリーは右前に体制を崩すことになる。そして俺の横をかすめる様に転がっていった。
そのまま土煙を巻き上げて転がるグリズリーは、ソワレのすぐ横を通りすぎ、大木の幹に衝突してようやく止まったのだった。
―――《閃雷魔操》。
実は俺はグリズリーの巨体を制御するために新たに開発した魔法を発動していた。
相手の力を自在に操り利用する無幻水心流であったとしても、さすがにダンプカークラスの巨体となると話が違ってくる。
俺の父さんや凛香ほどの達人クラスが振るう奥義―鏡明演舞ならばあるいは可能だったかもしれない。
だが、今の俺の実力じゃ、いくらタイミングを外したからと言ってもあのインパクトの瞬間にグリズリーの巨大な二本の腕を完全に横にそらせることはできない。できても、少しバランスを崩すくらいだろう。
紫電を使っても相手を転ばせることは出来るかもしれないが、その勢いまでは止まらず直進しそのまま俺たちをひき殺すだろう。ブレードで切りつけても同じ結果だ。
それじゃグリズリーは止まらない。
ではどうするか。
俺は前々からこの《生体電気強化魔法》を他にも使えないかとずっと考えていた。そして最近になって思いついたのだ。
電気信号を体外から与えることで脳の指令とは関係なく筋肉を操れるなら、他人の筋肉も同じように操れるのではないか?と。
そこで俺はグリズリーの筋肉に《生体電気強化魔法》による電気信号を直接流し込んだのだ。その電気信号によってグリズリーが自分自身で腕を内側に動かして地面を踏み外すように強制的に操ったのだ。
もちろん電気をただ相手に送るだけならちょっとピリピリする程度で終わる。だが俺は《彗心眼》でアニマだけでなくアニマがまとわりつく神経回路すらも視ることができる。
相手のその神経回路に寸分たがわず電気を割り込ませることができて初めて、この技は完成する。
俺はこの魔法を《閃雷魔操》と名付け、密かに練習をしてきたのだ。実戦で使ったのは今回が初めてだったが、どうにかうまく行った。
俺が思考している僅かな間にソワレの詠唱が終わり、錫杖が輝きを放った。
『――― ハイドロジェット』
超高圧で放たれたそれは光を乱反射して空中に煌く一条の直線を描く。水のレーザーは土煙を切り裂きながらグリズリーに放たれた。
土煙が晴れるとそこには二本の腕を根元から切り落とされたグリズリーが血に濡れて倒れていた。




